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消えた

独言・日記

R121大峠に行ったことを書いてる途中で
バッテリー切れになって中断した。

アダプタさして書き続け、「アップロード」したら、
勝手に接続が切られていたようで、
その書いたテキストがどこかへ行ってしまった。
む~ん。。。

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消える新都心大橋

地図・航空写真・分水嶺


去る3月29日に、埼玉県に新たに開通した、新都心大橋。
土木学会の平成20年田中賞を受賞している。(→公式サイト

で、このヤフー地図を拡大すると、橋が消えてしまう。



いずれ、詳細図も修正されてしまうだろうが、
いまならまだ橋がない状態を見られる。



東京メトロ副都心線が開業後約1年間掲載されなかった
グーグルマップでは、もちろんこの橋は反映されていない。


大きな地図で見る
航空写真の新しさは、ヤフーに軍配。


ちなみに最近になってようやく
副都心線が開業したようだ(笑


弘南鉄道黒石線の・・・

弘南鉄道黒石線の・・・

鉄道車両廃車体

20090713kiha2.jpg






弘南鉄道田舎館~尾上高校前間、道の駅いなかだて至近。
ここに、かつての黒石線(←小坂鉄道)のキハ2100が2両と
国鉄から購入したキハ22が1両、鎮座している。



20090713kiha.jpg






手前がキハ2100。
感想は書かない。
ひび割れた塗装の割には、新しいエアコンの室外機が目立つ・・・
ような気がするが、エアコンのホースにも塗料が垂れているので
新しいわけではあるまい。

20090713kiha3.jpg






反対側。。。。。。。。。



20090713dora.jpg









たぶん、年輩の方が。。。。。。。。。

前の写真をよくご覧になるとわかるが、
側面にはほかにもいろいろな絵(ベニヤで切り抜き)が書いてある。

でも、
たぶん、
訪ねてくる人はいない。

No Image

安谷川橋梁

橋梁(アメリカン・ブリッジ)

あんやがわきょうりょう。


これを見ていたら、杖持った地元のおじいさんが来て、
橋のたもとの家の飼い犬をビシッ! と叩いた。
「こいつ、最初は俺に吠えやがって、叩いたら今度はエサをねだってきやがる」
また何度か小突いた。

他人が飼うペットにそういうことをする人がいることが、信じられなかった。

ということを書きたいのではなかった。
そのおじさんまでもが、橋梁を眺めていた私に
「これはアメリカから持ってきた橋なんだぞ」
と言っていた。
だからこそ見に行ったわけですが、
銘板や説明看板などはなかったと思う。

そんな、他人の飼い犬を小突くようなおじいさんまでが知ってる橋梁の出自。
なんだか、すごい。

秩父鉄道押手沢橋梁

秩父鉄道押手沢橋梁

橋梁(アメリカン・ブリッジ)

20090703ottezawa.jpg押手沢(おってざわ)橋梁は、
アメリカンブリッジのピントラス。
磐越西線の日出谷~鹿瀬間にある
阿賀野川当麻橋梁を転用したやつである。

阿賀野川当麻橋梁は、コレの後継の橋がかかるが、
それもすごい。有名撮影地である。

でも、こっちもなかなか。


20090703ottezawa2.jpgピントラスのピントラスたる部分。

実際に列車が通ると、ごくわずかに沈下する・・・ように見える。
が、目の錯覚かもしれない。


下仁田森林軌道(3)

下仁田森林軌道(3)

隧道・廃隧道

県道124号を南下する。
この先は行き止まりのはずだ。
しかし、かなり道が改良されている上、
御巣鷹山への案内がしきりに出ている。

とはいえ、慰霊碑のために道が整備されたわけではない。
ダム工事のためである。
最新の『ツーリングマップル』では、県道124号は
浜平より南側は新たなトンネルで一気に駆け抜け、
従来の道は消され、代わりにダムが描いてある。

とりあえず、行ってみると、浜平温泉の旧道に、それはあった。
位置は、下仁田森林軌道(1)の地図参照。
20090702shimonita.jpg







先のは北側からで、素掘りの坑門口があまりに巨大であった。
大型トラックすら通れそうであった。
それはすなわち、崩落が続いているということであろう。

これは南側から見ている。
写真の右に見えるのが現道である。
ここまで、車道からすぐ。

内部はこう。
20090702shimonita2.jpg








もうひとつ、廃隧道があった。
20090702shimonita3.jpg






こちらは、隧道手前左上の岩を見ただけで近寄りたくなくなった。


この先、ダム手前で通行止めとなっていた。
クルマから自転車を降ろし、行ってみるとまだあった。
20090702shimonita4.jpg







一般車通行止めとはいえ、ダム関係車両は通行するだろうから
現役である。
現役ゆえに、安全対策も施されているし、なによりきれいである。

この隧道をくぐり、左に曲がってまっすぐ行ったところで終了。
旧版地形図では、もうひとつ隧道があるはずだが、
それとおぼしき位置はダムの堰堤であった。

ここはこれで引き上げた。

が。
帰宅後、地図を見直すと、新たなトンネルを使えば、
下仁田森林軌道の最奥部には行けたようだ。
行ったところで同様の隧道があるかどうか、というところだが、
行っておかなかったのは悔やまれる。
またの機会に。

下仁田森林軌道(2)

下仁田森林軌道(2)

隧道・廃隧道

20090710shimonita.jpg






塩之澤隧道。
県道45号の旧道である。
現在は、新たな湯の沢トンネルが大胆にバイパスしている。



いまは車道となっているこの隧道も、もともとは下仁田森林軌道のものである。
ただし、扁額に昭和32年3月竣工とあり、比較的新しい隧道である。
翼壁等の造作を見ても、それがよくわかる。

先にも書いたが、基本的にはこの軌道を転用してとなっている。
私の手元にある旧版地形図は、
・昭和27年応急修正(昭和30年6月発行)←米軍撮影の航空写真をもとに修正
・昭和37年修正(昭和41年3月発行)←修正測量を施したもの
である。
塩之沢の軌道が掲載されているのは、昭和27年応急修正版だけである。
航空写真を見て書き入れたもののため、それなりのいい加減さも含んだものだったのであろう。


県道を南下し、一度国道299号に出て、今度は県道124号を南下する。
これも下仁田森林軌道の跡である。
(1)で掲載した写真は、この南部のものである。

下仁田森林軌道(1)

下仁田森林軌道(1)

隧道・廃隧道

20090629shimonita.jpg







6月28日、下仁田森林軌道の廃線跡を見に行った。
廃隧道が2~3個あるはずだった。


場所はココである。
中心枠のあるところ、すなわち川の左岸に旧道があり、
それが廃線跡である。

このあたりは、ダム工事とその完成により大きく道が変化しており、
持参した旧版地形図枚やらカーナビの地図からとも異なっていた。
中心枠のすぐ下に隧道があるが、これは新しい。



旧版地形図には森林軌道のルートが描かれている。
現在の車道も多くの部分で軌道の跡地を転用しているが、
旧版地形図はあまりにでたらめである。
500mで標高を50m以上登ったりする。
もちろん、現地にそのような痕跡はない。







清水峠(2)で出会った幽霊

清水峠(2)で出会った幽霊

隧道・廃隧道

20090629yuureit.jpg







居坪坂の途中に、ユウレイタケの群生が数カ所あった。
なんで、こんなに「ゆうれいらしい」んだろう?
うつむいているし、
のぞけば花は一輪だけだし、
白いし。


その他、見たもの。

・ニホンリス(タイワンリスではないと思う)
朝、清水集落に向けてクルマで走行中、道を横断した。

・ヘビの幼体
後頭部(?)に黄色い菱形があった。30cmくらい。
写真撮っておけばよかった。
そうすれば同定できるもんね。

・カエル
謙信尾根(文字通り尾根筋の道)で、標高1200mあたりでもいた。
「こんなところ、水あるのか?」なんて思いながら進んだら、
清水峠から100mほどのところに雪渓があり、
すごい勢いで水が流れていたから、まあ、どこかにあるんだろう。

21年ぶりの清水峠

21年ぶりの清水峠

隧道・廃隧道

20090627shimizu.jpg






















久々の山登りの足慣らしとして清水峠に行ってきた。
かつて下った謙信尾根を登り、居坪坂を下る周回コースである。

この日は砂防ダム工事をしていため、清水集落奥地のゲートには
警備員さんがいて、そこで通行止め。
そこが標高約630m。
そこにクルマを止め、両コースの分岐点である標高780m付近まで自転車でさかのぼった。

基本的に急登が続くので、疲労は一定。
1時間歩いて5分ほど休む、を2ピッチで小屋が見えた。

しかし、そこからが長かった。
小屋の直前、直線距離であと500mほどのところで道が崩れていたため、
その右手山側を迂回するように見えるルートがあった。
迷うことなくそちらに行ったら、登れども登れども迂回にならず。
いつか七ツ小屋~大源太へのルートと交わるはず、と思っても交わらず、
送電線巡視員の慰霊碑のちょっと先で道は消えた。
やむなく先の崩壊地まで戻り、慎重に崩壊部分を乗り越えて小屋に至った。
この間、ロスは30分以上。疲労は1時間分。

峠は風が心地よく、小屋の横に寝転んだ。
太陽がほぼ真上なので、日陰がないことがつらいが、非常に気持ちよかった。

土合~白髪門~清水峠とトレイルランのグループが来た。
なんと3時間40分ほどだという。
21年前、おそらく10時間以上(休憩込み)を費やして登ったルートなのだが。


下りでは、坂を下りきったところで砂防ダムの工事が進行中、
ここから下は、藪か、目印のない河原か、という選択。
二度ほど失敗のできないジャンプをして、いつしか謙信尾根で渡った
本谷に合流し、クルマに戻った。


今回は、新調した軽登山靴(などとは言わないらしいが)とデイパックで試した。
軽い靴、いい。

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