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新発田市郊外のワム60000

新発田市郊外のワム60000

鉄道車両廃車体

20120609_000.JPG廃車体がワムだらけになったので、ずいぶん貯まってしまった。これは、新発田市郊外、佐々木駅の近くにあるものだ。

ワム60000が3両見える。置いてあるのは敷地内であり、敷地へは、田んぼの中の畦道のようなアプローチ道路をいかねばならず、かつ出入りも激しいので、県道26号から撮っただけだ。

20120609_001.JPGこんな感じで3両。「肥田野建材」という会社のようだが、「ひだの」という姓は新潟県に多いものと記憶している。「被田野」「飛田野」という姓は知り合いにいた。

20120609_002.JPG中央のものは車号が読める。ワム60214。右は680**に見える。もしかすると、その前後にもワムは存在するのかもしれないが、GoogleマップでもYahoo!地図でも不鮮明だった。

なお、ここから振り向くと、別の人が所有するワム80000が2両ある。それは後日。


 
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千頭駅のランサム製転車台

千頭駅のランサム製転車台

転車台

20120608-1.jpg大井川鐵道の千頭駅構内にある転車台(ターンテーブル)。この転車台は、新潟県の赤谷線東赤谷駅から昭和55年(1980年)に転用されたものである。廃線は称せ59年(1984年)。

詳細な説明が『鉄道ファン』2009年9月号にある。著者は橋梁でおなじみの小西純一先生で、参考文献の欄が、非常に参考になる。

この桁はランサム(Ransomes & Rapier,LTD)製で、長さは50フィート(約15m)国内では唯一の残党。特徴的なのは、上路プレートガーダーの下部の形状で、半径84フィート8インチ(RF誌の記事より。以下、数値等はRF誌から転載)の円弧を描いている。

20120608-2.jpg銘板。東赤谷駅にあった当時は、もちろん桁と同じ色だった。ランサムからは、明治30年(1897年)に日本鉄道に向けて、同型の桁が15基納入された。東赤谷駅の開業は昭和16年(1941年)なので、設置時点ですでに日本に来てから44年も経過していたということになる。

20120608-3.jpg中央支承、すなわち転車台が回転する芯。小西氏でさえ、ここは調査できていないとのこと。

20120608-4.jpg回転用のハンドルと、桁下には車輪が見えている。


うっかり、全体の写真しか撮っていなかったので、各部はトリミングした。そのため画質が悪い。

桁の詳細は情実RF誌または鉄道ピクトリアル1983年1月号をご覧いただくとして、ぜひクリックしていただきたいサイトがこちら。


猿と熊のあいだに(東赤谷)

東赤谷で生まれ育った方のブログで、昭和40年代の転車台の写真なども出てくる。このブログはとてもすばらしいので、全ページご覧いただきたい。




 

農協併設の出光の給油所跡

農協併設の出光の給油所跡

出光

20120606_000.JPGJR信越本線の保内駅の裏手にある給油所跡。向こう側の建物は、窓の「JAバンク」という文字やATMブースからして農協かと思いきや、地図を見るとそのようには書いていない。しかし、窓は開き、中には職員らしき人たちが普通に働いている気配がした。撮影は2012年5月2日11時頃、平日である。

クルマを相手にしているわけではないような、なんともいえない給油所の跡。残念ながら、現役ではない。

20120606_001.JPG防火壁にはアポロが白く残っている。理容室のサインはあるが、そこに理容室はなく、一区画東に理容室があるので移転したのかもしれない。

20120606_004.JPGこの計量機、ステッカーの下に「赤アポロ」とある。右のステッカーの下は「金アポロ」だろうか。計量器にはTOMISTARとある。私にはわからない。

20120606_002.JPG反対側は「軽油/軽油」。両側合わせて給油ホースは2本しかないのに、メーターは四つある…?

20120606_003.JPG出光灯油。こちらの計量器は少し新しいようだ。


 

ENEOSの三本線と窓枠の色

ENEOSの三本線と窓枠の色

ENEOS/日本石油

20120605_000.JPG散歩中に見つけて撮ったので、遠慮がちなのだけれど。このENEOSは、軒に三本線がある。

20120605_001.JPGこれは、日石CALTEXの意匠だと@g_standさんから教わった。ここは日常的に通っていた割にはあまり記憶にないのだが、私が生まれる前から営業しているということか。

少し拡大。
20120605_003.jpgサービスルーム+洗車機スペースの建物だけでなく、その奥の建物の屋根にも、三本線の意匠がある。この建物がなんなのかはちょっとわからない。

この給油所の写真を@g_standさんにお伝えしたら、窓枠の色が「(三菱と合併する前までの)日石の特徴だ」と教えていただいた。

20120605_002.jpg薄い水色というかグレーというか。

これが水色であれば、それだそうだ。日石三菱となったのは1999年。とはいえ、お見せしたのはリサイズした画像だったので、色が正しく見えていたかわからない。この、青灰色がそれであるかはいまの私のはわからない。気長に気にし続けることにする。

* * *

最後の写真、サービスルーム上部に「(株)にいがたエネルギー」と書いてあるのだが、「エネルギー」が半角カナである。なぜだ。
 

郵便局2題

郵便局2題

郵便局舎

以前から、ローカル郵便局舎に書かれた局名の、細長くて字間の空いた明朝体が気になっていたのだけれど、写真など撮らずにいた。しかし、局舎の建て替えとともに郵政改革によるそこらへんの修正で(国鉄がJRになったときも、一斉に駅名標が書き替えられたりした)、きっとぐっと数を減らしている。残さねばならぬと思う。

同時に、ローカル郵便局舎は、国鉄駅舎に通じるものがある。これはすでに撮り歩いている方は多くいると思うが、自分なりに感じた局舎にはレンズを向けていきたい。

●郵政文字

そのフ書体、郵政文字というと、さんよりご教示いただいた。なるほど。
こちらのサイトが参考になる。

ヘルベチカ展

●安出郵便局(新潟県)

20120603_004.JPGローカル郵便局の典型、という感じがする。クリーム色の壁、切妻で妻面が道路に面していて、入口のドアはアルミ(?)のドア。その左にある三枚引き戸のようなものは、はめ殺しの窓。最下段に透けているのは長椅子の背もたれだ。おそらく、ドアを開けるとそこにはATMがあるはずだ。

20120603_005.JPG真正面から見ると、郵便局の行灯は見えない。こんな小さなものを、道路を進む人の視線を意識して取り付けても…と思う。

P5028593.jpg局名は郵政書体ではない。


●小河原簡易郵便局

20120603_006.JPGこちらは簡易郵便局。ごく普通の民家のようだ。入口の二枚引き戸など、新潟でよく見る民家の入口とどこが違うのか。

この「小河原簡易郵便局」の表記が好きだ。太い丸ゴシック。昔の国鉄の駅名標に、各地の看板職人(?)が腕をふるっていた一連の書体に通じると思っている。

<参考>
大好きな看板文字




オレ鉄ナイト3!

オレ鉄ナイト3!

鉄道

6月2日(土曜)、東京カルチャーカルチャーで開催された『鉄道趣味者よ集え!オレ鉄ナイト3~鉄道趣味は加速する!~』に参加…というのか、出演してきた。今回は「えきべん」の話。下記USTアーカイブの37分頃から15分ほどが、私のターン。
http://www.ustream.tv/recorded/23022126

<参考>当日の関係ツイートまとめ
『鉄道趣味者よ集え!オレ鉄ナイト3~鉄道趣味は加速する!~』まとめ
http://togetter.com/li/314206

20120604_001.JPG会場はこんな雰囲気。企画・司会進行は武田保志さん、司会にオオゼキタクさんとクリステル・チアリさん。チアリさんは、JR東日本の山手線や新幹線の車内アナウンスでおなじみの声優さんだ。

今回の出演者は、偶然、全員知っている方々。もともと個人的に知っていた方もいるし、タクさんを通じて飲み会等で知り合った方もいる。みな、ほんとうに「好き」な方々だ。

イベントの内容は、上記「まとめ」をご覧いただくとして。

20120604_002.JPG恒例、イベント後の会場での打ち上げ。このときは、@kishanoriさんの「疑似乗車ビデオ」(鉄道の日にyoutubeのトップに掲載され、当日だけで3万回の再生があったそうだ)を流しながら、それをバックにタクさんが3曲(だったと思う)歌った! なんとも豪華なステージ。これには汽車のりさんも大感激。

DSC_8976.jpg打ち上げに残ったメンバーで記念写真(武田さん提供)。楽しかったなー。次回は10月を予定。出るかでないか未定だけれど、出たいテーマは山ほどある!

 

バス待合室2題

バス待合室2題

バス関連

20120603_003.JPGこの付近には、かつて越後交通栃尾線が走っていた。そして、上北谷駅があった。このバス待合所は、その駅近くにある。単なるバス待合所にしては広い。

大きい。詰めれば100人くらい入れそう。切妻波板張り、深い屋根、手書きの看板。壁はないようで、ということは波板は風よけの役割のみ。

町工場だとか倉庫だとか言われたら信じてしまいそうな実用一本槍の建物。赤いコーラの自販機は外を向いているが、ひとたび雨や雪がふれば、待合室の中にいる人たちが買いづらい位置である。

もうひとつ。
20120603_001.JPG新潟市南区バス「レインボーバス」の下西笠町バス停に設置された待合室。かなりの年季が入っている。正面、梁の部材は自然なカーブを描いている。

20120603_002.JPG20120603_000.JPG看板類も非常に興味深い。

赤谷線付近の雑記。古レール使用の廃屋、土留め、新潟交通赤谷車庫

赤谷線付近の雑記。古レール使用の廃屋、土留め、新潟交通赤谷車庫

古レール・駅ホーム上屋・柱

[赤谷線廃線跡にある古レール支柱の水管橋]のほど近くで、古レールを使用した廃屋を見つけた。


●古レールを柱・梁とする廃屋

20120602_004.JPG農作業用の小屋だろうか?

20120602_002.JPG20120602_003.JPG
ふんだんにレールが使われている。一部には枕木も使用されている。測ってはいないのだが、ここで使っているレールは太い。50kgレールではないだろうか。


●土留め

さらに行くと、土留めの支柱が古レールだった。
20120602_005.JPG直線的な曲げ部部は、よく見ると溶接してあるようだ。つまり、レール側面から見てV字型に切れ込みを入れ、レールを縦方向に曲げ、溶接した、と推測する。


●新潟交通赤谷車庫

20120602_000.JPGシャッターが開いているところを見たい。


●東赤谷駅跡

20120602_006.JPGいまはバス停しかないが、1988年5月、付近の山に登ったときにはまだ東赤谷の駅舎はあった。その付近でテントを張った。新潟県高体連の行事なので、許可はとったあったのだろうな。




赤谷線廃線跡にある古レール支柱の水管橋

赤谷線廃線跡にある古レール支柱の水管橋

古レール・駅ホーム上屋・柱

20120601_006.JPG赤谷線の廃線跡を原付で走っていたら、こんなすてきな水管橋に出会った。駅でいえば新山内と赤谷の間で、写真右が路盤跡、電柱より左の一段高いところが県道14号である。地名でいえば中々山。

20120601_007.JPGこのように県道をまたいでいる。おもしろいのは、鉄道を跨ぐ部分の橋脚が古レールなのに対し、道路をまたぐ部分は円柱のコンクリート橋脚である点だ。水管橋のような重いものを、こんな古レールで支えていることにいささか驚く。

20120601_001.JPG古レール橋脚は、このように、脚1本につきレール4本×2+斜材という組み合わせ。レールは底面同士をリベットでつなぎ、それを2組並行にして(間にウマをかませて)ボルト留めしている。

左右の脚をつなぐ斜材を裏から見るとこのように。

20120601_002.JPG反対側から見ると、片方が1本、他方はクロスする部分で分断されている。この部分だけ見ると、まるで1組の線路のようだ。…(A)

20120601_000.JPG桁のすぐ下。レールを縦方向に曲げ、桁の下部の出っ張った部分に入れ込んでいるのだろう。内側のレールは、縦方向にも横方向にも曲げられていることになる。なんとも見とれてしまう。

20120601_003.JPG古レールの陽刻もクッキリと見える。これは

UNION 07 工

とある。「工」は官設鉄道が発注した印。ほかには

CARNEGIE 1907 0 1 |||||||||||(0 1 は正確か不明)

くらいか。上記の写真(A)はASCEの陽刻が見えている。

20120601_005.JPGちょっと引くと(赤谷側に移動し、新発田側を見ると)地面に台座がいくつか見える。

20120601_004.JPGこのように、レール4本の支柱なので、今回紹介した水管橋の脚の片方のようなものだ。しかし、1975年前後の航空写真を見ても、そんな橋梁等の構造物は見あたらないので、それ以前に撤去されてしまったものか。ここにはなにがあったのだろう?




ENEOSへの華麗な変身(2)

ENEOSへの華麗な変身(2)

ENEOS/日本石油

20120530_001.JPGJR京ヶ瀬駅前にある、こぢんまりとした給油所。屋上のENEOSの看板が、そのすぐ下、屋根の側面(何というのだろう?)ととてもよく調和している。こうした小規模な給油所は、キャノピーなどないようがスタイルがいい。働く方にとってはあったほうがいいだろうけれど。

サービスルームの正面は大きな1枚ガラスの窓が連続し、まるでクルマのディーラーのようだ。

20120530_000.JPG少し引いて。画像左の防火壁には段がある。そして、その下にはドラム缶を縦に半分に切った、タイヤのパンク修理時につかう水槽。

このENEOSも、以前はJOMOだった店舗だ。それが、ENEOS化で塗装を一変され、美しくなった。


では、JOMO時代を。
(gogo.gsよりリンク)

これもまた「近隣の方々、落ち着いた色になってよかったですね」と申し上げたい事例だ。

【関連リンク】
ENEOSへの華麗な変身
 

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