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しなの鉄道屋代駅 ホーム上屋と木製柱(2・3番線)

しなの鉄道屋代駅 ホーム上屋と木製柱(2・3番線)

古レール・駅ホーム上屋・柱

屋代駅にある、長野電鉄屋代線の跨線橋を見に行ったのだが、ついでに見た、しなの鉄道屋代駅のホーム上屋。

20120307_003.JPG1番線から、島式ホームの2・3番線を見る。その向こうはホームのない4番線を挟んで長野電鉄の5番線。

20120307_000.JPG上屋はこう。屋根を支える垂木(枕木方向の/\形の部材)はトラス構造。また、支柱の側面は板材で囲われている。これは補強だろうか、美化だろうか。根本を見る限り、補強かなあ。

20120307_001.JPG支柱は、母屋(線路方向)、梁と垂木(枕木方向)を支えている。…いやそれより、「どっちが」なのかわからないが、オフセットされている。写真左の支柱は外側に、右の支柱は内側に。



20120307_002.JPG支柱の上部…と思っていま気づいたのだが、母屋が段違いになっており、腕が1本ない。

さらにさらに。
20120307_004.jpg他の写真に偶然写っていたのだが(だから色は飛ばしてある)、篠ノ井側の支柱はY字形の古レールだった。ちゃんと見ておけばよかった。

ここで定型句、「また行こうっと」。



 
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英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考(12) 長野電鉄 松川橋梁(旧)

英国系100フィートポニーワーレントラスの横桁考(12) 長野電鉄 松川橋梁(旧)

ポニーワーレントラス

20120306_012.JPG長野電鉄の小布施駅には、英国系100フィートポニーワーレントラスが保存されている。よくぞ保存してくれたものだ。

20120306_001.JPG真横。

20120306_000.JPG左(西側)から。

20120306_002.JPG右(東側)から。

『明治時代に製作された鉄道トラス橋の歴史と現状(第2報) 英国系トラスその2』(西野保行・小西純一・渕上龍男)によれば、この桁は松本電鉄の前身のひとつ、河東鉄道として開通した1923年(大正12年)から架けられたいたものだ。現地の説明看板では、製作年代を1885年~1890年と推定しているが、私のメモには日本鉄道の烏川橋梁(現・高崎線、6連)または荒川橋梁(現・東北本線、4連)または田川橋梁(現・東北本線、1連)からの転用ではないか、と書いてある。ソースがなければそんなことは書かないと思うのだが、ソースがわからなくなってしまった。1990年(平成2年)に現在の桁と交代している。

20120306_010.JPG西側。説明板がある。

20120306_003.JPG東側。横桁は曲線形である。上に、ごく短いIビーム桁も保存してある。

20120306_004.JPG横桁をアップ。

20120306_005.JPG横桁。下弦材の上に3枚の(おそらく)錬鉄の板を重ね、その上に載せている。3枚も重ねているのは初めて見た。

20120306_009.JPG興味深いのは、斜材の補修。英国系100フィートポニー輪連トラスは、圧縮力がかかる斜材は左右の部材をX字形の帯板で補強しているが、この松川橋梁では、左右ともに中央寄りの4本の斜材はアングル材で補強され、部材をレーシングで結んでいる(ジグザグに見えるもの)。後年の修復と考えられるが、河東電鉄に架けられた当時からなのか、それともずっと後年のものなのかはわからない。

20120306_006.JPG端柱部分。英国系100フィートポニーワーレントラスは、この端柱上部の鈍角部分と下部の鋭角部分の形状がいちばん美しいと思う。


「横桁考」と見出しに書きながら、何一つ考察はない。この、曲線形の横桁がどのメーカーのものか、それを調べるのが頓挫しているからだ。

前述論文によれば約150連が存在した、単線の英国系100フィートポニーワーレントラス。いまも現役である桁もあるのに、これを保存してくれた意義は大きい。説明看板には「永久保存」と書いてある。世の中の同系トラスのすべてが現役でなくなったとしても、このトラスだけは残っていたらいいな、と思っている。











 

大協石油の名残

大協石油の名残

大協石油・丸善石油・キグナス・ガソリンスタンド全般

20120305_002.JPG五稜星の先端を切り落としたようなこのロゴは、今はなき大協石油のマーク。いまのコスモ石油につながる元売り会社だ。

20120305_000.JPGといってもいわゆるガソリンスタンドではない。防火壁には「大協ホーム灯油」と書いてある。そして、現役である。ただし、軽トラのタンクにも石油会社のロゴはないので、現在取り扱っているのがどのブランドなのか、あるいはノーブランドなのか、それはわからない。

20120305_001.JPG計量機はカバーがかけられている。仕入れた灯油は地下のタンクに保管し、それを計量機で軽トラのタンク(430kl)に移して各家庭を回るのだろうか。軽トラのタンクの計量機には「2012年9月」のステッカーが貼ってある。

20120305_004.jpg防火壁の裏側。

20120305_003.JPG防火壁をもう一度。

この灯油店は、まもなく廃止となる長野電鉄屋代線の松代駅の近くにある。

***

こちらのサイトに、昭和29年の大協石油のタンクローリーの写真がある。もちろんボンネットだ。
 

水郡線 下菅谷駅のトイレ

水郡線 下菅谷駅のトイレ

駅のトイレ

木造駅舎はとても好ましいものだが、付属するトイレや物置などもとても好ましい。こういうものも、国鉄あるいはその前身である組織内に、専門の設計者がいて、しかも国鉄は伝統的に土木が強くて建築は重視されない傾向にあったようなので、そういう人たちが黙々と仕事をしていたことに敬意を表しつつ、消滅しつつある木造トイレを眺めたい。

20120304_000.jpg下菅谷駅。駅舎を出て左に、けっこうな存在感で「便所」がある。しかも右書き。

20120304_001.JPG土台に、汲み取りトイレらしいフタがある。

側面は下見張り。薄い板を、すこしずつ重ねて壁とするもので、桟は鋸の歯のような形をしている。そして、瓦屋根。鬼瓦もしっかりとある。雨樋もあり。そして、窓は木枠。すばらしい。

向こう側には「王子様」(換気扇のてっぺんにあるクルクル)が鎮座している。

20120304_005.JPG個室を、開けて撮らなかったのは、不明を恥じるほかない。それと、ひどい収差だな。

20120304_004.JPG朝顔形の小便器。せめて水が流せれば、臭気も汚れも減るに違いない。

20120304_002.JPG建物入り口にある標(?)。

駅付属便所 停第五号

とある。

20120304_003.JPG財産標。

建物財産標
鉄□□
便所-□□
S-5-□-□

右の菱形は、ちょっと読めない。家屋…と書いてある。



友人たちが、駅のトイレを「駅便」と呼び習わしていたので、今後は「駅便」と称することにする。


【修正】「上菅谷駅」としていたが、「下菅谷駅」の誤りでしたので修正しました。2012年4月1日。

ロータリー除雪機はアルキメディアン・スクリュー

ロータリー除雪機はアルキメディアン・スクリュー

独言・日記

20120301_000.JPG「リボンスクリュー式」と呼ばれるタイプ。この二重螺旋が、積もった雪を掻き壊し、回転翼に送り、そこで遠くに吹き飛ばされるのだが、その「回転翼に送り」という部分はアルキメディアン・スクリューである。

アルキメディアン・スクリューとは、こういうふうに物体を移動する装置。下記の赤玉のように雪を移動する。飼料輸送トラックの上部についてる腕、あれも中にこういう装置が入っている。


上の除雪機の写真を見ると、螺旋の巻き方が左右対称になっている。つまり、端から中央に向かって雪が送られるのだ。送られた雪は、中央の穴に押し込まれ、その奥に位置する回転翼で吹き飛ばされる。

20120301_001.JPG
いまの季節、積雪のある地方に行けばいくらでも見られる除雪機。駅のホームや、ホームセンターでじっくり観察してほしい。


アルキメディアン・スクリューについて、かつて書いたことがあったような気がするが、たぶん勘違いで、ツイッターに書いたのかもしれない。世の中にはアルキメディアン・スクリューに魅せられる人はやはりいて、その水車バージョンについて研究されたこのサイトがすごいから、ぜひご覧ください。

螺旋水車の時代










テルハ?

テルハ?

建築?

前日の大好きな看板文字の建物の側面。

20120301_003.JPG2階に引き戸があり、その上部に腕が伸びている。ジブクレーンかと思ったが、これは機能からするとテルハだよな。

20120301_002.JPGたぶん、往復運動しかできない。

腕の左右に、トラスに組んだ扉のようなものがある。これはなんの意味があるのだろう? 根本にちょうつがいがあるのか、向かって左側は開いている。

建具屋さんだから、ここから搬出するのかしら。

大好きな看板文字

大好きな看板文字

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

札幌市内を歩いていたら、すてきな書体にでくわした。かつての鉄道の駅名標などでよく見られた、極太の丸ゴシック。ペンキの刷毛の跡も見えるところがポイント。

現代は、この手のものでも簡単にPCで出力できてしまう。でも、20年くらい前までは、こういうのはプロの手によるもので、だからこそレタリングに憧れたんだよな。こういう文字が書けるようになりたかった。

雑誌の誌面をレイアウトするデザイナーのなかで、かつては手で割り付けていたことがある人は、こういう文字を書ける人がいる。写植(今ならフォント)は1文字の縦横サイズが等しく、かつ文字が収まるサイズがけっこうでかい。そして文字同士の間隔がものすごく狭い。そのため、そこにいっぱいいっぱい書くと、デザイナーの文字もこういう書体になりがちなのだ、と勝手にその成り立ちを思っている。

文字を手で書いてみるとわかるが、普通の人が普通に文字を書くと、けっこう縦長であり、1文字1文字の間隔も空いてしまうと思う。試しに、1cmの方眼をつくり、そこに文字をいっぱいいっぱいに書いてみてほしい。かなり横長に感じるはずだ。でも、それが、看板文字への第一歩。


とにかく、この美しい文字を鑑賞していただきたい。
P2297889.JPGP2297890.JPGP2297891.JPGP2297892.JPGP2297893.JPG
 

マクロ と 270

マクロ と 270

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

@gonzke さんが書いていた「マクロ」が「270」に見えちゃう件




書いてみた。

120228_231648-2.jpgたしかに!!


いろんな人にこの文字を書かせてみたい。


















































 

『問いかける風景』(丸田祥三著/産業編集センター)

『問いかける風景』(丸田祥三著/産業編集センター)

鉄道の本

20120227_005.JPG廃墟を、あるいは廃墟を写真に撮ることを好きな人は多い。でも、「なぜ好きなの?」という答えに、答えられる人は少ないのではな かろう か。例えば「美しさを感じる」では答えにならない。その場合、「なぜ美しいと思うのか」に対する答えが必要だからである。

本書には、その答えに至る、重大な示唆が散りばめられている。丸田さんが何に対してレンズを向けてきたのか、その理由が、作家・重松清さんとの対話で浮かび上がってくる。その流れは、そのまま読者自身が体験できる、壮大な時代感覚の共有でもある。それも、「名もない者たちの時代の感覚」、つまり他社をあざける強者の立場ではない者たちの感覚。「名もない者たち」というのは、『廃道 棄てられし道』や『棄景』シリーズでも一貫しているテーマである。


章立ては、

第一章 六〇年代から七〇年代前半 世界はとうに終わっていた
第二章 七〇年代中盤 新品時代の終焉
第三章 七〇年代後半から80年代 ゴミの上の夢の国の時代
第四章 八〇年代から九〇年代 個人攻撃の時代
第五章 九〇年代から〇〇年代 記憶を上書きする時代
未来章 二〇一一年三月一一日以降 懐かしい未来、見知らぬ過去

となっている。

***

章立てを見ると、1970年代の話題が多い。これは、1964年9月生まれの丸田さんと、1963年3月の重松さん(面識はないけれど、さんづけとさせていただく)が、もっとも多感な時を過ごしたのが1970年代だということなのだろう。私は丸田さんと7学年違いの1972年1月生まれなので、この時代のことは「記憶」として知っている(この観念は、本書を通底している)。そして、私にとっては、1980年代こそが多感な時代だった。

しかし、小学3年~高校3年という私の1980年代は、あらゆる刺激を受けはしたが、あくまでも生徒の身分であり、時代を言葉にできていない。それが、1980年代に十代後半~二十代後半という時代を過ごした丸田さんと重松さんは、確実に当時から言葉にしている。その言葉が、散りばめられており、ひとつひとつに「そうそう!」と頷きっぱなしとなる。

おそらく、読む人の青春時代が1980年代であろうと1990年代であろうと、あるいは2000年代であろうと、かならず、自分の記憶を的確な言葉で言い表しているところがあることに、そして、風景として描いた写真作品があることに気づくだろう。それが、この『問いかける風景』のすごさだ。

***

私の時代、1980年代で考えてみると、第三章がそれにあたる。「仮面時代の序章」「仮面の系譜」「『根暗』の時代」の三つの小見出しが立っている。ここで述べられているのは「笑いをとれるヤツがリーダーになる時代が来たのだ」という記憶である。

私が小学生の頃は、確実にスポーツができるヤツが集団の中心にいた。田舎の、ガラの悪い地域だったからか、頭がいいヤツは中心になれなかった。一方で、笑いをとれるヤツが台頭してきていた。それに気づいたのは小学校3年のとき。1980年だった。スポーツ音痴だった私には、それは福音であった。かなりの割合で調子に乗りすぎて失敗しながらなんとか十代を過ごして、たまにこじらせたりしながらも、「別に球技ができなくても、体力と筋力があればいいや」と登山で達観できるようになったのは、1990年頃である。

丸田さんと重松さんのおふたりの対話は、こうした、私が経験してきた精神の動きの過程が実は時代によるものでもあったということに、気づかせてくれる。おふたりが時代を見る目はとても鋭いものだが、その時代を生きてきた人たちを見る目は、とても優しい。

***

本の造り。大きさは菊判、ハードカバー。スピン(しおり紐)もついている。全体の構成については前述の通りだが、写真のページと対話のページは、紙を変えている。構成は、丸田祥三さんの作品が7点くらい、次いで重松清さんの書き下ろしコラムが1ページ、そして重松さんと丸田さんとの対話が掲載されている。これが実に効果的というか、これ以外ない、という構成だと感じる。

写真作品の印刷は、最高の品質であると信じて疑わない『廃道 棄てられし道』を…凌駕しているかもしれない。とくに後半の章で展開される、最近の作品群は、雑誌『東京人』に掲載されたものもあるが、どれもが手を触れると切れそうなほどにシャープでハード。インクが指につきそうなくらいにこってりとした色が出ており、丸田さんの作品を存分に実現している。

作品が掲載されている大きさは『廃道 棄てられし道』と同じくらいか(縦位置)、かなり大きい(見開き)のに、ハードカバーになると、なぜかコンパクトに感じる。これは、おもしろい発見だった。2冊を並べてみよう。

20120227_000.JPG.

ブックデザインおよび全体の指揮は祖父江慎さんと福島よし恵さん。『廃道 棄てられし道』と同じだ。そのため、並べて売られてもソレとわかるように、帯は同じイメージで作られている。

当初から、4月刊行予定の『眠る鉄道 SLEEPING BEAUTY』(小学館)とともに三冊をお願いすることは決まっていたから、もしかすると、最初は判型も似せて…などと祖父江さんはお考えだったかもしれない。しかし、結果として、三冊とも、判型や紙はまったく異なるものとなった。

…そう書いて、今、気がついた。 『眠る鉄道 SLEEPING BEAUTY』のカバーが、「あの作品」(ご想像にお任せします)になったら? それを、上の二冊の右に並べてみたら……? あとはご想像にお任せする。

***
 
冒頭に置いた問い。その答えを自分で持っているという自信がある人も、まだ持っていない人も、絶対に「買い」の一冊だ。あわせて『日本風景論』(丸田祥三・切通理作共著)もおすすめする。







 






東武野田線岩槻駅の支柱(古レール支柱と木製支柱)

東武野田線岩槻駅の支柱(古レール支柱と木製支柱)

古レール・駅ホーム上屋・柱

20120226_000.JPG東武野田線の岩槻駅の3・4番線ホーム。跨線橋から1組置いた位置のホーム上屋支柱が、古レールだった。

興味深いことに、この1組だけなのである。それも、他の木製支柱と異なり、ホーム中央の1本脚。他の木製支柱はご覧の通り、ホームに2本の脚を下ろしている。脚部分は、よくあるように、レール底面を接合している。レールはカーネギースチール、1900年(と読めたがちょっと不安)。

20120226_001.JPG屋根の真下はこんな感じ。左右のレールを板で挟み込み、その中央から棟木(線路方向の、屋根の背骨にあたる部材)を支える真束が上に延びている。その付け根には、棟木からの補強材。

20120226_002.JPG木製支柱のほうはというと、このようにズラリと。

脚には、線路方向からと枕木方向から、それぞれ補強材が入っている。補強材が脚に接合される部分では、枕木方向同士、線路方向同士が1本のボルトでつながっている。そのため、両者の位置が少しだけ上下にずれている。

20120226_003.JPG古レールの脚と異なり、垂木(枕木方向の屋根材の裏の部材)を支える形になっている。そして、枕木方向の補強材が、棟木を支えている。



木製支柱のホーム上屋の組み方を集めてみたい。また課題が増えた(笑)。




 

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