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東京都心部や関東の観光地などでは、信号機や標識の柱類が茶色になっている。しかし、新潟市内では緑色に塗られている。

ただし、風雪のためか、その塗装が剥げて、地のグレーが出ているものも多い。グレーが出ているということはグレーは剥げずに食い付いているということであり、この緑は製造元ではなく、施工業者が塗っているのだろうか? 

電線地中化ボックス(冒頭写真のとおり、この通りには電線がない)も緑色。東北電力のマークがついている。手前の「LS」は分岐器、奥の「HLTM2」は変圧器塔。東北電機製造製の製品と推測。「2」だから高圧ガス開閉器を組み込んでいない2型か。「HLTM」のうち「TM」は変圧器のことだろうが、「HL」は何の略だろう? 定格容量が100+50kVAと50+30kVAのようなので、HighとLowだろうか?







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新潟県のいくつかの商店街では、軒庇を張り出して隣家とつなげ、その下を通路とする「雁木」がある。雪が降って道路が埋もれても、この通路だけは確保できていた。そんな往時の写真がいくつもある。

元来、自らの土地の一部を通路として提供していたもので、それゆえに一軒一軒、独立しているものだったが、現代ではそうではなく、歩道(公道)に庇を突き出している場合が大半だろう。昭和40年代、50年代などに、あらかたまとめて歩道とともに整備され、アーケード商店街のイメージに近くなった。上の写真は小千谷市のものだが、どこもこのようにきれいに整備されている。
 
新潟市の本町通、古町通をはじめ各地にあり、ほか、新発田、水原、新津、村松、五泉、加茂、三条、見附、長岡、柏崎、直江津、高田、糸魚川、栃尾、小千谷、小出、六日町、湯沢、十日町…などなどにある。

いくつかの雁木通りを回ったとき、見附の通りの端部、そろそろ折り返そうかと思ったところに、ハッとするものがあった。

商店街として整備された連続式のものではなく、一軒一軒のものだ。向かって左端…。

家は新しくなっているが、雁木だけは古そうだ。手作りのにおいがぷんぷんする。注目すべきは屋根のコーナー。

厚い板が曲げられている。

建物との間隔は、突っ張り棒のような梁。ちょっと歪んでいる。雁木の屋根部分は新しいようだが、長手方向の軒というのか梁というのか、この木材は古そうだ。

ただ、古いのはこの部分だけで、続く軒は新しかった。梁の裏側には電気の配線。それらの器具には、新しいものもあれば古いものもある、これは梁とともに更新されたのだろう。

この古い雁木と新しい雁木、それぞれ、やはり個人が作ったものなのだろうか。ある一軒から人が出てきたのだが、そのときは尋ねようとも思わなかった、なんともったいない。

* * *

新潟県内の雁木通りをハシゴすると、街によっていろいろなスタンスがあるのがわかる。加茂はがんばっているなと感じたが、別の見方をするとデザイン的に画一化されてしまってもいた。もちろん、こんなのはデザインの観点だけの話で、実際に使う人が明るく、活気を感じるならばなんの問題もない。




(kashmir3D+地理院地図(空中写真1974-1978)+スーパー地形に加筆)

国鉄末期に廃止になった羽幌線。もちろん、ぼくは乗ったことはないが、深川-留萠-羽幌方面のルートを見ると、留萌川を2回、渡っていることに気づいた。えてして鉄道はこうした大きな川を渡ることを嫌うものだ。もちろん、無理して渡った方がメリットは大きい。

これに気づいたのは、『蒸気機関車EX』23号で椎橋俊之さんが『留萠本線・羽幌線 黒ダイヤの通う道』と題して留萠機関支区乗務員の話を書いておられ、そこに東留萠信号場の話が出てきたことによる。東留萠信号場はどこにあったのかな…と地図と空中写真で見て、なぜそこに信号場が設けられ、そこから(のちの:以下略)羽幌線が分岐したか、合点がいった。

上の空中写真をご覧いただくと一目瞭然だが、これは、留萌川を渡らずに羽幌方面に向かおうとしている。1948年の空中写真にも、すでに廃止されて6年が経っているが、その痕跡が見て取れる。これは、鉄道を簡便に敷設する術としては納得できる。

しかし、これでは羽幌方面から来た列車は東留萠信号場でスイッチバックして留萠駅に入り、さらにその先の石炭桟橋まで行かなければならない。その際、東留萠信号場―留萠間を支障する。旅客列車も同様だ。それを解消するために、1941年に留萠―三泊間を新ルートに切り替えた。年表にするとこうなる。

・1927(昭和2)年 留萠線支線 東留萠信号場―三泊―大椴間開業
・1931(昭和6)年 留萠線支線を羽幌線に改称
・1932(昭和7)年 留萠に高価桟橋完成
・1941(昭和16)年12月9日 羽幌線築別延伸。留萠―三泊間新線に切り替え。東留萠信号場廃止
         12月16日 羽幌炭礦鉄道築別―築別炭礦間開業

ということで、築別炭礦からの石炭は、この旧ルートは通っていない。


新線切り替えは、鉄道誌にあるような概念図だけでは意味を理解できない。地形を立体的に表現した地形図や空中写真を参照してこそ。鉄道誌は、そのあたりをぜひ考慮して欲しい。図版の制作は承りますよ。

* * *

同日追記

@Tempoku2000さんから、下記のようなコメントをいただいた。

『国鉄全線各駅停車1 北海道』(1983年)掲載の配線図を見ると、たしかに手前から分岐している。そして、留萠本線用のホームに入るルートからは、そちらに抜けられない。ご指摘ありがとうございました。

* * *

なお、大河川を2回渡ってまで作られた駅としては、東海道本線大阪駅がある。逆に、大河川を渡るのを諦めた路線としては、越後鉄道長岡線が、長岡駅ではなく来迎寺駅につなげた例がある。

謹 賀 新 年



 



アップダウンしつつ真っ直ぐ行くか。岐路があるか。

自分で選択していく年になりそうです。

今年もよろしくお願いいたします。

2016.1.1 磯部祥行
「日本ダムアワード」八馬智さんの「私的ドボク大賞」の真似をして始めた『轍のあった道』アワード。残念ながら、今年はあまり出かけられなかったため、それに比例して「見たもの」「きづいたこと」が少なく、いささか寂しいのだが、それでもやり続けることに意義があるだろう。

その前に、2015年のGPSログ。

(SRTM30にGPSログを表示。カシミール3Dを使用)

今年は足を踏み入れた都道府県が極端に少ない。北東北3県にすら行っていない。初めて行った地域としては、天売・羽幌。

北海道・山形・福島・栃木・群馬・茨城・千葉・埼玉・東京・神奈川・新潟・富山・石川・長野・静岡・岐阜・愛知。17都道県でしかない。山梨に足を踏み入れていないのは意外。

相変わらず西に出ておらず、金沢は特急「北越」廃止前に久しぶりに乗っておきたかったもの、愛知・岐阜は、3カ月ほど仕事しかしていなかったので気分転換に当てもなく出かけたときのものだ。
 
長野周辺は『廃駅ミュージアム』のための丸田祥三さんの取材に同行させていただいたもの。

新潟県内へは5回入った。「ブラニイガタ」の沢海街歩き、『廃駅ミュージアム』取材、山形に行ったついで、福島・山形に行ったついでにほんのちょっと、東京スリバチ学会でのフィールドワーク。


2016年は、2015年以上に出かけられない気がするけれど、出かける仕事を作りたいものだ。

2013年のGPSログ
2014年のGPSログ

* * *

さて、あまり「見る」ことができなかった1年だが、それでも見返すと、見つけたときの驚きが甦ってくる。では、いってみよう。

●橋梁賞

歩道橋と道路橋で一つずつ挙げる。

クモヒトデのような岡一色歩道橋
X字型の歩道橋は、そう多くはない。見るからに不安定で、実際に使おうとすると余計な距離を歩かなくてはいけない気もして。しかし、4本の脚の部分がそれぞれの事情でいろいろな形状をしていることが多く、そうした観点で見るとおもしろい。


海の上のジャンクション・港大橋(豊橋)

東京都心では川の上に高速道路を架け、ジャンクションを作ったが、それが愛知県にあった。主桁は色分けされていて、景観的にそれはどうなんだと思わなくもないが、鉄の柔軟性を表現しているようでもある。

●鉄道賞

北越急行 薬師峠での列車交換時の気圧変化

気圧計を入手して望めばよかったと悔やまれるが、おもしろい結果になったと思う。

●地形賞

沢海に見る阿賀野川の氾濫の跡

  (kashmir3D+DEM5m+数値地図25000)
「沢海」付近に行ったことはあっても、地形を意識したことがなかった。ここの地形をカシミール3Dで見たときには驚いた。ここまで複雑に痕跡を残しているとは。図らずも自分のルーツにも関わることも。こせた。


●土木賞

いくつか興味深いものを見たので、トンネル、放水管、堤防でそれぞれ挙げたい。

首都高速中央環状線山手トンネルのセグメントの違い


ルーフシールドも含め、いろいろと興味深い構造物だった。

渥美火力発電所のパイプラインと取放水管

この太い管の中に轟々と海水が流れているさまを見ることができればいいのに。

新潟県塩谷川のサイボーグ堤防 

異様な光景だが、これもいずれなじんでくることだろう。


●給油所賞)
キャノピーのモニュメント

これは美しかった。もし、この川崎商会が閉鎖されたら、タワー式駐車場をモニュメント化して残してくれるだろうか。

●建物賞

サイロの屋根部分の骨組み



* * *

さて、では『轍のあった道』アワード。

轍のあった道大賞 

残念ながら、今年は「これこそ」というものはなかった。書きかけて止まっている大作はあるのだが、それもなかなかまとまらない。ということで、今回は、美しき土木構造物に。

国道401号喰丸トンネル

福島県昭和村。国道401号。

こうしたところでバイクやクルマを停め、写真を撮ることをめんどくさがらず、付近で小一時間鑑賞できるくらいの余裕のある旅がいつもできるといいのだが。そんなことを2016年の課題としつつ、来年もよろしくお願いいたします。


●関連項目
2013年『轍のあった道』アワード
2014年『轍のあった道』アワード




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