ここである。 地図でみても、ねじれてる。
どう読んでいいか判断に悩む名称であるが、「
しゃじょうくるまばがわ」と読む。
<追記>
付近の地名は「くるまば」である。こんな読みづらい地名なので私はなにかしらに拠って「しゃじょうがわ」と書いたはずだが、出典を覚えていない。
</追記>
西側(下り線側)が煉瓦の坑門、東側(上り線側)はコンクリート坑門。
長さ=複線の幅。なのに東側だけコンクリート
で覆工してる。
これを「修復のため」としている文献があり、
『日本の近代土木遺産』(土木学会)でもそのように記述しているが、
これは、複線化の際に継ぎ足した部分なのではないかと推測する。
一般の目には修復されたように見えても仕方がなかろう。
<追記>
コンクリートで巻き立てられた部分を指しているのではないかと思い始めた。
というか、そう解釈したほうが自然だろう。
西側=ねじりまんぽ+コンクリートで巻き立て直し
東側=コンクリートで継ぎ足し
</追記>
『日本の近代土木遺産』によれば、この橋梁の完成は1897(明治30)年。
同年11月20日に一ノ木戸(現東三条)から沼垂まで開通している。
開業時には、単線だったはずである。
wikipediaによれば、この区間の複線化は1960(昭和35)年3月10日である。
もともとの単線に対して東西どちらに線増したのかは未詳ではあるが、
改築前の亀田駅の正面は西側であり、東側は田圃のみであったことから、
線増は東側に敷設されていったのだと推測している。
国土変遷アーカイブには1956年撮影の現地航空写真があるが、
不鮮明なため判断はできない。
現地西側である。
4列のレンガアーチがあり、途中からアーチの内側が覆工されているのがわかる。
サドルタンク機関車の逆、という印象。
長さ4.97m、斜角左75度。
坑門のレンガは下駄歯のように見える(下駄歯は凹凸が並ぶ)。
なぜ4列合わせて平面にしあげなかったのだろう?
もしかして、将来の線増の際に、こちら側を想定していた?(←妄想)
内部である。
この鋸歯状の迫受石に対して『日本の~』は
「改修でほとんど確認できない」となっているが、はて?
このことではないのか?
煉瓦は長手積み。
ではあるが、どうも整合性に欠ける。
目地が一直線になっていないのだ。
ここにあけられている穴はなんであろう?
悪戯だろうか?
ねじりまんぽ・車場川橋梁(2)
ねじりまんぽ・車場川橋梁(3)