大阪の美章園から北に向かおうとしたところ、道路拡幅工事中のところがあった。府道26号大阪狭山線、大阪市のサイトによれば「都市計画道路 豊里矢田線(北田辺)」だ。以前からある道路の両側をセットバックしたようで、以前の道路は中央分離帯のようになっていた。
上町筋と今里筋の中間を南北に走るこの道路、完成したら「○○筋」という呼称が誕生するのだろうか。
京都の大原への入口は旧道にあたる場所にある。そこにある郵便局。一見、民家のような外見。入口も、これがガラス戸ではなく木製の扉であれば、さらに民家のように見えよう。
屋根は瓦葺きで寄棟造り。ふと、自分の実家の建て替える前の姿を思い出した。
郵政書体とは少し異なるが、切り文字が外壁に貼り付けられている。ここだけ窓のようになっているのは、外壁を補修した際に文字の移設等をなぜかせず、ここだけは以前の外壁をそのまま再利用しているのだろう。
東京都中央区京橋の一角の再開発が進行中だ。角地の4階建てのビルの1階には喫茶店「森屋」と、2階から上は東京搬送機が入っていた。
この、窓に書かれた「東京搬送機KK」の文字が好きだった。特に「機」が。
「KK」は、よく見ると「K・K・」と、省略を意味するピリオドが高い位置にあった。
階段部の1階に掲げられていた社名。アクリルだが彫り文字なのかどうかは近づけなかったために確認できていない。
嵯峨野観光鉄道のトロッコ嵐山駅に隣接して「19世紀ホール」がある。そこに展示してあるC56 98。
D51をはじめ、大型蒸機では加減リンク受け(モーションプレート)は左側面では「┌ー」型をしていて、加減リンクと逆転軸を一体で支持しているが、C56ではその寸法ゆえか、こんな形をしている。逆転軸を支持する部分が奥まっている、省スペース型だ。釣りリンクは、心向棒(ラジアスロッド、上写真の左右を貫く銀色の棒)後端につながる大型蒸気とは異なり、心向棒の中間につながっている。
C56は、ボイラが小さいからか、逆転軸は直線だ。
嵯峨野観光鉄道のトロッコ嵐山駅に隣接して「19世紀ホール」があり、その中に蒸気機関車が何両か保存展示されている。
加減リンク受けは、機関車の左右からは目立つ存在だが、左右一体の(たぶん)鋳物のソレの全貌を見ることは通常は不可能だ。それが、上に載るボイラーと第3動輪以降が失われているため、さらけ出されている。
加減リンク受けの後部を。加減リンク受けは棒台枠に乗っかっているのがよくわかる。また、その下、棒台枠をやはりピボットとしてブレーキ一式がついている。ただし、D51のブレーキは車輪の前方下側にあるので、ここに写っているのは失われた第3動輪用のブレーキだ。
ブレーキは失われている。それだけじゃない、クロスヘッドこそ残るものの、結びリンクも主連棒も偏心棒も失われている。
評論家小汀利得(磯部注:おばまとしえ)は、また別な批判を下した。一番の原因は人間が無責任で、でたらめになったことだ。昔は先輩がきびしく後輩をしかりつけたものだが、今は年上の者が若い者をしつけられない(磯部注:「しかりつけ」ではない。誤記?)。警報設備の不足も考えられるが、何よりも大事なのは人間の正心だ。
鉄の動輪をまわす烈しい運動エネルギーは、シリンダー内部で蒸気のふきだし力から転換される。火室で帰化された蒸気は、パイプを通じてシリンダーへ送られる。パイプを流れる蒸気の量は、レギュレーターで調節される。蒸気はいわば荒くれ男のようなもので、絶えず精力を発散して水に変化しようとする。だからレギュレーターの役目はかなり重要で、一定の蒸気を列車の速度に応じてシリンダーに運ぶのだ。ただしレギュレーターにすべてをまかせることはできず、もちろんおとずから限度がある。火室の石炭を無制限に燃やし続ければ、水は大量の蒸気を発生し、レギュレーターやバイパス弁の限度を越えて、シリンダーに連打をあびせるだろう。または石炭の不完全燃焼で、短い煙突からふきあげる黒煙の量を増すばかりである。いまでは原始的に近い蒸気機関の構造が、そのときまだデゴイチの鈍重な鉄の塊のなかに、影をひそめていた。ぜひ読んでみて欲しい。質と無関係なはずの乗客や周辺住民の証言についても、万事この調子である。あなたは読み終えることができるだろうか。
大阪圏の有名なスーパー玉出の向かいに、この色褪せたGマークはある。角地で、その路地は商店街…ではないけれど、そんな雰囲気だ。
「ファミリーショップ」「共同灯油 ハイカロリー」「タワラ印」「大阪第一食糧」。この「タワラ印」はいまも大阪第一食糧が使っているロゴマークであり、登録商標だ。大阪第一食糧のウエブサイトURLは「http://www.tawara.co.jp/」である。
富士総合火力演習、通称「総火演」に行ってきた。駐車場と桟敷の間には自衛隊用の道路があり、それを乗り越す橋を渡らねばならない。この橋は、毎年、演習として架けているようだ。
9パネルの上路プラットトラス、それも上弦に支承が来るタイプ。3パネルずつ分割できるようになっており、それぞれはピンで接合されている。
@tenereisobe 支援!橋梁好きに届け(写真は過去のものです) pic.twitter.com/ZN3XgWApM4
— えぬえぬ (@roadexplorer) 2014, 8月 23
高萩駅のホームからも、跨線橋(歩道橋)が見える。写真はホームの東側。けっこうなスパンをとばしているプレートガーダーだ。左側の桁、よく見ると扉のようなものがある。
ここに階段をつけようとしたのだろうか? 開口部は桁の上3分の2くらいで、下3分の1は構造として生きているように見える。いや、それよりも桁の下部にある補強が気になる。ここを開口部としたことで大きく損なわれる強度を補っているのだろう。
ホームを挟んで西側。橋脚の上には「その1」の東側と同じように小さなコンクリート床版が載っている。