
山駅の東側、車道が鉄道をアンダーパスする部分にプレートガーダーと鉄製橋脚(鋳鉄か鋼鉄か不明なため鉄製と書くが、時代からしておそらく鋼鉄製)がズラリと並ぶ場所がある。画像上、裏側がのっぺりしているのは北側の歩道橋、その向こうのグレーのものはおそらく新設の桁、その向こうにプレートガーダー群がある。
場所はここ。上の写真は、apaホテルの前から南を向いている。
もう少し進む。

橋脚が何本あって、桁がいくつあるかは数えていない。写真から読み取ろうとしたら、うまくいかない。まあだいたい11組くらいはある。でも衛星画像を見ると8線しかないんだよな…。
この場所で右を向くと、いちばん手前の新設の桁である。その真下にはこんなものがある。

切断された鉄製橋脚。なんというか、グロ画像?
そのまま立ち位置を左にずらすと、ズラリと並ぶプレートガーダーの裏側を見られる。この対傾構(これも対傾構と呼んでいいのだろうか)、なんの根拠もないけれど、ほんとに昭和17年製?という印象(製造年については後述の銘板参照)。

橋脚に載る部分の補強がなかなか。
この、対傾構もフランジもスティッフナーもぶっとい気がするのは、桁高さを抑えるためにそれぞれの部材に強度を持たせているのかもしれない(←当てずっぽう)。
また、プレートガーダーの上に載る線路を桁裏から見ることができないことから、この上には砂利が敷かれていることが分かる。地図を衛星画像に切り替えてもわかることだが。
真後ろを向く。

橋台との部分はこう。
実は、この向きで11枚、似たようなカットを撮影している。橋脚の本数からいって、プレートガーダーが11本、平行に架けられているような気がする。数えていなかったので正しいかどうかは分からない。また、衛星画像で見ると、線路は11組もないので、どうなっているのかはよくわからない。
銘板。

鉄道省
活荷重KS-15 ○○○519(3)-1
株式会社横河橋梁製作所大阪工場製作
昭和拾七年(○○○第1393○)
-----------------人人仝仝仝仝
C:材料 八幡製鉄所
L:仝上
L:○○○○株式会社
○:○○○○○
○(鋲?):○○○○○○所
以上、JRの橋梁群。以下、少し離れて富山地鉄の桁。

歩道部分にはこのような短いIビーム桁が架かり、車道部分にはプレートガーダーが架かる。
この画像は、富山地鉄の2本の桁のうち、北側(JR線寄り)。
プレートガーダーはこう。

スティッフナーの位置からして、明らかにJR線の桁とは製作時期が異なる。
そしてもう1本の富山地鉄の橋梁のうち、Iビーム部分はこうなっている。

よく見て欲しい。4主桁になっている。Iビームの大きさをよく見ると、高さが先のものの3分の2程度しかない。桁下高さ確保のためか。そのために、主桁が2本ではなく4本となっている。
一見、同一の桁かと思いきや、根本的に異なる桁であった。もっとも、もしかすると、後年の補強かもしれないという可能性はある。
不思議なのは、古く見えるJR線の桁と、それよりは新しく見える富山地鉄の桁の見た目のことである。電鉄富山駅に乗り入れたのは1931年(昭和6年)10月3日 。冒頭で見たJR線の桁が1942年(昭和17年)とすると、なぜJR線の桁のほうが、富山地鉄よりも古く見えるのだろうか。もしかしたら、富山地鉄のプレートガーダーは、それ以降に架け替えられたのかもしれない(←まったくの当てずっぽうです)。
そもそも橋梁名すらチェックを怠っているので、そんな経緯を探れるはずもなく、今に至っているが、念頭に置いておこうと思う。