![]() 平家の落人伝説が語られる、東九州の、かなり山深い村。県境を跨ぐ長大な林道と、周辺の無数の枝道で知られるこの村に、共同石油のサインポールがひっそり残っている。「おっ!」と思う人も多いようで、検索すると、それなりにヒットする。いま、このサインは全国にいくつ残っているのだろうか。 ![]() 計量器もなく、塗装も剥げかけているが、建物はしっかりしている。窓ガラスもきれいだ。なんとオイルジョッキまである。間違いなく、なにかしら使われている。 写真をクリックして拡大し、防火壁の袖を見て欲しい。うっすらと、「((」という形に、青と赤の輪の一部が見えるはずだ。その痕跡はときどき見かけるが、末期共同石油のこの稲妻のような防火壁の下に透けているのは初めて見た。 * 共同石油のGマークは本当に美しいデザインだと思う。1980年代前半、Nゲージで関水金属(当時はKATOといわずセキスイと言いならわしていた)がDE10を発売したとき、広告には共同石油のマークをつけたタキ43000を牽かせた写真が載っていた。その刷り込みがある。いま、スマホの裏面に共同石油のステッカーを貼っている。 ![]() 韮生川橋。「にろうがわ」と読む。大栃橋と同じく、永瀬ダムのダム湖にかかる吊橋で、こちらは上韮生川側になる。 ![]() 左岸側。親柱はないが、それに相当する部分には銘板がはめこまれている。左は「昭和三十年四月竣功」、右は「韮生川橋」。 ![]() 見ての通り、床版はグレーチングで、真下の湖面が透けて見える。 ![]() 製造銘板。 昭和30年(1955) 建設省建造 活荷重9屯 製作 松尾橋梁株式会社 現在は高知県道217号であるこの道路の来歴を知らないが、ダム建設時に架けられた橋だから「建設省建造」なのだろうか。 ![]() ケーブルと補剛桁のトラス上弦は、ピンでつながっている。こういう、機械的につながっているという自称が大好きだ。 ![]() ![]() 左岸側は藪の中なのでよく見えないのだが、右岸側のケーブルのアンカー…いや、その保護具合がすごい。「高架橋手前にある鉄骨のガード」のような三角錐が壁面から飛び出してケーブルのアンカー部分を守り、その下にはアンカーを堅固なものとするロックボルトを擁するコンクリートの塊。なお、こちらの親柱的な部分にある銘板も、対岸と同じく左が「昭和三十年四月竣功」、右は「韮生川橋」。 ![]() ここから少し進むと、堤高87mの永瀬ダムを右岸から眺められる場所がある。なかなかの近さであり、下を覗くとかなりの谷感がある。 |
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