![]() 旧橋の一部が、幅を切り詰められた上で左岸に保存されている。その横がバス停になっているため、休憩スペースを兼ねている。上写真右端に見えているのは、バス利用者のための駐輪場だ。 ![]() ![]() 昭和五年 株式会社横河橋梁製作所 製作 その脇の塗装表記は保存時のものだろう、律儀なものだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() * * * ![]() ・自販機食堂 群馬県伊勢崎市富塚町293-3 1F PR ![]() ここにかかる歩道橋がX字型をしている。地図を見ると、道路は変則的な角度で交わっている上に巾も広いので、四角形に組むよりもX字型のほうが便利に見える。とはいえ、それぞれのスパンはラーメン構造の、かなりの規模のものだ。 ![]() ここ、首都高の上下線の桁を支えるラケットループ型の橋脚もかなりの迫力がある。ちょっと撮影しづらい位置だった。 ![]() コンクリート製の比較的新しい跨線橋。 ![]() ![]() ![]() 施工 株式会社木下組 概要 階段部 鉄骨及び鉄筋コンクリート造 巾=1.5m 基礎 RC杭 Φ300 本屋側 L=6.0m 16本 向側 L=7.0m 24本 しゅん功 昭和57年7月 かつて、磐越西線はどの駅も構内踏切だった気がする。あるとき、跨線橋がついていて驚いた。この跨線橋の竣功年から見ても、昭和50年代終盤に要所でなされたものと推測する。いまは棒線駅になってしまった鹿瀬駅にも跨線橋が架けられた。もちろんいまは撤去されている。はかない命だった鹿瀬駅の跨線橋にくらべれば、この馬下駅の跨線橋はきちんと機能している。 ![]() 1910年にここまで開通したときから建っているようだが、立て看板まであるほどだ、近年には整備されているだろう。扉も木ねじもきれいなものなので、復元したのだろうと思う。 ![]() 煉瓦造りなのは耐火性能を求めてのものであって、とはいえ煉瓦の建築様式は守られている。柱は木製だろうか。さらには「煉瓦建築」なのに瓦屋根。見事な折衷様式ではあるまいか。 以下はおまけ。SLばんえつ物語体験号。ほぼ貸し切りでこれが撮れるくらい空いていた。 |
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