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東海道本線上淀川橋梁(上り内外線)(貨物線の桁との比較)

東海道本線上淀川橋梁(上り内外線)(貨物線の桁との比較)

橋梁(A&Pロバーツ)

20110204-01.JPG

先に紹介した
上淀川橋梁(東海道貨物線)
上淀川橋梁(東海道貨物線) その2
吹田~新大阪間の経路変更は1912年か1913年か
の東側に隣接するプラットトラスが、この上淀川橋梁(上り内外線)である。両側から他の桁に挟まれているため、このような写真しか撮れていない。

詳細な経緯は上記3ポストをご覧いただきたいのだが、この場所の3組の3複線の建設順序としては、この「上り内外線」がもっとも早く架けられたものである。この「上り内外線」のみ、桁がアメリカ製である。後年、アメリカン・ブリッジに統合されるA&Pロバーツ製。
20110204-09.jpgBUILT BY
A&P ROBERTS COMPANY
PENCOYD IRON WORKS
PENCOYD PA,U.S.A.
1899


場所はここ。



この橋梁は、径間103フィート9インチ(31.623m)といういまなら鈑桁で済ます長さの5パネルのプラットトラスが22連、連なっている。西側の貨物線(内外線)は国産(メーカー不明)の21連だが、そちらは間に1.5倍の長さの桁が2連挿入されており、トラス部分の全長は同じである。

トラス桁を、貨物内外線(左)と比べてみよう。桁の製作年は、左が1920~1921年、右が1899年。その間、20年の差がある。この時代の20年の差は大きい。
20110204-10.jpg全体的に、上り内外線のほうが小振りかつスマートに見える。橋門構も、アングル材をレーシングで結んでいる貨物内外線よりも、アングル材のみで構成している上り内外線のほうがスッキリしている。斜材のレーシングも、貨物内外線のほうが目が細かいのに対して、上り内外線はゆったりしている。端柱のリベットも、貨物内外線は非常に目立つが、上り内外線はのっぺりとしている。

橋脚は、上り内外線(右)が隅石付きの煉瓦+上面がコンクリート。貨物内外線(左)がコンクリートであるのは、両者の建設年が大きく隔たっていることを表している。上り内外線の橋脚を挙げる。この落書きに腹が立つ。
20110204-02.JPG


上り内外線の側面を見てみる。
20110204-11.jpgこのガセットにつく夥しい量のリベット。

対して、貨物内外線の側面。
20110204-12.jpgリベットの打ち方が異なるのがわかろう。また、3パネル目(中央の格間)でクロスする斜材の交点の接合が異なる。

続いて桁の裏側。上り内外線。
20110204-06.JPG
対して貨物内外線。
20110204-05kamotsu.JPGどちらも、堤防の一部を欠き取っている。いいのだろうか……というのはともかく、裏からみても、やはり上り内外線のほうが古いのに華奢かつスマートである。


裏から見ると、枕木が凝った形をしているのがわかる。
20110204-03.jpg(赤いラインは書き足し)なぜここまで欠き取らなければならないのだろうか。ご存知の方はご教示いただきたくお願いします。

この橋の落橋防止対策はこれ。
20110204-08.JPGトラス桁が左右にずれないように、支承のピン部分を押さえる形になっている。ピンの手入れはどうするのだろう?…って、部品を外せばいいだけか。

下り内外線(プレートガーダー)との並びはこう。
20110204-07.JPGこの時は下り内外線の塗装工事が進行中で、作業員がたくさんいた。ついでに、ここをトワイラ色のEF81が牽引する『日本海』が通ったため、非常にたくさんの撮影者がいた。私はそんなことはまったく知らず、ひたすら3組の橋の写真を撮っていた。


このトラス桁。古いだけあって、これも列車がとおるたびに縦桁がしなる。見ていて驚くほどにしなる。建造後、既に111年。それでもまだこの弾力。鋼材ってすごい。




今回はなんの考察もなし。ただ「見てきただけ」。

下り内外線に続く。

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『最長片道切符の旅取材ノート』(文庫版)宮脇俊三

『最長片道切符の旅取材ノート』(文庫版)宮脇俊三

鉄道の本

P2023367.JPG文句なしに素晴らしい本。「ノート」なのに、一冊の完成品を読んでいるようだ。それはもちろん、底本というか『最著片道切符の旅』を読んでいるからそう思うのかもしれないが、事実の描写、自分の感情の吐露が、普通に作品のように入っている。

宮脇氏の処女作(といっても『旅』などに寄稿はしていた)『時刻表2万キロ』は、氏がまだ中央公論社取締役時代に執筆されたものである。それに対して、第2作目『最長片道切符の旅』はフリーになって初めて取材・執筆した描き下ろしの単行本である。本書はその合間に位置する、第1.5作目であり、『最長片道切符の旅』にとりかかるよりの、本当にピュアな宮脇俊三が詰め込まれている。


しかし! なんだ、この蛇足は! 「鉄道マニア嫌い」と公言している原武史の解説である。巻頭で、宮脇氏ご令嬢・灯子氏が「素晴らしい脚注をつけてくださった」と記しているが、本当にそう感じているのだろうか?と穿った見方をしたくなるほどの蛇足っぷりだ。

加えて! 横書きで記された手書き文字を活字に起こす際の変換ミスの多さ! 間違いなく「キハ」と書いた部分を「モハ」としている部分が何ヶ所があるが、これは「キ」の癖字を「モ」と解釈したためだろう。同様に「ユ」(郵便車)を「エ」、「52」を「62」と誤記している部分もある。編集者が鉄道に少しでも詳しければ、こんな誤りは起こりようがない。そして、このミスが編集者の責に帰するのであれば、宮脇氏を貶める行為である。なぜなら、読者は「宮脇氏は、キハとモハ、ユ(郵便車)とエ(救援車)の区別もつかないのか。キハ52も知らないのか」と思ってしまうに違いない。


的を脚注に絞ろう。あまりにひどいので、読みながら鉛筆でマークしていったら、ほぼ全見開きにマークがついた。いくつか類型に別れる。

◎明確な誤記
・P28 注2)士幌線末端部を「国鉄で最初に営業休止となり」と解説。そうか、昭和53年より前に営業休止になった路線はひとつもないのか。
・P29 注6)「当時の旭川は」とあるが、「当時の旭川は」の誤り。
・P222 注4)紀勢本線の最後の開通区間の誤り。

◎本当の蛇足や脚注者の単なる感想=脚注ではない!
・P29 注4)「落合」という駅名をさして「まさか東京メトロ東西線の落合を指しているわけではあるまい」。くだらない。
・P35 注2)「~皮肉って書いたのだろうか」
・P276 注2)「乗客の立場から言えば、関西のほうが便利」。前提条件がごく一部の事例であって、おかしい。
・P294 注5)「ここは~最も見ごたえのある区間だと思う」。脚注者の感想などいらぬ。
・P329 注6)「香川県にゆかりのある著者は、幼少期から島の多い瀬戸内海を見慣れていたのだろう。だからこそ退屈したのではなかったか。」思い込みで、著者の人格に関わる点において適当なことを書くべきでない。
・P403 注5)「嵐山光三郎とはこの点が違う」。なぜ突然、嵐山光三郎なのだろうか?
・P412 注1)「この感覚、JRから客車の普通列車が全廃されたいまの人々にわかるだろうか。」うるさい。
・P420 注7)つける言葉なし。

◎言葉足らず
・P28 注3)当時はすべて「青函連絡船基準」ということを一切説明していない。
・P58 注3)深名線の、朱鞠内での系統分割について。駅員が「わからない」と言っていることに対して、脚注は「その理由を聞いている」だそうだ。脚注でそれを解説すべき。

◎解説足らず
・(随所)「○○で 分停車」「つぎの (磯部注:駅名が入るはず)で」という記述があるが、一切追記なし。宮脇氏のノートには「何分か」や「駅名」が書いていなかったにしろ、それを補うのが脚注ではないのか。
・(随所)「(要カクニン)」と本文にあるのに、脚注に解説ナシ。
・(随所)「指フ7、グ6、指フ5、自4、…」などという記述が頻出するが、一切解説ナシ。鉄道を知っていれば、「7号車が普通車指定席、6号車がグリーン車、5号車が自由席…」とわかるが、一般人は絶対にわからない。この解説は、なんとP306でようやく出てくる。
・P330「79才と34才のホステス」の事件…というのがなんだかわからない。実際の事件なら、世相が反映されているはずなので、こういうことこそ脚注が必要。
・P390 注8)宮崎のリニア実験線について書いているが、いまその使節がどうなっていて、どう活用されているのかを脚注に書くべきではないのか。


もっともっとあるのだが、キリがないのでこのあたりにしておく。
こうしたネガティブなことばかり書いたが、この本は、宮脇氏の炯眼が随所に盛り込まれている。いまも通用する見方であり、後年、乱作気味に書き散らした作品には感じられない、すばらしい洞察が散りばめられている。それを個々に揚げるのは、読む楽しさを奪うのでやめておく。

本書は、脚注を読んではいけない。腹が立って、宮脇氏の素晴らしい文章を味わえなくなる。裁断機で下から4cmを切断してから読み始めることをおすすめする。


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『アジアン鉄道』米屋浩二さん写真展

鉄道

写真家・米屋浩二さんの写真展『アジアン鉄道』に行ってきた。場所は新宿東口、タカノのビルの4階、コニカミノルタプラザだ。作品の画像をあげるわけにはいかないので画像ナシのエントリになるが、御容赦いただきたい。下記リンクをクリックしてほしい。

コニカミノルタプラザの案内
「フォト蔵」に米屋さんがアップされた作品1
「フォト蔵」に米屋さんがアップされた作品2


今回の写真展は、「まだ若いアジアの鉄道(←文言は違っていたかもしれません)」と、それを利用する人々の表情を披露するもので、どの作品もとびきりに明るい。ほとんどの作品は乗客が主役で、みな、カメラを見て微笑んでいる。時にはニヤリとしていたり、無表情だったりもするが、それもコミュニケーションの結果。

作品に写っている女の子はどの子も本当にかわいいし、おじさんも温かみのある表情をしている。舞台となる列車は、旅の雰囲気あり、日常使いの雰囲気あり。モノトーンの作品ゆえに、それらが際立つ。自分も銀塩カメラに広角レンズをつけてトライXを詰めて現地に行けば、そうした風景に出会えるのではないか…という錯覚に陥る。錯覚、というのは、もちろんそんなに簡単にそうした作品をものせるわけがない、という意味である。その錯覚が悪いということはまったくないと思うし、私はかつて所持していたペンタックスKX(デジタル一眼レフのk-xではない)をもう一度入手したくなった。


私が会場を訪れたときは比較的早い時間帯だったので、米屋さんから直接、撮影時のエピソードをお伺いしながら拝見するという非常に贅沢な観覧ができた。じっくり拝見し、もう一度ゆっくり拝見したら、あっという間に1時間以上がすぎていた。

この写真展を見たら、きっと、車両中心で撮っていた写真好きな人でも、人物を撮りたくなるに違いない。今度は5Dに28mmだけつけて出かけてみようと思う。


なお、米屋さんの作品について、過去のエントリはこちら。

インドネシアのトレリストラス+ランガー(?)+トレッスル橋脚
インドネシアのCikubang Bridge(続)



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Market Street Bridge at Chattanooga

プラットトラス

とあることから、Market Street Bridge(マーケット・ストリート橋)というテネシー川にかかる橋(テネシー州)を検索していたら、面白いものにあたった。それはあとから書くとして、まずはこの橋。

(元画像はこちら。パブリック・ドメインである)

正式にはJohn Ross Bridge(ジョン・ロス橋)といい、テネシー川南岸のチャタヌーガと北岸を結んでいる。由来はチェロキーのジョン・ロスにちなんだもので、1917年に竣工した。最大スパン109m。2005年に修復のため一時通行止めとなり、2007年に再度供用開始された(以上、wikipediaによる)。

この橋、ブレーストリブアーチに見えるけれど、跳開橋である。それぞれ分離して跳ね上がるのだから、閉合しているときでもアーチ構造を取るわけではない。よって、これはなんなんだろう、分類するとすれば「跳開橋」であり、単に桁がブレーストリブアーチのような見た目をしている…という解釈でいいのだろうか。



さて、これは前振り。この橋が跳開している状態の画像を探していたら、この画像に出会った。
(リンク元=こちら

どうだろう、このプラットトラス。六角形。日本では、中央3パネルの上弦が水平になっている通称「クーパートラス」があるが、その水平部分だけが大きくなった感じ。当然、分格トラス=ペンシルバニアトラスである。

全体像はこちら。
(出典はこちら。ライセンスはcc3.0)

全6連のうち、南側2連と北側1連は短い10パネル210フィート(64m)、中央3連は長い(背の高い)3連は16パネル320フィート(97.5m)。右端の桁の橋脚はトレッスル。1891年開通。桁下高さ30m。北側の(画像右側)桁の橋脚はトレッスルである。


こんなばかでかいピントラスを、修復した上で歩道橋として存置している米国。すばらしい。いつかは見に行ってみたいものだ。




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映画『アンストッパブル』をより味わうために(3)

鉄道

映画『アンストッパブル』をより味わうために(1)
映画『アンストッパブル』をより味わうために(2)のつづき。

■SD40-2は「旧式」?

公式サイトのストーリーでは、主人公らが乗るSD40-2を「旧式機関車」と書いている。旧式だと、なにか不都合があるのだろうか? 端的に「新型の暴走機関車を、旧式の機関車が止める」という対立の図式を作りたかったのだろうか。日本で例えれば、DF200が重連で牽引する機関車を、1両のDD51が綱引きして止めるイメージか。

「旧式」の欠点は? 機関車の性能で考えると、粘着牽引力だったり、燃費だったりするのだが、それを次で比較してみる。


■SD40-2は、AC4400CWを止められるのか?

サイトThe Diesel Shopにあるデータを羅列してみる。なお、両車種ともに6動軸である。

車種/原動機出力/粘着牽引力(起動時)/粘着牽引力(定格)
AC4400CW/4400PS/18万lbs@粘着係数*35%/14.5万lbs@13.7MPH
=81647kg/65771kg@22km/h
SD40-2/3000PS/9.2万lbs@粘着係数*25%/8.21万lbs@11MPH
=41739kg/37240kg@17.6km/h
*adhensionとだけ書いてあるので「粘着係数」、日本では%ではなく「0.35」などと表記される数値だと思うが、違うかもしれない。

このAC4400CWが重連で牽引しているのだから、SD40-2が1両だけ追いついたとしても…。

では、実際の事故はどうだったのだろうか。実際の機関車は、暴走した列車の牽引機、最後尾に連結して原則させた機関車も、ともにSD40-2であった。


■鉄道会社は株価を気にする?

運行部長が「この事故で株価はどうなる?」といったことを発言するシーンがある。会社のことしか考えていないと印象づけるシーンだが、アメリカの鉄道会社は大きな投資対象になっているため、こういう考え方をしてもおかしいとは思わない。

実際にCSXが事故を起こした2001年5月頃の株価推移を見てみると、これが重大なインシデントで済んだためか、影響がないように見える。株価推移はこちら


■鉄道安全教室

鉄道施設を見学する小学生の団体が出てくる。アメリカでは、踏切事故対策に頭を悩ませており、こうした取組はよくあることのようだ。

そのシーンで「鉄道に乗ったことある人!」と挙手をさせたときに、多くの子どもたちが手を挙げたのが意外だった。アメリカの鉄道は基本的に貨物輸送であり、一般の人間が乗るとしたら大都市近郊のコミューター路線くらいだと思うのだが、この子どもたちが乗ったのはなんなのだろう? 



…といったように、アメリカの鉄道のことを知ると、より各場面が持つ意味が理解できよう。


■鉄橋の存在感…まとめ

もっとあやぶまれた「スタントンの大曲」。そこに橋梁があり、手前というか奥というか、一端には急曲線かつ勾配のあるアプローチ線がある。映画『アンストッパブル』をより味わうために(1)で地図を示したその橋は、冒頭、まだ事件を知る前の主人公たちのシーンなど、幾度となくスクリーンに登場する。速度制限25MPHということは、かなりの急曲線だ。この橋を俯瞰するシーンがとても美しい。

この橋は、プラットトラスとプレートガーダーで構成されている。プラットトラスの大きさは2種類あり、大きなものは当然径間が大きい。おそらく、元々は水運のために径間を大きくとったものであろう。アプローチ部分はトレッスル橋脚だ。

ほかにも随所で橋梁が出てくる。そのほとんどはプラットトラスだったり、ペンシルバニアトラス(分格のプラットトラス)だったり。もしこれが日本なら、コンクリート製の高架橋となるのではないだろうか。言い換えれば、アメリカの鉄道が舞台の映画だからこそ、鉄橋だらけなのだ。と思う。

アメリカの鉄鋼産業は19世紀末から大規模に発展した。トラストを組み、莫大な利益を上げ、株価も一方的に吹き上がっていった。橋梁技術も発展させた。そして、架ける橋架ける橋、そのほとんどを鋼製橋梁とした。鉄道でいえば、高架橋は鋼橋。橋脚はトレッスル。道路でいえば、長大な径間が必要な橋は鋼製吊橋。そこまででもない橋はカンチレバートラス。それぞれ、当時の日本では考えられないほどの大型のもの。

私は、この映画の見所は、近代的な機関車の重量感と、前近代的な鉄橋の組み合わせだと思う。もしスタントンの大曲がコンクリート製高架橋だったら、クライマックスシーンでジェットコースターのごとく描かれてもちっとも時間がわかないだろう。鉄橋ゆえの、トレッスル橋脚ゆえの軋みを再現することで、この映画は完成度を高めている。



最後に、未消化で残った点をふたつ。

(1)重要な役割を果たす、溶接工のネッド。彼の存在意義が不明である。それがこの映画で唯一、消化不良となっている。出勤前、スタンドで油を売っているネッド。彼の元に電話が入り、「ポイントを切り替えろ」との指示が入る。その後、彼はクルマで列車を追いかけることになるのだが、なぜ彼にその指示が下ったのか? その辺が読み取れなかった。

(2)脱線機が失敗するというくだりがある。これ、確実に脱線させるなら、レールを外せばいいじゃないの。


以上、3回に分けて勝手に解説した。もしまだ見ぬ方がいらっしゃったら、ぜひご覧いただきたい。既に見た方は、ぜひもう一度。そのようにして、実際に見に行っていいただければ幸いである。

映画『アンストッパブル』をより味わうために(2)

映画『アンストッパブル』をより味わうために(2)

鉄道

映画『アンストッパブル』をより味わうために(1)の続き。

■日本語字幕について

●賛辞

英語との対訳はわからないが、日本の鉄道用語とは正確に対応している。たとえば、大部分のアメロコにはダイナミックブレーキがついていて、これがストーリーにも関わるのだが、アメロコの場合、ダイナミックブレーキは発電ブレーキを意味する。これは、アメロコのことを知らないと、単に「ダイナミックブレーキ」などとカナ表記しかねない部分なので、訳者GJ!である。

 アメロコのボンネット(フードという)上部がキノコのように張り出しているものがあるが、
これが発電ブレーキの放熱器であり、その上にはファンがある。
アメロコウォッチャー(トレイン・スポッターという)は、そのファンの数を気にする。


「力行」にはルビを振ってまでこの日本語を充てていた。すばらしい。ほかにも多数のGJがあった。


●惜しい!

残念だったのは、アメリカはマイル表示が普通であって、機関車のスピードメーターもマイル表示なのに、字幕がキロ表示だったことだ。

「時速128km」という字幕でも、映像は80MPHのスピードメーター。
「スタントンの大カーブの制限速度は時速25km」という字幕の後ろの映像は、「15」(MPH)と書いた標識。
「91.7km標」(だったような気がする)という字幕の後ろの映像は57マイルのポスト。

それぞれ

「時速80マイル(約128km)」
「~時速15マイル(約25km)」
「57マイル(約91.7km)標」

などとすればいいのに。


■機関車について

この映画では、貨物列車をGEAC4400CWが重連で牽引している。しかし、実際に起こった事故ではEMDSD40-2が単独で牽引していた。これはおそらく、映画の視覚的な効果を狙ってのことだと思う。また、時速80マイル(時速128km)ということに信憑性を持たせるためかもしれない。

しかし、SD40-2が暴走する列車に追いつき、連結したときには時速80マイルだった(と思う)。ということは、。SD40-2はそれ以上のスピードで走らなければならないのだが、本機の最高時速は65MPH(約時速104km)である。このへんを言うのは野暮というものか。なお、たしか、劇中、「いま時速104km(←数値はうろ覚え)でおいかけてる」というようなセリフがあった。これはそれを踏まえているのか。

また、AC4400CWは、その車名どおり4400馬力。これが重連で引く貨物列車を、果たして3000馬力のSD40-2のダイナミックブレーキで、引っ張って止められるのだろうか。これは、私にはその計算ができないので真偽は不明である。


さて、wikipedia英語版によれば、撮影には複数の車両が使われたとある。

●#777、#776…カナダ太平洋鉄道からのリース。
この2両が、無人の貨物列車の牽引機。4両とも、撮影終了後も映画の塗装のまま使用されている。
・#777…前半#9777、後半の傷んだ姿は#9782
・#776…前半#9758、後半の傷んだ姿は#9751

●#1206、#7375+#7346…ホイーリング・アンド・レイク・エリー鉄道からのリース。
#1206が主人公。#7375+#7346は「失敗した作戦」のため爆発炎上した機関車。

・#1206…3両使用。#6353と#6354。もう1両は運転台のショット。
・#7375…#6352(エキストラ的に出ている#5624も)
・#7346…#6351(エキストラ的に出ている#5580も)

#7375+#7346は、#777+#776に押し出される形で脱線・転覆したあと大爆発する。軽油を燃料とするディーゼル機関車が、そこまでの派手な爆発をするものだろうか?

●#2002(施設見学の児童たちを乗せた列車)…サザン・ペニンシュラ鉄道のEMDのGP11

■機関車の塗装について

実際の事故は、CSXが起こしたものである。CSXの塗装は、くすんだ紺/グレー/黄色である。
こちらのサイト「Crazy 8's the CSX report」からリンク)

対して、映画の中ではこのような塗装である。
20110129.JPG公式サイトよりキャプチャ・トリミング)

この塗装はサンタフェ(アッチソン・トピカ・サンタフェ鉄道(ATSF))の塗装を連想させる。こういうものだ。
ATSF C44-9W #637 4 (2)

上記写真はAC4400CWの前身というべきC40-9W。

AC4400CWの製造開始は1993年。ATSFは、1996年にBN(バーリントン・ノーザン鉄道)と合併し、BNSF鉄道となった。実際にATSFカラーとなったAC4400CWの画像は見つけられていないが、C40-9WにはATSFの塗装パターンを踏襲しているものがある。意図的に「赤+銀」にした上記のような車両もあれば、BNSFの濃緑+オレンジをベースに、この「インディアンの羽根」をイメージしたロゴをあしらったものもある。
Smokin' It Up


興味深いのは、CSXの事故をもとにした映画なのに、BNSFの前身たるATSFに似た塗装としたことである。営業エリアは、CSXが東海岸、BNSFはそれに接続するように中部から西海岸であるので、ライバル会社を貶める意味合いはないと思う。単に「かっこいい」ためかもしれない。


(まだ続く)
映画『アンストッパブル』をより味わうために(3)

(上記にリンクしたwikipediaの記事は、私が立項したものや大きく改稿したものが多数あります。こんな形で役に立つとは。)

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映画『アンストッパブル』をより味わうために(1)

鉄道

映画『アンストッパブル』を見てきた。大きなスクリーンで見ることを信条としているため、日劇まで行ってきた。この映画は、大スクリーンで見るべき。

とにかく見所がありすぎる。それはきっと、私がアメリカの鉄道会社、機関車、歴史、橋梁などをある程度知っているからそう思えるのだと思う。

この映画はアメリカの鉄道を舞台にしている。だから、日本の鉄道にいくら詳しくても理解が及ばない部分もあるはずだ。ましてや一般人においてをやである。ここでは、映画を見ただけではわからないことを書こうと思う。


●ロケ地

冒頭から意味深に出てくる巨大なペンシルバニアトラス。どうやらロケ地は下記らしいのだが、周囲の光景が全く違う。クライマックスシーンでキモとなる石油備蓄タンク(?)がない。

大きな地図で見る

上の地図で「A」とマッピングされている廃橋は、この2011年6月までに解体される予定の橋だ。wikipediaに記述がある。私有らしい…というのは余談で、この橋の形状、一端で分岐している点など、どう見ても映画で使われてた橋だ。でも、タンクはないし、周辺の住宅の様子も違う…。

いろいろググっていたら、こちらのサイトで、その謎が解けた。答えは合成だった。


●777号

北米(アメリカ、カナダ、メキシコ)の機関車には「ロードナンバー」といって、各鉄道ごとに通し番号がついている。車両の形式名ではないし、製造番号でもない。それが、この「777」と、その後ろにつながっている「776」だ。一般的に#をつけて、「#777」などと書く。験を担ぐこともあり、記念とする機関車にはキリのいい番号が与えられることがある。

(つづく)

こちらもご覧ください。
映画『アンストッパブル』をより味わうために(2)
映画『アンストッパブル』をより味わうために(3)


クイーンポストトラスの跨線橋

クイーンポストトラスの跨線橋

跨線橋

20110127.jpg上:『日本国有鉄道百年写真史』(著作権については後述)、下:『鉄道ファン』2011年3月号(複写:大西友三郎、所蔵:西尾克三郎)

去る21日に発売された『鉄道ファン』(下段の写真)を見て驚いた。開業当時の大阪駅の写真が掲載されており、なんとその跨線橋がクイーンポストトラスなのだ。掲載されている記事は古い給水塔の図面の解説で、実はこの写真との関連性が私にはわからないのだが…。

上の写真は『日本国有鉄道百年史』の別冊『~写真史』。両者の写真はよく似ているが、もちろん別物。上の写真には蒸気機関車がいない。そして、より多く跨線橋が写っているという点で、いま現在書店に売っている『鉄道ファン』をぜひご覧いただきたい。


ふと思い立って土木学会のサイトにある『日本鐵道史』を見たら…あった!
20110127-1.jpg『日本鐵道史』第二章「鐵道の創始」59ページ目より)

写真などほとんど掲載されていないこのアーカイブに、正面からのものがあるとは! 冒頭の写真でもわかるが、端柱がずいぶんと鈍角である。そういうものなのだろうか。そういえばキングポストトラスもクイーンポストトラスも、端柱が鋭角であるものを見たことがない気がする。発想として方杖(棒を突き合わせるもの)だからだろうか。


『日本国有鉄道百年写真史』について、以前も書いたような気もするが、土木構造物の写真がたくさん掲載されている。それも、開業に向けての工事中のものや開業直後のものが多いので、既に架け替えられてしまった大多数の橋梁の姿が拝める。現存数の少ないボルチモアトラスもいくつかある。室蘭や手宮の、石炭船に積むための2階建ての桟橋の俯瞰写真もある。

いまオークションを見たら1000円以下でいくつも出ている。ぜひ。(出品者は私ではありませんよ)


なお『日本国有鉄道百年写真史』の著作権について。これは国が出版したものと見なしていいのだと私は考えている。奥付には、不思議なことに「(C)1997」とある。これは、表記としてはまったく「なっていない」。(C)=マルCはcopyright、複製権を持つ者を記すマークであるから、これでは「1997」という人格が著作権を持っていることになる。復刻版の発行年が1997年であるので、おそらくそれを書いたのだと思うが、明確な誤りであり、この本には著作権表記がない、というのが実際のところであろう。表記がない=パブリックドメイン、ではないので念のため。

『鉄道写真1998~2001』広田尚敬

『鉄道写真1998~2001』広田尚敬

鉄道の本

20110126-02.JPG「広田尚敬 編集」と銘打った素晴らしいイヤーブック『鉄道写真』。1998年から2005年まで刊行されていた。2002年版と2003年版は持っていたが、高価ゆえに全部そろえてはいなかった。それが、秋葉原のTamTamに立ち寄った際、合本が安価で売られていたのを見つけた。豪華箱入り上製本である。発売当時7000円もしたものが、3000円である。そのときは買わなかったが、後日、ヤスコーンさんの手を煩わせて入手した(ありがとうございました)。

作品のすごさに圧倒される広田氏の写真集が4冊分がセットになって、しかも割引で売られていることに複雑な思いはあるが、買い物としてはありがたい。

中はこのように、4冊を表紙ごと合本にしてクロス貼りとしている。
20110126-03.JPG広告も当時のまま。

でもよく見ると…

20110126-04.JPGページの端が断裁されている。

まあ、事情はいろいろ見えてくる。


そしていま、amazonをチェックして驚いた。他の『鉄道写真』、たとえば『鉄道写真2005』などは新品が半額で売られている。欲しい人にはチャンス。ムックが安価になった分は、構造上、版元が損をしているだけだ。繰り返すが、割り引かれていて複雑な思いはするが、堂々と買っていい。

作品については、ただひたすらにそれに魅入るだけだ。
たしかこの本は、招待作品のように読者の秀作を集めて掲載していたと記憶している。そのどれもが素晴らしい。それらと、広田氏の取り下ろし作や過去の作品がギュウギュウに盛り込まれている。


観点としては、12年~8年前の本ということで、本の作り方が違う。写植で作成したページばかりなのだ。フォント(写植では「書体」という)の選び方や使い方、デザイン処理の仕方。いまはPC上で素人がクリックひとつでできることが、当時は写植のオペレータの腕と製版担当者の腕にかかっていたのだ。もしかすると、写真もドラムスキャナによるスキャンではなく、写真製版していたかもしれない…とも思ったが、このシャープさは既にスキャナだろう。

それと、広告とカメラの記事。『1998』の表2はF5、表4は645Nである。記事にはコダックのフォトCDやMacの7500などが掲載されているあたりにも時代を感じる。

とにかく、広田氏による600ページを超す写真の本が、わずか3000円。私のように迷わず、買うべき。


オオゼキタクライブ『歌旅人生』

オオゼキタクライブ『歌旅人生』

独言・日記

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オオゼキタク
さんのライブ『歌旅人生』に行ってきた。タクさんの歌は、生でも何度か聴いているし、ビデオでも見たことがある。昨日一昨日はtwicasでも歌ってくれた。でも、ちゃんとしたライブハウスで聴くのは初めて。ついでに言うと、「歌」をライブハウスで聴くのは初めて。僕はずっとインストばかりだったもので。(…と思っていたが、高校生の時に友達のライブを見たことを思い出した)

編成は、タクさん(g)、オバタコウジさん(G)、小林和弘さん(カホン、Perc)、田ノ岡三郎さん(Accordion)。

初っぱな。「旅の空」。そして「ほのかたび」。「旅の空」は、タクさんのpodcast「マジpod」のオープニングでも使われているし、「ほのかたび」は中井精也さんの写真展に合わせて作られた曲だ。僕は、歌声も楽器として聴きたい気持ちを持っているので、詩も大好きだけれど「声」に聴き入る。

客層は、1~2割が鉄道関係というかツイッターつながりというか、あとは「うたうたい」タクさんの客。もちろんほとんど女性。う~む。ステージは映えるな……。あれくらい映える場所というのは、バイクのレースに出ているときくらいだろうか。レースに出てれば下手でもかなりかっこよく見えるのだ。


今回のライブは、イベントがたくさんあった。まずは、ゲストで杉ちゃん&鉄平さん(Piano & Violin)の登場。お二人のステージとなった。杉ちゃんさん(←さかなクンさん、みたい。タクさんがこう言っていたので…)のパーカッシブなピアノと、鉄平さんのバイオリンのデュオ。楽しいネタをいろいろ披露してくれた。

『タモリ倶楽部』の鉄道の回になると登場する南田祐介さんの鉄道トーク、タクさんの鉄道トークを交え、休憩なしで約2時間以上。アンコールは最初の4人に杉ちゃん&鉄平さんを加えた6人で「ほのかたび」。田ノ岡さんと鉄平さんの掛け合い、杉ちゃんの力強いピアノ。それに反応するタクさんの歌。とてもよかった。壁には、中井精也さんの作品のスライドショー。一気に突っ走った感じの、素晴らしい組み立てのライブだった。


最後の「ほのかたび」の前に、タクさんが言った言葉が印象に残った。といいつつ、言葉そのものは正確に覚えてないんだけれど、「この楽しいライブが終わってしまうから、最後の曲を始めたくない」という意味の言葉。そういうセンスを見逃さない人が、詩を作れるのだろう。


ライブ終了後は、残った有志で、そのまま会場で打ち上げ。
P1233293_R.JPG(左から小倉沙耶さん、ヤスコーンさん、オオゼキタクさん、杉ちゃんさん、田ノ岡さん。許可を得て撮影・掲載)


このライブでは、ツイッター上の気になる人に会うこともできた。また来月、「鉄イッターサミット」というイベントもあるのでそちらも行く予定。この歳になって新しい友人が増えていくことが素直に楽しい。


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