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JRバス周山駅

バス関連

周山の街中、国道が合流して分流する間の集落の中心地にバスの営業所があった。よく見るとバスセンターのようにホームがあり、車庫を兼ねたよくある営業所とも様子が違う。屋根の下にはまるで鉄道の駅のような案内表がぶらさがり、1番線、2番線…のようになっていた。

駅舎。すごく入りたかったが、鉄道駅と違って無闇に入るには抵抗がある。実際はどうなんだろう?

JRバスについては生まれ育って地域になかったこということもあって馴染みがないのでwikipediaのリンク先をご参照いただきたい。

・高雄・京北線




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柏崎の一級スリバチ地形

地図・航空写真・分水嶺

「かしわざきまちあるき」と題した、柏崎の街歩きに参加してきた。主催は柏崎市、主たるガイドは市民のNさん、そこに東京スリバチ学会・皆川典久さんと、路地連新潟の野内隆裕さんが加わり、みんなでいろいろな発見をしながら柏崎の街を歩こうというものだ。スタート地点は喬柏園、かつての柏崎公会堂だ。

参加者は、市民40人近く、東京スリバチ学会と路地連新潟から十数人といった大所帯になった。

当日の様子は参加者各位に任せるとして、柏崎の地形を。(以下すべてカシミール3Dを使用)
海に伸びる突堤が柏崎港、その根元の左が番神岬。番神岬があるために、地図中央やや左に扇形に砂丘が発達している。その間を鵜川が貫通しているが、おそらくこれは人工的な開削で、かつては砂丘にぶつかって北東、つまり柏崎駅前を線路に平行する形で流れていたらしい。標高が低い部分を茶色にしているが、まさにそんな感じだ。

柏崎は、駅から海に向かう駅通り、それと直行する形で旧北国街道だる本町通があり、駅通りを境に東本町(ひがしほんちょう)、西本町に分かれる。本町通は砂丘の尾根を少しはずれた部分につけられている。かつては東西には分かれていなかったとのこと。そのうち西本町周辺を歩いた。

さて、2時間ばかりの街歩きの途中で、偶然にも一級スリバチをみつけた。四方を高台に囲まれた完全な窪地だ。それをカシミール3Dを使って表示しよう。
窪地(水色のマルの内側)をわかりやすくするために、最初の地図とは色味を変えてある。もっとも濃い茶色は標高7m以下、そこから、7.3m、7.6m、8.0mまでは茶色。8.5mまでは薄茶。9mまでは肌色。9.5mまでは白。10mまではウグイス。12mまでが黄色だ。わずかな差ではあるが、見事に一級スリバチとなっている。なお、赤い線は歩いた軌跡、GPSログだ。

ここには、東から西に向かって歩いた。
 西。このときは、ああ、また登るな、というくらいにしか思わなかった。西、北、東しか開けていなかった。

 ふと北を見ると、高台がある。

南に路地があった。遠くが、登ってる!

東。いま来た方向を振り返ると、当たり前だが登っている。

一級スリバチだ!

喜び勇んで皆川さんに「一級です!」とお声がけしたら、当然ながら気づいておられた。そしてそこでは「砂丘間低地」のお話をされていたが、果たして市民のみなさんにはこのスリバチ地形のすごさが伝わっただろうか…?

この場所はGoogleのストリートビューもあるが、ストリートビューは超広角なため、たぶん一級感を感じられない。

* * *

柏崎は母方の実家があったのでよく行っていたのだが、その周辺数十m程度しか出歩いておらず、ここまで徒歩圏内にもかかわらず来たこともなかった。いま、大人になって地形のことも多少知るようになり、急に興味を感じている。

今回のことを母に話すと、なんと、小学校三年生まで喬柏園の近くに住んでいたそうだ。そんなことはいままで聞いたことがなかった。このまちあるきが縁で、母もいろいろと思い出したようで、覚えていることを話してくれた。それをガイドさんたちに伝えると、もちろんそれを肯定してくれた上でさらにいろいろなお話をしてくれた。とても貴重なまちあるきだった。

また機会があれば…というよりも、勝手にまた歩いて見たい。

●関連項目
与助架道橋(信越本線/新潟県)
番神架道橋・番神トンネル 橋なのかトンネルなのか

屋根が飛んだ話
昭和41年3月20日 柏崎駅
柏崎駅前の鉄道情緒喫茶店
柏崎駅の0番線と跨線橋

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『国鉄を殺すな 国鉄労働者は発言する』(桐山襲編)

鉄道の本

国鉄民営化に向けてひた走っている、昭和61年9月に刊行された本。「刊行にあたって」には、すでに組合同士の対立や分裂が激しく、十以上の組合ができている中で、分割・民営化に反対する国労、動労千葉、全動労の三組合から集めた手記だ。

本書には、当時の職場の雰囲気の一部、追い詰められた側の声が綴られている。これは本当にそういう考え方の人たちがいて、そういう雰囲気だったのだろう。穏健な意見もあるが、それ以上に「闘わねば労働者ではない」というような、目的と手段が完全に逆転した意見が多い。単語も極めて政治闘争風で、中曽根はファッショであり動労は犬と言う人のいかに多いことか。

読んで思うのは、こうした考え方についていけなかった人が多いのだろうなということ。言い換えれば、こうした考え方が、逆に分割・民営化を促進したんだろうなということ。もし、国労も主張を転換し、分割・民営化に部分的にせよ認める方向に舵を切ることができていたら、いまのJRはどうなっていただろうか。

部外者には伝わりにくい当時の雰囲気を色濃く感じさせてくれる本書は貴重な一書である。

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緑地西橋 大阪市内に保存されたボーストリングトラス

ボーストリングトラス

大阪市の鶴見緑地西端にかかる緑地西橋。かつて心斎橋として使われていたボーストリングトラスの桁が保存されている。

歴史的鋼橋集覧
によれば、1873年(明治6年)に心斎橋として架けられたあと、1908年(明治41年)に境川橋、1928年(昭和3年)に新千船橋、1973年(昭和48年)にすずかけ橋と転用を繰り返され、1989年(平成元年)にここに保存された。

PDF同人誌『日本の廃道』の2008年4月号には詳しい紹介があるのでそちらをぜひご覧いただきたい。

ただし、桁は構造にはなっていない。プレートガーダーの横に意匠として貼り付けてあるだけだ。とはいえ、こうして保存されるのは非常に貴重なことと思う。


一見、きちんと構造物として使われているのかと思ってしまう。

  床版は反っているのだが、心斎橋時代はどうだったのだろうか?




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会津大川郵便局

郵便局舎

南会津の、舘岩川が伊南川に合流するあたりにある郵便局。「大川」といえばここから七ヶ岳を挟んで東、阿賀川のことを指すと思っていたが、伊南川とて地元の人からすれば「大川」に違いない。

片流れ屋根なの局舎は珍しい気がする。

  少し高台にあるのだが、降雪対策だろうか。

高台にあるためか、ひとつ上の写真でポストに隠れる位置、階段の登り口に車椅子での利用者用の呼び出しボタンがある。このプレートは機械式彫刻で、通常は専用の書体が使われるのだが、そうした書体ではなく丸ゴシックだ。

郵便局名は郵政書体とは違うが、切り抜き文字を浮かせている。薄い金属なので歪んでしまっている。直してあげたい。




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会津みなみ農協共同選果場

農業倉庫・日通倉庫

福島県の旧南郷村、いまは南会津町になってしまったが、南郷はトマトが特産品だ。国道沿いに共同選果場があり、9月にはひっきりなしにトラックが出入りしている。直販売店もあるが、それなりに大きい単位でしか買えないので、実はきちんとしたというか、箱詰めのトマトを買ったことはない。隣接する無人販売所で「1袋200円」というようなものを買っている。

「会津みなみ農協」の下に隠れている文字はなんだろうか。合併前の「JA南会西部」では文字数があわないし…。おもしろいのは「会津みなみ」という上塗りした文字と、「農協トマト共同選果場」という文字とか同じくらいの色褪せ方をしていることだ。また農協の「協」の略し方も、かつての看板用省略文字の流れを汲んでいておもしろい。

前日、バイク2台でこういう場所を下った。かつては道路だったところだ。前後区間はダートの林道の形をしている。かつてはこれほど水はなく、流れてはいても スーパーテネレでも登れた道だったのだが、ある年の台風以来、路面を洗う水の量が格段に増えた。今回は二人ということもあり、下った。こんな区間は1km くらいしかないのだが、そこを通過するのに2時間、へとへとになって下った。下った後、国道から入った路地の商店前でやっとありついた飲料を飲んでいた ら、トマトの収穫をしていたおばあさんが自宅から冷えたトマトを差し入れしてくれた。その甘くておいしかったこと!
























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保津峡駅の載るアーチ橋

アーチ橋

保津峡駅が載る橋梁。8両編成の電車がほぼ載るようで(全貌は見ていないのでちょっと違うかも)、スパンは160m以上ありそうだ。名称は不明。銘板は見つけられなかった。当時の鉄道誌を見ても、新線切り替えの情報は軽く触れているだけ。ご存じの方はぜひご教示ください。


橋梁の上面はスラブ軌道。 そのため、山間の小駅に頻繁に長編成の電車が発着しても、それほどの轟音ではない。

意外に思ったのが、地元の利用者。おそらく水尾集落からだろう、親にクルマで送迎される生徒がけっこういた。


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保津峡橋

フィーレンデールトラス

京都盆地の北西、嵐山から保津川を遡ったところにある景勝、保津峡付近の鉄道ルートも大きく変わったが、保津峡駅が移転したために架けられたのが、この保津峡橋だ。なんと、フィーレンデールトラスだ。

  左岸(東側)の親柱には「保津峡橋」「水尾川」。水尾川は保津峡駅付近で保津川に合流する、保津川(桂川)の支流。

「トラス」と言いながら、三角形の構造を持たないフィーレンデールトラス。

右岸(西側)は、トラスとの間に1スパン、別の桁がある。そのため親柱も離れている。

  こちらの親柱は「ほづきょうばし」「竣工 平成2年9月」。橋梁名は、銘板や親柱に限ってかもしれないが、「○○はし」とにごらないことが多かったのだが、最近はにごるものが多い。

少し離れて保津峡駅前からはこのように見える。

左岸にはこのような開設板が石に埋め込まれている。



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『空から見た絶景鉄道』(吉永陽一著)

鉄道の本


 吉永陽一氏の「空鉄」のなかでも作品性の高いものを多く収録した待望の書。既刊の講談社の2冊がB5判であるのに比べ、今回はA4判、より大きな誌面で楽しめる。

吉永さんの空撮写真のすごさは垂涎のものだ。巻頭のベストセレクションはすばらしい。浜名湖を渡るN700系は書泉グランデでの写真展示で大きなパネルで拝見していて、なぜ講談社の本に収録されなかったのかと憤っていた作品。ようやくここで収録された。

本書は、適切な解説キャプションとともに、このスタイルで延々と続けて欲しかったのだが、全体的に、読者のイマジネーションをかきたてる素晴らしい空撮写真……をスポイルする編集がなされている。非常に残念だ。



前半は、東海道新幹線50周年ということで、それをメインに据えて構成してある。ならば、路線図や、駅・車両の解説などいらないので、その分、写真を大きく見せて欲しかった。写真展で畳1畳分くらいのパネルになっている東京駅の空撮が、わずか左右21cmになっている。全然、目に飛び込んでこない。

後半も「The国鉄遺産」と銘打って「今こそ乗っておきたい旧国鉄車両を空から見た!」というテーマで、つまらないシチサン写真を掲載し、その分、空撮が小さくなっている。185系の来歴とか箱根登山鉄道の概要とか、各社のwebサイトに載っているようなことにスペースを割いてしまっており、せっかくの空撮写真鑑賞の妨げになっている。

本書の編集方針には、まったく共感できない。編集とは、その本でなければできないことだけをさらにギリギリまで絞る行為である。あれもこれも載せることは本全体の輪廓がなくなってしまう。他の本でできること、なされていることは、他の本に任せるべきだ。



空撮写真というのは、大きく見せてこそ、だ。一般に、写真展で大きなパネルで展示する意味合いというのは、鑑賞者が作品から離れて全体を見たり、近寄って細部を読み取ったりできることにあると思っていて、吉永さんの鉄道の空撮写真はまさにそれにふさわしい。離れればその鉄道が日本の国土をどう走っているのかがわかり、近寄ればその鉄道が家々と、道路とどういう関係を持っているのかがわかる。「平等に写り込んでるものを、目を皿のようにして読み解く」ということが読者には大きな喜びになる。空撮写真を見る読者は、無意識に美術作品を鑑賞するのと同じ経験をする。

書籍(厳密には本書はムックであり書籍ではないが)における空撮写真は、そこになにが見えているかを、わかりやすく解説することこそ必要だろう。東海道新幹線の駅ごとの空撮であれば、駅の前後、車窓になにが見えているか。それは空撮ではどう写るか。「難所越え 美しすぎる鉄道空撮」では地図が添えられているのは評価できるが、例えば立野駅の写真、右ページの下半分で大きく目立っている斜めに横断する白いものがなんであるかは書かれていない(黒川第一発電所の水圧管路)。それがくぐる南阿蘇鉄道立野橋梁にも触れられていない。そういうことを細かに文章で解説するのは難しいので、そこに「どう編集するか」のセンスがかかっている。

本書は、鉄道車両の知識がほしくて読む本ではないのに、そういう構成になっている。仮に絵画の写真集が、絵画を小さく掲載し、そこに描いてある橋や建築物、人物を、実物写真やそのスペックを延々解説していたらどうだろうか? 例えばミレーの「落穂拾い」で描かれている穀類の種類、馬の重さ、荷馬車の重さ、人物のスペックだけが、それらの実物参考写真とともに解説されていたら?



本書は前半32ページとそれ以降で紙が変わる。なのに、その境となるページで見開き写真が掲載されている。後半の写真、特にシチサン写真の色味はCMYK変換に失敗したように見えるものが多く、編集者は写真や紙のことを知らないのではないか。

冒頭の繰り返しになるが、垂涎のもののベストセレクションを、作品集として延々楽しませて欲しかった。


●関連項目
『空鉄』(吉永陽一著/講談社)

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鉢巻きをしてしまったMobil石油の傘

Mobil/ESSO/ゼネラル

天王寺から斑鳩へと国道を走っていたら、モービル石油の円形キャノピー、それも2連のものが目に飛び込んできた。あいにくクルマは満タンに近い。道路の対岸からさっと撮った。国道はクルマがひきもきらず、クリアな写真など望むべくもない。サービスルームの庇もきちんと見たかった。

しかし、だ。せっかくの円形キャノピーは、ピットとともに青いラインが入っていた。Mobilのシンプルなデザインがスポイルされている。一般的に、塗装は形と共にデザインされるので、当初のがいちばんよい。鉄道車両でいえば、特急型電車に特急色が似合うのは当然の話なのだ。

キャノピーは道路と平行に並ぶのではなく、道路と直角に並んでいる。計量器がその真下に来るのだから、もちろん正しい並びではあるのだが、おかげでとても空が広い給油所だと感じた。

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