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2014年1月3日、新潟市内で、新潟高校山岳部OB会による、創部60周年記念祝賀会が開催された。この会は、40周年(1994年)、50周年(2004年)にも開催されているのだが、50周年のときはなぜか出席していないので、先生、先輩、後輩に会うのは二十年ぶり、このために帰省した。

高校1年のときに現国の先生が顧問で、その先生に出会わなかったら山岳部には入らなかったかもしれないし、そうなるとオフロードバイクにも乗っていないかもしれない。ということは結婚していま東京で家庭を持っていることもなかったかもしれない。いまに到る原点のような大切な存在が、高校の山岳部だ。

私が高校1年の頃、1987年頃がひとつの全盛期かつ過渡期で、テントは家型からダンロップのドーム型に、ザックも安価なアタックザックがリリースされ、ガスコンロも強力なものが登場してきていたが、灯油バーナーが当たり前だった(ガソリンは、テントを燃やした高校があったために高校生は使用禁止と高体連から通達があったはずだ)。しかし、まだウエアはゴアテックスや速乾ズボンが出てきたくらいで、綿のTシャツにパンツしかなかった。ペットボトルは登場していたが、それを使うという発想はなかった。

いまはなくなってしまったそういうものの一つに「フレームザック」がある。

(この粗さなのでわかる人にしかわからないと思うので掲載しますが、問題あったらご連絡ください)

1988年、飯豊神社にて。中段、左から2人目(黄色サングラスの人が前述の先生、その右)が私。この右端に写っているザックが、高校2年から大学1年の頃まで使っていた、ニュートップの「パックフレーム」だ。フレームの全長は106cm、パック部分は65リットル。重量は3kgもある(というスペックをいまでも覚えている)。背負子を機能的にしたもので、フレームがあるからいくらでもパックの外に荷物をくくりつけられるし、荷崩れもしない。パッキングの苦労もない。しかし、ある程度の身長がないと担ぎづらいし、似合わない。そんなザックを愛用していた。

  拡大して見る。このときは、下部の荷室にはシュラフや着替え、上部には個人用のガスバーナー(共同装備の灯油コンロを私的に使うことはできなかった)やボンベ、大休止時の食時としてレトルトカレーとご飯を日数分、テント等を入れていた。テントポールは入らないので上部フレームに置いていた。写真では、その上にタオル、コッヘル?、0.75リットルの赤いグランテトラ(水筒)が置いてある。

フレームがあるので地面に置くことができず、必ずどこかに立てかけた。苦労するのは列車の中で、網棚に上げるとボックスシートひとつ分の長さを占領してしまう。ボックスシートの通路側に座り、手すりにショルダーベルトを通すと直立するので、そのようにすることが多かった。ニュートップは、のちに倒産した。

後ろに見えているのはキスリング。1年生がこれを使わされていたのはいつまでなんだろう? 当時ですらあまりにアナクロな気がしたものだ。

このフレームザックで行った縦走は、上越国境(土合~白髪門~清水峠~清水)、飯豊連峰縦走、北アルプス(上高地~蝶~常念~大天井~合戦尾根)。大学2年のときに知床連山に行くにあたり、Lowe(カメラバッグのLoweProの大元、いまのLoweAlpine)のSpecialist ClowdWalkerという80~100リットルに買い替えるまで使っていた。いまも実家の倉庫の奥にあるということだが、見るとその前にたくさんの荷物が立ちはだかっていて、いまだに再会できていない。

Loweの大型ザックは、これとコントワー(だったと思う、60リットル程度)と二つ持っていたが、いま、スペシャリストクラウドウォーカーだけが残っている。生地はかなり硬化し、接着剤が劣化して剥がれたような黒い粉がそこらじゅうについている。



ついでに。

1992年、大学2年の夏に、高校山岳部の飯豊連峰縦走合宿についていったとき。北股岳をバックに。もうザックはLoweになっている。このLoweで縦走したのは、知床連山、朝日連峰、トムラウシ山、北アルプス(奥穂周辺)、南アルプス(北岳から南下)など。

もうひとつ。これはトムラウシ山。1993年、2泊3日の行程で天人峡から入った。当時、詳細なコースガイドもなく、ヤマケイの『諸国名山案内』にあった35mmポジ原寸ほどのロックガーデンの写真に惹かれ、出かけていった。エキノコックスについて知らず、生水を飲んでいたが、幸い、いまも生きている。

* * *

記念祝賀会、名簿づくりからはじめ、開催にこぎつけるまでの並々ならぬご苦労があったことと推察し、深く感謝申し上げます。また山に行きたくなってきている。
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JR牟岐線の日和佐駅にある構内踏切。JR東日本などは構内踏切には警報器・遮断機をつけるか、廃止して跨線橋をつけるか…とした駅が多いが、JR四国にはこのような構内踏切がいくつも残っている。しかもここ日和佐駅は簡易委託駅であり、無人駅ではないにもかかわらず、だ。

写真右上(線路の先)、ホーム先端のスロープにも構内踏切がある。かつてはここを利用して荷物・郵便を積んだターレットやリヤカーが行き来したのだろうが、いまは閉鎖されている。

1番線から2番線を見る。対岸のホームの「向こう」は現在は使っていない。写真左、ホームが扛上されている部分より左に列車は停車する。

木製のホーム上屋もすてき。柱も木製だ。


JR四国牟岐線の海部駅に着く直前にある町内トンネル(まちうち)。ホームからこのように見える。大井川鐵道地名駅付近にあるような覆いではなく、こちらは本物のトンネル。かつては山があったものが、開削されて躯体だけが残ったものだ。

この区間の開通は1973年10月1日。

空中写真で見てみよう。
(国土変遷アーカイブより。1975年11月2日撮影。CSI7513-C13B-23。リンク先をぜひご覧ください)
黄色いルートが牟岐線、矢印の先が町内トンネル。

線を除去する。
すでに開削されている(後述追記参照)。開通から2年後には、すでにトンネルではなくなっていたということで、ということは開通を2~3年待てば、トンネルを掘る必要がなかったということだ。

では、それ以前はどうだったのか。
(国土変遷アーカイブより。1968年10月2日撮影。SI685Y-C9-13。リンク先をぜひご覧ください)

1968年にも、隣接する国道55号は開削されているようだが、この町内トンネルの場所はまだ「山」だ。だからこそ、トンネルを通したのだろう。

それにしても、前述の1975年の空中写真を見ると、大きく開削されたものだと感じる。現地に経つと、ここに山があったとはちょっと想像できない広さだ。

【2014年1月5日追記】
サイト『轍楽之道』の寺田牧夫さんから、1975年8月の海部駅の写真を見せていただいた。そこには、ポータル上、数メートルの土かぶりしかなくなっている町内トンネルが写っていた。また、ライターの土屋武之さんから、宮脇俊三さんの『時刻表2万キロ』における海部駅の記述で、すでに開削されたことが描かれており、氏の訪問日が1976年5月7日だったとご教示いただいた。となると、1975年8月から翌年5月までの間に開削されたということがわかった。お二方のご教示に感謝申し上げます。





徳島駅の跨線橋(木造のほう)
徳島駅の跨線橋(PC桁のほう)の続き。

徳島駅の3・4番線のホーム上屋は、柱も屋根もまで木製だった。美しく手入れされ、柱は補強なのか板で囲われていた。

構造的には、枕木方向の門型構造を、鴨居の位置で連続させているように見える。屋根も木製、板は枕木方向に流れている。

複雑な柱の上部。基本構造が枕木方向に見えるというのもこの組み方から。

振り向くと、
木造跨線橋の階段部分までは、古レールを支柱にしたV字型の屋根ががかけられている。そちらのほうが新しいということだ。その接合部には、Y字型の鉄柱がそびえていて、階段との導線にすごく邪魔になっている。

この2・3番線ホームは、昔のホームの形状と嵩上げの跡が見て取れる。煉瓦積で下部より上部が一段、線路より引っ込んでいる。その上に、上部の隅石とでも呼べばいいのか、石が縁に敷かれている。現在のホームはそれを嵩上げしている。


では、木製の柱は埋め込まれているのか、それともすべて基礎ごと新しいホーム正面に据えられたのか。状況証拠として、跨線橋下部を見てみる。
この写真の階段部分を拡大してみると…

(超広角レンズで撮影した端部のため、ホームが斜めに見えるが、この歪みはレンズによるもの)

地面と同じ段に、滑り止めのついた「踏面」がある。これは階段1段分を埋めたということであろう。ということは、ホームの柱も本来の最下部は嵩上げ部分に埋まっている、といえそうだ。


謹賀新年
本年もたくさん移動ができますように。
2014年1月1日
磯部祥行




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