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新潟交通入船営業所

新潟交通入船営業所

バス関連

20120511_002q.JPG新潟交通の入船営業所。こうした建物が建てられたのは、いつの頃なのだろうか。南部縦貫鉄道本社の雰囲気と通じるように思う。

庇の柱や屋根の部材が木製だし、この建物も木造なのかもしれない。瓦(新潟弁では頭アクセント)の屋根、モルタルの外壁、アルミのドアやサッシ。新潟県を代表する企業の一営業所なんだから、もう少し外観がきれいでもいいような…。

20120511_000q.JPGところが。

外観よりも、社名も営業所名も脱落してるじゃないか! これでいいのか。

20120511_001q.JPG妻面のスパンドレルとでも言えばいいのだろうか、社名の上に社紋がある。レール断面とハンドルをかたどったものである。

この建物の場末感たるやすばらしい。待合室を覗くのはためらわれたのでチラ見しかしていないのだけれど、中には、かつての国鉄駅のような定期券売り場もあるようだ(かつてはあった)。いつまでも「下(しも)」に似つかわしいこの雰囲気を残していてほしい。

<すてきなサイト>
http://club-shinko.sakura.ne.jp/office.html



入船営業所に行くには、新潟駅前の「味のある」バスターミナル2番線から附船町(つけふねちょう)行きに乗る。最短ルートを通らず、八千代橋をぐるっと回って古町、そして入船営業所に着く。

私が高校生の頃は、古町止まりの郊外の路線のバスが、回送を兼ねて古町始発附船町行きとしてこの路線に入っていた。間合い仕様なのだが、行き先方向幕は「附船町」となならず、必ず二つの行き先の真ん中、白地部分(上下に他の行き先の文字が少しずつ見えている)を掲出していた。正規の新潟駅~附船町ルートのバスよりも、郊外路線のほうが大型で新しいバスが入っていた。いまでは、この入船営業所から、みなとトンネルを回送して東側に行くバスがある。

入船営業所からのバス路線が整理されたのは1980年頃だっただろうか。幼少時、入船営業所からは「沼垂行き」と「川岸町行き」があった。沼垂行きが、現在の新潟駅行きに変更された。川岸町行きも何かに変更され、ルートが大幅に変わったのだが、現在の路線とどうつながるのかはわからない。


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国道17号旧道の境橋が、現道から見えた!

国道17号旧道の境橋が、現道から見えた!

廃道

国道17号旧道 境橋(新潟県二居渓谷)の関連記事。

4月下旬、原付二種で現地を訪れるとなんと、現道から境橋が見えた。
(以下、この項の写真はすべて色味を意図的に変更してある)
20120511_000.JPG望遠レンズで撮ったのだが、肉眼でもはっきりと「上路の橋らしきもの」があることがわかる。

20120511_001.JPGまだ雪が残る旧道。雪がなければ直接、橋の近くまで原付で行けるのだが、旧道への分岐そのものが雪で隠されていたくらいの積雪だったので、歩いて行った。その日のちょっと前に、@watanabejinさんが訪れていたのは知っていたので、行けることは確実だった。雪の上には足跡があった。






















20120511_003.JPG着いた。沢の水が、以前来たときと違い、轟々と流れている。

20120511_005.JPG橋の上の木、そして倒木が、存在感を出している。緑の時期は、もちろん葉っぱが生い茂っているのでここまでの荒涼感はないかもしれない。

20120511_002.JPG渡った先は、完全に雪に埋もれていた。

沢を少し遡って魚眼レンズで収める。
20120511_004.JPG境橋、これから草萌えるまでがいちばんの見頃だ。ぜひ。


三菱石油の痕跡

三菱石油の痕跡

三菱石油/日石三菱

20120510_009.JPG新潟市内の幹線道路を原付で走っていて、ふと目に入った閉鎖された給油所。キャノピーもない、こぢんまりしたこの店舗は、その「奥」に見える赤茶色の家屋が経営していたものだろうか。

20120510_000.JPGこんな形で、赤く塗られた部分がある防火壁を見る。日石の赤かと思ったが、どうも塗り方が違う。

20120510_005.JPG三菱だ!

20120510_006.JPG画像の色調を変えてみると、スリーダイヤがくっきりと浮かび上がる。そして、三菱マークの「白」と防火壁の「白」が別の色、というか別の塗料であることもわかる。

視線を防火壁に向けたまま右に移す。これも色調を変えてみる。
20120510_001.JPG赤い丸が見える。下段は色調を変えたもの。
20120510_003.JPG20120510_004.JPG左の赤い丸はVeedol MOTOR OIL。右の白い丸はDIAMONDは読めるが、その後が読めない。

20120510_007.JPG向かって右側の防火壁。ここも赤地に白抜きで三菱マーク。先の防火壁でもわかるが、下部は黒が帯状に塗られている。

20120510_002.JPG真正面の防火壁。サービスルームのする横。丸が二つあるが、どちらも褪色が激しく、なにも読み取れない。

20120510_008.JPGサービスルーム。小さな庇がチャームポイント。

この手のサービスルームを見るたびに思うのだが、なぜドアがど真ん中にあるのだろう? 室内レイアウトがものすごく難しくなるだろうに。まあ、これくらいの大きさでは客用スペースなどなかったのかもしれない。


 

水管橋(折居川)

水管橋(折居川)

三弦橋

昨日の羽越本線 山倉川橋梁のすぐ横にある水管橋。

20120509_000.JPGなんというか…太い。水管は下弦(というのだろうか、三弦橋も)であって、上弦(上側の並行する2本)は水管を保持する構造物。橋門構の造形に惚れ惚れする。

20120509_005.jpg三弦橋だと、端柱に相当する部分にも斜材(というのだろうか)が入るのだな。それが、まるで映画「スクワーム」で頬に食い込んだ虫のごとく、橋門構にもぐりこんでいる。橋門構もまた、周縁部が折り返されており、かつ美しく溶接されており、さらに銀色塗装とあいまって、非常にソリッドな印象を持つ。

20120509_002.JPGこんな感じで土中から水管が突き出ている。

20120509_001.JPG美しい…と思っていると、銘板、ではないな、仕様が書かれた板が掲示されている。

20120509_006.jpg呼び径:400A(外径φ406.4)
形式:逆三角ワーレントラス補剛形式
支間長:48.000m
使用鋼材:ステンレス(SUS304)
設計基準:「水管橋設計基準」WSP-007
雪荷重:3.0kN/m^3(積雪深1.4m)
地震荷重:Kh1=0.26 Kh2=0.54
設計内圧:静水圧時0.75MPa 水撃圧作用時1.25MPa
施工:新潟県北蒲原郡京ヶ瀬村下里3610 水島鉄工株式会社

「逆三角ワーレントラス補剛形式」というのか。たしかに、メインは下弦の水管であり、それを上弦2本が補剛しているんだもんな。しかし、道路橋などは左右のトラスが床版を補剛しているのだけれど、いちいちそうは言わない。検索してみると、水管橋で使われる用語のようだ。

施工の水島鉄工を検索したら、すばらしいサイトをお持ちではないか。
施工例に、この折居川の水管橋がある。

* * *

おもしろいことに……

20120509_004.JPG三弦橋と並行して、道路橋の橋脚を利用したパイプビーム式の水管橋がある。それなら、わざわざ三弦橋を架設しなくても、ここに並行して架ければいいじゃないか…などと思うが、きっと、施工の手順やなにかで抗せざるを得ない事情があったのだろう。

20120509_003.JPGこちらはこんな感じで土中から突き出ている。カエシがすてきだ。





羽越本線 山倉川橋梁

羽越本線 山倉川橋梁

橋梁一般

三弦橋である水管橋を撮影していて、ふと見ると羽越本線の橋梁がこんなだった。

20120508_000.JPG山倉川橋梁という。構造を単純化すればポニーワーレントラスと言っていいのだろうが、ここでは鹿島の正式な名称である「鋼・コンクリート複合トラス」とする。上弦材・下弦材をPCにしたトラス橋…ではなく、PC箱桁の側面を鋼管トラスに置き換えたものである。鹿島の資料を基に書く。

20120508_001.JPG踏切から見るとこんな感じだ。

20120508_006.JPG上弦(PC)と斜材(鋼管)との接合部。格点はPC内にあるので見えないが、中できちんと接続されている。

20120508_999.jpg(鹿島「鋼・コンクリート複合トラス橋を 鉄道橋に初適用」より転載)

20120508_007.JPG下部はこう。下弦材と縦桁で4主構のPC桁のようにも見えるが、ちゃんと、トラス部・縦桁・横桁という構成なのだろうな。

20120508_005.JPG橋台の銘板。

山倉川橋りょう
設計:東日本旅客鉄道株式会社上信越工事事務所
施工:鹿島建設株式会社
設計荷重:EA-17
基礎:場所打ち杭φ=1.2M L=31.5M 6本
基礎根入:けた座面から35.71M
着手:2002年3月
しゅん工:2003年10月

新潟工事区長:鈴木博人
鹿島建設株式会社現場代理人:大久保秀樹

20120508_003.JPG桁の銘板。下は同じなので省略し、上。

橋りょう名:山倉川橋りょう
位置:神山 月岡 15K528M59
支間:51M80
塗装年月:2003年4月
塗装回数:6回塗
塗装種別及び塗料名:下塗 亜鉛・アルミニウム擬合金噴射
中・上塗 ポリウレタン樹脂塗料
塗料メーカ:下。中・上塗 大日本塗料株式会社
施工者:鹿島建設株式会社 株式会社横河ブリッジ

* * *

この橋を、Yahoo!地図で見ると奇妙なことに気づく。



衛星画像だけを見ててもわかるまい。これを「地図」に切り替えてみてほしい。

あれ? 川の流路も道路の位置も違う!

20120508map_old.jpg(カシミール3Dを使用)
少し前の地図ではこのように「山倉川」などというものが描かれていない(いま、橋の下を通っているのは(新)「折井川」である。そこで少し検索してみると、この山倉川は、1998年の豪雨の対策として掘られたもので、あわせて鉄道や道路が付け替えられたということがわかる。

ここにまとめなおしてもしょうがないので、公式な文書のリンクで張ることにする。

・鹿島「鋼・コンクリート複合トラス橋を 鉄道橋に初適用」
・JR東日本「羽越線神山・月岡間山倉川B改築他工事の施工について」(PDF)


興味深いのは、踏切を一つ、新設できているこだ。名義的には「移設」にしたのだろうか。

なお、サイト「廃線跡探訪」によれば、この橋の建設にともない、路線の切り替え作業もあったそうだ。







 

国道17号脇の廃橋と白骨

国道17号脇の廃橋と白骨

廃道



20120507_000.JPG国道17号のこの場所、たしかyokkiren氏がレポートしていたような気がするのだが、ORJ何号だったのかを思い出せずにいる。もしレポートがあればそちらが絶対に綿密な検証をしているはずなので、ここでは見てきたことを書く。

このように、洞門と隧道の間に挟まれた一角に、廃橋がある。欄干は、端部に3連のアーチのようなものが刻まれている。手前の欄干のさらに手前に転がっている石材は、おそらく親柱。ただし、銘板類はない。

20120507_001.JPG山側の親柱は健在。こちらも銘板類はない。

見れば、谷側の新道は橋ではないようだ。とすると、この右側の橋を放棄し、谷側に土盛りをして旧道が橋で渡っていた沢を暗渠化して…ということかもしれない。

この場所、たまにクルマの出入りがあるようだ。駐車場のように使われているのだろう。国道17号側に目をやると、はるか彼方に上越線の路盤が見える。

20120507_003.jpg対岸から撮る。右端に、なにかある。

20120507_002.JPG…白骨。鹿の。

完全に真っ白な骨。肉などついていない。頭骨の左半分と思しきものがここにあった。右半分は、少し離れた草むらにあった。ここに出没した動物が持ち運んだか。

鹿はなぜここで死んだのか。クルマに跳ねられたのだろうか。この骨から2mと離れていないその脇を、大型トラックや乗用車がひっきりなしに通り過ぎていく。

ここは道幅が狭く、洞門と隧道が現れるためによそ見などできないと思う。この白骨に気づくドライバーなどいまい。

日石カルテックスの蝙蝠マークがある給油所跡

日石カルテックスの蝙蝠マークがある給油所跡

ENEOS/日本石油

20120506_000.JPGJR上越線岩本駅の近く、国道17号沿いに、すでに給油所としては現役ではない一角がある。防火壁には日石のペイントがかすれている。現在は駐車場として機能しているようだ。

背後の(おそらく)オーナーの住宅の一部に作り付けてあるサービスルーム。住宅の妻面にトタンを貼って白く塗り、住居の城壁と相まって防火壁が控えているかのような印象を見る者に与える。

20120506_004.jpgサービスルームは全体が水色に塗られている。軒下には、おそらく屋号が書いてあったのだろう。室内はバイクが置かれているのが見える。

20120506_001.JPG右側のクルマ越しに、日本石油の蝙蝠マークとCALTEXの文字が見えた。どちらも塗料が乗っていたところがまるでマスキングされたかのように白く残り、他の部分は経年で黒ずんでいる。CALTEXのほうを見ると、なんとか星があったことはわかる。赤い塗料片は、その位置からして、おそらくその上に塗り重ねた日石の色だろう。

20120506_002.JPGその下には、チューブタイヤのパンク修理用の水槽。いまの時代、給油所ではチューブタイヤのパンク修理をしてくれるのだろうか。そういえば、かつて一瞬だけ乗っていた、日産キャラバンのOEMになる以前のいすゞファーゴ4WDはチューブタイヤだった。

関係ないけれど、少しショックだったのは、岩本駅の駅舎が建て替えられていたことだ。木造駅舎の時代、何度か休憩をとったことがある。しかし、まったく鑑賞も記録もせずにいた。建て替えの日付を考えると新駅舎の前を何度も通っているはずだが、目に入っていなかった。そんなものだろうな。
 

高山本線  第二飛騨川橋梁

高山本線  第二飛騨川橋梁

プラットトラス




20120429_000.JPG第二飛騨川橋梁。中央径間が154フィートの下路プラットトラス、側径間は計8連のプレートガーダーである。石積橋脚も美しい。

20120429_001.JPGこんな感じで、奥(下油井側)からトンネルを抜け、谷を渡り、盛り土を抜けていく、いかにも鉄道路線らしい風景の一部をなすのが、この第二飛騨川橋梁である。

個人的には、斜材が45度のプラットトラスは美しいとは思わない。思わないが…

20120429_003.JPG美しいよねえ。154フィートをもってしても川の中に橋脚が建ってしまう。これはいかにも中途半端…などと思ってしまうが、もし向かって左側ももともと流路だったならば、ここにもトラスをかけてひとまたぎにしてるだろう。ということは、架橋当時は、向かって左側は河川敷だったのではなかろうか。

20120429_004.JPG反対側から。

20120429_002.JPG面白いのは塗装標記。この橋は、JRの旅客営業駅でいえば「白川口~下油井間」である。ところが、この表記を見ると「鷲原~下油井」とある。鷲原は信号場である。なるほどな、と思った。


橋ではないけれど…

橋ではないけれど…

古レール・駅ホーム上屋・柱

20120427_001.JPG前日につづき、これも松代駅にあったもの。用水路が枕木間の幅しかないからか、橋というか暗渠にはせず、ただその下を通している。そして両岸には橋台があり、枕木の下に木材(かな?)が置かれている。

橋梁っぽいのは、レール間の踏み板(網板)があるからかもしれない。

レール間を結ぶ棒がある。これは、レールの間隔を一定に保つためだと思っていたが、いま考えれば、踏み板の支えの役割しかないのかもしれない。

20120427_002.JPGついでにいうと、レールの外側にあるL字型のアングルは、なんの役割があるのだろう。枕木のズレ防止か?


謎の車両? 工事用台車?

謎の車両? 工事用台車?

鉄道

20120427_000.JPG車輪がついているから、鉄道の線路の上を走るなにかである。でも、屋根がついている。

廃止になった長野電鉄屋代線の松代駅にあったもの。この台車は鉄道敷地内にあったので、さすがにのぞきこめなかった。敷地外だったら、屋根を持ち上げてみるくらいするかもしれない。いったい、なんのためのものなのだろう?

20120427_004.JPGべつのもの。合計3台あった。

20120427_003.JPGいや、こちらは車輪ではないから2台と「似ている何か」というべきか。

構内に、ほかの台車は見あたらない。3台あって、3台とも屋根を持っている。これが何なのか、知りたい。屋代線廃止後、この3台の台車はどうなったのだろう。



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