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東海道本線の新大阪駅と大阪駅との間には淀川が流れている。そこを3複線で渡るのだが、もっとも河口より=西側に位置するのが複線の貨物線である。淀川を南に渡るとすぐに大きく右、つまり西へ反れ、阪急中津駅の下をくぐって梅田駅に至る路線である。旅客列車も走り、新大阪駅と関西空港とを結ぶ「はるか」もこの貨物線を通る。

3複線なので3組の橋梁が架かる。西から、
・この貨物線(複線プラットトラス)…支間
・東海道本線上り線(複線プラットトラス)…支間31.623m(103フィート9インチ)×22連
・東海道本線下り線(単線プレートガーダー×2)…支間32m×22連
となっている。名称はすべて「上淀川橋梁」であるが、今回は貨物線のトラスについて書く。

20110114-02.JPG.

この貨物線は、東海道本線上り線のプラットトラスと同じ支間31.623mを基本とするが、それは(新大阪方から)第1~3連と第6~21連の寸法であり、第4連・5連は47.396m(155フィート6インチ)。桁の製造は、基本的に汽車製造会社製で、長さの異なる第4・5連は川崎造船所製のようだが、歴史的鋼橋集覧では「(1-3,6-21)汽車(9)/1920,川崎造船所(10)/1921,(4,5)川崎造船所/1921」という、どうも信用ならない書き方が成されているので、曖昧なままにしておく。なにしろ銘板がない。
20110114-06.JPG.

この第4・5連の凸凹具合は、一見してわかる。
20110114-01.JPG画像左から1・2…と数えて4番目と5番目のトラスは、明らかに高さが異なる。…とはあまり見えなかったので拡大してみるとこう。
20110114-90.jpg描写がよくないので(これでもLレンズなのだ、2世代前の)、この第4・5連だけ望遠で撮っておけばよかったと後悔している。

なおこの上淀川橋梁は、歴史的鋼橋集覧では「ワーレントラス」となっている。しかし、ご覧の通り、プラットトラスである。

裏側。
20110114-03.JPGこのぶっとい横桁がすてきなのだ。縦桁は脇役。それでこそプラットトラスだ。

このトラスを見ていて驚いたのは、貨物列車が通ると、桁がしなるということだ。下弦と縦桁が、湾曲する。肉眼でも十分わかる。かなり驚いた。

橋脚は丸井筒のような、左右独立したコンクリート製である。

20110114-04.JPG支承は、大阪駅方(南、左岸)がスライド台座付きのピン支承、新大阪駅方(北、右岸)は固定式のピン支承である。

20110114-05.JPG塗装標記。

橋りょう名 上淀川橋りょう
位置 新大阪~大阪554K101m52
支間 31M62
塗装年月 1992年3月
と総回数 3回塗
塗装種別 下塗シアナミド鉛サビ止ペイント
(イカ不明)


私はプラットトラスは好物だが、このように5パネルのものは好みではない。やはりこうどーんと長い橋を架けて欲しいと思うのだ。


この区間の開通は1876年(明治9年)。しかし、この3組の橋梁が供用されたのは、それぞれ1928年12月、1901年8月、1956年(月は不明)。最初から三複線であったわけもなく、初代の桁がどうだったのかは後日書く。



→上淀川橋梁(東海道貨物線) その2
→吹田~新大阪間の経路変更は1912年か1913年か

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しつこくアドベンチャーブリッジ(栃木県)、宇都宮での収穫・天測点の続きである。



なんだかおかしい地図だ。栃木県庁がある敷地内、北側に道路の切れ端があり、西側には隧道坑門まである。「写真」に切り替えて表示されるのが建て替え前の旧庁舎であるため、南側のロータリーなどは「地図」と「写真」で異なる。坑門が表示されるのに気づいたのはついさっきのため、訪問時にはその確認などしていない。

この西側の道路、県道64号には「トンネル通り」という名称がつけられていた。
20110114-1.jpgトンネルはと言えば、こんな具合だ。
20110114-2.jpg見ての通りこの塙田トンネルは新しい。なぜここにトンネルを掘ったのかと言えば、おそらく防災上の観点に違いない。庁舎の3面にしか道がなく、そのうち1面は狭い道である。拡幅するのもわかる(昭和49年度の航空写真から推測)。

この右手、蒲生神社表参道を上り、墓地を通り抜けるとアドベンチャーブリッジ(栃木県)にあたるのだが、その墓地で初めて知ったことがあった。

多くの墓に「○○家奥津城」と書いてあるのだ。そして東京の谷中墓地の如く、被葬者の縁を記念として石碑に彫ったものも無数にあった。「奥津城」は「おくつき」と読み、要するに神道の墓である。お墓なので写真に撮ってはいない。なんとなく。時系列でいえば、この後アドベンチャーブリッジ→駅へ戻った。


そろそろ橋の話に復帰せねば。
アドベンチャーブリッジ(栃木県)を見て宇都宮駅に戻ろうとしていたところ、丘があったので上がった人がいた。つられて上がってみたら、そこに一等三角点があった。
20110112-01.JPG.
地形図など見ていなかったので、まさかこんなところ(失礼)に一等三角点があるとは思わなかった。いま改めて見ると、たしかにある。
20110112map.JPG余談になるが、この切り出した部分に「博物館」(2002年制定)「老人ホーム」(2006年制定)の地図記号がある。初めて見た気がする。

その横に、コンクリートの門柱みたいなものがあった。
20110112-02.JPG天測点。「第一六号天測点 地理調査所」という銘板がついている。「地理調査所」とは内務省→建設省の下部組織で、1960年に国土地理院となったものである。

サイト「一等三角点探訪」やサイト「オフィス地図豆」などを拝見すると、どうやら最初に全国で48点の天測点、すなわち天文測量をするための基準点が定められ、この八幡山は18号ということになったが、その後、いくつかが廃止されてため、「一六号」に変更されたようだ。後者のサイトに出てくる「カールバンベルヒ製70mm子午儀」は『地図の科学』(山岡光治著)に写真が掲載されている。

天測点とは、その名称からして目的も類推できるわけだが、それを見たのが初めてどころか存在を知ったのも初めてだった。wikipediaに記事がないのが不思議なくらいに感じるが、そんなに重要ではないのだろうか?

単なる腹ごなしの散歩だったつもりが、めいっぱい楽しい発見が多い散策になった。とても嬉しい。

20110111-02.JPG

1月10日(月)夜、お台場の東京カルチャーカルチャーで開催されたイベント『スーパーベルズの鉄道ナイト10~鉄道賢人あいのり新年会!「ひたちなか海浜鉄道編」DVD-BOX発売記念!最強アイアンゲスト多数集結!カルカルで2011年の鉄初め!!!』(←長い)に行ってきた。

スーパーベルズのイベントの第10回なのだが、今回は、先日のエントリ【DVD】鉄道6賢人イチ押し最強路線あいのり旅で紹介したDVDの販促イベントということもあり、いつもとは異なる進行となったようだ。ベルズのイベントを見るのは初めてなので、あくまで伝聞。

出演者は、先のエントリをコピペする。上の写真左からの順にした。
●南田裕介/タモリ倶楽部などでもおなじみのホリプロマネージャー
●野月貴弘/音楽ユニットSUPER BELL"Z(スーパー ベルズ)の中心人物
●中井精也/「JR時刻表」の表紙写真などでも活躍する鉄道写真家
●梅原淳/鉄道関連著書多数の鉄道ジャーナリスト
●オオゼキタク/シンガーソングライター
●横見浩彦/JR・私鉄全線全駅下車を成し遂げたトラベルライター


南田さんがお仕事で開演に間に合わなかったため、5人でスタートする。自己紹介などない。いきなり始まる。DVDを見ていることを前提に始まる。あわててタクさんがDVDを見てない人のためにフォローを入れたりしながら、第一部「自分の夢がかなった瞬間」。

20110111-01.JPG
私には中井さんの「年に何回か、イメージしているシーンに出会えることがあります」というお話が、とても染み入った。1年中、撮影の現場に立たれている中井さんでも「これ!」というシーンに出会えるのはその程度の回数だということだ。でも、それを確実に作品として仕上げている。本当にすごい。その代表的なものをスライドで何枚か紹介し、そのシーンに出会ったときのエピソードに、会場は飲み込まれてゆく。

私もそれなりに撮影していたほうだと思うが、「これ!」というシーンに出会えたのは何回あっただろうか。いくつか思い出してみる。

中井さんの作品に、日高本線の気動車越しに夕日が沈むというシーンがあった。
20110111-03.jpgこれの朝日版に、音別の海岸で出会ったことがある。確か6月、水平線から太陽が昇ってきた瞬間に、キハ40単行の窓の向こうに太陽が輝いた。しかし、残念ながら撮れなかった。まったく露出を合わせていなかったのだ。当時使っていたEOS3のダイヤルをカリカリ回しながらファインダー内の露出計のメモリを読みながら、虚しく望遠レンズの中で見送った。デジタルカメラのように、試し撮りしてから露出を考える、なんてことはできない。太陽を直接撮る、一発勝負なのに、露出は相当考えなければ失敗してしまう。でも、時間がないからそれもできなかったということだ。しかし、ファインダー越しに見たキハ40と水平線から昇る太陽の神々しさは、それまで見たこともない鉄道シーンであった。

中井さんのお話は、とにかく沿線に立っていれば、いつかはいいものを見ることができるよ…というメッセージのように感じた。私は比較的、机上で満足してしまうほうなので、意識して外に出なければと思う。もう写真は撮らなくなったので、自分の目で見ることを大切にしたいと思う。


続いて第2部「女性に鉄道の魅力を『かわいい』『おいしい』で伝える」(だったかな)。女性3人が新たに壇上に上がり、ほとんど理解されないまま進むが、みなさんの「楽しい旅行」プレゼンが的確でおもしろい!

そして第3部、トミーテックの鈴木さん、DDFの矢幅さんが登壇し、元日に野月さん・南田さんと「常磐初日の出号」で旅行したときのお話。気の置けない仲間と旅するとこんなに楽しいのか!ということだ。私はひとりでしか行かないので、本当に羨ましかった。

そんなこんなであっという間に5時間終了。こうしたイベントに来ると、本当に人の輪が広がるから嬉しい。次は2月6日(日)の『鉄イッターサミット~鉄道×twitter・夢のコラボイベント!』に行きます!


宇都宮に友人たちと餃子を食べに出かけた折、腹ごなしに八幡山公園まで歩いた。そこに「アドベンチャーブリッジ」「アドベンチャーU」なる、そこはかとなく興味が引かれる名称が案内標識に記載されていた。どうやら吊橋らしいのだが、行ってみて驚いた。主索で床版を吊る通常の吊橋ではなく、主索に直接床版を載せる鋼吊床版橋であった。
20110109-01.JPG私の影が間抜けにも写っているが、太陽が低いのでご勘弁を。この向こうに「アドベンチャーU」がある。何かと思ったら遊園地だった。しかし、いまは閉鎖中である。

親柱を見ると、変な像がある?

20110109-02.JPG左。これはなんだ。団栗の精か。

20110109-04.JPG右。たたき割られた上に角が丸くなっているように見えるが、そんなことはあるまい。意味不明。自分の影がすみません。

前方向かって左に銘板がある。
20110109-03.jpg
●右
アドベンチャーブリッジ
1998年8月
宇都宮市
小規模吊橋指針・同解説(1984年)
使用鋼材:SS400
製作:川田工業株式会社

●左
塗装記録表
塗装年月 1998年9月
塗装会社 下塗 川田工業(株)
中塗 川田工業(株)
上塗 <同>
塗装材料 下塗 鉛系さび止めペイント
中塗 長油性フタル酸樹脂塗料
上塗 <同>
塗料製造会社 下塗 日本ペイント(株)
中塗 日本ペイント(株)
上塗 <同>


渡る。吊橋だからといって揺れることはない。手すりは、その接合部を見るとほとんど動くことを許容しないようになっている。
20110119-99.jpg床版も、どこかに可動部分があるようには見えない。

そのまま対岸まで行き、振り返る。
20110109-05.JPG
そのまま後ずさりし、対岸側の親柱を見ると、やはり変なものがいる。

左。
20110109-07.JPG団栗を立てている。

右。
20110109-06.JPGなんだこれは。
ツイッターでは随時写真をアップしていたけれど、宇都宮は変なものが多い。ワンダーJAPANに「宇都宮ワンダー」とか言って特集してほしいくらいだ。

ここまで来ても、ケーブルは見ていない。幸い、真下にもぐれる場所があった。

20110109-08.JPGどうですか、この5本のケーブル。このアドベンチャーブリッジは、この主ケーブルが5本あり、その下に耐風索(耐風のための補助ケーブル)が1本あるが、この場所からは見えなかった。このように耐風索が1本のタイプをモノストーム式というので、さしずめこの橋めモノストーム式鋼吊床版橋となる。

この角度で見ると、耐風索は見えなくとも、そこに至るハンガー(床版と耐風索を結ぶケーブル)はわかるだろう。
20110109-10.JPG
アンカー。
20110109-09.JPGがっちりとコンクリートブロックに食い込んでいる。



ググると、現地には説明版があるそうだが、私は気がつかなかった。まあ、節穴だから仕方あるまい。

川田工業による技術解説はこちら。
またはこちら。

どうやら「日本初の、補剛桁を有する吊床版橋」らしい。そして「歩行者に遊び心と冒険心を持たせる」と紹介されている。遊び心はどうかわからないが、冒険心というのはちょっとわかる気がした。「冒険」というキーワードに似つかわしいのは、ガッチリ組まれたトラス橋やアーチ橋、あるいはスッキリした鈑桁橋よりは、多少は風で揺れる吊橋のほうがふさわしい。

親柱と、橋の名前が残念なだけで、非常に特徴的な橋に出会えてうれしかった。


●こちらもどうぞ
宇都宮での収穫・天測点
1月3日、天竜浜名湖鉄道に乗っているとき、sgmさんから「沿線おすすめのガソリンスタンド」の情報をいただいた。どこか途中駅で降りることができる程度のゆったりしたスケジュールで乗り鉄していたときだ。

最近、sgmさんの教育の賜か、私は車窓風景のひとつとしてガソリンスタンドを見ると、凝視してしまうようになっている。サインポールやキャノピー(天蓋)、そして列車の車内からならではの防火壁の裏側などが気になるのだ。また、そのたたずまいも重要な要素だ。前週、直江津付近に行ったときには谷浜駅西側の、波しぶきが5mほども上がっている荒れる日本海を背にしたスタンド(出光だったか)に非常に惹かれたりした。ただし、そのときは横殴りの雨だったため、やめてしまった。


そんな経緯があって、いただいた情報を元に桜木駅手前のモービルを車内から眺めた。ふと降りてみたくなった。暗闇の、それほど多くない交通量の県道のロードサイドに灯る、ガソリンスタンドの光が、とてもいじらしいというか、しんみりしていたのだ。バイクに寝袋だけ積んで下道ばかり走っていた頃、夜のロードサイドで見るガソリンスタンドの光は、それはそれは暖かく感じたものだった。通るクルマもほとんどないのに、立ち寄れば元気な人が出てきて、ササッと仕事をしてくれる。自分は給油して、どこか無人駅やバス停で銀マットだけ敷いて眠る。そんなことばかりしていた。

まあ、そんな気持ちを思いだしてしまったので次の桜川駅で降り、歩いてモービルに向かった。それほど遠くないはずだ。…歩道もない県道を行くと、すぐにあった。おあつらえ向きに、道を挟んだ反対側は空き地になっている。

20110107-01.JPG許可を取っているわけではない。こちらは徒歩だし、不審な目で見られかねないし。店員さんをキャノピーの支柱で隠してパチリ。手持ちでこんなものが撮れてしまうんだものなあ。デジタルカメラはすごい。

私はキャノピーの逆台形の支柱にデザイン性を見たので、それがわかるようにもう1枚。
20110107-02.JPG
赤いペガサスが映える。横長のモービルのサインポールもかっこいい。こうしたものをインテリアに置きたいという気持ちが少しわかる気がする。自分がしたいとは思わないけれど。死蔵するだけだしね。モノはあるべき場所にあってこそ。


明日(8日)も電車に乗る。今度は車内から見えるガソリンスタンドも撮ってみようか。数を見ることで、なんらかの傾向でも言えたらおもしろいと思う。

…というDVDがポニーキャニオンから発売されている。昨年末から発売記念イベントがいくつか続いており、この3連休の1月10日にも東京カルチャーカルチャーでイベント

『スーパーベルズの鉄道ナイト10~鉄道賢人あいのり新年会!「ひたちなか海浜鉄道編」DVD-BOX発売記念!最強アイアンゲスト多数集結!カルカルで2011年の鉄初め!!!』


…がある。楽しそうなので、それに行こうと思っている。

メインの出演者はスーパーベルズ、それに【アイアンゲスト】として 鉄道6賢人(ベルズの野月さんを含む下記6名)、鈴木雅之さん(トミーテック)、矢幅貴至さん(DDF)ほか、とのこと。6賢人をコピペする。
●横見浩彦/JR・私鉄全線全駅下車を成し遂げたトラベルライター
●中井精也/「JR時刻表」の表紙写真などでも活躍する鉄道写真家
●野月貴弘/音楽ユニットSUPER BELL"Z(スーパー ベルズ)の中心人物
●梅原淳/鉄道関連著書多数の鉄道ジャーナリスト
●オオゼキタク/シンガーソングライター
●南田裕介/タモリ倶楽部などでもおなじみのホリプロマネージャー



イベントに先立ち、DVDを見る。6賢人の方々は、親しかったり、名刺だけ交換させていただいた程度だったり、まったく面識がなかったり。ただし、こちらはみなさんがどのような活動をなさっているかはわかっているつもり。そうしたことを知ることも、私の大切な仕事。

このDVDは、放送作家の鈴木おさむさんと土田晃之さんのペア「ジャーナリストボーイズ」を上記6賢人がご案内するというもので、舞台はひたちなか海浜鉄道。漫画『鉄子の旅』で例えると、キクチさん役がこのお二人で、横見さん役が6賢人だと思っていただければそう違いはない。DVDは2枚組となっていて、DISC1が本編、DISC2が特典である。内容は見てのお楽しみというしかないのだが、楽しみ方をご紹介したい。


まず、見る順番。これは、本編→特典、のほうがいい。本編に見る6賢人のあっちの世界へのイキっぷりの少しわざとらしさに突っ込みを入れたくなりながらニヤニヤ見るのだ。そして、特典で、本編に至った背景を知るとおもしろさが増すと思う。いや、私はみなさんの姿をいろいろなところで(一方的に)拝見しているのでこれでニヤニヤできるが、例えば6賢人のうちひとりしかよく知らないよ、というような方は、ぜひイベントに行ってからこのDVDを見ていただきたい。きっとイベントの余韻が何倍にもなると思う。

DVDに収録されている内容を簡単に。

●DISC1
鈴木おさむ氏と土田晃之氏を、6賢人が案内する。6賢人がどのように登場するかというか、どのようにお二人にアピールしていくのかが楽しい。ひたちなかの各車両が出てくる。いろいろ羨ましい。

●DISC2
6賢人ではなく9賢人での会議風景。賢人たちが「こんな旅が楽しいよ!」とプレゼンしていく。みんなほんとうに好きなんだなあ、と思うと同時に、みんな真剣に考えてプレゼンしている。

もし私ならどんなプレゼンをしようか。やはり鋼橋巡りだな。行き先は…磐越西線でしょう。ワデルの設計による5橋梁(一部は改築済み)を巡りますよ。



1/23には秋葉原の石丸でイベントがあり、1/30にはひたちなか海浜鉄道で特別列車が走る。とくに後者は、DVDを買った人だけが参加でき、6賢人も勢揃いするという。詳細はこちら。
昨日の車止めの下にある桁(豊橋鉄道渥美線 三河田原駅)について、『鉄道ジャーナル』でおなじみの土屋武之さんと、古レールに造詣の深い小倉沙耶さんから下記のようなご指摘をいただいた。
「車止め下部の桁は、廃線になったその先に続く路線の遺構ではないか?」
そうか! 渥美線が、三河田原から先、営業キロでいうと2.8km延びていたのは知っていた。昨日のエントリを書く前にも、古い航空写真を何枚か確認したし、現在のGooglemapsも見て「廃線跡がよくわかるな」と思っていたのだ。しかし、迂闊にも、その廃線跡との関連性に気づかなかった。

ということで、昨日のエントリのテーマ、「なんで車止めの下に桁があるのか?」という問いに対しては、「その先に線路があったものを、たまたまそこでぶったぎっただけ」というのが答えになろう。

ただし、旧版地形図を見たわけではないので、その桁の下に何があったのかの特定はできていない。開渠だったと推測するが、ではそれがどこからどこに至る開渠だったのかはわからない。機会があったら九段下で確認してきたいと思う。

20110104-9.jpg

豊橋鉄道に乗ってきた。市内線、渥美線とも乗り、それぞれいろいろ興味深かったのだが、渥美線の終点・三河田原駅でおもしろいものを見つけた。

上の写真では線路が4本見えるが、一番手前の線路は画像からはみ出た部分ですぐに終わっていて、それ以外の3線が集約されて1本になり、終わっている。
20110104-10.jpgこの画像でいうと、右奥に集約されている。そこに行ってみると…

20110104-01.JPGなんですかこれは! なんでこんな部分に桁かましてあるんだ!?

逆から覗く。
20110104-02.JPG不思議だ。

ちょっと引いて。
20110104-03.JPG.

末端部なんだから、いちいち桁かまさなくても、その分、線路を短くすればいいじゃないか! などと感じるのだが、有効長の関係などから車止めまでにこの長さが必要となり、ここに桁をかましてまで長さを延ばしたのではないだろうか。

現在、桁の下は少し凹んだ地面のようにも見えるが、明確に橋台があるところから、ここには開渠があったのだと思う。しかし、1961年の航空写真や1977年の航空写真では確認できなかったので、あくまでも推測である。現在の周辺の道路を見ても、この説を裏付けるものは見いだせなかったが、こうでも考えないとわざわざ橋台を設けてまでの桁の存在理由がない。


以下、おまけ。

上の「引いた画像」の右側は駅利用者の契約駐車場となっている。その看板に驚いた。
20110104-04.JPG「古くさい」からじゃないですよ。木が、看板をくわえ込んでいるのだ。

20110104-05.JPG横から見ると、その異常さがよくわかる。



渥美線は、北関東の郊外電車、という印象の路線。ロングシートだが、運転室ごしに前面展望を眺められるし、15分ヘッドで運転しているから途中下車しても気にならない。都市近郊の路線こそ、途中下車(してないけど)して駅周辺を歩くと面白い。



回答らしきものが。下記エントリもご覧ください。

続・車止めの下にある桁(豊橋鉄道渥美線 三河田原駅)

ガソリンスタンド・ノートという美しいサイトがある。管理人の松村さんは、それはもうものすごい数のガソリンスタンドを実見しておられ、数を見たゆえの分類や鑑賞眼がほんとうに鋭く「継続は力なり」という言葉はこの方のためにあるのではないかと思うような、とにかくガソリンスタンドの造形に間違いなく日本でもっとも詳しい方である。

私自身は、柏崎駅でよく見かけた日石のコウモリマークと、通っていた保育園の近くに出光のスタンドがあり(いまもある)、アポロマークを不気味に思っていたことが幼少の頃の記憶として残っているくらいの、一般の人より多少はガソリンスタンドのブランドに興味は持っていたような人間だったが、先日の江東ドボクマッピング新観光講座・ガソリンスタンド編から、特に興味を引かれるようになってしまった。といっても、氏のレクチャーを思い返しながら、ただ惚けるように眺めるだけである。



元日、環七の練馬・板橋区境周辺を歩いていた。このあたりはガソリンスタンドの興亡が激しい。外回り基準で、新桜台から川越街道までの間、記憶の中では

●外回り
・JOMO(けっこう大規模、閉鎖)
・ゼネラル?(閉鎖)
・ENEOS
・ゼネラル(ここ1~2年でできた)

●内回り
・JOMO
・出光(最近閉鎖)

…があった気がする。ゼネラルが最も新しく、近辺では軽油が最安値(ガソリンは知らない)。そのゼネラルと、最近閉鎖された出光を写真に撮ってきた。

20110103-01.JPG青空に生える、白と赤。キャノピー(天蓋)が白/赤なので、ESSOかと思ってしまう。以前は、ゼネラルといえば微妙な青に黄色いラインが入っていたと思う。


その斜向かいに、先日まで出光があった。Googleのストリートビューにはもちろん載っている。

大きな地図で見る

これが、元日にはこうなっていた。
20110103-02.JPGみごとに、出光カラーが白く塗りつぶされている。サインポールは撤去しただけでなく、防火壁にあった出光のロゴまで消してある。キャノピーの、<<<という形の模様はなぜか残したまま、オレンジ色の部分が白く塗られている。

20110103-03.JPGしかし、計量器はそのまま。そして、その後ろには「出光 小山町SS」と書いてある。

板橋区小山町! 現在の住居表示では消滅してしまった地名だ。1965年に、茂呂町、根ノ上町とともに、現在の小茂根に統合された。そんな地名が、スタンドに残っている。小茂根の小は、小山町の小である。小山町の成立は1932年であるから、このスタンドは1932年から1965年の間にここに誕生したのだ。それが閉鎖された。

20110103-04.JPG入り口にはフェンスが立てられている。取り壊されてマンションにでもなるのだろうか。

なお、私はこのスタンドで給油したことは、おそらく一度もない。それは、単純に価格が安くなかったからということと、そもそも価格表示をしていないことが多かったからである。

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