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五十公野の農業倉庫

五十公野の農業倉庫

農業倉庫・日通倉庫

20120523_03.JPGかつて、駅の周辺には倉庫があった。正面の横には日通の倉庫、裏手には農協の倉庫。いま、駅が無人化され、貨物列車も走らなくなって久しくても、あるいは鉄道路線が廃止されても、倉庫だけ残っている場合がある。それが、とても愛おしい。

上の写真は、1984年3月末に廃止された国鉄赤谷線意義美濃駅跡の農業倉庫。手前の道路はかつての線路跡、五十公野駅跡だ。

20120523_05.JPGなんとすてきな文字。右書きで「農業倉庫五十公野支庫」。「農」の中に「民」があり、「野」の中に星がある。

20120523_04.JPG横(南側)から。倉庫そのものは前後対称なのだが、付帯する屋根およびその下の空間が異なる。

20120523_06.JPG正面側(道路側)。この車寄せのような庇の内側、梁は曲がった木材を加工したもの。

20120523_11.JPGその「向こう側」から。新たに設置された車寄せの屋根。

20120523_09.JPG正面玄関向かって左に掲げられた看板。

(新発田)支第43号
新潟食糧事務所
昭和五十九年三月一日設定
国内農産物(米)検査場所

云々。

向かって右にはこんなものが。
政府指定倉庫
(他の文字は読めない)

20120523_08.JPG正面玄関の鬼瓦。「が」にマル、はなんだろう?

* * *

五十公野駅、現役の姿。wikipediaにある写真と同じなのだけれど、私がアップしたものなのだ。

20120523_01.jpg20120523_02.jpg『赤谷線賛歌』など、他の本も探したが、現役時代の農業倉庫の写真はなかった。




 
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新潟市内の不可思議な道路

新潟市内の不可思議な道路

道路全般

かつて、柏崎に住む叔母が「新潟は道がおかしいからクルマで走りにくい」と言っていた。それを聞いたのは小学生の時で、4車線の一方通行である東堀通を走っているときだった。自分が免許を持ってる歳でなし、そんなものなのか、と聞き流していたが、いまでもその言葉を覚えているということは、そのときから「新潟の道路は異様なのだ」と思い始めたに違いない。

●東堀と西堀

もっとも知られていたのは、東堀通が西向き、西堀通が東向きの一方通行だったことだ。どちらの通りも、1964年の新潟国体にあわせて堀が埋められ、片側4車線の一方通行になった。それが、2008年に大転換し、対面通行になった。初めて、対面通行になった西堀通を走ったときは、相当に面食らった。

20120522_005.JPG西堀通。右に見えるクリーム色の建物はイタリア軒。4車線の一方通行だったが、それほどの交通量はなかった。

●信濃川左岸の1本入った道

20120522_010.JPGその道が万代橋の橋詰に突き当たるところ。この道も2車線の一方通行。なぜこうなっているのだろう?

左岸ギリギリの道は対面通行。

●東港線バイパス

これはかなり驚く。やはり4車線の一方通行なのだが、中央分離帯のように見えるものがあり、なおかつ陸橋なのである。

20120522_001.JPG信号待ち。

20120522_002.JPG右側の2車線に入る。

20120522_003.JPG陸橋の上。

20120522_004.JPG2車線が1車線に収斂するが、あわせて断絶している車線もある。(撮影時に立っている場所は安全地帯の中)

場所はここ。



カーナビでここを案内されたら、初めての人は絶対に戸惑うはずだ。

●バスセンター南口から流作場(りゅうさくば)交差点

20120522_007.JPG対面通行可と思いきや…

20120522_008.JPGバスも通る、2車線の一方通行。

ここがおもしろいのは、流作場交差点の自転車用横断歩道。

20120522_009.JPG大きな交差点を、まるでクルマのように横断することができる。専用の信号機もある。ここを渡るのが好きだった。

●インターチェンジ出口の車線交錯

場所はここ。

大きな地図で見る


80~90で流れているR49亀田バイパスを新潟方向(北)に向かい、姥ヶ山ICで降りると面食らう。まるで高速道路のようなバイパスを降りると、正面衝突しかねない位置を対向車が走ってくるのだ。

こうなる。
20120522_011.JPGふつう、このようにICから降りてきたら、そこは一方通行で、右(対向車線)は右折レーンだよね? ここで対向車と交錯するので、うっかりすると対向車線を塞ぐことになる。

●饒舌な道路

最後に、饒舌な標識。

20120522_000.JPGマリンピア日本海の近く。じっくりとご覧いただきたい。


昭和石油

昭和石油

昭和シェル石油/昭和石油/シェル石油

とくに「閉鎖された給油所」ばかりを探したり眺めたりしているわけではないのだが、比較的目につく上に写真を自由に撮れるので、自然とそういうものが多くなる。たいていは、キャノピーのない「露天」給油所で、壁は一面白く塗られてブランドが消されている。そして、おもしろいことに、比較的整頓されていて、ゴミ捨て場みたいになっていることはあまりない。この昭和シェル石油の給油所もそのひとつ。新潟市街北部の旧街道沿いにある。

20120519_000.JPGまず目に飛び込んでくるのは、給油所ではなくゼブラパターンの安全地帯…というか防護壁。よく見たら給油所跡だった。

20120519_010.JPGきれいだ。別の用途に転用されていたのかのようだ。

20120519_002.JPGかなり広い。大型車でも余裕で入れる。三角形の敷地の2辺が道路なので、残る1辺にのみ防火壁がある。

20120519_012.JPG防火壁を見ると、昭和シェル石油の色。「Showa Shell」のロゴを白く塗りつぶしてあるので、ロゴが剥げると逆に抜き文字になって現れる。

20120519_004.JPG20120519_003.JPG.

20120519_007.JPGサービスルーム前に立つと、このように見える。ポンプアイランドひとつに計量機ふたつだけ?

20120519_008.JPG拡大。

20120519_005.JPG防火壁とサービスルームのコーナーにあった台。なにがあったのだろう。灯油用?

20120519_006.JPGサービスルーム前に残っていた重し。「昭和石油」とある。ロゴも健在。

20120519_011.JPGあまり見ることもない裏手。


写真は掲載市内が、サービスルームの室内には、まだ先週まで営業していたかのようにジャケットがかけてあり、部品が置いてある。しかし、そこにある日付は10年前のものだ。それだけ長い時間が経っているにも関わらず、敷地内ともどもきれいなことが、なんとなくうれしい。


 

円形キャノピーがあった?ENEOS

円形キャノピーがあった?ENEOS

ENEOS/日本石油

20120519_013.jpg県道も市街中心部を離れると、混雑もなくなる。このENEOSはそんな立地にある。

キャノピーの下に、Mobilの…とはまた違う形の円形キャノピーがある。円の一部は柱と干渉するため、カットされている。この円形キャノピーは、古い航空写真を見ると、影とともにしっかり写っている。

20120519_014.jpgサービスルームもすごい。なんだこの屋根の形状は。

なにか謂われがありそうな給油所だった。
 

Rがすてきな出光

Rがすてきな出光

出光

20120518_000.JPGとあるおいしい酒饅頭を買いに行った帰り、というと嘘だな、ほうぼうに立ち寄るツーリングの一環で酒饅頭を買った後で「旧幹線道路」の雰囲気が漂う一桁県道を走っていた。こういう道はたいてい黄線が引かれた2車線道路で生活の色が濃く、よって給油所やスーパー、あるいは商店などに出会いやすい。

ふと、いい感じの出光があった。いかにも昔からやっていますという雰囲気に、まずグッとくる。

50代か、男性に給油後してもらったあと、ちゃんと写真に収めたくて、ついに言った。
「このスタンドすてきなので、写真撮らせてもらえますか?」

20120518_001.JPG男性はニコニコしながら許可してくれた。そして、私は初めてきちんと給油所に向かったのだけれど、どうも難しい。冒頭の写真は、17mm(フルサイズ)でも防火壁が全部入らない。そして、センターを、全体の中心にするのか、キャノピーにするのか、サービスルームにするのかの迷いが出ている。上の写真も同じだ。手前の道路が斜めになっているのは、これはそういう場所だからだ。

この給油所のどこに惹かれたかというと、工場部分とサービスルームのバランスの良さ、そしてサービスルームの窓のRだ。

20120518_003.JPGなんだろう、こういう建物…と考えて、ハタと気がついた。国鉄の[「カプセル駅」って、こういう印象じゃないか? 細かな意匠はもちろん違うのだけれど、扉や窓の具合に同じ匂いを感じる。IDEMITSUのロゴのあたりに庇をつければ完成する。

(1981年、古津駅)
20120519-p.jpg(これはカプセル駅とは言えないかもしれないが、標準設計のプレハブ的な駅舎である)


20120518_002.JPGこじんまりした給油所がすてきなのは、掃除が行き届いているからだと思う。すべてのものが整頓されている。これは、経営者の努力の結果である。ここのアブラを入れて良かったと思った。






 

地形のシワから感じること

地形のシワから感じること

地図・航空写真・分水嶺

カシミール3Dで地形図を「1/4倍」にしてつらつら眺めていると、大地のシワにもいろいろなものがあることに気づく。シワ、と書いたけれど、地形の「山」と「谷」は、圧縮されて「シワ」になったものもあれば、水で谷が刻まれた「スジ」もあろう。それらを総称してシワと書くが、シワにはある程度の法則性があるはずだ。

とはいえ、ここでそれを解説することなどできないので、見た目で気づいたことなど。

●骨格系のシワ
20120515_003.jpg北海道の八雲付近。人間の上半身の骨格のようだ。

南北の尾根は硬く、まるで背骨。そこから直角に東と西へ尾根が延びている。おそらく「谷が刻まれている」というほうが適切なんだと思う。

あてずっぽうだが、ここには南北方向に硬い地層と軟らかい地層が交互にあって、軟らかい部分が侵蝕された結果、このようになったのではないだろうか。




●散在する骨格系
20120515_005.jpg
北海道の稚内付近。どれも同じ方向を向いている。ということは、どれも同じような地質なのだろうか。


それぞれを埋める形の平野部は、これもあてずっぽうだが、もとはこれほど平坦でなかったものを、地形改良を重ねて川を狭い範囲に封じメル事に成功し、ここまで平地を増やしたのではないか。

こうしたシワは、場所によっては三葉虫の化石のようにも見えることがある。























●大地の引っ掻き傷
20120515_006.jpg北海道の音別付近。

もし古代の人が地形を上空から眺めたら、きっとこの地形を畏怖するに違いない。もともとの地形を無視して縦方向に引っ掻いたかのような起伏がある。

偶然とは考えられない。どういう理由があるのだろう。






















●台地のようなもの
20120515_007.jpg樽前山付近。円錐形の大きな山を水平方向に切り取ったような台地が広がっている。ここに限らず、至る所で目にするが、小さなものは独立していることが多い気がする。

なお、この図は陰影を深くしている。

●二重稜線のように見える場所
20120515_002.jpg秋田県の米内沢のあたり。音別の引っ掻き傷とは違い、こちらは地形が収縮したように見える。もちろん、実際の所は知らない。

二重稜線は不思議なもので、飯豊連峰で歩いたことがある。その間は湿地にでもなりそうだが、くぼんだ草原だった。対して秋田のここは、二重稜線の間の谷はそれなりの標高差があるため、水の通り道になっているだろう。

* * *

以上、すべてカシミール3Dで作成。カシミール3Dがなければ、こんなことには気づかない。毎日毎日、眺めている。多謝。
 

数値地図に残る鉄道の亡霊と誤記

数値地図に残る鉄道の亡霊と誤記

地図・航空写真・分水嶺

数値地図。PCで閲覧できるこの数値地図に、とっくに廃止になった路線が描かれていて驚くことがある。

20120515_009a.jpg数値地図5万にある、渚滑線。最新の刊行は平成17年。紙地図のほうの5万図「滝上」の図歴を見ると、なんと昭和52年11月30日編集版が最後。そして、世界測地系に対応させた際も、同じものを測地系だけ変えて、同じ昭和52年11月30日編集」のまま刊行している。

当然。数値地図化する際にはその地図を使うため、こうして渚滑線が残ってしまったわけだ。

これは誤記ではなく経年変化について行けていない例だが、地形図にも誤記はある。二種類あって、一つは登山道などが実際の位置と微妙に異なるもの(資料を基に地形図を作成するときなどにできやすい)、もう一つは完全な誤記、単純ミスである。

上の地図、よく見ると。
20120515_009b.jpg「おちんない」。

ゆうちんない
×ちんない


どうしてこうなった?

地名は「おちんない」で正しい。真偽は不明だが、「おちん」がよろしくないとして駅名を「ゆうちん」とした、と聞いたことがある。国鉄は平気で漢字や読みを現地と異なるものにするので、ありうる話だ。

* * *

次。
20120515-999.JPG
新潟交通の電車線が載っている。これは数値地図50000「新潟」平成17年10月1日版。次の平成22年5月1日版では、残念ながらなくなっている。

…待て。ここもおかしい。

◎ひがしおやま
×ひがしおやま


開業年からして、もしかしたら昭和50年代にした誤記がそのまま受け継がれたのかもしれない。

(地図はすべてカシミール3Dを使用した)

根釧原野の城壁都市/標津の地形図より

根釧原野の城壁都市/標津の地形図より

地図・航空写真・分水嶺

『カシミール3D』で北海道の地図を閲覧する、という作業をずっと繰り返している。標高データと組み合わせた地図を拡大率を小さくして地形図を見ていると、思わぬおもしろさを発見する。

…といいつつ、地形とは関係ない、おもしろい表現をひとつ。
(地図はすべてカシミール3Dを使用した)

上春別。
20120515_000.jpg.

中西別。
20120515_001.jpg.
西春別。
20120515_011.jpg.

地名表記が、あたかも市街地を囲む城壁のように配置されている。

文字の配置は地形図製作者のセンスによるものだろうが、これは遊びの要素も含まれるのだろうか、それとも何か一定の決まり事に沿って配置したらこうなってしまうのだろうか。

広い地域で見ると、こんな分布。

20120515_010.jpg根釧台地は格子状防風林で知られている。地形図からもそれがよくわかる。真実はともかく、地図鑑賞者として、それになぞらえて見てしまった。


●おまけ

20120515_012.jpg冒頭の3図は、国鉄標津線とは直接の関係がない場所だが、この地に鉄動があった名残が、近くの地名に残っている。
 

重油を運ぶ水管橋 東北電力新潟火力発電所

重油を運ぶ水管橋 東北電力新潟火力発電所

ワーレントラス

※ブラウザによっては写真の位置が正しく表示されません

新潟みなとトンネルの「山の下みなとタワー」から、こんな橋が見えた。
20120514_031.jpg前後に道路がない。まるで、鉄道の廃線跡のようだ。…いや、トラスの軸とは直角方向に、上記画面内に廃線跡はあるのだけれど。

ワーレントラスが3組、並列している。スパン割はそれぞれの端部を除いて同じで、上空から見ると、写真で言うと手前(北側)を長辺、奥(南側)を短辺とした台形になっている。

その晩。
20120514_001.JPG1枚目の写真の「抜こう側」に道路があって、そこからは間近で見ることができた。台形の短辺にあたる側だ。

20120514_000.JPG1枚目の写真でいうと、左側の端部。鉄道になぞらえて言うと、左から、単線/複線/複線の廃線跡。ここは、コンクリートの柵があり、隙間も狭いので、自由に撮ることはかなわなかった。

翌朝。

20120514_005.JPGもっとも長い桁。衛星画像で見ると、スパンは60mくらいか。この桁と平行する奥の桁はスパン70mほどだろう。

20120514_006.JPG写真右が、ひとつ上の長いスパンの桁。そこから左にそれぞれスパン30mほど、40mほど、40mほどの桁が架かっている。

なぜ、こんなスパン割なのか。それは、かつての航空写真を見れば一目瞭然だ。

20120514_map1.jpg国土画像情報のサイトにあるhttp://w3land.mlit.go.jp/Air/photo400/75/ccb-75-10/c5/ccb-75-10_c5_3.jpgをトリミングしたもの。ご覧の通り、鉄道の路線が張り巡らされている。それらをまたぐために、変則的なスパン割になっていたのだ。

拡大。
20120514_map2.jpgこれは1975年のものだが、当時から三つ並行していたことがわかる。

なお、1962年の写真ではトラスはない。火力発電所の稼働が翌1963年7月からで、当時はまだ建設中のようだ。1975年の写真は、これに比べてずいぶんと港が掘り込まれている。


桁に戻る。

20120514_007.JPG右から単線/複線/複線(廃線跡)。右ふたつは同じ年代、左のひとつは少し古いように見受けられるが…

20120514_009.JPGこうして(右=複線(廃線跡)、左=複線)見ると、同じ年代のようにも見える。ひとつ上の写真と方向が違ってスミマセン。なお、「廃線跡」は水管橋としては使われていないが、これらふたつの桁の間には太いパイプが渡されている。

20120514_008.JPGまた、その反対側(北側)には、このように別のパイプが5組、並行して取り付けられている。

* * *

端部(東側)。トラスよりもこの太い鉄管が美しい。

20120514_010.JPG「単線/複線/複線(廃線跡)」という表現がおわかりいただけると思う。

製造銘板を、左から。

左端(単線)。
20120514_013.jpg1968年10月
東北電力株式会社
製作 石川島播磨重工業株式会社
架設 第一建設工業株式会社

中央(複線)。
20120514_012.jpg1984年11月
東北電力株式会社
製作 石川島播磨重工業株式会社
架設 第一建設工業株式会社

この「複線」は1981年の航航空写真に写っているので、架け替えられたのかもしれない。

右端(複線・廃線跡)
20120514_014.jpgなぜか右側にある。

1962年10月
東北電力株式会社
製作 石川島播磨重工業株式会社
架設 第一建設工業株式会社

となっている。


単線。
20120514_017.JPG象の鼻とでもいおうか、そんな印象。










20120514_016.JPG20120514_018.JPG







「複線」。こちらは階段がない分、とてもスッキリ。





























そして、複線(廃線跡)。
20120514_015.JPG20120514_019.JPG
トラス部分の鉄管は撤去され、地面に突き刺さる部分だけが残っている。







20120514_011.JPG
パイプライン。「第3石油類」というのは、ここでは重油のことだろう。現在稼働している新潟火力発電所の4号機は重油などを燃料にしている。

…それにしても。テロ対策だなんだと言われている昨今、発電所へのパイプラインが露出していて驚いた。でも、仕方ないのだろうな。

出光・川崎商会

出光・川崎商会

出光

江東ドボクマッピング 新観光講座 ガソリンスタンド編で触れた、川崎商会。新潟県下でも興味深い店舗を持つ会社であると、ガソリンスタンド・ノートの松村さん(@g_stand) さんから教えていただいたので、改めて行ってみた。

20120513_002.JPGこれが、私のもっとも古い記憶に残る給油所である。新潟市西堀通八番町にある。すっかりきれいに改装されていて、40年(以上?)前からの店舗には見えない。

いまこうして写真を見ていると、サービスルームの側面が気になる。そちらもつぶさに見ておくべきだった。給油所部分をいくら改装しようとも、そうしたところはその前の世代のテイストが残っているものだ。


20120513_000.JPGこちらは県道3号「会津通り」と海老ヶ瀬インターとの交差点近くにある。その巨大なアーチは走っていれば絶対に目に飛び込んでくる。アーチの下には「BIG DOMEカワサキ」という看板があるが、ドームではなくアーチであろう。

アーチの径間は60m近くある。しかも、スキューしている。残念ながら、ここで給油はしていない。

20120513_001.JPGこれも新新バイパス脇、県道26号にある。パチンコ屋が隣接しているので広大な駐車場があるからヒキが撮りやすい。

大きなキャノピーに山小屋風の意匠。こうした「山小屋風」三角形がもてはやされたのはいつの時代なのだろう。私が子どもの頃にはそういう表現がなされていたから、1970年代のものなのだろうか。

三角の部分は明かり取り窓になっていて、ドームの下はとても明るい。ここでは給油した。


村上の店舗もすてきらしい。次回、行ってみる。

 

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