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新潟市 古信濃川と栗の木川

新潟市 古信濃川と栗の木川

地図・航空写真・分水嶺

国土地理院の25000分1地形図新潟北部・新潟南部(ともにM45.3.30発行)の水系を青く加工したもの+数値地図25000(H21.9.1発行)をカシミール3Dで切り出したものを重ね、GIFアニメに加工した。容量の都合で左右500ピクセルとしているが、左右1000ピクセルのものをこちらにアップしてあるので、ダウンロードして閲覧してほしい(GIFなので、プレビューではアニメにならない可能性がある。その場合はブラウザで開くことを推奨。なぜか、というか連結間違えたのでアニメーションの流れが逆…)。

信濃川の川幅が広かったのや「万代島」が島であったのはもちろんのこと、明治末の川の流れなどがいまの道路や地形に繁栄されているのがよくわかる。

興味深いのは、古信濃川が道路として残っているところと、栗の木バイパスがクニャッとしてるところ。そして、新潟駅と万代橋東詰の間の五差路、「流作場(りゅうさくば)」から南西に延びる一通の道がかつての右岸の堤防であり、だからこそ…この道路が栄えある「新潟県道1号線」になったのだろうか。

25000分1地形図新潟北部・新潟南部(ともにM45.3.30発行)に、右岸は堤防を、左岸は岸線を赤く示した。下記のものと比べて欲しい。

いまの「下(シモ)」と呼ばれる地域に張り巡らされた堀が、いまの道路線形に残っていることも見て取れよう。

数値地図25000(H21.9.1発行)
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初夏の境橋

ボーストリングトラス

ゴールデンウイークならまだ雪に埋もれていることもあるので5月31日ならちょうどいいかも…などと思いつつ、国道17号の旧道である境橋を見に行った。ところが、ちょっと遅かった。すでに緑に覆われていた。親柱は隠れ、欄干も埋もれていた。

これは、比較的「見える場所」まで行って撮ったもの。となると、初めて行ったとき(国道17号旧道 境橋(新潟県二居渓谷))は運がよかったとしか言いようがない。

先客がいた。老夫婦だった。山菜採りかと思いきや、この沢から水を引いているホースの点検に来たという。この近くに「流しそうめん」と書かれた店があるが、そのオーナーだった。親父さんは、かつてこの橋をクルマで走っていたそうだ。


こうしてときどき眺めにいくとして、あと何年、あと何十年、ここにこのまま残っているのだろうか。なにもなければ私がこの世からいなくなってもまだここに在り続けるとは思うけれど。


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新潟駅近くに隠れていた三菱石油

三菱石油/日石三菱

新潟駅に近い大通り。にクルマやバイクで帰るときはこの道を通ったり、通らなかったり。通るとしても、いつもこの角度で見ていた。そもそもクルマの多い道路なので脇見などせず、また、駅近くだからという思い込みもあった。ところが、5月末、クルマの助手席に乗ってこの道を通る機会があり、ふと気づき、振り返ったらあったのだ。スリーダイヤモンドが。

なんということだ。自販機のせいで、真正面から撮れないではないか!しかし、西南西を向いた壁は日影になりやすいのか、比較的きれいに残っていた。

それに対して東北東の壁。オレンジを塗りつぶした白ペンキもはがれかけ、再び白いスリーダイヤが見えている。

新潟市は三菱の痕跡と相性がいいのか、こんな痕跡もある。
http://tenere.blog.shinobi.jp/Date/20120511/

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新潟県道85号線の廃道

廃道

国道18号と新潟県道63号線が交差する乙吉交差点付近にある廃道。微妙な位置で県道85号が分岐しており、この廃道は県道85号の旧道となる。

(地理院地図+カシミール3D)
この地図で言えば、青破線に囲まれた左側に相当する。沿道には廃業したパチンコ屋しかなく、この道路が封鎖されてもだれも困らない。

2010年のツーリングマップル関東甲信越では、この部分は赤破線のルートが描かれていて、さらには「旧県道63号線」とした方も県道扱いになっている。それが、現地に行った2014年5月には「旧県道63号線」部分はすでに県道ではなくなっており、地理院地図にもその変化が見て取れる(県道の扱いになっていない…たぶん。地理院地図の凡例はどこにあるのだろう…)。

このような、かつては幹線、あるいは亜幹線的な道路が使われなくなって、でもすぐ横をばんばんクルマが走っている状態の場所が大好きだ。





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シャッター付きのワム80000 その2

鉄道車両廃車体

シャッター付きのワム80000の同類。

これがあるのは、旧国鉄線から遠く離れた山の上、新潟県の旧安塚町の国道沿いである。よくぞこんなところまで持ってきたものだ。

やはり妻面をカットし、シャッターをつけている。妻面内側にシャッターの戸袋を設置し、非常にスマートな外観となっている。

車輌は、ワム282323。側ブレーキを示す手すりの白いペイントもはっきりと残っている。

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シャッター付きのワム80000

鉄道車両廃車体

ワム80000の構体の妻面、ここを切り欠いてしまうと柱がなくなってしまうのではないかと思ったが、銚子電鉄の澪つくし号を見る限り、大丈夫なようだ。もっとも、ワム80000は台枠ですべての荷重を負担しており、扉や屋根はあくまでも「覆い」である。

興味深いのは波入のプレス鋼板の断面。当然と言えば当然だが、1枚の鋼板を波打たせて側柱(車体四角に建てる柱)にくっつけているだけ。その側柱の内側にシャッターのレールを取り付けている。

車庫には内張がしてあった。




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豊原橋(国道353号)

コンクリート桁

トヤ沢川 鋼製セル式堰堤が作られるきっかけとなった土砂災害は、国道353号を通り越して、(山から見て)その向こうになった旧道にも及んだ。この旧豊原橋は、その旧道にかかるものだ。

路面を繰り返し盛ったからだろうか。欄干のかなり上の方に路面の高さがある。

 
左岸川の埋もれた親柱、右側には「豊(原橋、と推測する)、左側には「竣功 昭和三十三年十二月」とある。

反対側は「豊原橋」とはっきり読める。欄干横にあうのは水道管だろうか。

左側には「竣功 昭和三十三年十二月」とあり、先と同じだ。この橋の銘板は2組4枚しかないのだ。

これが現在の国道353号豊原橋。ずいぶんと両端で高さが違うものだなあ。


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ドライブイン野菊

建築?

JR越後線の桐原駅近く、国道116号旧道を走っていたら、ドライブインがあった。よくある、国道沿いの構え。見ればクルマがたくさん停まっている。旧道なので、すでに幹線道路ではないのにここまでクルマがあるということは、きっとうまいにちがいないと思って入ったらすばらしい店だった。

この手の建物は、どうなっているのだろうか。プレハブの、壁の上部、幕板といっていいのかわからないけれど、そこを帯状に出っ張らせる。帽子がかぶせてあるような印象。屋根を見せない意匠とでも言おうか。そしてサッシがあり、それを植木が目隠ししている。オーソドックスな店舗建築。


「野菊」の文字もすてきじゃないか。由来は店内に書いてある。検索などせず、ぜひ現地へ。場所は前述したとおりだ。



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上越市の消火栓

土木一般

上越市下四ツ屋で見かけた消火栓。さすが豪雪地帯と言おうか。吐水口が下段と上段の2カ所にある。

パッと見ると三つの吐水口があるように感じるが、中央は、上段のバルブ。下段のバルブは地面から顔を出している。

銘板がある。

地上式消火栓
型式 TXIS-W
チカ寸法 0.95m
製造番号 MS230-K0(?)
マエサワ

その上に陽刻されている文字は
H6306
7581

だ。

「マエサワ 消火栓」で検索すると前澤工業という会社がヒットするのだが、読み方は「マエザワ」のようで、この消火栓と同じなのか違うのか。と思ってなおも検索すると、ブログ「送水口倶楽部」に答えが書いてあった。



●関連項目
雪国の取水口

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宝橋 上路曲弦トラス!?

ワーレントラス

魚沼丘陵の、長手方向に刻まれた谷をいくつも超える国道353号が、最後の峠・豊原峠にさしかかるころ、左に上路曲弦トラスのようなものが見えた。まさか!?

トラス橋の下弦が曲弦になっているものは、国内では4例しかなかった気がする。たぶんもっとも有名なのは国道20号の梁川橋。でも、この写真は、うまく木に隠された目の錯覚だった。

反対側に回り込んだら、なんのことはない、普通の上路トラスで、両端パネルの下弦だけが斜めになっていたものだった。落胆した。

この道は、国道から谷をひとつ挟んだ対岸の鰕池(えびいけ)という集落に行くためのものだ。それまでは、鰕池へのアクセスは下流側からだったのだが、1車線の細道だったために新たに造られたのだろう。旧道というか、従来の道のストリートビューがあるのは驚いた。

上の写真、左の袂に石垣がある。もしかして旧橋の橋台か? とも考えたが、この高さから橋がかかっていたことはなかろう。古い橋であれば、もっとギリギリまで谷に向かっていくはずだ。

路面は、プレートガーダー部分とトラス部分とがまったくわからないくらいにつながっている。写真手前はコンクリート橋台の部分で、親柱に相当する銘板は、きちんと鈑桁になる区間の左右に貼ってある。

  向かって左が「宝橋」(橋は異体字)、右が「二級町道 東川上鰕池線」(なぜかピンぼけだった…)。市町村道に「二級」とあるのは幹線道(規程あり)である証拠だ。

橋脚がおもしろい。手前は通常の橋脚、それにしても幅が広い。奥は向こう側にトラスの支承があるため幅広部分の高さが必要で、まるで羽子板のようだ。




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