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けっこう古い建物だとは思うが、更新され、一見、もっと新しく見える。

窓桟や雨戸は木製。そこにかぶせるように、冒頭写真のように張り出しが増築されている。上の写真のように窓は半端にはめ殺しになっている。そして、なぜか窓を隠すように幟が。

増築した物置のような小屋は木造だ。

「段嶺郵便局」の文字は、どこかで見た気がする。郵政書体ではない、ある程度標準化された書体があったのかもしれない。
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中部電力渥美火力発電所のパイプライン…よりも、やはり、取放水管の規模に圧倒される。2mくらいか、あるいはもっとか、極太の水管が、ときにうねりながら、海から発電所まで、パイプラインと並行して伸びている。

ところどころに弁があり、ときおり、蒸気?とともに排出される。屈曲部は寒暖による管の伸縮に対応するためと聞いたことがあるが、正確なところはわからない。


 
水力発電の水圧管路とは異なり、角度がほとんどないために、水汚れの付き方が異なる。

やがて取放水管は地下にもぐり、パイプラインだけが桟橋に出て行く。石油管には、「軽油」「重油」などと書いてある。「原油」というものもあるようだ。




新城市と設楽町の境界は豊川本流。その豊川が蛇行している部分をショートカットする形で、この新段嶺トンネルがある。

坑門は下見板張りのような意匠がコンクリートで作られており、天には笠石のような意匠もある。アーチには要石はない。「新段嶺トンネル」は、見れば見るほど、教科書的な「撥ねてはいけない場所」が撥ねてたり、「ト」のタイル内の位置が微妙におかしかったりする。

そして、その南側に…

旧隧道が口を開けている。こうして見ても、大きさもなにも遜色がないように見える。

 
坑門はコンクリート。アーチの意匠はない。扁額はすごく小さく、右書きで「段嶺隧道」と書いてある(のだろう、達筆すぎて読めない)。

この隧道は現在、「町道133号 竹桑田清崎線 呼間線 設楽町」という標識が立ち、歩行者用トンネルとして使われている。



渥美半島の地形図を見ていたら、なんだか不思議な水路が書いてあった。とくに山がちでもないところに、隧道と堀割を交えつつ、時に海岸縁まで近づきながら、伊良湖岬近くまで伸びている。元を辿るとかなり遠方、飯田線の三河大野駅の南側から取水している。そのあたりの標高は78mほど。

気になったので、渥美半島に行ったときに、一カ所、近づきやすい場所で覗いてみたところ、上の写真のように豊かな水量だった。用水の両岸には、盛りを過ぎた桜。さぞかし観桜の適地と思いきや、どうもそういうことが行われている雰囲気はない。なんともったいないことか。用水の中には、体長50mを超す太い鯉が、悠々と泳いでいた。

写真の「奥」に、水路隧道が見える。

水路隧道は用雨水の幅に適したこぢんまりしたものだ。断面は方形か。扁額には

豊川用水東部幹線水路
長沢第二トンネル

とある。

水路隧道手前には「救命竿」。きちんと整備されたルートなのだなあ。

同じく水路隧道手前には、別の用水の水路橋がかかっていた。

水路には、きちんと案内板が出ている。「ここは和地第1開水路(東713地点) (独)水資源機構 豊川用水」。

 ここに架かる橋は「西大坂橋」。

 
 
 
親柱にはきちんと銘板がある。「西大坂橋」「豊川用水」「にしおおさかはし」「昭和四十二年八月完成」。

* * *

豊川用水についてはあまり優先順位を高くせずに行ったのだが、帰ってきて5mメッシュ標高データで渥美半島を見ると、大失敗だということがわかった。見所はこんなところではないのだ。

(Kashmir3D+DEM5m+数値地図25000)

右の「山」と左の「山」を結ぶ形で、水色の点線がある。それが豊川用水だ。山裾では開水路となっていて、平野に下りると水路隧道となる。…あれ? 逆ならわかるのだが。

豊川用水は、「谷」に相当する部分は地中に潜り、サイフォンの原理で「対岸」に吹き出してまた開水路となっていたのだ。これは気づかなかった。現地に行く前に25000地図は見ていたのに、「等高線をなぞっているのだろう」と高をくくり、きちんと見ていなかった。

これは、サイフォン構造を見に行くしかあるまい。次回はいつ行けるだろうか?


なお、革洋同さんより、豊川用水は世界銀行の融資を受けるような国家的事業だったとご教示いただいた。

wikipedia:豊川用水

大きな地図で見る

自動車の積み出し港として知られる三河港に、埋立とともに敷設された東三河臨海道路。この道路とその東に並行する国道を結ぶために、海上にダイナミックな全Y型のジャンクションがある。残念ながら上から眺めることができる場所はないのだが、港湾事務所のあたりから眺めた。



 
足場が限られる上に規模が大きいので全然ダイナミックな感じで写せていないが、このように、桁は自由にカーブを描いて海上を舞っている。桁は、ルートによって青、赤、黄、緑に塗り分けられている。

このように、3径間くらいの曲線の箱桁が連続する。この青い桁は1車線で、豊橋バイパス豊橋港インター→神野埠頭というルートだ(逆方向も青の1車線)。黄色はメインルートたる2車線の海軍橋←→神野埠頭、赤は海軍橋→豊橋港インター(逆方向も赤の1車線)。

神野埠頭側の基部は、1車線の桁にはPC桁がつき、2車線の桁には緑の桁がつながっている。奥の「緑・黄」には銘板がある。

 
P-11 橋脚
1988年3月
事業主体 愛知県
施工 青山建設(株)

 
1988年3月
愛知県建造
道示(1980) 一等橋
使用鋼材:SM53 SS41 SM50Y
製作:東海鋼材工業株式会社

塗装表記は主要部分のみを。

塗装年月 1988年3月
下塗 東海鋼材工業(株)
中上塗 (株)第一塗装店

 
1989年3月
愛知県建造
道示(1980) 一等橋
使用鋼材:SM50Y、SS41
製作:トピー工業株式会社

塗装年月 1989年3月
工場塗装 トピー工業株式会社
施工者 墨田塗装工業株式会社


トピー工業の豊橋製作所(のうち、現在の日鉄トピーブリッジだろう)は、この港大橋のすぐそばである。これだけの桁の本数であるからそこに一括発注はしないだろうが、こうして地元の企業から調達している橋を見ると、なんだか嬉しくなる。

この港大橋、「黄色の2車線桁」には歩道があるが、なかなか全貌を見渡すことはできないようだ。







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