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時刻表の活字 活版印刷の時代

時刻表の活字 活版印刷の時代

鉄道の本

かつて週2回通った市ヶ谷の大日本印刷。外堀通りに面した地下鉄出入り口の前に、以前はポロロッカがあり、その前には何があったか思い出せないが、そこに「ドットDNP」というPRセンターができた。そこで「電車フェア」をやっている。

いろいろなイベントがあるのだが、ドットDNPならではという貴重な展示がこの時刻表活字の展示だ。いま、時刻表はPCで作られている。一時代前は電算写植といって、広い意味ではそれもコンピュータと書体による作業だ。その前は、活字を組み合わせていた。

活字は、文字一つ一つ、記号や駅名は数文字で一つになったハンコで、それを隙間なく並べ、それを複製した樹脂版を作り、輪転機にかけていた。こちらのサイトに朝日新聞の例がある。

・朝日新聞印刷工場の見学 (朝日プリンテック川崎工場)

以前『「時刻表」はこうしてつくられる』(時刻表編集部OB編著/交通新聞社新書)でも書いたが、活版印刷時代の時刻表には特徴がある。


これは1980年4月のコンパス時刻表の誌面。ピンクに塗った部分に注目、説明は前掲記事を参照していただきたいが、このような隙間やガタが出るのは、組版(活字を組み合わせたもの)をご覧いただければすぐに合点がいくだろう。

   このように、文字はもちろん罫線やその隙間まで、すべて活字で満たされている。

活字は、まず作りたい大きさの何倍かの大きさで原形を描く。これは手作業(左)。それを元に父型(右)を作る。エッチングだろうか? それをもとに、ベントン彫刻機(縮小トレースしながら彫刻する機会)を使い、手作業で母型を作る。

TONAN`S Blog 岡澤研 岩田母型製造所を見学
ベントン彫刻器(wikipedia)

  これが母型。

   これが活字。見れば、「α」(アルファ列車)、「グリーン車/個2」「グリーン車/個2F」(100系)があるので、遅くともその頃までは活字を使った時刻表が作られていたということだ。

時刻表を収集している方は多いと思うので、いつの時点で電算写植に切り替わったか、そしてDTPとなったか(これは書体でわかる)、ぜひ研究して欲しい。







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『「証言」日本国有鉄道04 東海道新幹線1962-1987』(イカロス出版)

鉄道の本

「証言」シリーズ第4作。第1作に比べると、まとめに慣れた印象がある。私は911形のために買ったのだが、全ページ、読み応えがあった。「本書ならでは」の証言、写真がたくさんあるはずだ。

主たる証言者の中村信雄氏と渡邊健志氏が、それぞれ昭和62年3月31日に48歳、28歳で国鉄を退職しているのでいろいろと推測してしまうのだが、それでも彼らの「国鉄」「新幹線」への愛はすごい。見切りをつけ(られ)た職場のことなど、思い出したくないということになってもおかしくないのに。

時々、組合の話が垣間見える。新幹線のお召しが、動労と国労各1名ずつ乗務したなどという話は初めて聞いた。また、職場の雰囲気も書かれており、機関車上がりが電車上がりを見下す話とか、911の取説に「電車の運転士でも運転できる機関車」と書いてあった話とか。「あの区間ではこう運転する」などという話ではなく、現場の雰囲気がよくわかる内容だ。これは、この二氏の話に負うところが大きいだろう。

掲載内容も、運転士や車掌だけでなく、メーカー、検修、食堂車、紙コップ製造業者、当時を記録していた高校生など多岐に渡る。食堂車の話は趣味誌にもよく登場する宇都宮照信氏で、私も氏が食堂長である列車に何度も乗務しているが(もちろん先方は覚えてるわけがない)、実に懐かしい話が展開される。

新幹線50周年記念本をいくつか読んでいるが、いままでのところ、本書がいちばんおもしろい。

* * *

これは内容とは関係ないのだが、本書は不思議な作りだ。全176ページ、ムックなので表紙を1ページと数えるので実質1ページ目に「3」と入るのだが、最初16ページがカラー、残りはモノクロ。そして、表2・表3と呼ばれる、表紙の裏がカラー印刷。普通はそこに記事は掲載しない表2から本文が始まり、やはり普通は「奥付」となる最終ページまでが本文に使われる。悪く言うと、本のド素人が台割を作ったんじゃないかと思うような作りだ。まあ、それは本書の高い価値とは関係がない。

本書はコート紙で作られているので、高価で、重い。どうせモノクロなのだから、微塗工紙、あるいはもっと安価な紙を使って定価をぐっと下げればいいのに、と思うかもしれないが、そうしても、きっとそこまで定価はさがらない。この体裁でこの定価でいいと思う。

「証言」シリーズは1のみ買ってちょっとまとめ方の質の低さにウンザリしたのだが(ブログには書いたのだが公開していない)、3を買って見ようと思う。

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伊根の舟屋の船用台車と海から出てくるレール

鉄道

十数年ぶりに、京都北部丹後半島の伊根に行った。ちょうど夕日が落ちるときで、それはそれは美しかった。

漁港に船を引き上げるための台車とレールが2組あった。

湾内らしく波もなく、静かに洗われるレール。

  台車は、片方は1台だけ、もう片方は2台がつながっていた。どちらも構造は同じで、木製の架台と、ジャッキが2台1組、ジャッキの上にも架台というか木片というか。

柱のようなものはなんだろう、船を乗せたときに使う作業用のハシゴ替わりだろうか。その天端には太陽光発電のパネルがある。

うっかり観察するのを忘れたが、台車の移動は、台車内に装架されたモーターでチェーンを巻き取るのだと思う。チェーンの端部はレール上方のアンカーに結ばれている。

船体の塗装に使うのだろう。台車は塗料にまみれていた。パンタグラフジャッキは左右それぞれ独立している。上の木片は内側に向けて首を振るが、外側には倒れない。

ジャッキがある横梁と柱が立つ横梁は、水平になっている。写真にあるコードは柱についたスイッチと、台枠内に装架されたモーターをつなぐものと思う(よく確認しなかった)。

車輪は戸車のように両側にツバがあるもの。当然だが、軸バネなどはないようだ。





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『ふしぎな国道』(佐藤健太郎/講談社現代新書)

道路史・道路の本

予想外の分厚さだった。理由はカラーページだ。全256ページ、最初の1折(16ページ)は1色(モノクロ)、以降はカラーとモノクロが交互に来る(が、最初の16ページもカラー/モノクロ交互にできたはずだ。片面を4色(カラーのこと)、他面を1色の64P✕4台、として印刷するはずだからだ。そうしていないのは目次と前書きだからだろう)。本が分厚いのは、写真をきれいに出すために紙質をよくしたためだろう。通常の新書の紙はクリーム色に近いので、カラー写真はその色が乗ってしまう。だから、カラー写真を多用する本は、漂白された白い紙を使う。

写真はモノクロページにも多数掲載されている。卒塔婆の色の話がモノクロに写真があったりもするので、写真はカラーページにまとめて掲載すればいいのにと思わなくもないが、それでは収まらないくらいに写真が多い。モノクロページをすべてカラーにすると印刷代が4倍になる(本書では「5分の8」倍)。残る120ページをカラーにすると、原価からいって定価を100円上げなければならないと思うが、税別980円ならばいっそ税別1100円でもいいからオールカラーにしてほしかった、と読者としては思う。

…という印刷・製本の話はここまでにして、なにより、読みやすい本だった。先日、化学出身のライターさんに「論文を書く…読んでもらう論文を書くために文章の訓練がありますからね」と聞いたのだが、不躾ながらその賜物だろうか。リズミカルで、ユーモアがあって、大好きな文章だ。Golgodenkaさんの文章も大好きなのだが、近い気がする。

内容について、「企画・編集」という私の仕事の観点からすると、本書のようないささかマニアックなことを紹介する本は「国道とは?」「どこがおすすめ?」のような「基本」が大事なんだなあと改めて感じる。そして、適度なユーモアと自虐と引き際のバランス。本書は「国道の本だと???」というような、まったく国道について知らない人でも、詳しい人でも楽しめるバランスがあると思う

* * *

本書で繰り返し書かれていることがある。「国道標識を、いい場所に設置せよ」ということだ。大いに賛同する。私もいままで何度も言っている。

ドライブ、あるいはツーリングで記念写真を撮るときは、その道路らしいところで撮りたいものだ。たいていは碑などの前になる。碑には地名や道路名が書いてあるからだ。おにぎりではない。おにぎりは、なかなか「いい場所」にはないのだ。素晴らしい眺望の場所や、その路線を代表する線形の場所、あるいは特徴的な場所におにぎりやヘキサを設置すべきだ。できれば駐車場を添えて。

銀座4丁目、和光の前に国道15号のおにぎりがあるべきだ。
オロロンラインは、道が一直線になっている場所に、短冊ではなくヘキサがあるべきだ。
国道17号は三国トンネルの前におにぎりがあるべきだ。
6路線重複の国道は、6連の標識を作るべきだ。
長野県道162号も上田駅前にヘキサを設置すべきだ。

旅行ガイドブックの仕事も長い間やっていた経験からすると、各地方は、自分の地域にある「なにかいわくのある場所」を血眼になって探している。失礼ながら、相当にしょうもない物件も採り上げ、ひとつでも多く見所があるように見せている。ガイドブックの側も「見所」をひとつでも多く探している。ならば簡単ではないか。例えば上田駅前にヘキサをひとつ置いて「日本一短い県道」と説明書きをしておけば、勝手にツーリングマップには掲載され、バイク雑誌のツーリング記事で掲載され、それを見たライダーたちが立ち寄るだろう。近くにウマイ飯屋があるとなおいい。週末ごとに数十台のバイクが訪れることになるだろう。そして上田の観光ガイドに周辺の飲食店と合わせて掲載されればさらに…。

ほか、例えば古い標識や白看が残っている場所には「これは○○年に設置したものです。市町村合併や道路の改良を経ても長らえてきました。歴史的経緯を尊重してそのままにしてあります」、狭い道路には「『酷道』と揶揄されていますが、私たちも早期開通を願っています」、特徴的な意匠をあしらった隧道坑門や橋にはそれらの経緯。すべて立派な「見所」である。ホント、お願いします。

* * *
個人的な感想としては、新潟県の国道のことが何度か出てきて嬉しい。国道7、8、17、49号はもちろん、本町通りと柾谷小路の交差点(道路元標がある)や新潟バイパスについても記載もある。
 

偶然だが、先日、仕事で各県の高速道路や国道の総延長などを調べた。新潟が話題になるのも当然、重用区間を除く一般国道の実延長は1774.7kmで北海道、福島、岩手に次いで4位なのである。高速道路の実延長は379.3kmで北海道に次いで2位。政令市では新潟市は61.2kmで堂々1位。ならば、新潟の道路の話題が多くなるのも当然だろう。

* * *

さて、ここからは本書の感想ではなく、本書に採り上げられている国道のテーマに沿って、自分のことを書く。

まず、私は元がバイクなので、実は酷道にはあまり関心がない。バイクは車体が小さいため、運転していて酷道の狭さを怖いと思うことがないのである。1~1.5写真の酷道も「まあ、林道を舗装して国道にしたんだね」というような感想しか持っていなかった。それでもクルマで暗峠に行けばやはり驚くし、わくわくもする。

1990年代、旅先でそうしたおかしな国道については口コミがあったし、ツーリングマップ(ル)にも書かれていた。私が萌えたのは未舗装の国道だ。

未舗装の国道に初めて会ったのは1993年夏。トムラウシに登った後、国道273号を糠平から歩いて北に抜けようと思ったのだが、砂利になったのでヒッチハイクに切り替えたのだ。旭川在住のおじさんに拾ってもらい、軽のワンボックスで峠を越えた。三国トンネル内のみ、舗装されていた。




後年、バイクの免許を取って北海道に行ったときは、ツーリングマップに未舗装と書かれていたナウマン国道に行ったが、すでに舗装されていた。間に合ったのは、国道401号と458号くらいか。



国道一気走りについては、1990年代後半、月刊『オートバイ』で「国道選手権」のようなタイトルで、毎号、走破者を掲載していたと記憶する。毎回トップは、荒川聡子さんだった。『アウトライダー』『ワンダーJAPAN』などにもよく上方を寄せていた方で、数年前に突然亡くなった。

『アウトライダー』では、野岸泰之さんと徳永茂カメラマンが「酷道一直線」という連載をしていた。当時、『ガルル』の連載で徳永さんとツーリング取材に行っていたときに聞いたのだが、本来は、まさに佐藤さんが言うように「国道は、同じ○号線といっても、大都市も田舎道も峠道もいろいろ姿を変える、その1本をたどる記事にしたい」という企画意図があったそうだが、いつのまにか「沿道の珍スポットめぐり」になってしまったのは残念だった。



バイクに乗っているときは止まるのがいやなのと、国道は多くの人が記録を残してくれているから自分はいいや、という気持ちになるのであまり写真は撮らないのだが、それでも撮ってしまったいくつかをここに貼る。

「品型」とでも呼ぼうか。

おにぎりとヘキサの串団子。

ヘキサは行き止まりを向いている。

西表島の南風見田浜。補助標識が3枚もあり、しかも「終点」は縦長だ。


最近は、気になるものは撮るようにしている。国道好きの人たちに狩り尽くされているかも、とも思うが、少しは発見の手助けになるかもしれない。






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砂丘に建つ出光

出光

久見浜湾の北岸、幅わずか350mほどの砂洲の内側を走っていた。砂丘なので、海は見えない。

ガソリンの価格が書かれた看板があったので、給油しようと思った。しかし、見当たらない。ふと、海へと続く小径を覗くと、アポロが見えた。

残念ながら休業日だった。なんという立地だろう。砂丘に建つ、美しい建物。隠れ里のようだ。松の向こうは日本海である。



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湊小橋(久見浜湾)

歩道橋

ラーメン構造なのか、アーチの変形を脚で支えているのか。川の中に設置されたアンカーに斜めに脚が突き刺さっているのが、なんとも構造を感じさせる。

久見浜湾が海とつながっている部分は川のようになっている。車道は湾側にひとつだけなので、「川」の両側に住む人たちが大回りをせずに対岸に渡れるように設置されているのだろう。

階段部分と水平部分のつながりも美しい。

右岸というか東側の階段。下4段は地面。そこから先が橋。銘板は、左が「久見浜港」、右が「湊小橋」。対岸は確認していない。行ったのだが、クルマを停める場所がなかった。

銘板。

湊小橋
1981年1月
京都府久美浜町
歩道橋指針(1965)
使用鋼材 
製作:株式会社横河橋梁製作所

塗装標記。

塗装してから14年もたつとは思えないほどきれいだった。



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神吉郵便局

郵便局舎

南丹の国道沿いに、いつも撮る局舎からさらに一世代新しいと思われる郵便局があった。いま、郵便局は局ごとにまったく異なる建築となっている気がするが(正確には知らない、あくまで印象)、ここはその過渡期にあたるのではないかと感じた。

  建屋はちょっと凝った作り。平入りの形を取る母屋には片流れの段違いの屋根が前後につき、正面からは片流れに見える。向かって左の部屋部分はまた異なる。この部屋、なんだろう。かつての駅にあった宿直室のような雰囲気がある。

こんな建物を買い取って住んでみたい。

局名は、現行の郵政書体のようだ。



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「木製扉のアレ」の裏側

木製扉の菱形・バツ形等


・赤れんが5号棟(赤れんがイベントホール)。旧舞鶴海軍軍需部第三水雷庫(大正7年)。1266.25m^2。

左から、
・赤れんが4号棟(赤れんが工房)。旧舞鶴海軍兵器廠雑器庫並預兵器庫(明治35年)1512.10m^2
・赤れんが3号棟(まいづる智恵蔵)。旧舞鶴海軍兵器廠弾丸庫並小銃庫(明治35年)1512.10m^2
・赤れんが2号棟(舞鶴市政記念館)。旧舞鶴海軍兵器廠予備艦兵器庫(明治35年)1182.96m^2

舞鶴の「赤れんが倉庫群」は、重要文化財という括りで見れば7棟+付属の1棟(5号棟)といったまとまりで知られているが、周辺(北吸地区)には全部で12棟ある。大きな倉庫なので出入り口は妻面のほか側面にもあり、その出入り口は、一部は鉄製の扉に換装されてはいるが、木製の扉が使われている。

まずは最も大きな5号棟の北西側。
扉は上半分が菱形(の上半分)、下半分は縦板。左の出入り口の右扉下部には潜り戸がある。

右の扉から線路が見えている。この線路幅は1067mm、そこから類推するにこの大きな扉は天地5m、左右4mほど。もちろん鉄道車両…トロッコで荷物を出し入れしていたようだ。


その反対側(南東側)も同様。向かって右はイベントホールの出入り口としてサッシに交換されている。

南東側の扉を内側から見たもの。菱形の裏を見たのは初めてだ。菱形の1辺に対向する形で筋交いが入っている。下部は横に桟が入るのみ。こうして見比べると、広い面積では菱形(またはバツ型)のほうが強度が出る気がする。潜り戸も同様に対向する筋交いが入っている。

そして重要なのは、いままで「扉」と書いてきたが、「戸」である点だ。2枚とも向かって右にスライドする。上にあるのは戸車、扉下部は溝がある。

確か2号棟側面の扉。こちらは観音開きの扉。

たしか上写真の裏側。内側にサッシの戸が増設されている。



4号棟。横開きの戸ではなく、観音開きの扉。
3号棟も同じ。2号棟は金属の扉に交換されている。

3号棟を内側から。細かく横桟が入るのみで、対角の筋交いはない。

たしか3号棟の側面の扉。妻面の扉と比べて天地寸が小さいためか、横桟が少ない。

1号棟から5号棟をめぐった限りでは、これ以外の木製扉のバリエーションはなさそうだった。



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『国鉄「東京機関区」に生きた』(滝口忠雄著/えにし書房)

鉄道の本

書店店頭で見て驚いた。こんな本が出るとは。

1946年生まれの著者は、国鉄の労働問題がもっとも深刻だった頃に東京機関区に勤め、国労に所属し、東京機関区廃止後は大井機関区、JR発足後はJR貨物の大井、そして新鶴見へと勤めた人物。書店店頭に1冊だけあり、サンプルとしてカバーにビニールがかかっていたので、きれいな本がないか書店員に尋ねたら「今日、たくさん売れているのでこれが最後の一冊です」と言われたので、それを買ってきた。

版元は、えにし書房。カバー表4には「取引代行」のシールが貼ってある。要するに、小さな版元による少部数の本だ。だが、本の質に版元の規模など関係ない。その書店に何冊の配本があったのかはわからないが、ふらりと書店を訪ねて本書に出会った鉄道ファンは、きっと買わずにはいられなかっただろう。私がそうだった。強烈な印象を受けた。

* * *

本書は写真集だが、4章構成となっている。それぞれの章に短文が添えられ、写真には、外部の人間にはわからない、国鉄に働く人ならではの機微を込めたキャプションが添えられる。

第1章 わが東京機関区
第2章 闘いがあった
第3章 「つるそう」解体
第4章 「定年」退職

この章立てにあるように、著者はJR貨物退職まで国労に所属していた。そして、そのことをいまでも誇りに思っている。労働運動が政治的なスローガンを掲げていることを肯定している。一方で、それに複雑な気持ちを抱いていることも感じさせる雰囲気もある。

私のブログでは国鉄の労組を扱った書籍についてもいくつか書いてはいるが、ここでは著者の主張についてはおいておこう。そんなことより、写真だ。写真がすごい。



常々、写真こそもっともジャーナリスティックなメディアであると思っているのだが、本書はそのうちのひとつだ。国労による写真集ではないのに、スト中の様子、デモの様子、「スト破り」をした機関士と彼らを取り巻く環境、そうしたものが記録されている。当時まだ30歳にもならない著者は、鉄労の機関士を取り囲む動労・国労の集団や、デモに参加させられる子供、いじめのような区長への嫌がらせなど、さまざまなことを考えながらシャッターを切ったに違いない。なにしろ、別のカットでは区長と仲良くしている写真まであるのだ。もっとも、そうした複雑な感情、人間関係は、現代の感覚では理解できるものでもないだろうし、ましてや部外者が勝手に解釈してはいけないとも思うのだが、それでも読み取るならば、そういうことだろう。

現代の感覚では、国に準ずる機関が、毎年殉職者を出すような労働環境の職場を持っていたことにまず驚く。いまのJR、いまの「働き方」しか知らなければ、信じがたい世界だ。まず、入社したらトイレ掃除から始まる。まだ十代の男たちがナッパ服を着て肉体労働を強いられる。我慢してると次のステップを登る資格を得られる。勉強次第でステップを登れる。その繰り返し。

一方、労働環境としては、所属が異なる同僚を敵視し、暴力も辞さない職場。民間なら当然なされる合理化ができない職場。定年までずっと同じ仕事をし続ける人たちばかりの職場。異動などはありえない職場。結果、国は、膨大な人件費を余計に支払うはめになる。そうなったのはそれなりに理由があるが、現在、国に準ずる機関におけるそんな労働形態は、もうないのではなかろうか。


機関区勤務でなければ撮れなかった写真たち。乗務員の視線、検修の視線。「労働者」としての視線。同僚としての視線。職場が家族であるかのような時代の空気。本書に収録された写真のほとんどは、鉄道ファンには物理的にも撮れないし、作品化することなどなおできない。

本書は2700円+税と、決して安くはない。しかし、本書には、鉄道趣味誌が目をつぶってきた「職場としての鉄道」の現実と、現代の視点では夢のようなこんな職場がかつて存在したということが封じ込められている。よくぞ刊行してくれた。写真も文章もすばらしい。

いまからたった30年、40年前の国鉄ではこんなふうに仕事をしていたのだ。そういう働き方ができた時代だったのだ。そういうことは、国鉄、国鉄と言っている多くの鉄道ファンに、できるだけ理解してもらいたいと思っている。だから、買ってほしい。









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『東京総合指令室』(川辺謙一著/交通新聞社新書)

鉄道の本



川辺謙一さん渾身の書。そういえば、私がイメージできるのはCTC指令室くらい。変化が早すぎて「現代の」ではなく「現在の」指令室がどうなっているのかは考えたこともなかった。本書は「現在の」ATOSこと「自律分散型列車運行管理システム」を最大限に活用したJR東日本の指令について、とてもわかりやすく解説した本だ。

「とてもわかりやすく」というのは、本書は鉄道ファンが理解できればいいように(鉄道ファンならすぐ理解できるように)書かれたものではないということ。ファンにとっては基本とも思える用語も一般的な言葉で説明してあり、車両形式は一切出てこない。「指令」もそうだが、現場がその用語を使っていて、どうしてもその用語を使わないと説明できない単語のみ、注釈をつけて使っている。おそらく、一般の人が読んでもすぐに理解できるのではないか。そういう意味では、交通新聞社新書ではなく、一般の、例えば中公新書などでもよさそうな内容だ。

* * *

鉄道は、さまざまな面で趣味的に惹きつけるが、巨大な運行システムを人が動かしている、というところに惹かれる人も多いだろう。複雑な配線、複雑な条件がある車両の運用、乗務員の運用。趣味誌にも一切採り上げられない電力事情。保線。ほかにもいろいろな構成要素があるだろう。では、どうやってその運行システムを統合して動かしているのか。

先に「人が動かしている」と書いたが、本書には「(指令は)セオリーはあるがセンスが問われる仕事だ」と書かれている。また、最新の成果として、2013年2月21日の武蔵野線新秋津駅での車両故障の際の運転整理を例に挙げ、利用者すら驚くワザで輸送を確保したことが書かれている。そうしたおもしろさを、運行システム管理の説明の中で感じられるように本書は作られている。

一方、その裏で感じたのは、運転の現場の業務の硬直性というか、「鉄道」という職場の特殊性だ。例えば運転士の総労働時間や連続して運転できる時間には上限があり、また各運転士はそれぞれ運転できる路線や経路が決まっている。列車ダイヤが乱れたときでも、それらを破ることはできない(ということも本書には書いてある)。一般の感覚からすれば、残業を命じられることはあろうし、突発的な超過勤務になることもあろう。それになぜ対応できないのか。それは、対応できなくて当然のものなのか、それとも「鉄道」という職場の特殊性なのか。ある人に聞いた、「鉄道の社員は、自分たちは運輸の専門家である自負が強すぎ、ものを売ったり営業したりなどする必要がないと思っている人が多い」という言葉が思い出された。

これには労組の問題も多々含まれると思うし(*)、訓練の容量の問題もあろう。本書では、ATOSの運用を続ける中での社員の意識の変化、あるいはJR東日本全体の社員の意識の変化でそれらが改善されていく様子が描かれている。同時に、スマホが普及した現在、利用者の情報への要求もますます高いものになってきていることをしっかり認識してる様子もある。

とはいえ、それらの改善は、大々的に広報されているわけではない。私は、JR東日本はATOSについて、もっと一般に知らせるべきだと思う。先日の台風19号でのJR西日本の運休は、その決断を「まあ、仕方がないよね」と受け止める人が多かったと思うが、JR東日本も、やむを得ぬ事情でダイヤ乱れた場合や運転整理をした時に、利用者に「まあ、仕方がないよね」と納得してもらう必要がある。そのためには利用者に、ここ10年で運行管理がどれだけ改善されてきたか、あるいは普段、どれだけ指令の恩恵を受けているのかを知ってもらえばよい。

これからもJR東日本の運行管理はさらに改善されていくだろうが、まだまだJR東日本が気づくべきことはたくさんあるだろう。できること、できないことはあろうが…という前置きがなされないくらいに社員の意識が変わって快適な鉄道になることを期待する。

大変読みやすい本だったが、執筆の大変さは察するに余りある。このブログ末尾に川辺さんの他の著書の感想へのリンクを張ったが、本書のようなクオリティで、従来の「車両」「歴史」以外の切り口で鉄道に迫る川辺さんの次回作が何になるのか。こちらも期待したい。


最後に。本書は取材を元に構成してあるので、すべては聞いた話になる。だからだろう、「~だそうだ」「~だという」と結ばれた文が非常に多い。これはすべてトルしていいと思う。取材対象者が話したことは「事実」として断定していい。もしかしたらJR東日本が事実チェックをして、ソースがないものはすべて伝聞形式にせよと言われたのかもしれないが、読んでいて気になる部分だった。

(*)本書では触れていないが、私は、たびたび国鉄・JRの職員の意識が変わった、とくに世代交代して変わってきた、と書かれているあたりから感じ取った。取材協力がある本の場合は「そこに書かれていないこと」をさぐりながら読むものだ。

* * *

余談。2014年1月3日に有楽町駅付近で火災が起き、東海道本線の列車が品川折り返しになった。その際、本来ならば東京駅で商品を積み込む車販の人たちは相当な苦労をしたエピソードが書いてある。10月13日、私は磐越西線の「DLばんえつ物語体験号」に乗った。行きは新潟→馬下、帰りは馬下→新津。売店の人たちは、新津から新潟まで変える手段がない。驚いたのだが、通常の上り電車(115系)に荷物ごと乗り込んできたのだ(便乗扱いだろう)。また、私自身が東海道新幹線で車販のバイトをしていたときにダイヤが乱れると、新大阪まで行かずに京都で折り返したりもしていた。そんな苦労を思い出した。


●関連項目
『鉄道をつくる人たち』(川辺謙一著/交通新聞社)
『鉄道を科学する 日々の運行を静かに支える技術』(川辺謙一著)
『図解・首都高速の科学』(川辺謙一著/講談社ブルーバックス)

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