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『カレチ』第4巻(池田邦彦著/講談社)

『カレチ』第4巻(池田邦彦著/講談社)

鉄道の本

もう3年も前になるのか、引き続き漫画/『カレチ』を書いたのは。

ずっと週刊モーニングで楽しみにしていた連載。しかし、だんだん息が詰まるようになってきた。鉄道を扱う漫画の宿命かもしれないし、はじめのころに、綿密に設定された舞台装置を作り込みすぎたからかもしれない。ネット上では、なるべくして「実際にはありえない」「こうだったんじゃないか」「これは○年○月の話か」のような、現実のことを「ファン」が語り出すようになってきた。

いつか書いたけれど、私は、こういう作品に登場する列車や時刻は、架空のものでもかまわないと思う。舞台は昭和40年代後半から昭和50年代前半、当時のダイヤを憶えている人はそれなりにいるとはいえ、読者の大半はそれを知らない世代か、そんなことを憶えてもいないだろう。臨時列車が立ち往生するエピソードなんかでは、その日にその列車が走っていたということまで目くじらを立てて読む人が、何人いるだろうか。そんなことは放っておいて、存分にエピソードを創作すればいいと思っている。

IMG_201211262538.jpg第4巻の第31話まではリアルタイムで読んだ。そこまでは、上記のような感想を持っていた。とくに第30話「ドア扱い」で現代が舞台になったとき、なんで舞台装置がこういうことになるのかな…と危惧した。以後、ちょっと週刊モーニングを読む機会がなくなってしまい(買えばいいのだが…)、第32話と第33話はコミックスで初めて読んだ。

…安心した。

とくに第33話、堀之内のエピソードなどは、第32話の列車トリックのような組立と違い、とても漫画的な、いい話だと思う。

しかし。
この「帯」は。

連載当初とは違い、週刊モーニングもすぐに「これがプロの仕事だ」というような、自己啓発本といおうか、ビジネス書というか、そういう煽りをつけるようになった。帯には「読むとプロ魂が宿る。」なんてキャッチが躍っているが、この本を読んで「おれも、与えられた、好きでもない職務を全うするぞ!」なんて思い立つ奴がいるのか。この、労働がものすごく流動化して講談社の漫画編集部もそんな感じ(伝聞)の世の中で。そして、そもそも、作者はそれを目指して描いているのか?

いや、話を作るならば「プロとは」のような展開はやりやすいだろう。それはよくわかる。でも、それだけでは辛気くさくてかなわない。その方向で続ければ、時代設定からして、組合関係も話で拾わなければならなくなる。戦後の労働問題の総決算のような国鉄の組合運動は、いまの世の中では理解しがたいことばかりなので、描いても読者に背景まで含めた正しい理解をされない可能性が高い。私は、ある程度は安穏としてエピソードでいってほしいと思う。

第4巻でいえば、「プロとは」の話は第27話、29話、30話、31話。「漫画らしい」内容のあるストーリーは、第28話、32話、33話。異論はあろうが、私はそう読んだ。




 
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灯りの消えたツバメマーク

灯りの消えたツバメマーク

大協石油・丸善石油・キグナス・ガソリンスタンド全般

20121126_007.JPGつくば市内の、地元のスーパーの駐車場の脇に、この丸善石油のサインポールが立っている。県道同士の交差点だから、街中といえば街中だ。商店の行灯は別建ての街灯に掛けられており、このサインポールがここに残されている必然性はない。それでも、北側を向いたこの面は、褪色しやすい赤があまり薄れずにこうして残っている。

20121126_008.JPG反対側、即ち商店の行灯が夜な夜な照りつける側は、かなり褪色している。南面ということもあるかもしれない。


改めて2万5000分の1地形図を見ると、この角には高塔のマークがある。Googleマップを見ると、この商店の筋と直交する筋に、火の見櫓があったようだ。


 

サシ481

サシ481

鉄道車両廃車体

20121119_000.JPG盛岡IC近くの県道を走っていたら、きれいなヨが目にとまった。あれ、と思うと奥に特急色の車両と、その向こうに赤銅色の車両が見えた。近寄ってみると、写真右(道路側)がヨ6000(車番不明)、サシ481 48、ヨ、ヨ(ともに形式不明だがヨ6000か)だった。

20121119_002.JPG工務店に併設されており、かつては喫茶店のような使われ方をされていたようだ。ヨのデッキには後付けの水洗トイレがあるので、宿泊施設だったのかもしれない。

20121119_001.JPG白眉はサシだろう。長らく青森に配置されていた車両と思う。

20121119_003.JPGサシといえば、この顔である。ヨのデッキとの間は板を渡してある。反対側は、なんと幌をつないである。連結はしておらず、連結器が突き合わされているだけだ。

20121119_004.JPGサシの床下、MGの存在感が気になった。

20121119_005.JPG58.11 MO(盛岡工場の意味)

MH94-DM58形電動発電機

電動機/発電機/励磁機
方式 直流複巻/回転界磁/直流複巻
定格 連続/連続/連続
出力 63kw/70kVA/15kW
電圧 1500V/440V/100V
電流 47A/92A/15A
回転数 1800回毎分/1800回毎分/1800回毎分
起動抵抗(20℃) 5Ω 周波数 60Hz
直列抵抗(20℃) 2Ω 相数 3相4線式
              力率 0.8

製造番号 7232887 製造年月 昭和47年2月
東京芝浦電気株式会社


鉄道趣味誌は、車両形式の系譜はほぼ網羅しただろうから、今後は主機や補機の系譜もやってほしいものだ。


 

『駅名おもしろ大辞典』(夏攸吾著/日地出版)

『駅名おもしろ大辞典』(夏攸吾著/日地出版)

鉄道の本

20121122-01.JPG鳥居型の駅名標に書かれた文字が大好きだった子どもの頃、昭和58年にこの本が刊行されたときには毎日のように眺めていた。

ブラックアウトされたカバーに銀色のインクで刷られたゴナUのタイトル、それらが斜めに配置されているのが子供心にすごくかっこよく見えた。いま見ると、カバーは通常のCMYK4色ではなく、黒銀赤黄緑の特色の掛け合わせ(ほとんどはベタ)。また、印象を強くする腕木式信号機をあしらうにあたり、タイトルと並べるとタイトルが小さくなってしまうため、こうして斜めに処理してタイトル文字を小さくすることなく、イラストも無理なく収めている。秀逸なデザインだと思う。デザインはADACHEENOとあるが、検索しても1971年に漫画家?としての結果が出てくるだけだ。

この本は、駅名標を真似して絵に描くのが日課だったので相当に眺め、使い込んだのだが、長じての上京のタイミングかなにかでいつしかこの本はどこかに行ってしまった。それを、先日、仕事の資料として古書店から購入した。

20121122-02.JPG改めて見ると、相当に意義深い、駅名標の資料集になっている。「鉄道掲示基準規程」にとらわれない時代のものも相当多くが残っていた当時、いかにも看板屋が手書きしたものがそこらじゅうにあった。地域性もあったし、イレギュラーなものもあった。市井のタイポグラフィーの見本市だった。見よ、草道駅の「く」を。これらの膨大な写真にクレジットはないので、すべては著者の撮影だろうか。

20121122-11.JPG同様のバイブルとしては小学館のコロタン文庫『国鉄駅名全百科』がある。また、主婦と生活社の『国鉄全線全駅 読み乗り2万キロ総ガイド全駅5175案内』は、駅舎のバイブルである。そのコロタン文庫と見比べると…

20121122-03.JPG奥羽本線の及位駅の駅名標。左がコロタン、右が本書。別々の駅名標で、特徴ある「き」でわかるように文字の形はほぼ一緒だが、ローマ字の幅と字間が違っている。

また、越後線の出雲崎はこう。
20121122-10.JPG20121122-12.jpg上が本書で、下が私が撮ったもの。所在地表記の有無という大きな違いがあるが、やはり「き」でわかる特徴はそのままに手書きされている。手書き時代の駅名標は、こうした一枚一枚の差異が面白い。



地域性もあった。たとえば九州。
20121122-06.JPG20121122-04.JPG20121122-05.JPG20121122-07.JPG20121122-09.JPG隣接駅表示の間に所在地表記が入る。この形式が、福岡から鹿児島まである。もちろん、書き手はまったくバラバラだ。


20121122-08.JPG好きなのは、信号場が書いてあるもの。『国鉄駅名全百科』には、函館本線の鷲の巣信号場(当時)の駅名標が掲載されているのだけれど、本書では石北本線の生田原で、常紋信号場が書かれている。この「SS」という表記に、間だ見ぬ遠い北の大地に旅情を馳せたものだった。新潟県からほとんど出たことがない小学生だったけれど。

* * *

会社に入ってわりとすぐに、本書の著者、夏攸吾さんにお目にかかることができた。私の隣席の、定年退職間近のKさんを訪ねてこられたのだ。私は紹介されたわけではなかったけれど、会話の中で夏さんということがわかり、割り込んでご挨拶した。子どもの頃、毎日のように読んでました、すばらしい本をありがとうございます、と。夏さんはペンネームで、そのときにいただいた名刺はいまも大切にとってある。

版元の日地出版は、私が会社に入った当時は旅行ガイドブックなどを刊行していたが、やがてゼンリンと合併。入社当時に何度かお目にかかったあの方はどうしているのだろうか。






 

Railway Graphic D.E.F. 写真展 「鉄道風土記 〜春夏秋冬〜」

Railway Graphic D.E.F. 写真展 「鉄道風土記 〜春夏秋冬〜」

鉄道

20121122.jpg新宿で開催されているグループ写真展、『Railway Graphic D.E.F. 写真展 「鉄道風土記 ~春夏秋冬~」』に行ってきた。

どの作品も、すてきで、きれいだ。どれもそのまま商業誌に見開きで掲載されててもなんの不思議もない。私がブログの更新を楽しみにしている方々が、テーマに沿って「これは」と推す作品を出すのだ、すてきじゃないわけがない。

ただ、これは私の好みの話で、私なりの見方であって、いい/悪いではないし、「それ」が好きで撮影されている方にこんなことを書くのはお門違いになってしまう部分もあるので、その点でお気を悪くなさらないでほしいのだが、このすてきさ、きれいさは、どれも「鉄道写真の文脈でのもの」だと感じる。

私は、今回に限らず写真展ではいつも、見たこともない表現があったらいいなあ、と思って一点一点鑑賞している。

鉄道写真は、広田尚敬さんはじめ、ものすごい先駆者が何人もいて、そのフォロワーもものすごい人数がいる。いろいろ工夫しても「広田さんが50年前に既にやってた」みたいなこともよく聞く。基本的に、屋外で、それなりに大きな被写体を撮るのだから、条件も似てくるし、それならば先駆者が圧倒的に有利…などというつまらない話もときどき聞く。そうだろうか。

今回出展している吉永陽一さんは、ブログに書いた通り(『空鉄』(吉永陽一著/講談社))、まったく新しい表現を実現している。だれもが同じことをできるわけではないが、空には、あと数人がそこに乗り込んでいってもまだまだ開拓の余地はあるほどに広大で新しい表現世界が広がっている。また、会場で遠藤真人さんに初めてお目にかかり、お話ししたのだが、ちょっとここでは書くわけにはいかないけれど、とあることを温めていた。既存の鉄道写真に飽き足りない、新しい表現の実現を、みんな、ぜひ、もっと。


全作品の中でこれは!と思ったのは、佐藤武志さん(直接の面識はなし)の『金色の花』という作品。下向きのライティングが非常に効果的で、「金色の花」が、とっても立体的に見える。ちょっとライトの影響をなくして鑑賞したりもしたのだけれど、立体感はちゃんとある。もともとの作品が持っている陰影を、ライトが大きく増幅していると感じた。これはすてきな作品だ。


写真展は25日(日)まで。





 

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鉄道総合技術研究所『RRR』の公開

アーカイブ/資料/自分用メモ

twitterで、鉄道総研のRRRの過去5年分がPDF化されて公開されたと聞いたのでざっとチェック。

サイトはこちら

橋梁・土木関係の、趣味的に興味を引かれた記事を抜き出す。
リンク先はすべてPDF。
すべて偏見というか好みでの抜き出しなので、ぜひ全号の目次をご覧いただきたい。

・2008年3月号 橋梁の洗掘
・2008年10月号 鉄道吊橋と緩衝桁軌道伸縮装置既設鋼鉄道橋の合成構造化によるリニューアル工法の提案
・2009年8月号 鋼鉄道橋の低騒音化
・2010年3月号 アーチ型鋼材によるRCラーメン高架橋の梁補強
・2010年8月号 三内丸山架道橋 -コンクリート鉄道橋長大化の可能性-
・2010年12月号 鉄道総研が生まれた頃の話 新型踏切の開発
・2012年4月号 鉄道総研の技術遺産 バルツァーの論文と東京駅(小野田滋)
・2012年6月号 既設鋼鉄道橋をリニューアルする
・2012年8月号 鉄道総研の技術遺産 「東海道線増強調査会資料」とその意義(小野田滋)
・2012年9月号 鉄道技術 来し方行く末 鋼鉄道橋
・2012年10月号 構造変更による旧式鋼橋梁のリニューアル

円柱石積橋脚と角型石積橋脚

円柱石積橋脚と角型石積橋脚

鈑桁+石積円柱橋脚

20121117_000.JPG北恵那鉄道が木曾川橋梁を渡って右岸へ行き、すぐに支流をまたぐ。そこにかかっているプレートガーダー。支流の名前はわからない。車道も橋で渡っているのだからそこに明記してあると思うのだが、まったく私の目は節穴である。

地上の橋脚は角型で石積だ。上に残る橋桁は、レールも枕木もないので天に抜けている。

20121117_001.JPG川の中に立つ橋脚は円柱。水の流れに対応するためだろうか。写真を見る限りは橋脚の位置を工夫すれば川の中に橋脚を建てなくてもいいような気もするが、周囲の地形をよく見ていないので、ここも節穴である。


この周辺、廃線跡はわかりやすい形で残っている。Yahoo!地図を見ても、ちゃんと線形や橋の位置がプロットしてある。地図を貼ると思いので、リンクで。

http://yahoo.jp/aaXBxI
 

東武鉄道ED101(ED4001)の板台枠台車

東武鉄道ED101(ED4001)の板台枠台車

鉄道車両の台車

20121118_000.JPG東武博物館の屋外に屋根付きで展示してある東武ED10。譲渡後の近江鉄道において、空色と黄色に塗装されたED4001として活躍、あるいは保存されていた姿をご記憶の方の方が多いかもしれない、というか私がそうだった。

20121118_006.JPGこうして茶色に塗装されると、まったく印象が異なるものだ。台車は板台枠で、wikipedia日本語版でも形式が載っていないので、形式は不明としておく。『電気機関車展望』
には載っているだろうか、売ってしまったのが悔やまれる。

20121118_003.JPGゴリゴリとした乗り心地が伝わってきそうな台車。板バネの軸バネしかないようだ。かつ釣り掛け式…。

下部に水平方向に2本並ぶロッドは、内側が車輪内側の踏面ブレーキ引張棒、外側が車輪外側の踏面ブレーキ引張棒だ。

砂箱は両端にあり、デッキ側の砂箱にはステップもつく。その上にはデッキ。

20121118_004.JPGエアタンクとブレーキロッド。

20121118_001.JPG当時の電気機関車は、モーター付きの台車が連結されており、その上に車体がのっかっていた。牽引力は、連結器+台車+台車+連結器、と伝わり、台枠は無関係。だから、台車同士をつなぐ機構がある。

20121118_002.JPG車体の銘板。

20121118_005.JPG台枠の銘板。

どちらにも、ENGLISH ELECTRICとDICK KERRの文字があるが、デッカーを買収したEEが、子会社のデッカーで製造した…と考えるとわかりやすいが、いつまで会社としての、あるいはブランドとしてのデッカーがあったのかはわからない。


No Image

屋根が飛んだ話

記憶

今日はけっこうな強い風だった。最近、東京ってこんなに風が吹いたっけ? と思うことがよくある。新潟では、晩秋から冬はけっこうな風が吹き、冬になると毎晩、海鳴りとともに電線も鳴ったものだ。ちょっと印象が違うけれど、谷山浩子の歌、『風の当たる場所』は、なかなか風の日を表している気がする。

かつて、母に「柏崎に住んでいた頃、台風で屋根が飛ばされたことがある」と聞いたことがある。話の内容からして昭和30年代のことだろう、くらいにしか思っていなかったが、よく考えれば住宅半壊と言ってもいいような大変な被害である。先日、そのことについて聞いてみた。


第2室戸台風だったという。屋根が吹き飛ばされ、家の中のテレビが転がっていったと。その後しばらくは家の修理のために別の家に仮住まいする羽目になったそうだ。家財もかなりの被害を被ったに違いないが、第2室戸台風といえば昭和36年、その頃にテレビがあったというのが意外だった。決して裕福な家ではなかったはずだ。


ただそれだけだ。おそらく、たった一度だけ聞いた「(当時からして)20年前に遭った災害」。いまの私の感覚で言えば、たった20年前のことなら鮮明にも覚えているだろうし、何度も話してもおかしくない。でも、一度しか聞いていない。それだけ、当時の「20年前」は遠かったのだろうか。それとも、話すようなことでもないという感覚だったのだろうか。

ふと思い出したので、自分の記憶としても書き留めておく次第。


斜張橋+アーチ橋

斜張橋+アーチ橋

斜張橋

20121118a06.JPG(クリックするとCM動画のページにジャンプします)
日産ノートのCMで、気になる橋が出てきた。なんだこれは、なんで斜張橋のケーブルがアーチの横構の間を通って床版を支えてるんだ…? それも、床版のセンターではなく片側を吊っている。地上側のケーブルは2方向に分かれている。

…などと思ったら、@Einshaltさんから「マレーシアのSeri Saujana Bridge かと」とご教示いただいた。wikipedia英語版はこちら

関連サイトも見たけれど、どうもよくわからない。アーチを添えることにより荷重がアーチと斜張橋の主塔に分散されるから主塔が低いのかな…などと思ったが、そんなことはなさそうだ。スパン300m、主塔高さ73mというのは、国内の斜張橋を見ても同等だ。

こちらのPDFに詳細が書いてあるのかもしれないが、長いのでまだ読み中。とりあえず。
http://www.bath.ac.uk/ace/uploads/StudentProjects/Bridgeconference2007/conference/mainpage/Hares_Seri_Saujana.pdf



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