25000分1地形図新潟北部・新潟南部(ともにM45.3.30発行)に、右岸は堤防を、左岸は岸線を赤く示した。下記のものと比べて欲しい。
数値地図25000(H21.9.1発行)
ゴールデンウイークならまだ雪に埋もれていることもあるので5月31日ならちょうどいいかも…などと思いつつ、国道17号の旧道である境橋を見に行った。ところが、ちょっと遅かった。すでに緑に覆われていた。親柱は隠れ、欄干も埋もれていた。
これは、比較的「見える場所」まで行って撮ったもの。となると、初めて行ったとき(国道17号旧道 境橋(新潟県二居渓谷))は運がよかったとしか言いようがない。
新潟駅に近い大通り。にクルマやバイクで帰るときはこの道を通ったり、通らなかったり。通るとしても、いつもこの角度で見ていた。そもそもクルマの多い道路なので脇見などせず、また、駅近くだからという思い込みもあった。ところが、5月末、クルマの助手席に乗ってこの道を通る機会があり、ふと気づき、振り返ったらあったのだ。スリーダイヤモンドが。
なんということだ。自販機のせいで、真正面から撮れないではないか!しかし、西南西を向いた壁は日影になりやすいのか、比較的きれいに残っていた。
それに対して東北東の壁。オレンジを塗りつぶした白ペンキもはがれかけ、再び白いスリーダイヤが見えている。
国道18号と新潟県道63号線が交差する乙吉交差点付近にある廃道。微妙な位置で県道85号が分岐しており、この廃道は県道85号の旧道となる。
(地理院地図+カシミール3D)
このような、かつては幹線、あるいは亜幹線的な道路が使われなくなって、でもすぐ横をばんばんクルマが走っている状態の場所が大好きだ。
これがあるのは、旧国鉄線から遠く離れた山の上、新潟県の旧安塚町の国道沿いである。よくぞこんなところまで持ってきたものだ。
ワム80000の構体の妻面、ここを切り欠いてしまうと柱がなくなってしまうのではないかと思ったが、銚子電鉄の澪つくし号を見る限り、大丈夫なようだ。もっとも、ワム80000は台枠ですべての荷重を負担しており、扉や屋根はあくまでも「覆い」である。
興味深いのは波入のプレス鋼板の断面。当然と言えば当然だが、1枚の鋼板を波打たせて側柱(車体四角に建てる柱)にくっつけているだけ。その側柱の内側にシャッターのレールを取り付けている。
路面を繰り返し盛ったからだろうか。欄干のかなり上の方に路面の高さがある。
左岸川の埋もれた親柱、右側には「豊(原橋、と推測する)、左側には「竣功 昭和三十三年十二月」とある。
反対側は「豊原橋」とはっきり読める。欄干横にあうのは水道管だろうか。
左側には「竣功 昭和三十三年十二月」とあり、先と同じだ。この橋の銘板は2組4枚しかないのだ。
これが現在の国道353号豊原橋。ずいぶんと両端で高さが違うものだなあ。
JR越後線の桐原駅近く、国道116号旧道を走っていたら、ドライブインがあった。よくある、国道沿いの構え。見ればクルマがたくさん停まっている。旧道なので、すでに幹線道路ではないのにここまでクルマがあるということは、きっとうまいにちがいないと思って入ったらすばらしい店だった。
「野菊」の文字もすてきじゃないか。由来は店内に書いてある。検索などせず、ぜひ現地へ。場所は前述したとおりだ。
上越市下四ツ屋で見かけた消火栓。さすが豪雪地帯と言おうか。吐水口が下段と上段の2カ所にある。
銘板がある。
魚沼丘陵の、長手方向に刻まれた谷をいくつも超える国道353号が、最後の峠・豊原峠にさしかかるころ、左に上路曲弦トラスのようなものが見えた。まさか!?
反対側に回り込んだら、なんのことはない、普通の上路トラスで、両端パネルの下弦だけが斜めになっていたものだった。落胆した。
路面は、プレートガーダー部分とトラス部分とがまったくわからないくらいにつながっている。写真手前はコンクリート橋台の部分で、親柱に相当する銘板は、きちんと鈑桁になる区間の左右に貼ってある。
向かって左が「宝橋」(橋は異体字)、右が「二級町道 東川上鰕池線」(なぜかピンぼけだった…)。市町村道に「二級」とあるのは幹線道(規程あり)である証拠だ。
橋脚がおもしろい。手前は通常の橋脚、それにしても幅が広い。奥は向こう側にトラスの支承があるため幅広部分の高さが必要で、まるで羽子板のようだ。