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赤平東郵便局

赤平東郵便局

郵便局舎

20121017_002.JPG見れば見るほど、昭和50年代の国鉄の「カプセル駅」のテイストを感じる。安価に、規格ものとして成立した形なのかもしれない(まったく根拠はない)。

道路が鈍角にカーブする交差点に面しており、真正面から見ると郵便マークが見えない。郵便マークの行灯は、道路の軸と直角に配置するものなので真正面からは見えないものだが、ここでは道路は斜めである…。局舎はエアコン完備。

郵便局なのに、その前に設置してあるポストの大きさがなんとも言えぬ。その手前、駐車場に入るにはとても邪魔な位置に標識があるのも不思議だ。

20121017_001.JPG素晴らしい郵政書体。とんがっている。痛い。

20121017_000.JPG道路からは、この側面しか見えないのだ。これが建てられた頃には、そんな主張の必要性などなかったのだろうな。


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国道278号 波に破壊された旧道(戸井/日浦トンネル)

国道278号 波に破壊された旧道(戸井/日浦トンネル)

廃道

20121016_006.JPG北海道の函館から東にずっと行き、戸井を過ぎると日浦トンネルがある。その旧道に相当する。もっと北、森から海沿いに恵山を回ってきて、この旧道にぶつかった。写真は旧道に入って振り返ったところ。相当な切り通しだということがわかると思う。

20121016_005.JPG前方、柱状節理を切り拓いた道が見え、その向こうに柵がある。道は断絶しているように見える。いや、それよりも画面の右の夥しい落石が恐ろしい。

20121016_004.JPG右を見る。この高さだ。17mmでも入らない。絶対に近づきたくない。ネットを張っているとはいえ、よくぞこんなところを国道としていたものだ。柱状節理は、少し力を加えるだけでボロボロと剥がれ落ちる。

20121016_000.JPGさて、柵。その下は、柵からの錆びで茶色くなっている。その向こうは?

20121016_001.JPGこうだ。道は、岩礁の上に橋を渡し、岩を切り拓いて続いている。

20121016_002.JPGなんという波の破壊力。この日は風が強かったとはいえ、8月上旬でこの波である。足元を見ていると、波が来るごとに深い闇がぐぐっと持ち上がってきて岩礁の隅々まで入り込み、惹いていくときに渦を巻いていく。人間の泳ぎなどなんの役にも立たなそうな、圧倒的な水圧。

20121016_003.JPG橋だったもの。ちゃんとコンクリートで函を作って橋台を造り、その上にPCの桁を渡している。それが、このザマだ。

落石も恐ろしいが、波も恐ろしい。ここが現役の道路だった頃、冬場にクルマは通れたのだろうか?



その向こうは太平洋の空 出光静狩SS

その向こうは太平洋の空 出光静狩SS

出光

20121015_000.jpg北海道の内浦湾沿い、室蘭から長万部に向けて走る国道37号。不思議と、この国道は西から東へしか走ったことがない。礼文華の難所を越え、海側に並行していたJR室蘭本線を陸橋で渡ると、この出光がある。ここは静狩集落、長万部側の「平野部」のどん詰まりだ。

静狩の集落内で難度か鉄道写真を撮影したことがある。西に向かってどん詰まりの集落なので、引き上げるときには東に向かうのだが、この出光まで1km以上の距離がある集落内からでも水銀灯(だと思うのだが)が見える。たいていの場合は靄の向こうにボワッと浮かんでいるように見える。

20121015_001.JPGこの出光の前は何度も通っているにもかかわらず、給油したのはたぶん初めてだと思う。海からの風が少し吹いていた。国道との間に幅の広い歩道があるのだが、そこに乗用車が止まっていたのでトップの写真もなんだか中途半端になってしまった。敷地の形状のせいか、水平の線が揃わず落ち着かない。

サービスルームで気がついたのは、採光窓の上にあるシャッターだ。閉店時は施錠するだけでなく、シャッターを下ろすのか。

20121015_005.JPG海までの距離。その横の空き地。撮影したのは8月の18時過ぎ。なかなか雰囲気のあるタイミングだった。

20121015_004.JPG西の空に雲が湧いている。1台、入ってきた。

20121015_002.JPG向こうが海、な感じはするだろうか。

20121015_003.JPGここにあるのは、A重油と軽油の計量器。A重油とは、要するに軽油取引税のかからない軽油。近隣の農作業用だろうか、漁業用だろうか。もっとも、計量器のメーターはそれぞれ2000リットルと1000リットルを指している。ローリーに積み込んだのだろう、そこから各戸に配達に行くのかもしれない。

* * *

この場所は、とてもわかりやすい。かなり代縮尺の地図でも、この場所を説明できる。国道とJR線の位置関係は、たいていきちんと書かれているからだ。私が部屋に貼っている100万分の1の北海道の地図でも、もちろん書き分けてある。その陸橋は、一直線のJR室蘭本線の撮影の好適地だ。なにしろ、西を向いている。

20121015_009.jpgこれは、私が「初めて」鉄道写真を撮ったときのものをトリミングしたもの(鉄道以外撮っていたので、カメラ初心者ではない)。ポジをスキャンしたものなので色もとんでしまっているが、ポジ原版は自画自賛したいくらいに美しい。

20121015_006.gif
(RMのサイトより画像を拝借。この画像も色味がかなり違う。実際の本の製版が素晴らしい)

これをRMに送ったら、表紙に採用してくれた。もちろん、かなりのトリミングをされている。見ず知らずの他人に評価をされたということが、とても嬉しかった。そして、原版であの大きさのものが、ここまで大きく引き延ばしても破綻しない製版に驚いた。ドラムスキャナでポジを色分解していた半DTP時代の、ひとつの頂点だと思う。しばらくして、RMは製版がめちゃくちゃになり、写真のセレクトもネタモノや編成写真主義になってしまった。大判のグラフ誌という点で大好きだったRMだが、そういうわけで、いまはもう読んでいない。
なお、このときの狙いは雪煙。斜光線に映える雪煙は本当に美しい。
20121099.jpg(別カット)

TR51形台車(DT22系・キロ26用)

TR51形台車(DT22系・キロ26用)

鉄道車両の台車

20121014_000.JPG三笠鉄道記念館に保存されているキロ26。車体表記はオリジナルの書体ではない。写真左が前位(1位=見えない側・2位=写真側)、右が後位(3位=見えない側・4位=写真側)。前位側が駆動台車のDT22(DT22AまたはC)、後位側がTR51(同)。

詳細な解説はwikipediaにこれでもかというくらい掲載されている。ただし、台車の各部の名称を知らないと理解しづらいかもしれない。


20121014_001.JPG35mmレンズではパースが出るからダメだな…。右の、車体から下りてくる管はトイレからの排水管だろうか(流し管ではない)。

20121014_002.JPG台車の写真は通常、真横からのものばかりなので、ここでは立体的に構造を把握できるようなものを。

Aは、上揺れ枕。車体の荷重をここで受ける。枕バネはコイルバネ、中央のDがその減衰装置(ダンパ)だ。Cが下揺れ枕で、Bの揺れ枕吊りで台車枠に減衰後の荷重を伝えている。

20121014_003.JPG中心ピン。荷重はほとんど負担しないものと記憶しているが、ちょっと確認がとれていない。


三笠トロッコ鉄道の事務所になったJOMO

三笠トロッコ鉄道の事務所になったJOMO

JOMO/共同石油

20121013_003.JPG三笠鉄道記念館に向かう交差点に「三笠トロッコ鉄道 クロフォード駅」がある。この日も運行していたようだ。三笠市街側のこの駅が事務所のようだが、どう見ても給油所だ。10年ほど前の地図を見ると、ここにはJOMOのロゴが記載されていた。

それほど土地には困らないだろう場所なのに、なんだか窮屈な配置だと感じる。向かって左側の防火壁の形が不自然。なんらかの理由があってのこの形状なのだろうが、この形だからこそサービスルームがこの位置にあるのか。もし、きれいなコの字型を描けたら、サービスルームはどちらかの隅に寄せられたことだろう。

20121013_005.JPGしかし、防火壁といいサービスルームといい、わざわざすべて塗り替えるとも思えない。もしかしたら、JOMOからいったんノーブランドになり、そして廃業したのかもしれない。

20121013_004.JPGここには車両が2両、展示されている。1両は「馬車鉄道」という銘板のつくもので、馬車鉄道用の木造客車にタイヤをとりつけたもの。所有の自動車で牽引するのだろう。

20121013_001.JPG正体未詳の機関車。ディーゼルだろうか。

20121013_002.JPG20121013_000.JPG.

ここは、とてもおもしろいことをやっている。車両群を見ても、仲間に入れて欲しいと思ってしまうほど。遠いから無理な話だが、末永く運行が軌道に乗っていてほしい。

車両の紹介ページ→http://www.karamatsu-train.co.jp/mikasa/mtr-sharyou.html
 

婆娑羅峠

婆娑羅峠

廃道

南伊豆の東西を結ぶ婆娑羅峠は何度となく通っている。代わりに、石廊崎は数えるほどしか通ったことがない。

その婆娑羅峠の旧道には廃隧道がある。すぐ近くに閉鎖されたようなドライブインがあり、その裏手、かつて道路だったところは庭のようになってしまっており、立ち入ることがためらわれるのだが、おそらく放置された道路敷を占有しているもの…と勝手に解釈をして隅っこを迂回しながら旧道に出た。

20121011_003.JPG雨上がりということもあり、障気を感じる雰囲気。これは振り向いて撮ったものだと記憶する。路面は泥。道なりの右カーブを抜けると…。

20121011_004.JPG婆娑羅隧道だ。完全に閉鎖されている。向こう側に光が見えるのに、立ち入ることはできない。

20121011_005.JPG引き返しつつ、旧道をもう一枚。


この婆娑羅隧道は、国土地理院の地形図には描かれなくなってしまっても、なぜかネット地図には東側の坑門の位置が描かれている。Yahoo!でもGoogleでも掲載されている。ネット地図は、廃線跡なども載っていたりするのだが、整備の過程を知りたいものだ。


 

国道135号 熱川周辺の旧道

国道135号 熱川周辺の旧道

廃道

20121011_000.JPG熱川の湯の沢交差点。こういう、地味な道路改良の痕跡に惹かれる。かつてはここが道路だったのに、いかなる事情か、空きスペースになってしまった。おそらく、線形改良なのだろう。

すぐ近くには、カーブの改良もある。

20121011_001.JPGこれくらいなら、なにも改良しなくても…とも思うし、わざわざデリニエーターを移植しなくても、向かって右の車線だけ幅を広くしたままでもいいじゃないか。

20121011_002.JPGやがて、改良された曲線半径は、これだけ変わる。それにしても、車線、広いままでいいじゃないねえ。
(2010年9月撮影)



 

バイク通勤、バイク通学

バイク通勤、バイク通学

独言・日記

8071088459_2cc10b4703.jpg右足の甲の骨(第4中足骨)を折って3週間が経った。完全に固めるギプスではなく、ギプスシーネという添え木を包帯で巻いている。松葉杖必須なのだが、とても重労働かつ全体重がかかる手のひらが痛くてしょうがないので、自宅から会社の駐車場までまったく歩かずに行ける原付で通勤している。朝と夜、友人からもらったアドレスV100で都内を走る。学生時代、1990年代前半以来だ。左手には松葉杖、写真に少し写っている。

いま、朝も夜も、都内の道路にバイクはほとんどいない。いても原付二種かビッグスクーター、まとまってもせいぜい3台。たまにビッグバイク。赤信号で止まっても、みな自分のバイクの性能をわかっているし、おっさんばかりなので、わきまえながら順々にスタートする。

学生の頃は、赤信号になると多いときは十数台が並んだ。たいていはオフ車で、XLR250Rが多かった。たまに逆輸入のレーサー、XR250Rがいたり。ぼくはTT250R、当時最新のバイクだった。まだ大型バイクは「限定解除」が必要な頃で、それなりに乗ってる人は多かったけれど、通勤や通学で使っている人はほとんど見なかった。見かけたときは、憧れの目で眺めていた。ぼくが限定解除をしたのは学生時代ではなく、もう会社に入ってからだ。この前、リヤタイヤの側面まで使い込まれたアプリリアのRSV4を見た。すばらしいエンジン音だ(排気音ではない)。ビッグバイクは問答無用にかっこいい。


都心や都内をバイクで走ると、ときどき思い出すことがある。あれは、750ccのバイクを盗まれたぼくに、CB750を貸してくれた友人に返しに行く途中のことだ。国道20号の右側車線を西へ向かっていた。750だから、流れをリードしているのだけれど、トラックが1台、左からおかしな割り込みをして、ぼくの前にかぶせてきた。たぶん、ぼくのことは見えていない。

もちろんこちらは動力性能にも相当な余裕があるのでちゃんと減速してかわし、こういうクルマの近くにいると巻き添えを食いかねないので左側追い越し(これは禁止事項だけれど)でトラックを抜いた。バツが悪いことに、赤信号になった。

左側車線に止まっているぼくの右隣りにトラックが並んだ。助手席の窓が開いた。

「危ねー!」などと怒鳴られるかと思った。いや、危ないのはそちらだし…。ところが、若い男性の運転手が少しすまなそうな顔をして、「ごめんね!」

そうだ、彼は、ぼくに気づかずおかしなかぶせ方をしたのをあとから気づいたのだ。ぼくが左から抜いたのを見れば、その行為を愉快に思っているわけがないことはわかるだろう。こちらは当惑し、照れてしまい、なんとか右手を挙げて「どうも」かなんか間抜けな返事をして、青信号になったからダッシュでスタートした。いや、その場から逃げた。

男性も、バイク乗りだったのかもしれない。
Mr.バイクの「隠れ家信哉直送便」に吹き込みたくなるような話だったが、そういうのもなんか照れるので、ずっとしまっておいた。書いたのは、いまが初めてだ。


15日にはギプスがとれる。どこかに行きたい。





 

国道135号 宇佐見隧道

国道135号 宇佐見隧道

隧道・廃隧道

伊豆半島の道路は多くの改良を重ねられているので、そこかしこに旧道や廃隧道がある。廃道についてはよっきれん氏のレポート以上のものはできないので、写真だけ。

20121009_000.JPG北側。国道の御石ヶ沢トンネルと新宇佐見トンネルの間、すぐ脇に旧道が見えるので、アプローチはたやすい。クルマを置く場所もある。ここから北に向かう。

20121009_001.JPG片一号洞門。

20121009_002.JPGこれだけの設備が放棄されている。向こうに見えるのは片二号洞門。

20121009_003.JPG坑門…と称していいのだろうか、洞門の入口も。コンクリートで作られたこの意匠、あまり嫌みがない。

20121009_004.JPG片二号洞門を出て振り返る。蛍光色の「危険」、表情が険しい。

ここで道路の上に土砂が崩落している。これ以上先に進むには、藪をかき分けながら土砂を乗り越えなければならない。この日は天気がイマイチであり、また行程がギュウギュウだったので、ここで引き返す。

20121009_005.JPG帰り道、振り返ったところ。


一度、出発地点まで戻り、今度は南に向かう。

20121009_006.JPG宇佐見隧道が静かに佇む。

20121009_007.JPG入口から振り返ると、海のほうへ空が抜けていた。雨が上がり、雲もどんどん上がっていく。廃道は、雨上がりが美しい。


この日は、写真集『廃道 棄てられし道』の取材で、丸田祥三さん、平沼義之さんと伊豆の廃道を訪ねたときのもの。この隧道や洞門は写真集にも収録されている。丸田さんの作品をこそ、ご覧いただきたい。

(2010年9月撮影。2012年6月再訪、ほとんど状況変わらず)

 

平永橋架道橋(靖国通り)

平永橋架道橋(靖国通り)

鈑桁(プレートガーダー)+鉄製橋脚

20121004a_000.JPG靖国通りが山手線と交差する地点の架道橋。中央分離帯、歩道と車道の境界に計3基の橋脚が立つ。山手線の内側から撮影。向こうに見える箱桁は東北新幹線で、橋脚はなくひとまたぎ。

20121004a_003.JPG山手線の外側反対側から。上を覆っているのは新幹線。この地点では、線路と道路がほぼ直交しているので、ガード下といえどもスッキリしている。

20121004a_001.JPGガードの幅が狭く、明かりが差すためだろうか。とはいえ、ションベンくさいという印象はもちろんある。

20121004a_005.JPG桁は、4主桁の複線橋にも見えるが、2主桁の単線橋の一部分を剛結した、というものだろうか。4本並行する主桁の下部にブレースはあるが、対傾構はない。写真では見えないだけで、2本の(?)鈑桁の間にある覆いの向こう(上)に、きちんと剛結している部材があるのだろうか。

20121004a_002.JPG橋脚は4本1組。4本というのは4つの主桁に対応している。少しだけ道路と角度をつけて交差している斜橋である。

20121004a_006.JPG橋脚下部。鋳物だろう。

20121004a_004.jpg橋台にあったプレート。都営新宿線のシールドが描かれている。



 

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