忍者ブログ

プロモーション

カレンダー

02 2026/03 04
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

カテゴリー

twitter

twitter2

プロフィール

HN:
磯部祥行
性別:
男性
自己紹介:
メールはy_磯部/blue.ぷらら.or.jpにお願いします。日本語部分等は適宜置き換えてくださいませ。

バーコード

ブログ内検索

アーカイブ

カウンター

since 2010.7.30

アクセス解析

フリーエリア

プロモーション

プロモーション


No Image

北越急行✕北陸道=サミット

地図・航空写真・分水嶺

北越急行の犀潟駅付近は標高7mくらいである。そこでほくほく線は信越本線から分岐し、上下線の中線から右カーブの高架橋で上り線をオーバークロスしていく。そのまま高架で続くのかと思いきや、さらに一段、登る。それがこの写真である。高架橋が弓なりに反っている。

下に何があるかといえば、北陸道だ。北陸道をパスするためにこれだけ高架橋を持ち上げている。ほぼ頂上に達すると、眼下に見える。そして一気に駆け下るのだ。その駆け下り方が、予想以上に豪快だ。

(カシミール3D+数値地図25000+基盤地図5mメッシュ標高)

さて、その豪快さの秘密。前述の通り、犀潟駅は標高7mほどしかない。対して、その直後にまたぐ北陸道は標高13mほどもある。盛り土の上に建設されている。そして、オーバークロスの南東部、上図でいうと茶色が濃くなっている部分は、標高1~3mしかない。

つまり、ほくほく線にとっては、一段高い高速を跨いだのに、その先の地面ははるか下にあった…というところだ。

youtubeに動画がたくさんある。下記動画の2:10あたりが、北陸道のオーバークロスだ。




とはいえ、本当は、くびき→犀潟方向のほうが、視覚的には「登ってる感」と「サミット感」がある。この区間は高架橋も独特のものであり、前面展望を強くお薦めする。


【関連項目】
越急行の地形的妙味(1)十日町
北越急行の地形的妙味(2)犀潟
北越急行の高架橋
北越急行(下り)十日町駅進入と発車/くびき発車
北越急行 蜘ヶ池(くもがいけ)高架橋の桁
北越急行十日町トンネルから信濃川橋梁へ
PR

No Image

8月15日によせて(link)

未選択


No Image

翼端の同心円

JOMO/共同石油

黒石市内の幹線道路で目に飛び込んできた同心円。この配色は共同石油だが…?

果たして、駐車場に停まっているクルマの後ろに共同石油のGマークがあった。防火壁の翼端に、Gマークをイメージしたサークルを配したのだろうか。

暑い夏の朝だった。





No Image

国道104号

道路全般

国道104号、青森県田子町。この日、青森県各地でねぷたがstartする8月2日、この標識の向こうに見える神社でも祭礼の準備がなされていた。路上に停まっているクルマは、その関係者である。

小学生の女の子が二人、神社から駆け下りてきた。


No Image

大畑港のいま

港湾

東日本フェリーがまだあったころ、下北半島の大畑港から函館、室蘭を結ぶ航路があった。そのターミナルは、いまやわずかな釣り人が出入りする場所となっている。

奥に、桟橋が見える。出入りできないようにブロックで囲まれている。本当は写真を撮りたかったが、地元のか、若者たちがそこで遊んでいたのでカメラを向けることも、観察することもためらわれたので見ていない。

建屋はブロックで取り囲まれている。それは、かつては別の形で、冒頭写真でいえば消波ブロックがある位置に配置されていたもので、「いってらしゃい北海道」「ようこそ本州北端大畑へ」と書いてあったものだ(後述)。それが、文字が読めない角度に並べ直されている。

建屋には「東日本フェリー」の表示が残る。この施設はリベラが継承しているのだろうか、それともなんらかの形でむつ市(合併前は大畑町)のものになっているのだろうか。

* * *

 
 
 

1997年の夏休み、友人と4人で大畑までやってきた。金曜深夜に常磐道、磐越道、東北道で八戸のあたりまで走り、そのまま薬研でキャンプ。翌日は恐山などを見たりして、大畑に行った。その晩、つまり土曜日、大畑では静かなねぶた祭りがあった(大畑はnebuta、のようだ)。深夜、このターミナルで友人二人を見送った。おそらく、彼らが向かったのは2時50分発の室蘭行きだったと思う。この航路は翌1998年に休止となった。(2往復していた気がする)

いま思えば、下北から4時間で室蘭というのはとても早いと感じる。逆に十分な休憩にはならない時間でもあると思う。

私ともう一人の友人はそのまま大畑のフェリーターミナルでテントを貼り、翌日は雨の中を一緒に走って狩場沢駅の軒下で寝て、その翌朝別れてそれぞれ東北をツーリングした。


こちらのサイトに、生きていた頃の大畑港の写真がある。
http://oppama-garage.jp/drive19970812.html
http://makiken.at.webry.info/200704/article_22.html

No Image

信越本線荒川橋梁(関川)

鈑桁(プレートガーダー)

信越本線の直江津駅の東側すぐにあるプレートガーダー。柏崎方面から直江津に入るときにはこの橋を渡ればすぐ直江津駅、逆ならば直江津を出るとすぐ渡る橋ということと、上下線どちらも下路だから車窓に見えるということで、印象に残っている人も多いだろう。写真左が海側・下り線、右が山側・上り線。

この橋は「荒川橋梁」というが、渡るのは関川である。関川の高田以北をかつて「荒川」と呼んでいたことを反映したものと思う。

上り線。下路プレートガーダーは美しくも狭苦しい。向かって左の桁の側面に銘板と塗装標記があるのだが、望遠レンズを持っていなかったので銘板は遠すぎ、塗装標記はかすれて読めなかった。

上り線。車両の窓まですっぽりと覆う桁部。桁下の水面高さをみれば、この橋が下路になるのもうなづけよう。

上り線。こちらは年代が新しいのか、非常にスマートになっている。

外観。

上り線の桁手前のコンクリート部分に銘板がある。銘板が「荒川橋りょう」となっているので、これは橋梁そのものの銘板だろうか。

荒川橋りょう
設計 信濃川工事局
施工 株式会社熊谷組
設計荷重 KS-16
基礎 鋼管くいΦ=60cm L=41M13本
基礎根入 けた座面から5M3
着手 昭和59年10月
しゅん功 昭和60年3月



さて、この荒川橋梁は掛け替えなどでルートの変遷も絡むようだ。掛け替えは関川の河川改修(川幅増大)によるものだと思う。地図・空中写真閲覧サービスより、空中写真で比較しよう。

まず、1975年12月。CCB7512-C13-14よりトリミング。
  上下線とも平行である。

次いで2010年6月。直江津CCB20102-C24-8よりトリミング。
関川の幅が格段に広くなった。左岸の写真下も川になった。鉄道周辺も大きく変わっているが、なによりも、荒川橋りょうが現在と同じ形をしている。

両者を重ねてみよう。
これだけ見ると、かつての上り線を下り線に転用し、かつ川幅活用対策として桁を右岸(写真右)に延ばしているように見える。さらにその下流側(写真では上)に新桁を架設したようだ。

上り線・右岸側の桁がどういう形なのか、見ておかなかったことが悔やまれる。一度見て撮影したものを家で見ていると気づくことが多すぎる。すべてのものは2回以上見なければならない。




No Image

上下浜駅のホーム待合室

建築?

カプセル駅 上下浜駅
上下浜駅の跨線橋の続き。

 
上下浜駅の上りホームには待合室がある。写真では出入り口が開いているが、きちんと戸がある。

内部はこのように長手方向にベンチがあるのみ。窓側にもあれば、より多くの人が座れるのに…?

建物財産標など。いちばん上は陽刻(プレス?)になっているもので、読めない。

中段
施工 大島組
面積 15.1M^2
竣功 昭和37年10月12日

下段
建物財産標
鉄 待合所 05-1 昭和37年10月 日
施工者
構造 CB
基礎
支持力・地耐力
屋根防水
許容積雪量 100CM
面積 15.1M^2



下りホーム脇にある配線室。「直江津信号通信区 上下浜配線室」とある。
こちらには建物財産標などはないようだ。



No Image

上下浜駅の跨線橋

跨線橋

非常に特徴的な駅舎のカプセル駅 上下浜駅は、跨線橋もちょっと変わっている。写真左手が海側、右手が山側。階段部、海側と山側が線路を挟んでの線対称ではなく、それぞれ同じ向きで同じ外観をしているのだ。

海側。写真は上りホーム。上部の平行四辺形は明かり取り窓。踊り場から下は塞がれている。下りホームの階段も、同じく海側がこうなっている。

山側は、開閉可能な窓がついている。そしてなにより、柱がむき出しになっている。

階段。右の開閉窓が山側、左の窓がないように見えるのが海側。

桁部。こちらはオーソドックスな造り。腰板に鋲が見えているのでる、いささかチープな感じになる。蛍光灯は軸方向とは直角。

銘板その1。上りホーム(山側)の橋脚の海側にある。

上下浜駅こ線橋
設計 信濃川工事局
施工 株式会社加賀田組
設計大要 橋脚鉄筋コンクリート造 H=5M81 栗石厚0M30
着手 昭和47年2月1日
しゅん功 昭和47年3月31日

銘板その2。下りホーム(海側)の橋脚の山側にある。上のは、銘板その1と同じ。下を記す。

上下浜駅こ線橋
設計 信濃川工事局
施工 株式会社加賀田組
設計大要 通路上家1箇所 階段上家2箇所
着手 昭和47年3月1日
しゅん功 昭和47年4月30日

跨線橋の通路部分は、階段上部と、桁上部で分けて考えているのがわかる。また、着手・竣功はそれぞれ階段部より1カ月遅い。

跨線橋裏側。橋脚が4本とも、線路と平行の壁式であることがわかる。






No Image

カプセル駅 上下浜駅

駅舎

新潟県内にあるカプセル駅舎として、
カプセル駅 古津駅
カプセル駅 妙法寺駅
は知っていたが、この上下浜は知らなかった。偶然、1982年頃の本を読んでいたら見つけたので訪問した。古津駅とも妙法寺駅ともまた形が違う。規格があるようで、ないのだろうか?

  外壁が緑色に塗られているので、古津や妙法寺と印象がまったく違う。なんとも言い難い印象。

ホーム側。上部が半円形をしたドアが二つあり、左は半透明でトイレ、右は事務室の出入り口。向かって左側の妻部(というのだろうか)に屋根に登るハシゴがあるが、下記の許容積雪量140cmに対応しているように見える。

建物財産標
鉄 本屋03-1
昭和54年11月24日

施工者(株)大島組
構造 RC造 1F
基礎 布
屋根防水 シート防水 t=1.0M/M
許容積雪量 140CM
面積 45.0M^2

建物財産標を見ると、古津、妙法寺とも施工者も異なれば許容積雪量も異なる。簡単に「カプセル駅舎」などと括ることはできない。素人考えでは、いちいち設計していては、廉価にできないのではないかとも思うのだが…。

ホーム側から。

トイレ。ドアが半透明のアクリル(だろうか、確認をしていない)であることがわかる。内部は小便器と個室。

 
個室の土台が折れ線を描いている。入った右手奥にはさらに段になっていて、清掃用具が収められている。



内部。奥の窓は、窓口を設ける場合のための窓だろうか。窓の向こうに一部屋ある。







No Image

踏切の敷石セット(犀潟駅)

古レール・駅ホーム上屋・柱

 
JR信越本線の犀潟駅前の空き地に、コンクリートの塊があった。使用後のPC枕木が積んであることはよくあるが、これは踏切の敷石だ。

微妙に藪に埋もれつつある。再使用されることはあるのだろうか?

断面がこんなふうになっているなんて知らなかった。孔は、ポストテンションでもかけるためだろうか。上のブロックと下のブロックで孔の径が異なるのも気になる。

ほうほう、コンクリートの台座に締結装置が埋め込まれているのか。



犀潟駅の貨物ホーム跡。夏草が伸び放題の側線の脇を、EF510が牽く貨物列車がけっこうなスピードで通過していく。

犀潟駅舎。かつての出入り口の前に、さらに飛び出す形で雪切り室(?)がついている。しかし、その左にはJAのATMがあり、とても窮屈そうだ。


【2014年8月10日追記】
@oomatipalkさんから下記のご指摘をいただいた。


このような構造が公開されていることに驚いた。内部構造もよくわかる。@oomatipalkさん、ありがとうございました。






[PR]