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とあることから、Market Street Bridge(マーケット・ストリート橋)というテネシー川にかかる橋(テネシー州)を検索していたら、面白いものにあたった。それはあとから書くとして、まずはこの橋。

(元画像はこちら。パブリック・ドメインである)

正式にはJohn Ross Bridge(ジョン・ロス橋)といい、テネシー川南岸のチャタヌーガと北岸を結んでいる。由来はチェロキーのジョン・ロスにちなんだもので、1917年に竣工した。最大スパン109m。2005年に修復のため一時通行止めとなり、2007年に再度供用開始された(以上、wikipediaによる)。

この橋、ブレーストリブアーチに見えるけれど、跳開橋である。それぞれ分離して跳ね上がるのだから、閉合しているときでもアーチ構造を取るわけではない。よって、これはなんなんだろう、分類するとすれば「跳開橋」であり、単に桁がブレーストリブアーチのような見た目をしている…という解釈でいいのだろうか。



さて、これは前振り。この橋が跳開している状態の画像を探していたら、この画像に出会った。
(リンク元=こちら)

どうだろう、このプラットトラス。六角形。日本では、中央3パネルの上弦が水平になっている通称「クーパートラス」があるが、その水平部分だけが大きくなった感じ。当然、分格トラス=ペンシルバニアトラスである。

全体像はこちら。
(出典はこちら。ライセンスはcc3.0)

全6連のうち、南側2連と北側1連は短い10パネル210フィート(64m)、中央3連は長い(背の高い)3連は16パネル320フィート(97.5m)。右端の桁の橋脚はトレッスル。1891年開通。桁下高さ30m。北側の(画像右側)桁の橋脚はトレッスルである。


こんなばかでかいピントラスを、修復した上で歩道橋として存置している米国。すばらしい。いつかは見に行ってみたいものだ。



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映画『アンストッパブル』をより味わうために(1)
映画『アンストッパブル』をより味わうために(2)のつづき。

■SD40-2は「旧式」?

公式サイトのストーリーでは、主人公らが乗るSD40-2を「旧式機関車」と書いている。旧式だと、なにか不都合があるのだろうか? 端的に「新型の暴走機関車を、旧式の機関車が止める」という対立の図式を作りたかったのだろうか。日本で例えれば、DF200が重連で牽引する機関車を、1両のDD51が綱引きして止めるイメージか。

「旧式」の欠点は? 機関車の性能で考えると、粘着牽引力だったり、燃費だったりするのだが、それを次で比較してみる。


■SD40-2は、AC4400CWを止められるのか?

サイトThe Diesel Shopにあるデータを羅列してみる。なお、両車種ともに6動軸である。

車種/原動機出力/粘着牽引力(起動時)/粘着牽引力(定格)
・AC4400CW/4400PS/18万lbs@粘着係数*35%/14.5万lbs@13.7MPH
=81647kg/65771kg@22km/h
・SD40-2/3000PS/9.2万lbs@粘着係数*25%/8.21万lbs@11MPH
=41739kg/37240kg@17.6km/h
*adhensionとだけ書いてあるので「粘着係数」、日本では%ではなく「0.35」などと表記される数値だと思うが、違うかもしれない。

このAC4400CWが重連で牽引しているのだから、SD40-2が1両だけ追いついたとしても…。

では、実際の事故はどうだったのだろうか。実際の機関車は、暴走した列車の牽引機、最後尾に連結して原則させた機関車も、ともにSD40-2であった。


■鉄道会社は株価を気にする?

運行部長が「この事故で株価はどうなる?」といったことを発言するシーンがある。会社のことしか考えていないと印象づけるシーンだが、アメリカの鉄道会社は大きな投資対象になっているため、こういう考え方をしてもおかしいとは思わない。

実際にCSXが事故を起こした2001年5月頃の株価推移を見てみると、これが重大なインシデントで済んだためか、影響がないように見える。株価推移はこちら


■鉄道安全教室

鉄道施設を見学する小学生の団体が出てくる。アメリカでは、踏切事故対策に頭を悩ませており、こうした取組はよくあることのようだ。

そのシーンで「鉄道に乗ったことある人!」と挙手をさせたときに、多くの子どもたちが手を挙げたのが意外だった。アメリカの鉄道は基本的に貨物輸送であり、一般の人間が乗るとしたら大都市近郊のコミューター路線くらいだと思うのだが、この子どもたちが乗ったのはなんなのだろう? 



…といったように、アメリカの鉄道のことを知ると、より各場面が持つ意味が理解できよう。


■鉄橋の存在感…まとめ

もっとあやぶまれた「スタントンの大曲」。そこに橋梁があり、手前というか奥というか、一端には急曲線かつ勾配のあるアプローチ線がある。映画『アンストッパブル』をより味わうために(1)で地図を示したその橋は、冒頭、まだ事件を知る前の主人公たちのシーンなど、幾度となくスクリーンに登場する。速度制限25MPHということは、かなりの急曲線だ。この橋を俯瞰するシーンがとても美しい。

この橋は、プラットトラスとプレートガーダーで構成されている。プラットトラスの大きさは2種類あり、大きなものは当然径間が大きい。おそらく、元々は水運のために径間を大きくとったものであろう。アプローチ部分はトレッスル橋脚だ。

ほかにも随所で橋梁が出てくる。そのほとんどはプラットトラスだったり、ペンシルバニアトラス(分格のプラットトラス)だったり。もしこれが日本なら、コンクリート製の高架橋となるのではないだろうか。言い換えれば、アメリカの鉄道が舞台の映画だからこそ、鉄橋だらけなのだ。と思う。

アメリカの鉄鋼産業は19世紀末から大規模に発展した。トラストを組み、莫大な利益を上げ、株価も一方的に吹き上がっていった。橋梁技術も発展させた。そして、架ける橋架ける橋、そのほとんどを鋼製橋梁とした。鉄道でいえば、高架橋は鋼橋。橋脚はトレッスル。道路でいえば、長大な径間が必要な橋は鋼製吊橋。そこまででもない橋はカンチレバートラス。それぞれ、当時の日本では考えられないほどの大型のもの。

私は、この映画の見所は、近代的な機関車の重量感と、前近代的な鉄橋の組み合わせだと思う。もしスタントンの大曲がコンクリート製高架橋だったら、クライマックスシーンでジェットコースターのごとく描かれてもちっとも時間がわかないだろう。鉄橋ゆえの、トレッスル橋脚ゆえの軋みを再現することで、この映画は完成度を高めている。



最後に、未消化で残った点をふたつ。

(1)重要な役割を果たす、溶接工のネッド。彼の存在意義が不明である。それがこの映画で唯一、消化不良となっている。出勤前、スタンドで油を売っているネッド。彼の元に電話が入り、「ポイントを切り替えろ」との指示が入る。その後、彼はクルマで列車を追いかけることになるのだが、なぜ彼にその指示が下ったのか? その辺が読み取れなかった。

(2)脱線機が失敗するというくだりがある。これ、確実に脱線させるなら、レールを外せばいいじゃないの。


以上、3回に分けて勝手に解説した。もしまだ見ぬ方がいらっしゃったら、ぜひご覧いただきたい。既に見た方は、ぜひもう一度。そのようにして、実際に見に行っていいただければ幸いである。
映画『アンストッパブル』をより味わうために(1)の続き。

■日本語字幕について

●賛辞

英語との対訳はわからないが、日本の鉄道用語とは正確に対応している。たとえば、大部分のアメロコにはダイナミックブレーキがついていて、これがストーリーにも関わるのだが、アメロコの場合、ダイナミックブレーキは発電ブレーキを意味する。これは、アメロコのことを知らないと、単に「ダイナミックブレーキ」などとカナ表記しかねない部分なので、訳者GJ!である。

 アメロコのボンネット(フードという)上部がキノコのように張り出しているものがあるが、
これが発電ブレーキの放熱器であり、その上にはファンがある。
アメロコウォッチャー(トレイン・スポッターという)は、そのファンの数を気にする。


「力行」にはルビを振ってまでこの日本語を充てていた。すばらしい。ほかにも多数のGJがあった。


●惜しい!

残念だったのは、アメリカはマイル表示が普通であって、機関車のスピードメーターもマイル表示なのに、字幕がキロ表示だったことだ。

「時速128km」という字幕でも、映像は80MPHのスピードメーター。
「スタントンの大カーブの制限速度は時速25km」という字幕の後ろの映像は、「15」(MPH)と書いた標識。
「91.7km標」(だったような気がする)という字幕の後ろの映像は57マイルのポスト。

それぞれ

「時速80マイル(約128km)」
「~時速15マイル(約25km)」
「57マイル(約91.7km)標」

などとすればいいのに。


■機関車について

この映画では、貨物列車をGEのAC4400CWが重連で牽引している。しかし、実際に起こった事故ではEMDのSD40-2が単独で牽引していた。これはおそらく、映画の視覚的な効果を狙ってのことだと思う。また、時速80マイル(時速128km)ということに信憑性を持たせるためかもしれない。

しかし、SD40-2が暴走する列車に追いつき、連結したときには時速80マイルだった(と思う)。ということは、。SD40-2はそれ以上のスピードで走らなければならないのだが、本機の最高時速は65MPH(約時速104km)である。このへんを言うのは野暮というものか。なお、たしか、劇中、「いま時速104km(←数値はうろ覚え)でおいかけてる」というようなセリフがあった。これはそれを踏まえているのか。

また、AC4400CWは、その車名どおり4400馬力。これが重連で引く貨物列車を、果たして3000馬力のSD40-2のダイナミックブレーキで、引っ張って止められるのだろうか。これは、私にはその計算ができないので真偽は不明である。


さて、wikipedia英語版によれば、撮影には複数の車両が使われたとある。

●#777、#776…カナダ太平洋鉄道からのリース。
この2両が、無人の貨物列車の牽引機。4両とも、撮影終了後も映画の塗装のまま使用されている。
・#777…前半#9777、後半の傷んだ姿は#9782
・#776…前半#9758、後半の傷んだ姿は#9751

●#1206、#7375+#7346…ホイーリング・アンド・レイク・エリー鉄道からのリース。
#1206が主人公。#7375+#7346は「失敗した作戦」のため爆発炎上した機関車。

・#1206…3両使用。#6353と#6354。もう1両は運転台のショット。
・#7375…#6352(エキストラ的に出ている#5624も)
・#7346…#6351(エキストラ的に出ている#5580も)

#7375+#7346は、#777+#776に押し出される形で脱線・転覆したあと大爆発する。軽油を燃料とするディーゼル機関車が、そこまでの派手な爆発をするものだろうか?

●#2002(施設見学の児童たちを乗せた列車)…サザン・ペニンシュラ鉄道のEMDのGP11。

■機関車の塗装について

実際の事故は、CSXが起こしたものである。CSXの塗装は、くすんだ紺/グレー/黄色である。
(こちらのサイト「Crazy 8's the CSX report」からリンク)

対して、映画の中ではこのような塗装である。
20110129.JPG(公式サイトよりキャプチャ・トリミング)

この塗装はサンタフェ(アッチソン・トピカ・サンタフェ鉄道(ATSF))の塗装を連想させる。こういうものだ。
ATSF C44-9W #637 4 (2)

上記写真はAC4400CWの前身というべきC40-9W。

AC4400CWの製造開始は1993年。ATSFは、1996年にBN(バーリントン・ノーザン鉄道)と合併し、BNSF鉄道となった。実際にATSFカラーとなったAC4400CWの画像は見つけられていないが、C40-9WにはATSFの塗装パターンを踏襲しているものがある。意図的に「赤+銀」にした上記のような車両もあれば、BNSFの濃緑+オレンジをベースに、この「インディアンの羽根」をイメージしたロゴをあしらったものもある。
Smokin' It Up


興味深いのは、CSXの事故をもとにした映画なのに、BNSFの前身たるATSFに似た塗装としたことである。営業エリアは、CSXが東海岸、BNSFはそれに接続するように中部から西海岸であるので、ライバル会社を貶める意味合いはないと思う。単に「かっこいい」ためかもしれない。


(まだ続く)
映画『アンストッパブル』をより味わうために(3)

(上記にリンクしたwikipediaの記事は、私が立項したものや大きく改稿したものが多数あります。こんな形で役に立つとは。)
映画『アンストッパブル』を見てきた。大きなスクリーンで見ることを信条としているため、日劇まで行ってきた。この映画は、大スクリーンで見るべき。

とにかく見所がありすぎる。それはきっと、私がアメリカの鉄道会社、機関車、歴史、橋梁などをある程度知っているからそう思えるのだと思う。

この映画はアメリカの鉄道を舞台にしている。だから、日本の鉄道にいくら詳しくても理解が及ばない部分もあるはずだ。ましてや一般人においてをやである。ここでは、映画を見ただけではわからないことを書こうと思う。


●ロケ地

冒頭から意味深に出てくる巨大なペンシルバニアトラス。どうやらロケ地は下記らしいのだが、周囲の光景が全く違う。クライマックスシーンでキモとなる石油備蓄タンク(?)がない。

大きな地図で見る

上の地図で「A」とマッピングされている廃橋は、この2011年6月までに解体される予定の橋だ。wikipediaに記述がある。私有らしい…というのは余談で、この橋の形状、一端で分岐している点など、どう見ても映画で使われてた橋だ。でも、タンクはないし、周辺の住宅の様子も違う…。

いろいろググっていたら、こちらのサイトで、その謎が解けた。答えは合成だった。


●777号

北米(アメリカ、カナダ、メキシコ)の機関車には「ロードナンバー」といって、各鉄道ごとに通し番号がついている。車両の形式名ではないし、製造番号でもない。それが、この「777」と、その後ろにつながっている「776」だ。一般的に#をつけて、「#777」などと書く。験を担ぐこともあり、記念とする機関車にはキリのいい番号が与えられることがある。

(つづく)

こちらもご覧ください。
映画『アンストッパブル』をより味わうために(2)
映画『アンストッパブル』をより味わうために(3)

20110127.jpg上:『日本国有鉄道百年写真史』(著作権については後述)、下:『鉄道ファン』2011年3月号(複写:大西友三郎、所蔵:西尾克三郎)

去る21日に発売された『鉄道ファン』(下段の写真)を見て驚いた。開業当時の大阪駅の写真が掲載されており、なんとその跨線橋がクイーンポストトラスなのだ。掲載されている記事は古い給水塔の図面の解説で、実はこの写真との関連性が私にはわからないのだが…。

上の写真は『日本国有鉄道百年史』の別冊『~写真史』。両者の写真はよく似ているが、もちろん別物。上の写真には蒸気機関車がいない。そして、より多く跨線橋が写っているという点で、いま現在書店に売っている『鉄道ファン』をぜひご覧いただきたい。


ふと思い立って土木学会のサイトにある『日本鐵道史』を見たら…あった!
20110127-1.jpg(『日本鐵道史』第二章「鐵道の創始」59ページ目より)

写真などほとんど掲載されていないこのアーカイブに、正面からのものがあるとは! 冒頭の写真でもわかるが、端柱がずいぶんと鈍角である。そういうものなのだろうか。そういえばキングポストトラスもクイーンポストトラスも、端柱が鋭角であるものを見たことがない気がする。発想として方杖(棒を突き合わせるもの)だからだろうか。


『日本国有鉄道百年写真史』について、以前も書いたような気もするが、土木構造物の写真がたくさん掲載されている。それも、開業に向けての工事中のものや開業直後のものが多いので、既に架け替えられてしまった大多数の橋梁の姿が拝める。現存数の少ないボルチモアトラスもいくつかある。室蘭や手宮の、石炭船に積むための2階建ての桟橋の俯瞰写真もある。

いまオークションを見たら1000円以下でいくつも出ている。ぜひ。(出品者は私ではありませんよ)


なお『日本国有鉄道百年写真史』の著作権について。これは国が出版したものと見なしていいのだと私は考えている。奥付には、不思議なことに「(C)1997」とある。これは、表記としてはまったく「なっていない」。(C)=マルCはcopyright、複製権を持つ者を記すマークであるから、これでは「1997」という人格が著作権を持っていることになる。復刻版の発行年が1997年であるので、おそらくそれを書いたのだと思うが、明確な誤りであり、この本には著作権表記がない、というのが実際のところであろう。表記がない=パブリックドメイン、ではないので念のため。
20110126-02.JPG「広田尚敬 編集」と銘打った素晴らしいイヤーブック『鉄道写真』。1998年から2005年まで刊行されていた。2002年版と2003年版は持っていたが、高価ゆえに全部そろえてはいなかった。それが、秋葉原のTamTamに立ち寄った際、合本が安価で売られていたのを見つけた。豪華箱入り上製本である。発売当時7000円もしたものが、3000円である。そのときは買わなかったが、後日、ヤスコーンさんの手を煩わせて入手した(ありがとうございました)。

作品のすごさに圧倒される広田氏の写真集が4冊分がセットになって、しかも割引で売られていることに複雑な思いはあるが、買い物としてはありがたい。

中はこのように、4冊を表紙ごと合本にしてクロス貼りとしている。
20110126-03.JPG広告も当時のまま。

でもよく見ると…

20110126-04.JPGページの端が断裁されている。

まあ、事情はいろいろ見えてくる。


そしていま、amazonをチェックして驚いた。他の『鉄道写真』、たとえば『鉄道写真2005』などは新品が半額で売られている。欲しい人にはチャンス。ムックが安価になった分は、構造上、版元が損をしているだけだ。繰り返すが、割り引かれていて複雑な思いはするが、堂々と買っていい。

作品については、ただひたすらにそれに魅入るだけだ。
たしかこの本は、招待作品のように読者の秀作を集めて掲載していたと記憶している。そのどれもが素晴らしい。それらと、広田氏の取り下ろし作や過去の作品がギュウギュウに盛り込まれている。


観点としては、12年~8年前の本ということで、本の作り方が違う。写植で作成したページばかりなのだ。フォント(写植では「書体」という)の選び方や使い方、デザイン処理の仕方。いまはPC上で素人がクリックひとつでできることが、当時は写植のオペレータの腕と製版担当者の腕にかかっていたのだ。もしかすると、写真もドラムスキャナによるスキャンではなく、写真製版していたかもしれない…とも思ったが、このシャープさは既にスキャナだろう。

それと、広告とカメラの記事。『1998』の表2はF5、表4は645Nである。記事にはコダックのフォトCDやMacの7500などが掲載されているあたりにも時代を感じる。

とにかく、広田氏による600ページを超す写真の本が、わずか3000円。私のように迷わず、買うべき。

P1243295_R.JPG

オオゼキタク
さんのライブ『歌旅人生』に行ってきた。タクさんの歌は、生でも何度か聴いているし、ビデオでも見たことがある。昨日一昨日はtwicasでも歌ってくれた。でも、ちゃんとしたライブハウスで聴くのは初めて。ついでに言うと、「歌」をライブハウスで聴くのは初めて。僕はずっとインストばかりだったもので。(…と思っていたが、高校生の時に友達のライブを見たことを思い出した)

編成は、タクさん(g)、オバタコウジさん(G)、小林和弘さん(カホン、Perc)、田ノ岡三郎さん(Accordion)。

初っぱな。「旅の空」。そして「ほのかたび」。「旅の空」は、タクさんのpodcast「マジpod」のオープニングでも使われているし、「ほのかたび」は中井精也さんの写真展に合わせて作られた曲だ。僕は、歌声も楽器として聴きたい気持ちを持っているので、詩も大好きだけれど「声」に聴き入る。

客層は、1~2割が鉄道関係というかツイッターつながりというか、あとは「うたうたい」タクさんの客。もちろんほとんど女性。う~む。ステージは映えるな……。あれくらい映える場所というのは、バイクのレースに出ているときくらいだろうか。レースに出てれば下手でもかなりかっこよく見えるのだ。


今回のライブは、イベントがたくさんあった。まずは、ゲストで杉ちゃん&鉄平さん(Piano & Violin)の登場。お二人のステージとなった。杉ちゃんさん(←さかなクンさん、みたい。タクさんがこう言っていたので…)のパーカッシブなピアノと、鉄平さんのバイオリンのデュオ。楽しいネタをいろいろ披露してくれた。

『タモリ倶楽部』の鉄道の回になると登場する南田祐介さんの鉄道トーク、タクさんの鉄道トークを交え、休憩なしで約2時間以上。アンコールは最初の4人に杉ちゃん&鉄平さんを加えた6人で「ほのかたび」。田ノ岡さんと鉄平さんの掛け合い、杉ちゃんの力強いピアノ。それに反応するタクさんの歌。とてもよかった。壁には、中井精也さんの作品のスライドショー。一気に突っ走った感じの、素晴らしい組み立てのライブだった。


最後の「ほのかたび」の前に、タクさんが言った言葉が印象に残った。といいつつ、言葉そのものは正確に覚えてないんだけれど、「この楽しいライブが終わってしまうから、最後の曲を始めたくない」という意味の言葉。そういうセンスを見逃さない人が、詩を作れるのだろう。


ライブ終了後は、残った有志で、そのまま会場で打ち上げ。
P1233293_R.JPG(左から小倉沙耶さん、ヤスコーンさん、オオゼキタクさん、杉ちゃんさん、田ノ岡さん。許可を得て撮影・掲載)


このライブでは、ツイッター上の気になる人に会うこともできた。また来月、「鉄イッターサミット」というイベントもあるのでそちらも行く予定。この歳になって新しい友人が増えていくことが素直に楽しい。

110122_223120.jpgソフトバンククリエイティブのサイエンス・アイ新書。サブタイトルが「なぜ昔の人は地球が楕円だとわかった? 航空写真だけで地図をつくれないワケは!?」。

内容は、地図製作の歴史=「地球」のとらえ方の歴史から、近代の三角測量、GPS測量に至るまで、なかなかわかりやすく解説している。さすがに著者は地理院の技官であっただけに、実際の2万5000分の1地形図を起こす際のエピソードがいくつか盛り込まれている。

けっこうな紙数が割かれているのがGPS測量の問題点や写真測量。本書の約半分は、そうした話だ。だからこそこの本を買ったのだ。おそらく著者が直接携わった「現場」なのだろうと思う。GPSを使って地図とリンクさせていたり、航空写真を眺めることが好きな人が読んだら、GPSや航空写真への興味というか知識が深まると思う。

ただし、記述は舌足らずである。地理の専門用語がばしばし出てくるのだが、その解説が文章だけだったり、具体例がなかったりするのだ。添えてあるイラストの一部が、理解を妨げるようになっているものもある。

たとえば…

(1)ジオイド面

簡単に言うと、もし海面が陸地まで浸透していたら…という面で、「標高」の基準であるのだが、その説明がなかなかまどろっこしい。本書だけでは理解できないと思う。

wikipediaの図がいちばんわかりやすい。
20110122.JPG(wikipediaのファイルをキャプチャ、転載。ライセンス=CC-継承 3.0 非移植)
1が平均海水面。海水面は周辺の陸地(というか、海水ではない部分)の密度などにも影響を受けるので、地球楕円帯(仮想の地球の形状。そもそもその定義すらいくつもある)とは異なる。2が、その地球楕円体。3はジオイドそれぞれの点おける鉛直線。4が地表面。5がジオイド。5のジオイドから4の地表面までの距離が標高となる。

私はGPSで表示される「標高」が地球楕円帯からの高さであってジオイド面ではない=地形図の表示と異なる」ということを本書を読むまで知らなかった。このあたりのことと、その問題点は本書で詳しく説明されているので、GPSをお使いの方はぜひ見たほうがいい。「GPS使いなら知ってて当然」だったらすみません。


(2)スクライブ
これは、製版・印刷の流れが分からないと、まったく理解できないだろう。本書では「スクライブ製図は、ポリエステル系の樹脂へ不透明の膜を塗布したベースに、編集した地図画像を焼き付け、記号部分の塗膜を針で削り取る方法」と書かれているが、その「ベース」がなんなのか、理解できないと思う。

印刷には「刷版」というものが必要である。要するに、8ページ、16ページをひとまとめにした金属製の薄い板状のハンコである。その刷版を作るのに、以前はエッチング処理を要し、というとエッチングを説明しなければならないが、金属板のハンコ(刷版)は、金属を腐食させてオスメス部分を作る。そのときにフィルムを使うのだ。フィルムが透明な部分がハンコ(刷版)のオス、黒い部分がメスとなる。フィルムは、実際の誌面のネガ(白黒反転したもの)となっているので、スクライブ製版というのは、直接、真っ黒(ではないけれどイメージとして)のフィルムを針でケガキしてオスとなる部分を描いていく方法である。

ここまでお読みいただいてから武揚堂のサイトをご覧いただければ、合点できると思う。

さらにスクライブの現実は、フグの女王様のサイトで理解がするむと思う。このサイトはTUBEグラフィックスの方のようだ。私は面識はないが、たぶんあの方。TUBEグラフィクスは仕事上でもお世話になっているし、常に注目しているグラフィックデザイン集団だ。このサイトにあたったのは、偶然である。


(3)空中写真を使っての図化
これは、いまでも理解できていない。「(位相を変えた空中写真を置いた後)お測定のための『ポインター』(メスマーク)には、顕微鏡の先で浮き沈みするしくみがあって(後略)」とあるのだが、「ポインター」がどんなものなのか、なぜそれが浮き沈みするのかがわからない。1990年代前半に『山と渓谷』に地図製作の特集があった気がするのだが…。



などと勝手なことを書いてきたが、別に、理解できなければ自分で探求すればいい。この手の、地図の根本的な定義を問う本としては手軽な価格であり、そこを評価したい。願わくば、地図の定義やGPS測量についてだけ書かれた続編を。



ついでに。
検索中に発見した「写真測量」とそれを継いだ「写真測量とリモートセンシング」という研究誌のPDF。おいておきます。例えば第1巻には「写真測量の現状と問題点」などという論文があります。

『写真測量』(1962年~1974年)
『写真測量とリモートセンシング』(1975年~)

上淀川橋梁(東海道貨物線) その2で課題としていた「2回目のルート変更時期」について書く。ヒントをいただいた@Einshaltさん、@O_Ken_ken さんに感謝申し上げる。

周辺の地図を再掲する。
a7c00c36.jpg左図で、黄色いルートが開通したのは1901年(明治34年)8月。問題は赤いルートから現在線に移設された年である。

●1912年説

典拠は 『地形図でたどる鉄道史 西日本編』(今尾恵介、JTBパブリッシング、2000年)と、『歴史的鋼橋集覧』の「上神崎川」のページ(土木学会)である。

前者には「神崎川橋梁前後の線路が大正元年(1912)に付け替えられていた」(65ページ)と記載され、後者には「開通年月日 1912年」とある。前者が後者を参照した可能性はある。


●1913年説

典拠は『鉄道廃線跡を歩くVIII』(宮脇俊三編、JTBパブリッシング、2001年)だ。これには誤記があるので、明記しておく。

東淀川◎吹田~新大阪 T02.10.25 複線 曲線改良 上神崎川B新設

「東淀川」は位置からして明確な誤りだが、「新大阪」は逡巡の結果か。改良当時には、当然のことながら存在していないが、かといって「大阪」と書くと、橋梁ごとまたまた付け替えたのか? という余計な憶測を生む。これでいいと思う。

ここでいう「上神崎B」というのは現在の上神崎川橋梁下り内外線で、前述の通り「歴史的鋼橋集覧」では1912年開通、とある。

『鉄道廃線跡を歩くVIII』に付された「全国線路変更区間一覧」は非常に有用な資料である。「線路変更区間の選定基準」という凡例を設けていることを見れば、ご納得いただけると思う。



1912年か、1913年か。果たしてどちらが正しいのか。『停車場一覧』(JTB)を見ても書いていない。『日本鉄道旅行地図帳』(新潮社)にも、この経路変更はまったく採り上げられていない。ちょっと残念だが、どちらも「何らかの基準」があり、それに満たなかったのであろう。


引き続き「1912年か、1913年か」の情報を探し続けたい。

なお『日本国有鉄道百年史』には、この件に関する記述はない。

20110115.jpg上淀川橋梁(東海道貨物線)の続き。

(上写真左側は貨物線、右側は上り線。下り線は見えない)


いま、東海道本線はこの新淀川を3組の複線橋梁で渡河しているが、その成立をなぞってみる。西から
・現・貨物線橋梁(複線トラス、前回紹介した橋梁、1920~1921年汽車・川崎製、1928年開通)
・現・上り線橋梁(複線トラス22連、1899年A&Pロバーツ製、1901年開通)
・現・下り線橋梁(単線プレートガーダー22連×2、製造者不詳、1956年*開通)
 *「歴史的鋼橋集覧」による。しかし1930年設計、架設は鉄道省、とあるので矛盾する。
となる。

これらとは別に、1876年(明治9年)の開通時に架けられた橋がある。それが「上十三橋梁」。単線の上路プラットトラスであった。なぜ「上十三橋梁」という名称なのか、また架けられていた場所を説明するには、この周辺のルート変遷が必要だ。まず地図をご覧いただきたい。

a7c00c36.jpg
開通時、吹田-大阪間のルートは現在とは異なっていた。上の地図でいうと赤い線で描いたルートである。

また、淀川のルートも異なっており、上記地図の赤矢印の支点にある「大川」に流れ下るルートが本流で、現在の新淀川の流路は、中津川とも十三川とも呼ばれるものであった。

というわけで、初代の橋梁は上十三橋梁という名称である。「上」は上流川を意味していて、対になる「下」は、大阪-塚本間で新淀川を渡る部分に架かっていた。

その上十三橋梁の資料が残っている。



●上十三橋梁
20110115-01.JPG(『本邦鉄道橋ノ沿革ニ就テ』(久保田敬一)より)

・単線用錬鉄製100フィートワーレントラス橋(設計・シャービントン?)
・全長99フィート10インチ、純径間94フィート余(ママ)
・上路トラス橋だが、両端に垂直材がなく、横から見ると台形をしていた
・縦桁にはH型鋼を使用
・ピン間高さ(=上弦と下弦の長さ)9フィート
・トラス中心距離17フィート2インチ=5.2324m
・版桁間距離5フィート6インチ
・製作は英国
・5連?
・1901年撤去?



ここで、年表としてまとめてみる。

<年表>
・1876年(明治9年)7月26日 向日町-大阪間開通。上十三橋梁開通(単線、5連)→1901年撤去
・1885年(明治18年)6月 大水害
・1896年(明治29年)5月 淀川改修工事開始(新淀川開鑿)
・1901年(明治34年) 上十三橋梁撤去
・1901年(明治34年)8月 上淀川橋梁(現在の上り内外線)開通=黄色い矢印のルート完成
・1910年(明治43年) 淀川がほぼ現在の形になる
・1912年(大正元年)または1913年(大正2年)10月25日 吹田-大阪淀川右岸間ルート付け替え←現在のルート完成←別掲記事参照

・1925年(大正14年)10月15日 吹田-新淀川信号場(左岸)複々線化←橋梁の開通時期と矛盾
(wikipediaより)
・1928年(昭和3年)12月 上淀川橋梁(現在の貨物線)開通
・1956年(昭和31年) 上淀川橋梁(現在の下り内外線)開通


次回はA&Pロバーツ製の「上淀川橋梁(現在の上り内外線)」について書く。


●参考文献
・『地形図でたどる鉄道史 西日本編』(今尾恵介、JTBパブリッシング、2000年)
・『鉄道廃線跡を歩くVIII』(宮脇俊三編、JTBパブリッシング、2001年)
・『歴史的鋼橋集覧』(土木学会、このページ内にリンクあり)
・サイト『十三のいま昔を歩こう』←とても面白いサイトです。
・サイト『放課後ホンネの日本史』
・サイト wikipedia/淀川

●spl.thnx.
@Einshaltさん、@O_Ken_ken さん

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