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上越線 第七利根川橋梁(群馬県)の次の橋

上越線 第七利根川橋梁(群馬県)の次の橋

鈑桁(プレートガーダー)

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)
上越線 第二利根川橋梁(群馬県)
上越線 第三利根川橋梁(群馬県)
上越線 第四利根川橋梁(群馬県)
上越線 第五利根川橋梁(群馬県)
上越線 第六利根川橋梁(群馬県)
上越線 第七利根川橋梁(群馬県)の続き。



第七から踏切を挟んですぐの橋梁。名称は第七だったような記憶があるのだけれど、歴史的鋼橋集覧では第七は踏切より西のものがそれと定義されているし、他の資料を見てもそうだった。

川は渡らない。地形的な他にを跨ぐのみ。その下は、もしかしたら藤原ダム建設以前は河原だったのかもしれない。第七との境の踏切は、水上駅から国道291号に至る道。その道が利根川を渡る橋の竣功年を見ておくべきだった。そうすれば、その築堤がいつ築かれたのか推測できたのに。

橋梁名すらはっきりしないけれど、書く。

20120415_001.JPG南側から。手前が上り線(最初に開通したルート)、奥が下り線(増設線)。右が湯檜曽方、左が水上・第七橋梁方。

20120415_003.JPG踏切から東を見る。写真右が上り線、鈑桁+円柱PC橋脚。左が下り線。PC桁+T字型PC橋脚。第七と同じ組み合わせだ。

20120415_002.JPG上り線。やはり架線柱は門型。こう見ると、脱線防止ガードは継ぎ目の段差が大きいので、わりと適当に接合されているということか。犬釘も枕木2本に1本。

20120415_004.JPG下り線。PC桁なので、こちらはバラストがある。架線柱は片持ち。

この橋は、対岸の桁下に道があるのでそこも行っておくべきだった。再訪しなければならない橋が、この名称すら不詳の橋だ。



20120415_000.JPG踏切。

架線と接触することを防止するガードが架線柱に見える。なんというトリック。


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上越線 第七利根川橋梁(群馬県)

上越線 第七利根川橋梁(群馬県)

ワーレントラス

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)
上越線 第二利根川橋梁(群馬県)
上越線 第三利根川橋梁(群馬県)
上越線 第四利根川橋梁(群馬県)
上越線 第五利根川橋梁(群馬県)
上越線 第六利根川橋梁(群馬県)の続き。




第六利根川橋梁で利根川の右岸に渡った上越線は、すぐにまた渡って左岸に移る。今度は直角に近く横切るので桁は短い。第六と同じく、上り線が当初のルートでトラス桁、下り線は増設線で鈑桁。同じような径間なのに、トラス桁ではなく鈑桁になっているのが技術の進歩の証。鈑桁は、上路に見える…?

20120414_002.JPG手前が下り線、奥が上り線。右が水上方、左が湯檜曽方。

この道路の左側にも橋があるが、それは次の記事で。

上り線の鈑桁+ワーレントラスが歴史的鋼橋として収録されている。歴史的鋼橋集覧の記事はこちら

20120414_003.JPG近づいて見る。どちらも、水上方に短い鈑桁、湯檜曽方に長径間の桁(下り線は鈑桁、上り線はトラス桁)。

20120414_005.JPG手前に道があるように見えるが、水管。最下段の写真を見ればわかる。

右が下り線(新線)。山側に隧道を穿って既設線(上り線)に並行させている。これは大穴隧道。

橋脚を見ると、古いトラス桁の橋脚は幅が広く、新しい鈑桁のほうはT字型だ。

20120414_006.JPG上り線の線路は、鈑桁の上+トラス桁の中でカーブしている(踏切から撮影)。

20120414_004.JPG下り線も。…と、遠くからは上路鈑桁に見えていたこの鈑桁…

20120414_007.JPG中路鈑桁だった。カーブしているから中路または下路、なのだろうか。上路だと曲線を収用できないものなあ(←ここは素人考え)。下路にすると橋脚を数十cmでも高くする必要があるので中路を採用した…というところだろうか。


この踏切は、なかなかいい雰囲気。一連の橋梁近くで、ボケッと佇むならここがいちばんだ。



上越線 第六利根川橋梁(群馬県)

上越線 第六利根川橋梁(群馬県)

鈑桁(プレートガーダー)

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)
上越線 第二利根川橋梁(群馬県)
上越線 第三利根川橋梁(群馬県)
上越線 第四利根川橋梁(群馬県)
上越線 第五利根川橋梁(群馬県)の続き。

沼田の手前、第五利根川橋梁で利根川の左岸に渡った上越線は、そのまま水上まで左岸を北上する。ここまでの上越線は、上下線がほぼ並行して敷かれているが、ここからは複線化の際に、新線をまったくの別ルートでつけた部分も多くなる。

水上に着く直線、車窓左手に諏訪峡、その向こうにホテル街が見えるが、そこは単線のように見え、上り線が見えない。上り線は山側を隧道で一直線に貫いている。


水上駅の「山間ぶり」はかなりいい雰囲気で、大好きな駅であるのはこれまでも繰り返し書いてきた。ここまでは、それでも人家と離れずに来たが、とここからは急に人気がなくなる区間を行く。水上駅を過ぎると、すぐに三回連続して橋梁を渡る。水上の手前からカーブが連続して、しかも橋を三回もかけなければならない(うち利根川を渡るのが2回)のは、線形を決める上で悩ましい選択だったろう。その一つ目が、この第六利根川橋梁だ。最初に開通したのが上り線、複線化で増設されたのが下り線だ。歴史的鋼橋一覧の記事はこちら



20120414_000.JPG20120414_001.JPG写真手前が上り線で、最初に開通した桁。全体を撮影できるポイントがないので、上の写真を左(水上側)、下の写真を右(湯檜曽側)と分割して。

こうして見ると、上り線も下り線も同じ淡緑色+コンクリート製橋脚なので、一見、どちらが古いのかわからない。古い桁(手前)の橋脚は円柱だが、対して新しい桁(奥)はT字型をしている。架線柱は、更新されることもあるので一概には言えないだろうが、古い桁が門型、新しい桁が1本型だ。


とくになにか特徴があるわけでもないの第六。川幅は50~60mくらいしかないのに、斜めに横断せざるを得ないため、橋長は約200m。前述の通り、線形選択の落としどころがこれだったのだと思うと、この、どこにでもある形の橋が愛おしく見えてくる。



水上駅の転車台

水上駅の転車台

転車台

20120413_002.JPG水上駅には転車台(ターンテーブル)がある。蒸気機関車列車が到着した後、転向するためにそのまま湯檜曽側に直進し、後退で入ってくる。一連の様子が見学できるように、公園のようになっている。

C61が乗るとこのとおり。この転車台がどのクラスのものかは不勉強でわからないが、20m級か。60フィート(18m)ではない気がする。

20120413_004.JPG上路式で、中央支承の横に2箇所、フタがついている。

操作小屋の奇抜な色は江別のアレのようだ。

20120413_001.JPG真横。間抜けなことに塗装標記などをアップで撮っていないので、諸元がわからない。銘板もなさそう。

20120413_003.JPGギギギ・ギ・ギー・・・というような、分厚い鉄板が共鳴するような音を立てて回転する。端部を見ると、桁の上に枕木を置き、レールを敷設し、そのレール脇には歩きやすいように木材が貼ってある。

20120413_007.jpg反対側。桁の側面に「まごころと信頼で結ぶJR高崎支社」とある。こちら側の側面左端に銘板があるのはわかるだろうか。


2012.9.26追記
[水上駅の転車台の走行装置]
走行装置の動画をアップ。


***

余談。
20120413_005.JPG美しいねえ。テンダーの台車。


 

上越線 第五利根川橋梁(群馬県)

上越線 第五利根川橋梁(群馬県)

鈑桁+石積円柱橋脚

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)
上越線 第二利根川橋梁(群馬県)
上越線 第三利根川橋梁(群馬県)
上越線 第四利根川橋梁(群馬県)の続き。



上越線の岩本付近、国道17号を山側に線路を並行させつつ北上すると、こういう形で国道をオーバークロスする橋桁が見える。
20120412_005.JPG手前が第五利根川橋梁の下り線、奥が上り線。どちらも鈑桁だが、下り線は石積の円筒橋脚で上りは円筒PC橋脚だ。

20120412_002.JPG上下線の間に入るとこんな。

20120412_002-2.JPG一歩前に出ると、利根川が見える。撮影したのは豪雨の後なので、川の水が多く。しかもとても濁っている。

架線柱…ではなく、画面左にある架線柱のようなものはなんだろうか。いまは電線が張られていないので、使用されていないようだ。

20120412_007.JPG下り線の円筒橋脚。こちらは石積。桁下は16mほどはありそうだ。赤いテープは限界の水量だろうか。

20120412_009.JPG上り線の円筒橋脚。こちらはPC。どちらも橋脚上部に点検用の回廊を持つ。

20120412_003.JPG下り線の橋台。石積+コンクリートだ。

20120412_003u.JPG上り線の橋台。コンクリートだ。桁の裏側を見ると、下り線(古い)は単に左右の主構をつなぐだけに見えるが、新しい方は綾になっている。

20120412_001.JPG上り線を内側から。

20120412_002-4.JPG橋の向こうに出て振り返る。こう見ると、上越線はずいぶんと高度を上げている。後年の造りになる関越は、さらに高台を走っている。


この第五利根川橋梁は「歴史的鋼橋集覧」にもない。上下線とも水上方に銘板がついているが、何年どこ製か、確認できなかった。

(続く)

関西本線屋渕川橋梁

関西本線屋渕川橋梁

鈑桁(プレートガーダー)

20120411_000.JPG加太駅を西に向かって走り、最初に加太川を渡る橋梁。名称は「屋渕川橋梁」となっている。「屋渕川」とは検索してもこの橋梁しかでてこない。なぜこの名称になったのだろう?

写真右が加太駅。シェルターがちらりと見えている。

20120411_003.JPGここに3連の鈑桁があり、奥のシェルターの向こうに、加太駅の場内信号機が見える。

橋脚は、隅石を配した煉瓦製。上部がコンクリート製なのは、後から継ぎ足したのか、それとも補強したのか。

20120411_001.JPGプレートガーダーには銘板がある。

大正十三年
大阪鉄工所製作
LIVE LOAD:****-ER* E-**
鉄道省
(以下不明)

塗料が分厚く、判読できない。

この区間が関西鉄道として開通したのは1890年(明治23年)。桁製作の大正13年は1924年だから、開通後、まだ34年しか経っていない。鉄製橋梁、時代的に鋳鉄かもしれないが、それが34年しか使われなかったというのは腑に落ちない。以前の桁はどんなだったのか。

スパン割からして似たような桁が架かっていたのだろう。鉄製か、あるいは木…いやそれはないか。関西本線は官設鉄道に準じた鉄製桁を多数設置していたはずだし。

20120411_002.JPGこうしてまた今日も、なにも解決せず、疑問点だけを提示することしかできない。そうして、こういった課題をどんどん忘れて行っている…。
 

『DREAM TRAIN』(中井精也著/インプレス)

『DREAM TRAIN』(中井精也著/インプレス)

鉄道の本

20120410_004-1.jpgDREAM TRAIN。以前から、写真家の中井精也さんが取り組んでいる、主に列車内で出会った人たちに夢を聞き、それをポートレートとともに刻む…という作品。本書はその集大成というか、中井さんの原点に還っての鉄道旅というか、そういう気持ちで、2011年11月7日から19日間、稚内から枕崎まで普通列車だけで旅行し、その間に出会った人々と作り上げた作品集だ。その制作過程がかなりオープンであり、その過程を共有できたことで、私たちファンの『DREAM TRAIN』という「書籍」に対する印象は大きく変わったと思う。

中井さんは、旅の途中、ツイッターやブログ『一日一鉄』で作品をアップしたり、その時々の心境を吐露していた。悲しんでいるときもあれば、感動しているときもあった。それを、私を含むファンは応援しながら眺めていた。アップされた写真のすごさに感動したり、添えられた文章に涙ぐんだり。本書を開くと、そのときの気持ちが蘇ってくる。だから、会社から帰る電車の中でうっかり開いたら、…涙が浮かんできたので、すぐ閉じてしまった。

中井さんの作品がすごいのはもちろんだけれど、まとめたときの展開がまたすごい。CP+などでの講演のスライドを見たことがある方はわかると思う(注)。この『DREAM TRAIN』は、その性格上、旅の順番に作品が並んでいるはずなのに「なんだこの展開は!?」と思ってページをめくる指を止めてばかりいた。

私は、本書のクライマックスはここだと思う。

101ページ。飯山線の虹。



このページの作品と文章は『一日一鉄』2011年11月15日にある(あえてリンクは貼らない)。会社でここを読んで、……。いま読んでも涙が出る。コメントの数がものすごい。この作品と添えられた文章は、この旅を共有していた人たちにもっとも強く響いたのではないだろうか。

(注)この『DREAM TRAIN』にはDVDが付属しており、その中にスライドショーが収録されている。そこには、私の友人でもあるオオゼキタクさんによる歌が添えられている。すばらしいスライド、そして歌なので、ぜひDVDもご覧いただきたい。


* * *

自分はどうだろうか。

小学生の頃の漠然とした夢は「ディーゼルカーの運転士になりたい」だった。気動車などだれも趣味的に見向きもしない時代に、田舎の小学生はそう思っていた。新潟は気動車王国だったからな。でも、同時に、国鉄の職制における運転士という位置づけのことも知っていたので、そこそこ勉強のできた私は、このまま進んでも運転士になることはないだろうとも思っていた。

小学校5年の時に、宮脇俊三氏の『時刻表2万キロ』とそれに続く作品に触れた。それ以来、「本をつくる人になって、旅の文章を書きたい」と思うようになった。一方、高校に入って山に登り出すと、それを趣味としながら高校の国語教員ということも考え始めた。そういう先生がいたからね。だから、もし私が小学生~中学生の間に夢を聞かれたら「本をつくる人になる」だし、高校生~大学4年の間だったら、重ねて「国語の教員になって、山に登り続ける!」とか言ったと思う。高校の山岳部は、その先生との出会い(その先生もバイクに乗っていた)、そしてオフロードバイクに乗ってる先輩との出会いがあったから、相当な人生の転換ポイントになった。その頃から10年以上、鉄道趣味から離れることにもなった。

20120410_007.jpg(写真は大雪山。このときは2泊3日で単独でトムラウシ、日帰りで利尻も登った)

結果は?

20120410_002.JPG

いろいろに形を変えて、実現できたと思っている。宮脇さんと同じ頃、愛読していた南正時さんの著書を刊行していた会社に就職し、環境や仲間に恵まれ、好きな本をつくっている。南さんとは一度だけ本の制作でご一緒させていただいき、以来、勤務先にいらっしゃるたびにお声をかけていただいている。(本当に、すてきな、いい方なのだ!)

ひとつは、旅の文章。
20120410_000.JPGオフロードバイクには大学生のころから乗っていたが(そのきっかけは、やはり山だったりする)、会社に入ってから、山に行く時間が皆無になり、毎週末、バイクで出かけるようになった。偶然の巡り合わせで、愛読していた雑誌の編集部に配属になった。そこには、とても厳しい編集長がいて、でもその方のおかげでなんとかいまにつながっている。

私はツーリング記事を比較的多く担当していて、そこで「旅の文章を書く」ということができた。写真は北海道のツーリング記事。丸いライトのバイクが私で、アクションをしているのは北海道在住のライターかつライダーさんだ。私はこんなことはできない。このときには1週間同行したHカメラマンに大変にお世話になった。

20120410_001.JPGまだタウシュベツ橋梁が自由に出入りできた頃。取材は6月中旬。

まったくの余談だが、翌年の北海道取材では、真島満秀さんの作品で見た、音別付近で根室本線と並走するダートを狙って取材で訪れている。丘の上から700mmで狙った、あの作品の舞台。その後、自分でも鉄道撮影のために何度も訪れた。

もうひとつは、山。
ApnBhN-CEAAboV4.jpg完全に私の企画になるのが、『東京近郊ゆる登山』とその続編『もっと行きたい!東京近郊ゆる登山』。後者は来週の4月11日配本。ほかにも、山岳ガイドの大先輩からひきついだタイトルがたくさんある。

いまは膝を壊したために山には行けないが、歩くのは大好きだ。

ほか、鉄道の本もいくつか刊行し、幸いに大変売れ、他社にも非常に大きな影響を与えることもできた(アレオレ詐欺というなかれ、100万部超えた本をつくった方が私に直接そうおっしゃったのだ)。















* * *

『DREAM TRAIN』に導かれて、飯山線に乗ってきた。20年ぶりくらいだと思う。

1a4529e1.jpeg3月下旬の平日の夕方。長野を出てしばらくすると、強烈な光が差し込んできた。西から東に走るのだから、よく考えれば条件は好都合だ。

559da0d5.jpeg青空と雪景色と光るレール。ガラガラのキハ112から後ろを見ていると、列車が左右に曲がるたびにレールに反射する光の表情が変わり、目が離せない。飯山線は、私にも奇跡を与えてくれたのか?

シャッターを切り続けた。一度、一瞬だけ信濃川の穏やかな川面がギラリと光ったが、うまくは組み合わせられなかった。



ところが。















2d4c7d3c.jpeg新潟県に入ると、これだ。猛烈に吹雪いている。太陽など見えるべくもない。しかし、私が慣れ親しんだ「冬」は、これでいいと思う。

* * *

20年前に飯山線に乗ったときに抱いていた夢は、幸いにして実現できている。それは本当に幸運なことだと思う。

もし、いままた夢を聞かれたら?

間髪を入れず、「すべての人が健康でありますように」
と答える。

夢じゃないように見えるなら、これでどうだ。

「すべての人が健康である世界に住みたい」


まじないは嫌いだが、10年ほど前から、なにかお祈りやお願いする機会があると、これを唱えている。すべての人が健康でありますように。


<関連リンク>
DREAM TRAIN 実況ムービー
・一日一鉄!

信濃川田駅にあった工事用橋桁?

信濃川田駅にあった工事用橋桁?

橋梁一般

3月、木造駅舎で有名な信濃川田駅を訪問した。周辺を歩いていたら、草むらにこんなものがあった。
20120409_002.JPG重ねてある。最初は、架け替えた古いプレートガーダかと思ったが、さにあらず。

20120409_005.JPGなかなかの繁茂っぷり。主桁の側面のボルト穴や、横桁がボルト留めであることを見ると、汎用の、新しいプレートガーダーのようだ。それが2組、重なっている。塗装は新しい。

20120409_003.JPG実はもう1組。こちらは枕木がついている。枕木には犬釘の穴がある。横桁は枕木がスッポリと入る大きさで、左右幅は板を差し込んで調整している。

20120409_004.JPG先の、雑草に覆われたほうの上面。


この桁。まったくの憶測だけれど、村山橋架け替えに関係しないだろうか。このピカピカ具合がそう思わせる。しかし、ちょっと検索したくらいでは、この桁の現役の姿を見つけることはできなかった。

***

おまけ。

渋温泉近くの消火栓。

20120409_001.JPG

糠平、昭和24年の20万図と昭和30年の5万図

糠平、昭和24年の20万図と昭和30年の5万図

地図・航空写真・分水嶺

十勝三股の地形に関連して。

今現在、『カシミール3D』解説本の制作作業中なのだが、テストがてら旧版地形図を画像化したものに標高データを与えてみた。旧版地形図を画像化する際にはどうしても歪みが生じるため、厳密な重ね合わせはできていないので、その点はご了承いただきたい。

どちらもまだ「糠平国道」R273は開通していないため、その位置を、私が実際に走ったときのGPSトラックデータを載せてある。

●20万分の1「北見」(昭和24年7月25日発行)

20120408_mitsumata.jpg昭和3年編纂、同24年修正版。

国鉄士幌線は十勝三股まで開業している。当時は盛況だったはずだ。『十勝の森林鉄道』によれば、昭和25年から33年まで、十勝三股から先は音更森林鉄道が木材の搬出をしていた。

まだ糠平ダムができる前で、ということは、糠平ダムの工事中および完成後も音更森林鉄道は稼働していたのであり、それにしては音更森林鉄道はあまりに知られていない気がする。

これを見ると、三国峠(赤いルートが超えている峠。実際はトンネル)の右にあるかなり低い鞍部、勝北峠(三股と置戸を結ぶダートの抜け道)のほうが、置戸や北見に抜けるのにはいいのがよくわかる。三国峠を越えるのは、層雲峡を抜けて上川盆地を目指すためだとは思うが。

●5万分の1「ニペソツ山」(現:糠平、昭和30年8月30日発行)

20120408_nukabira.jpg大正9年測図、昭和30年資料修正(行政区画)。

なぜか、士幌線がまったく入っていない。大正9年の時点では、まだ上士幌までしか開通していなかったのだが、図歴を見ると昭和24年にも資料修正をしている。なぜ、二度目の資料修正でも鉄道を書き入れなかったのだろうか。

赤い線が現在の道路。左に突出した凸の下側にあるループ状の赤は、かつて糠平駅があった場所。その北側を一直線に三国峠に向かうルートを見ると、糠平国道の規模がわかるというものだ。


鳥瞰図は2点とも、DAN杉本氏のカシミール3Dを使用して作成した。



ちょっと仕事が忙しく、お茶濁しのようなことしか書けていないが、いずれ。



 

アルピコ交通(松本電鉄)新村駅のホーム上屋

アルピコ交通(松本電鉄)新村駅のホーム上屋

古レール・駅ホーム上屋・柱

つい先日まで使用されていた木造駅舎を見に新村駅に行ったのだが、ホームもなかなかすてきだった。

2012047_000.JPGこの堂々たる…「屋根だけ」。おそらく、元々は支柱も木製か古レールだったのだろう。田野駅では古レールのものを見かけた。その支柱が鋼鉄製のものに交換されているために、やたら屋根だけ浮いて見える。なんというか、亀から剥がした甲羅だけを棒の上に載せてる、みたいな印象。

これは松本方面を向いて撮っている。

2012047_001.JPGそこで振り向くと、このように新駅舎が左、旧駅舎が右に見える。

電灯の向こうがわかりづらいが、左はスロープになって駅舎に続いており、右は普通のホームだ。

その向こうに、先日書いた保線の動力用に改造された軽トラックが見える。

2012047_002.JPG電灯の向こうは、ホームとスロープの段差に人が落ちないように、柵がある。そのうちのひとつに「1921年」の陽刻があった。それを考えると、このスロープはずいぶんと昔から存在していたということだな。荷物扱いなどしていて、そのため…だったりするのだろうか。


 

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