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ステルス給油所

大協石油・丸善石油・キグナス・ガソリンスタンド全般

佐渡の外周を走っていたら、ガソリンの値段が掲示してあった。しかし、近くにはそれらしき設備はない。もしかしたら、写真右のシャッターの中に計量機があるのだろうか。だとしたら、営業しているところを見てみたいし、そこで給油もしてみたかった。

ところで、お前はどこのブランドなんだ?(JAか)





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壁にたなびくシェルのペナント

昭和シェル石油/昭和石油/シェル石油

ここ国道403号は何度も走っている割にはこれに気づかなかった。工場のような建物の横に、給油所の防火壁のようなものがあったのである。しかも、そこには右向きの三角。シェル石油だ。

「小須戸SS」と見える。その右、かすかに紅色と黄色が見える。シェルだ。1972年にはホタテ貝が現在の形に近くなるので、それ以前のペイントだろう。

外側。こちらのほうが、紅色と黄色を見て取れる。防火壁頂部の水色もわかる。南側なのだが。

このように、「残ってしまっている」という状況だ。この右の建物は、道路を挟んで向かいにある「カトメ石油部」のものだ。なお、裏手にも回ってみたが、とくに痕跡はなかったようだ。




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残ってしまったカーブミラー

道路全般

 ごくたまに、本来ミラーがあったカーブが改良されて、ミラーだけが取り残されていることがある。背後は新東名の芝川橋。正面奥に向かう道は、おそらくその建設道路。地理院の地形図で見ると、国道52号からここまで約3km、道路が拡幅されているようだ。

建設用道路側から。ここまで見通しがいいのにカーブが必要かといえば「否」だろう。

ここから先は妄想だが、カーブミラーがいくら邪魔とはいえ、撤去したり移設することが難しかったのだろうか。アイランドとなって残ってしまったが、こちら(建設用道路側)を向いたミラーはなんのためだろうか。


なお、芝川橋の直下には、謎のトンネルがある。排水口?


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もっとも海に近い日石CALTEX

ENEOS/日本石油

タイトルは、イメージ。そういう「売り方」をするのはよく見るので真似しただけで、全国のものを知っているわけではまったくない。

きれいに塗られたENEOSだが、なぜか外側には日石の蝙蝠マークとCALTEXの赤い星が並んでいた。

赤はほとんど色が抜けてはいるが、痕跡はある。よく見ると、∞の中心を円心にする形で一回り大きな星が見える。つまり、さらに一世代前の塗装が塗り込められている。

この広い敷地に、なぜか斜めに立地するサービスルーム。残念ながらこの日は休業日だったので、なにも聞けなかった。





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佐渡で出会った×型と菱形

木製扉の菱形・バツ形等


内海府の北小浦で見かけたX字型。この建物は右の民家とつながっているのだが、出入り口右の看板には「通学用自動車待合所」とある。それは右側の出入り口内でのことだろう。左のバツ型。緊急灯がついているところには何が収納されているのだろうか。

こちらは外海府で見かけた菱形。

非常に美しい倉庫、といった趣だ。




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コスモ石油だけの一角

コスモ石油

佐渡の外周を時計回りに一周するとき、地図で言えば佐渡の左のくぼみの下、国道でも県道でもない道が瓜生崎にぶつかるところで、一瞬、外周が途切れる。いや、ツーリングマップルにはダートとして表示され、地形図でも道が書いてあるのだが、そこに行ったら小屋にいた漁師に「行けないよ!」「みんなこっち入ってくるんだガハハ」と言われたため、それを無視して突っ込むわけにはいかず、来た道を戻った。

「行き止まり」の少し手前から国道に上り、下るとまた海沿いに戻ると、そこは入江になっていて、その山側にコスモ石油が一軒あった。もしこの給油所がホテルであったなら、この入江はプライベートビーチになるだろうというような、給油所しかないシチュエーション。入江の出入り口は岬になっていて、ほかの建物などは見えない。上の写真は逆方向を向いているが、写真右は海。海との近さがわかるだろう。

背後は山。目の前は海。目の前の道路は緩い「W」型を描き、給油所は「Λ」の先端に位置する。そのため、視界に入るのは給油所だけとなる。夢のような渚の一角とでも言おうか。

カードで支払ったら、ひさしぶりに「ジャゴッ」とカーボンに転写するタイプだった。給油所のおばちゃんは写真に撮るのを快諾してくれ、何度も「気をつけて」と言ってくれた。

* * *

瓜生崎の「手前」というのは、こんな印象だ。2車線の道路は飛砂に半分埋もれ、その飛砂も風紋を刻んでいる。すれ違うクルマもなく(いや、漁師の車はところどころにある、写真にも写っている)、ただ潮に濡れた砂と草の臭いがあるだけ。


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カプセル駅 妙法寺駅

駅舎

カプセル駅 古津駅と同じ時期のものが、もうひとつある。越後線妙法寺駅だ。

古津駅と比べるとこじんまりとしているように見えるが、そうではない。天地方向が長いだけだ。この類似性は一目見ておわかりだろう。

  右側面と左側面。左側面、古津駅と同じ位置に換気扇がある。

ホーム側。古津駅と比べると、ドア右の窓がない。その右にドアふたつ、それぞれ事務室、トイレという配置は変わらない。

建物財産標。昭和55年12月28日、とある。ちきページ」妙法寺駅の項目を見ると、昭和45年無人化とあるが…

内部。左に窓口、中央に荷物用窓口。当時、越後線に時々乗っていた記憶としては、荷物車の連結はない(新潟にキユニやキニの配置はない)。越後線の記憶かどうかは定かでないが、キハ35やキハ45の一部を仕切って荷物置き場にしていた憶えはある。

昭和56年に撮った写真を見ると、女性が集札しているし、花が生けてあることから、なんらかの形で切符販売等の業務をしていたことがうかがえる。出入り口左に「キップ受箱」があるので、無人駅ということには変わりないだろう。

なお、この駅名表示板の文字は、他の駅でも見た気がするのだが、手元の写真では見つからない。

ホームへの出入り口。外側から見ると扉にもRがあるが、こうして見るとその框だけで、戸そのものは汎用品だ。

トイレ。古津駅と異なり、洋式だ。こちらも非常に清潔。



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カプセル駅 古津駅

駅舎

 

国鉄には「カプセル駅舎」という駅舎建築があった。この名称が国鉄内部発祥なのかは定かではないが、1980年頃には本にそのように載っていたのだから、なんらかのアナウンスがあったものと推測している。意味合いとしては「画一的なデザインの、コンパクトな駅舎」だ。主として無人駅で多く造られたが、有人駅にも適用された。いわゆるプレハブというイメージがあるが、工法には詳しくないので、書かずにおく。

その例の一つが、この古津駅である。この特徴は、窓やドアに「R」、曲線が使われているところにある。

 
向かって右、ドアの左右が待合室。左端の窓は「事務室」だ。

ホーム川から見る。アルミ製のドアの天が半円形になっているのも特徴的である。左のドアは事務室、右はトイレ。トイレは後述する。

角にRがついたサッシ。そもそも無人駅の改築にはコストはかけられないはずだから、量産品だったのだろうか? 

右側面。窓があるのみ。

左側面。左の駒止はトイレ。室外機と換気扇があるということは、事務室には冷房があり、また火気を使用できる設備があるということだろう(電子機器のために冷房が導入されている場合もある)。

幸い、建物財産標があった。昭和54年3月24日付けということは、そのころの完成・供用か。

トイレは改修されている。明かり取りの小さな窓までRが付いているのは「左側面」のとおり。無人駅ながら、非常に清潔だった。

なんとうっかりしたことか、駅舎内部の写真を撮っていない。窓口の痕跡のようなものはあったが、昭和56年の『国鉄駅名全百科』にも無人駅と書いてあるし、サイト「ちきページ」古津駅の項目には昭和45年には無人化とある。はたしてこの窓口のようなものが使われたのかどうかはわからない。

* * *

ついでに跨線橋。プレートガーダータイプ。この窓までRがついていればよかったのに。

駅前。隣の新津駅からは新潟駅方面に1時間に3本の列車があるが、ここ古津は1時間に1本だ。駅前の道路は融雪水に混じる錆で赤くなっている。






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盛業中の傍らに

昭和シェル石油/昭和石油/シェル石油

静岡県の県道が付け替えられた。新道は旧道と並行して敷かれた。その新道に面して昭和シェル石油があるのだが、その裏手に、かつての店舗がそのまま残されていた。



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相渕橋(静岡県)

吊り橋

静岡県の安倍川は「安倍川餅」のおかげもあってかなり名の知られている川だと思うが、その安倍川に沿う道は県道29号梅ヶ島街道であり、一般的な認識としては行き止まりの道だ(林道経由で富士川の谷筋に出ることはできる)。その途中に、この歩行者用の吊橋がある。対岸の相淵集落のための橋、ということだろう。全長264.2m(静岡市のサイトによる)。

主塔が4本ある吊橋だが、左岸側(東側)は写真のように2本が地上に立ち、そこには床版はないので、実質は3主塔2径間、写真の部分はアンカーの設置位置までケーブルを中空で延長するためのものか。これを仮に「第1主塔」と呼ぼう。

第2主塔。上部の補強(X字型に組んである部分)はひとつ。また、主塔の頂部から地面にケーブルが伸び、それで自立していることもわかる。


 メインケーブルは中央の2本)は地中に埋めてあるコンクリート塊をアンカーとしてつながれているのだろう。両端の2本は主塔にテンションをかけるケーブル。

さて、渡り始める。第2主塔には銘板がついている。ということは、やはり冒頭の主塔は構造としては無関係なのだろう。左は「竣功 昭和五十二年六月」、右は「相渕橋」。

渡ると、橋は非常によく揺れる。耐風索もついているというのに。ただ、床版の軸方向の帯板が欠落していたり、耐風索との接続部材が破損していたりと、なかなか厳しい環境にある。床版は全体的に下流側に傾いている。同時に10人以上渡るなとある。

中央の第3主塔。上部の補強(X字型)はひとつだ。

その第3主塔、足で踏む位置には木材が敷き詰められている。

右岸側の第4主塔。こちらは上部の補強(X字型)が二つある。また、他の主塔と設置基準面の高さが異なるのがよくわかるだろう。

こちらも銘板がついているが、左は同じ、右は「あいふちはし」(濁点は見えないようだ)。

こちらのメインケーブルは、上の写真のように農家の敷地内に消えている。




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