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京王線調布付近地下化 切り替え直前の風景

京王線調布付近地下化 切り替え直前の風景

鉄道

2012年8月18日(土)深夜、京王線の調布付近を地下に切り替える工事が行われる。その直前の準備の様子を当日見に行って来たのだが、よく考えれば「地上の京王線よ、サヨウナラ」という廃止日のようなものであり、かなりたくさんの鉄道ファンがいた。特に、地下化される部分の前面展望を撮ろうとする人が多く、ひしめきあっていた。沿線には、日常の利用者である地元の人たちもたくさん写真を撮っていたし、家の窓から見ている人もあった。

全体の様子はこちらに公式サイトがある

調布駅を地下化するため、調布の前後3ヶ所で、地上から地下への切り替え工事がある。こうした工事では、新線部分を完全に脇に作って置いて、切り替え当日には旧線のレールを新線のレールにつなぎ替えるような形でする…つまりレールの平行移動だと思っていたのだが、今回の場合は、現状の線路の真下に複線を敷いておき、当日、レールを垂直方向に移動して新線とつなげる工法である。

●西調布(地上)→調布(地下)へのルート

20120822_000.JPG調布12号踏切(切り替え後も残る)より、調布方向を見る。以下推測。土嚢が積んである部分が縦の緩和曲線、その向こうから33パーミルくらいで下ってくのだろう。鉄骨で組まれた覆いは、架線の高さ変更に応急的に対応させるためのものか。

20120822_001.JPGレールや枕木を見ると、いろいろと書き入れてある。

20120822_002.JPG覆いを望遠で。作業員の方々が、最後のチェックをしているのだろうか。掲示されていた作業工程では、今週は確認作業だけだった。当たり前だよな。

20120822_003.JPG覆いを横から。

20120822_004.JPG調布11号踏切から、覆いの中。

20120822_005.JPGここまで来ると、現在の路線の下に、新線がハッキリと見える。つまり、現在の路線は、すでに橋桁の上に乗っているような状態なのだ。これは冒頭からの流れと同じく新宿方向を見ている。

20120822_006.JPG八王子方向。

20120822_007.JPG新線部分、踏切より新宿寄りはスラブ軌道のようだが、八王子寄りはバラストなんだな。

この区間は、以上。

●調布→京王多摩川

20120822_009.JPG品川通りが京王線の乗り越す立体交差になっているが、この陸橋が仮橋だった。これも、新線切り替え計画の一環なのだが、こんな大規模なものが仮橋というのもすごい。当座の踏切解消のためだったのだろうか。地下化が完成したら、平面に戻る。

20120822_010.JPG相模原線調布6号踏切から、京王多摩川方面を見る。手前が地下、奥が地上になる。現在線の下に見える新線が、奥に向かって上っているのがわかる。

その他の表情は、西調布付近と変わらず、また撮影に適する場所もなかったので、ここまで。

●柴崎→国領

動画でご覧いただきたい。土嚢が見えるあたりから、地下に潜っていくことになる。

youtubeにアップしてから「ブレ補正」をしたら、貫通扉がグニャグニャ動くように加工されてしまった。。

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豊浜トンネル(檜山)の旧道

豊浜トンネル(檜山)の旧道

隧道・廃隧道

20120818_000.JPG北海道で豊浜トンネルといえば、積丹半島での岩盤崩落災害を連想する方も多いと思うが、同じ国道229号に、もうひとつの豊浜トンネルがある。こちらも災害に見舞われている。

写真は南から北を見たもので、右が現在の豊浜トンネル、左が旧道の豊浜1号隧道だ。こうして見ると、新道を作るに当たって大幅に山を切り開いており、知識がなければ1号隧道など端から必要ないような地形に改変されている。

20120818_002.JPG反対側。左の空間は、現道である。ここで振り向くと、広大な空間があり、奥にはさらに廃隧道がある。。

20120818_003.JPGこれだけの空間があるのに隧道が穿たれるわけがないから、これには理由があるのだろう。

その理由を含めて「廃報アーカイブ」に綿密なレポがあるので、ぜひそちらをご覧いただきたい。

20120818_0.JPG近寄る。このあたりは採石場だったと先のサイトにあるが、なぜ開鑿されていないのだろう?

20120818_004.JPG
20120818_006.JPG2号隧道の北側坑口を少し離れて。

この先は、記憶では藪がひどく、道もなかったような気がしている。いや、でもあったのかもしれない。私は今回は探索ではないので、ここまでにした。


4車線道路のような旧道

4車線道路のような旧道

廃道

20120817_000.JPG(北から南を見ている)

函館から檜山、積丹へ抜ける海沿いの道は、道路改良の痕跡がそこかしこにある。たいていは、海沿いの隘路を長大トンネルでバイパスしたものだが、ここは大規模に曲率を改良していた。

20120817_001.JPG旧道の2車線がまるまる残っている。その隣りに新道の2車線。旧道は比較的きれいなので、まるで4車線の道路のようにも見える。

20120817_002.JPGガードロープに、木の棒が絡まっていた。しかも、途中で折れ曲がっている。ここに棒を挟んでから、ガードロープを締め上げてテンションをかけたかのようだ。ガードロープは緩みがないし、棒もがっつり食い込んでいて、とてもはずすことはできなかった。


ついに/日石カルテックス

ついに/日石カルテックス

ENEOS/日本石油

20120816_001.JPGその晩の風呂と寝床を定めてバイクで走っていると、日石CALTEXの蝙蝠マークが視界に飛び込んできた。そのとき、給油所内はもろに逆光。サービスルームは北東を向いているのだ。日も落ちかけていたので、写真は、翌朝出直して撮影したものである。

つい最近まで使用されていたようで、計量器の検査表記は平成22年頃。また、サービスルームの中には、つい先月の日付のある書類があり、給油所としての役割は終わったかもしれないが、建物としては完全に現役である。

20120816_002.JPG向かって右の防火壁。大きなロゴが描かれている。手前には日石灯油の計量器。

20120816_004.JPG日石CALTEXのロゴの褪色具合。

20120816_000.JPG地下タンクへの給油口のフタ。ここにも蝙蝠マークがあるのだな。この鋳物のフタ、欲しいな。

20120816_003.JPGサービスルームには、給油除名が書かれ、工房には「日石チューンナップ」と書かれている。

20120816_005.JPG向かって左にも日石CALTEXのロゴ。こちらはひとまわり小さいのだが、さらに二回りくらい小さなものが見えていた。


写真はアップしないが、計量器には素敵なものがついていた。ぜひ現地で確認してほしい。

北海道の火の見櫓

北海道の火の見櫓

建築?

20120815_000.jpghetima01さんは、数多くの火の見櫓を取材されている。よくお話をうかがうのだが、いかんせん、こちらの目が貧相なので、体系立てて把握していないし、どういう形態がどういう地域でメジャーなのか、ということもわかっていない。ただ、地元が製作するものが多く、地域的に同系統のものが出現するということはあるらしい。


これは、北海道・胆振の豊浦で見たもの。よく見ても、平面部分をさらによく見ない限り、どういう構造なのか把握できない。

本体はに三角柱に組んであり、道路面だけが梯子状、ほかは対角線をアングルが結んでいる。

横から見ると末広がりのように見えるが、真正面から見るといささか複雑な形となり、エッシャーのだまし絵でも見ている気分になる。


















20120815_002.jpg同じパターンだろうか。第3分団。


































20120815_003.JPGこちらは渡島半島の掛澗付近だ。

旧旧旧(?)の出光の塗装パターン

旧旧旧(?)の出光の塗装パターン

出光

20120814_003.JPG北海道の国道231号を北上し、石狩川河口の最下流の橋を渡ったあたりで、この防火壁が目に入った。この塗装パターンがいつまであったのか、あるいは特定の給油所に使用されたのかまではわからないが、1990年になると旧パターンになっているので、それより古いパターンか。

サインポールは新しいように見えるが、それでもどことなく古い感じもする。これは旧ロゴで、2006年から現行の楕円になっている。

20120814_000.JPG真正面から見ると、サービスルームの見た目左側、ピットは斜めに配されている。この写真はE-P1と14-42で札遺影しているが、歪曲収差が目立つな。。

20120814_004.JPGサービスルーム。オデコには赤と黄と灰のライン。一部が切れ、そこにAUTO SHOPの文字。左のシャッターの中には巨大なエアタンク。

20120814_002.JPGピットにはAUTO CAREの文字。

20120814_001.JPG向かって左の防火壁。よくぞ塗り替えられずにいたものだ。

ローリーは無地。塗装変更中だろうか。




 

和賀仙人橋(岩手県)の銘板

和賀仙人橋(岩手県)の銘板

ボーストリングトラス

和賀仙人橋(岩手県)の続き。7月に訪ねたときは銘板に気づかなかったのだが、北海道ツーリングに行く直前、8月5日夜にお台場のカルカルで『鉄イッターナイト』を見ている最中に、TcodeFさんやRoadExplorerさん、htima01さんらの「銘板がある」銘板があるというツイートがぼくのTLを飛び交った。イベント会場から高速で一気に青森まで行こうと思っていたのだが、これにより行き先を変更というか和賀仙人橋に立ち寄ることに決め、深夜にお台場を出発し、翌朝、現地に立った。

20120813_002.JPGまずは側径間のボーストリングトラスの、現道側の銘板。200mmレンズでこれくらいの距離。テレコンも持って行ってるんだからつけろよ…と今になって後悔している。

昭和六年
株式会社浅野造船所製作
(ロゴ)
ICL鋼 製鉄所
鈑鋼 浅野造船所
鋲鋼 浅野小倉製鋼所

20120813_000.JPG反対側(下流側)には塗装標記もあった。

塗装年月 1991年12月
塗料名 下塗 JIS-K-5623-1種 1回塗
中塗 R19-737淡
   JIS-K-5516-2種 1回塗
上塗 R19-737淡
   JIS-K-5516-2種 1回塗
塗料会社名 対日本塗料株式会社
施工者 大英塗装工業株式会社
塗装面積 3084m^2

銘板の語句は前期と同じ。

ついでに3ヒンジアーチの銘板も撮り直した。
20120813_003.JPGやはり記載事項は同じだ。


そんなこんなで、和賀仙人橋に、1ヶ月と明けず2回も行ってしまった。

2012年北海道ツーリング

2012年北海道ツーリング

スーパーテネレ・テネレ700

昨年、10年ぶりに北海道にソロツーリングに行ったが、今年はもう少し長く行けるチャンスとなったので、道南を中心に回ってきた。往復自走は初めての経験だ。

P8079273.jpg5日(日)夕方自宅→お台場、夜 お台場→(PAの地面で仮眠)
6日(月)→北上西→錦秋湖SA併設の温泉で仮眠→一般道で青森へ。2:50のフェリーで函館。(船中泊)
7日(火)函館→時計回りで海岸沿いに寿都(道の駅でテント泊)
8日(水)寿都→時計回りで海岸沿いに留萌→秩父別(道の駅でテント泊)
9日(木)秩父別→我路→鵡川(鵡川駅前で駅寝)
10日(金)雨なのでJR日高本線往復乗車→高速で豊浦→国道で長万部(国縫駅前でテント泊)
11日(土)国縫→時計回りで海岸沿いに函館→木古内→JR江差線往復→函館→20:40のフェリーで青森へ
12日(日)青森→東京


旅中のツイートや写真はこちらに。

夏休み北海道ツーリング

走行記録
8/5(日)自宅発 53296マイル
8/6(月)函館着 53825マイル(+515マイル)
8/7(火)寿都着 54064マイル(+241マイル)
8/8(水)秩父別着 54308マイル(+244マイル)
8/9(木)鵡川着 54478マイル(+170マイル)
8/10(金)国縫着 54603マイル(+125マイル)
8/11(土)青森着 54765マイル(+162マイル)
8/12(日)自宅着 55214マイル(+449マイル)

合計1918マイル=3087km

国道46号 橋場付近の旧道

国道46号 橋場付近の旧道

廃道

20120802_001.JPG小柳沢砂防ダムのすぐ南にある線形改良の跡。もともとは竜川左岸にゆるいカーブをもってつけられていた道を、一直線にするために川の屈曲部を2回橋で渡る形で改良されている。

a5ac5630.jpeg(カシミール3Dを使用)
この地図のほぼ中央。左上は道の駅雫石と小柳沢砂防ダムだ。

20120802_000.JPG「通行止め」。洞門は両出口とも塞がれている。雨も降っていたため、洞門の名称などは確認せず。

20120802_002.JPG川側を見ると、新道の橋が見える。無塗装かな。

20120802_003.JPG車道部も、だいぶ草が生えてきている。これから数年かけて草の根が舗装を侵蝕し、10年もすれば道の形の草原ができることだろう。

 

南部縦貫鉄道キハ101のエンジンと車軸回り

南部縦貫鉄道キハ101のエンジンと車軸回り

鉄道車両の台車

20120805_006.JPG現役時代には鉄道趣味から離れていたので、南部縦貫鉄道には乗っていない。2009年5月、イベントで運行されたときにたまたま近くにいたので参加した。

20120805_000.JPG20120805_002.JPGディーゼルエンジンは日野DS90。といってもボア×ストロークというような諸元が私の手持ち資料でも検索でもはっきりしない。6気筒であることくらいしかわからない。

上の写真がシリンダーヘッド側で、左に出力軸が伸びる。シリンダーヘッドの下に「DS90」の陽刻がある、右から来る管が吸気、左へ伸びる管が排気。上に「DS60」の陽刻があるものも吸気管である。スペースの都合か、排気管の接続が気筒によって上からと下からに別れている。上写真左に見えている銀色のドラムはマフラー、その右の」型の部品は排気管。

20120805_005.JPG角度を変えると、吸気管と排気管の位置関係がわかる。

20120805_003.JPGクランク側。

20120805_004.JPGシリンダーヘッド側拡大。

20120805_001.JPG駆動軸。写真右から推進軸が伸びてきている。2段リンクだが、軸箱と左のバネ吊とが固定されている。おそらく推進軸との距離がずれないようにというものだろう。

うっかりしていた。もう1軸の写真も撮っておくべきだった。


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