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国道400号舟鼻峠 旧道

国道400号舟鼻峠 旧道

廃道



1998年頃まではダートだった国道400号舟鼻峠(ふねはなとうげ)。狭隘な道で見事なつづら折れが連続していた峠道だったが、2009年10月16日に「田島バイパス」として開通した。直前の2009年9月にはその周辺をバイクで走っている。

20110930-888.jpgいつからかわからないが、旧道部分が閉鎖されていた。

旧道部分には、そこから西へ延びる大窪林道への分岐があったはずである。大窪林道は林間の斜面につけられたアップダウンのあまりないダートで、十数kmはあったと思う。川砂利かとおもうような丸い石で、いつも路面は湿っている印象がある。その道はどうなったのだろうか。

船鼻峠の北側にある旧道への分岐も塞がれていた。写真を撮っておけばよかった。
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田沢橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)

田沢橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)

ワーレントラス



田沢橋は、渡ろうとしたら「なかった」橋である。架け替え工事をしているので、旧橋を撤去してから新橋を架けるべく工事をしているのかな…と思って近づいたら…

20110930_000.JPGこれは右岸から。新しい橋はすこし高い位置にするのか、築堤になっていて、橋桁がまだ渡していない状態。

ここからはこれ以上見えないので、反対側へ廻る。

20110930_001.JPG通行止めの様子。左の青いネットが張られている場所が、新しい桁が架けられる場所。右の橋脚がある部分が、旧橋があった部分。

20110930_004.JPG冒頭の「落ちたプレートガーダー」が反対側から。うーん…。視線を右(下流側)にずらすと…

20110930_003.JPGトラス桁が落ちてた。左岸に貼り付くように落ちている。

20110930_006.JPGそのままさらに視線を川の中程へ。これも落ちたトラスだ。

さらに右。
20110930_005.JPGくちゃっとつぶれたトラス桁。

全貌はこんな感じ。
20110930_002.JPG.

金山町のサイトに、やはり落ちる直前の画像があるので転載する。
20110930-999.JPG



金山町のサイトより転載)
これは右岸・上流側から撮っている。

新橋の橋脚は上流側にあった。これは幸いだったのだろうか。もし下流側にあれば、流失した橋桁は橋脚にぶつかって損傷させたに違いない。

それにしても。

いま、只見川の右岸と左岸は、四季彩橋一本でつながっている。もしこの四季彩橋がなかったら、西部や大塩の集落へは、延々とR352を只見町まで迂回して入らなくてはならない。奇跡の1本が残った。



【関連記事】平成23年新潟・福島豪雨で被害に遭った橋梁群の記事

(金山町側)
西部橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
国道252号 二本木橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
田沢橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
只見線 第五只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
只見線 第六只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
只見線 第七只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)

(只見町側)
只見線 第八只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で被害)
小川橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
楢戸橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
万代橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
五礼橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町










 

国道252号 二本木橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)

国道252号 二本木橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)

鋼製上路アーチ



豪雨当日、只見線の橋梁流失と同時に「二本木橋もやられた」という情報は割と早い段階で入ってきた。テレビのニュース等でやっていたのかもしれない。二本木橋については、歴史的鋼橋集覧にあるのでそちらをご覧ください。

流失前の写真が、金山町のサイトにある。
20110928-999.JPG金山町のサイトより転載)

こうなったら、上路アーチはその付け根を直接水流に襲われるわけであり、流失の危険性は桁橋より格段に高いのだろうなと思う。

只見川は、川幅が広くなったり狭くなったりする。通常、極端に狭くなった場所を「銚子の口」などと言うが、この二本木橋は、そこまでではないものの、比較的狭くなっている部分に架けられている。

国土画像情報より1976年の航空写真


現況、南側から。
20110928_000.JPGさすが国道というか、まあもう2ヶ月近く経っているのだから当然かもしれないが、しっかりと塞いである。その手前に迂回路(西の四季彩橋へ誘導)への入口があるのだが、それに向けて赤い矢印が路上に置かれている。

左は商店、閉まっている。後ろにはスーパーがあり、開いていたのでペットボトルを買った。

20110928_001.JPG下流側から。アーチと接続するRCのカルバートはそのまま残っている。

流失したアーチがないか川を凝視したが、なにも見えなかった。



対岸から。

20110928_002.JPG写真左の道は、そのまま左岸を走って、昨日紹介した西部橋まで行く道である。西部橋も落ちているので、いまは長大なピストンを強いられる。

20110928_003.JPGちょっと乗り出して、右岸の橋台を見る。岩盤を利用して橋台が設置されているのがよくわかる。


ここは国道なので、比較的早く復旧するとは思うが、それでも1年では無理だろう。それでも、ここが利用できなくても、ひとつ上流の四季彩橋を利用することで、会津大塩以東はJR只見線の代行バスが走っている。


(2011年10月2日月)
ブログ「今日も疲れました」に、「ダム湖の船が流出し、それが河川の構造物にぶつかってダメージを与えた面もあるではないか(要約)」という主旨の記述がある。ぜひご覧いただきたい。



【関連記事】平成23年新潟・福島豪雨で被害に遭った橋梁群の記事

(金山町側)
西部橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
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(只見町側)
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西部橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)

西部橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)

ランガー橋

上越線利根川シリーズの途中だが、平成23年新潟・福島豪雨で被災した橋梁を見てきたので、その報告を先にする。只見線の橋梁が三つ流失したのはよく知られているが、それ以外にもいくつも被害はある。そのうちのひとつがこれ、金山町の西部橋(にしぶはし)だ。



国道252号を走っていて、偶然見つけた。目に飛び込んできたのだ。
20110927_006.JPG画面奥が上流。右が左岸、左が右岸。

…只見川の真ん中に、風で飛ばされた鯉のぼりのように、それにしてはあまりに巨大なものがペシャッとなっている…。これが西部橋。

川の中に橋脚を建てない、一跨ぎするランガー橋。それすら流してしまった。この川幅いっぱいに、いま立っている道路まで水があったという事実。道路脇のフェンスには、発泡スチロールや流木が絡みついている。そこまで水が来た証拠だ。

流される前の姿が、金山町のサイトに掲載されているので転載する。
20110927-999.JPG金山町のサイトより転載)

この状態になっても大丈夫なように、1スパンで跨いでいた西部橋。これよりさらに水が来た、ということだ。


20110927_008.JPG20110927_007.JPG床版が桁から剥がれている。水深10m近くなった川に沈み、常に水流を受けているのだからな。

いや、それより周辺の民家は大丈夫だったのか。(別の場所で、民家のすぐ横まで崖崩れになっていて、かろうじて民家が残ったのだな…と思ったら、そうではなくて、すでに4件が崩れていた、ということがあった)。

20110927_000.JPG右岸側の取り付け部分。本当は、この先に橋があった。

20110927_002.JPG支承が残っていた。意外な部分でちぎれていた。

20110927_003.JPG対岸(左岸)の橋台。

20110927_004.JPG20110927_005.JPGこのまましばらくあるのだろうな。



対岸(左岸)へ回った。

20110927_010.JPGここに、橋があった。

20110927_009.JPG対岸(右岸)を見る。流されたのは10mほどだろうか。崖の、水が来た跡も見て欲しい。

20110927_011.JPGこちらも支承が残っていた。引きちぎられた部位が異なる。鏡面の部品と鏡面を持ったローラーが転がっていた。支承の部品らしきものが近くにあるということは、このコンクリート橋台の上には水が来なかった…?

パイプは、桁下を通していたケーブル等だろう。

20110927_012.JPGこんなものが、曲がるのだなあ…。


この西部橋は、只見川右岸と、左岸の西部集落(行き止まり)を結ぶ役割があった。しかも、ひとつ上流の国道252号二本木橋も流失。さらに上流の四季彩橋まで遠回りしなければならない。

左岸で眺めているとき、西から現れた手押し車に寄りかかったおばあさんが、この橋のたもとで手押し車に座って休んでから西部の集落に向かっていったのが、とても印象に残っている。


スパン100mは越えてる(だろう)西部橋。復活するのだろうか。


●平成23年新潟・福島豪雨で被害に遭った橋梁群の記事

(金山町側)
西部橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
国道252号 二本木橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
田沢橋(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
只見線 第五只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で落橋)
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(只見町側)
只見線 第八只見川橋梁(平成23年新潟・福島豪雨で被害)
小川橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
楢戸橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
万代橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
五礼橋(平成23年新潟・福島豪雨で被害) 福島県只見町
 

上越線 第二利根川橋梁(群馬県)

上越線 第二利根川橋梁(群馬県)

プラットトラス



上越線 第一利根川橋梁(群馬県)の続き。

20110923_001.JPG夏場だと、全然見えない。右が上り線で開通当時からの橋梁、左が下り線で複線化時の増設橋梁。

まずは上り線から。
20110923_006.jpg近づいてもこんな感じになってしまう。これは冬に撮り直さねばなるまい。

右端手前方向が高崎方、左オクが水上方。高崎方の第1連が19.2m(63フィート)のプレートガーダー、第2連・第3連が47m(154フィート)のプラットトラス、第4連・第5連が19.2mのプレートガーダー。桁の長さは第一利根川橋梁と同じだ。橋脚は石積であるのがかろうじてわかる程度。

20110923_000.JPG第1連の銘板と、第2連(トラス)の縦桁にある塗装標記。そうか、上路トラスはここに塗装標記があることもあるのか。

銘板は280mmでもこのくらい。「鉄道省」という文字はわかる。製作者は読めず。こういうときのために、KDX4でも買っておくべきか…。

20110923_003.JPG下り線。この区間が開業したのは、1963年(昭和38年)12月20日だ。

第一利根川橋梁と同じように、上り線ではトラスを架けるようなスパンをプレートガーダーで処理している。橋脚はもちろん鉄筋(鉄骨?)コンクリート製。

20110923_002.JPG短い鈑桁。第1連。

20110923_005.JPG長い第2連についている銘板。こちらはなんとか読める。

日本国有鉄道 
1963(38-24)
KS-18DG895(2)-1
○○229.0T 2725m^2
○○9.4T 360m^2
東京鉄骨橋梁製作所

銘板の手前にある円筒状の枠は、橋梁点検用のハシゴである。

20110923_004.JPG橋台の銘板。

第2利根川橋梁
設計 日本国有鉄道○○工事局
施工 株式会社間組
設計荷重 KS18
基礎工 鉄筋コンクリート
○○根入 天端から12M50
着手 昭和36年12月28日
しゅん工 昭和38年3月31日


いやほんと、冬にクル!
 

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)

上越線 第一利根川橋梁(群馬県)

プラットトラス



上越線は、新前橋付近から利根川の右岸(西側)を遡行する。そして、上越国境を越えるまでに8回、利根川を渡る。湯檜曽以北で渡るのは、支流の湯檜曽川だ。その八つの橋梁のうち、七つまでが歴史的鋼橋集覧に掲載さsれている。なぜ「第五」がそうでないのかは不明。

この第一利根川橋梁は鉄道写真の撮影地としても有名で、多くの画像がweb上に出回っている。

20110921_000.JPG手前側が上り線、その奥が下り線。現・上り線が最初に建設され、複線化時に下り線が建設された。

まず上り線。第1~4連と第8連は支間19.2m(63フィート)のプレートガーダー、中央の3径間が47m(154フィート)の上路プラットトラスとなっている。上路プラットトラスは、桁下高さが十分な場合に採用されるのだが、ここでは上路プラットトラスの下端が堤防の上端とほぼ同じ高さとなっている。どちらが先かはわからないが、堤防の形状を見ると、どうもトラス桁の下端に合わせているように見える。

20110921_002.JPGプラットトラス部分。今後紹介していく第○利根川橋梁の上り線に154フィート上路トラスがある場合、すべてこの形状である。

20110921_001.JPGこちらは鈑桁。

鈑桁とトラス桁の接続部分がおもしろい。

20110921_003.JPG

20110921_008.JPG写真右のように、トラス桁の高さに合わせるように、鳥居型(なんと言えばいいのだろう)の鋼製橋脚が、鈑桁の下部まで延びている。

この橋脚は、橋脚との間と、桁との間双方に支承を持っている。どちらもピン支承で、おそらくスライドするのは他端だろうと思うが、そこまで見えない。

右写真、鈑桁のこちら側に、通路を保持するフ型の支柱がある。
20110921_007.jpg(角度は違うけれど)
古レール! よく見るとUNIONと見える。ドイツ製の古レールがこんなところに。

20110921_005.JPG別角度と、架線柱の入り込み具合。

20110921_006.JPG以上、上り線。以下、下り線。
こちらの複線化開業は1964年(昭和39年)3月18日。その間に、154フィート程度なら鈑桁で可能となっており、同じ支間でトラス橋から鈑桁への転換が図られている。鈑桁のほうが、桁も、橋脚も安価になるのだろう。

銘板。

日本国有鉄道
1962(36-79)
KS-18 DG819-1
DG 21.3T 335○
○(852)19 2(.?)1T 72○
○○鉄○株式会社

下り線(左)と上り線(右)
20110921_004.JPG画像右上、短い鈑桁と長い鈑桁が組み合わされている部分の橋脚も興味深い。

毛渡沢橋梁(上越線)

毛渡沢橋梁(上越線)

鈑桁+石積円柱橋脚



上越線の下り列車で、土樽駅を出るとすぐに渡るのが、この毛渡沢橋梁(けどさわ)である。下り列車の場合、上り線が見える。その上り線は、美しい緑色のプレートガーダーと、石積の円柱橋脚である。

20110919_003.JPG奥の上り線が鈑桁+石積橋脚、手前の下り線がPC桁+PC橋脚という、見るからに建設年代の差がわかるつくりが興味深い。画面右が土樽方向、画面左が越後中里方向。

下から見ることもできる。
20110919_000.JPG土樽側の橋台に登れば上れると思うが、私は冬期の積雪期にしか登ったことがない。高さがあるので、もっと登らないときれいな写真は撮れない。

20110919_002.JPGゆるやかなカーブを描いているが、鈑桁それぞれは直線だ。その上に、曲線の線路が乗っている形になる(半径はいくつだっけな…会社には資料があるんだけれど)。

20110919_001.jpgこの堂々っぷりは、このように下から見上げないと実感できないかもしれない。例えて言うなら、北海道の牧場にある(けれどもいまはほとんど使われていない)サイロ。あるいは、カントリーエレベーターのサイロ。あるいは丸山ダムのバッチャープラント跡。

なお、数字がペイントしてあるが、これは高さではなく、天端から数えた石積の段の数。最下段が「50」なので、この橋脚は50段の石積よりなる。


上越線には、このような石積円柱橋脚を持つ橋梁がいくつもある。適宜、紹介していきたい。
 

鹿島橋(静岡県)

鹿島橋(静岡県)

カンチレバートラス(ゲルバートラス)



天竜浜名湖鉄道の車窓から見つけたカンチレバートラス。渡っているのは天竜川。国道152号と362号の重複区間だ。歴史的鋼橋集覧の記事はこちら

20110915-01.JPGこちらは上流側。

20110915-02.JPG下流側には歩道橋が併設されている。まず先に歩道橋を。

20110915-03.JPG柵の外に、さらに柵あり。

20110915-04.JPG主塔からリンクでスチールの望が前後に延びている斜張橋。吊橋ではない。

20110915-14.JPG銘板。

1968年3月
静岡県建造
歩道橋指針(1965)
製作 株式会社横河橋梁製作所
材質 SS41

塗装標記。

塗装年月 1998年2月
塗料名 下塗 鉛系錆止ペイントJIS-K-5625 1種
 中塗 本体 フタル酸樹脂中塗 R40-837(淡)
 高欄 JIS-K-5516-2種 R29-335(淡)
上塗 本体 フタル酸樹脂上塗 R40-837
 高欄 JIS-K-5516-2種 R29-335
塗料会社 関西ペイント(株)
塗装会社 磯部塗装(株)静岡支店
塗装面積 1990m^2

磯部塗装…。

さて、本体の鹿島橋。「かじまばし」と濁る。遠くから見ると、碇着桁のツノはそれほど大きく見えないのだけれど、路面から見ると、床版より下の部分が見えないので、ツノが大きく見える。
20110915-09.JPG左岸(西側)。目立つのは、交通標語…。

20110915-10.JPG左岸は、「安全は自らうち(家庭)から地域から」。この標語のせいで、ツノが見えない!

なお、右岸側は「パパやめて脇見携帯飛ばし過ぎ」だ。このエリアでは父親しかクルマを運転しないのか。右岸が亜も「家庭」とあるし、けっこうひどいな。

20110915-08.JPGこの位置の信号機、いい。

20110915-12.JPG上弦のピン結合部のピン。

20110915-05.JPG横から。

20110915-06.JPG裏側。

20110915-07.JPG下弦。

20110915-11.JPG右岸側・下流側にある塗装標記。

塗装記録表
塗装年月日 2010年1月
塗装会社名 下塗・中塗・上塗 株式会社 構造社
塗装材料名 下塗 エスコNBセーフティ(K)2回塗
 中塗 セラテクトマイルド中塗 N-6.5
 上塗 セラテクトUマイルドシルバー2回塗
塗料製造 下塗・中塗・上塗 関西ペイント株式会社
塗装面積 3,410m^2

20110915-13.JPGこちらは左岸・上流側にある銘板と塗装標記。なぜ塗装標記が下流側と異なるんだ…?


銘板。

昭和十一年
株式会社浅野造船所製作
材料 ICL 八幡製鉄所
 鈑 浅野造船所
 鋲 浅野小倉製鋼所

塗装標記。

塗装年月 2009年2月
塗料名 下塗2回 エポオールスマイル(赤錆色・グレー)
 中塗 VトップHスマイル中塗(DN-70)
 上塗2回 VトップHスマイル上塗(シルバー)
塗料会社名 大日本塗料株式会社
施工者 株式会社高岡塗装
施工面積 3450m^2

橋脚。
20110915-15.JPG水位が書いてある。…よくみると、なぜ桁が青い?

20110915-16.JPG桁裏は青!

冒頭の写真を見ていても、下弦以下が青いのだが、実際には全然気づかなかった。桁下に回って、「あれ? 銀色じゃなかったっけ?」と思った程度の観察力。ということは、あまり違和感なく銀色と青色がつながっているわけだ。でも、なぜ裏側だけ青なのだろう?
 

ゼネラル石油の痕跡

ゼネラル石油の痕跡

Mobil/ESSO/ゼネラル

国道17号で三国峠を越え、新潟県に入ると、すぐに苗場プリンスホテルの門前町とでもいおうか(実際の成り立ちは違う)、三国や浅貝の集落がある。そこで、いつも得も言われぬ感情に襲われる。かつての清里の雰囲気とでもいおうか、ものすごい人数の行楽客を収容できるはずの場所なのに、そんな行楽客は皆無で、いるのは合宿の学生たちばかり。行楽客相手の店も、営業してるんだかしてないんだか、わからぬほどだ。ここで商売が成り立つとは、どうしても思えない。

そんな中に、コインパーキングがある。

20110913_002.JPG両サイドに防火壁。まごうことなきガソリンスタンド。

20110913_000.JPGこの壁の色はゼネラル石油。壁の文字は、上段は不明、二段目はNAEBA。

20110913_001.JPG張り紙が、貼られ、剥がされ。塗装はひび割れて落ちている。これが補修される日は、来るのだろうか。
 

三国峠の表情

三国峠の表情

地図・航空写真・分水嶺



関東と新潟をつなぐ国道17号が通過する三国峠。鉄道はその西北、茂倉岳直下をトンネルでパスしている。こうした「鉄道と道路が別のルートで峠越え」をするパターンは全国にいくつもある。新潟県人ならば、この三国峠に対する思い入れはそれぞれに深いものと思う。21年前、自転車で越えようと思ったのも、そうした思い入れのひとつである。
R17自転車行旅(1)
R17自転車行旅(2)
R17自転車行旅(3)

20110912-03.JPG(三国隧道群馬側坑口)

その後、バイクやクルマで何度となく通過している。つい先日もバイクで往復してきた。そのときに、改めてというか、やっとというか、気づいたことがある。群馬側を見ると、なんとスケールの大きな峠なのだろう、と。福島県・山形県境の大峠ほどではないが、「中峠」くらいではあると思う。群馬側を登り、新潟側に降りると気持ちいいのは、それが理由に違いない。

群馬側は、新三国大橋(国道17号 群馬県)の項でも書いたとおり、新三国大橋から峠が始まる。忠実に尾根と谷をトレースしながら標高を地道に稼ぐ峠越えで、いまとなっては狭苦しい印象も受ける。もし関越道がなければこれらの尾根と谷をトレースするルートはトンネルと橋でどんどんショートカットされるのだろうが、もうそれもないだろう。

20110912-06.jpg(カシミール3Dを使用)

ルート断面を見ると、その地道さがよくわかる。左が新三国大橋、右が三国隧道である。
20110912-05.jpg横軸は水平距離、縦軸は標高。その比率は1:5としてある。赤い線はGPS端末で取得したトラックデータ。カシミール3Dを使用したものだ。約10kmで400mほど標高を稼ぐのがわかる。

三国隧道の群馬側の坑口の標高は1084m。そこから新潟方面に向かってゆるい下り勾配となり、新潟側の坑口の標高は1076m。隧道内の照明は、私が21年前に自転車で通ったときよりもずいぶんと明るくなっている気がした。

20110912-02.JPG新潟側坑口。

新潟側に入ると、一気に下る。道がとてもよくなるのだ。

20110912-09.jpg基本的に、谷筋に沿ってまっすぐ走っている。面白いのは、その谷筋の選び方で、浅貝川(清津川の支流)→火打峠→二居川→二居峠→清津川→芝原峠→越後湯沢、というように、谷筋に沿うために、いくつかの小さの峠越えがある。これが、自転車でくると堪えるのだ…という話は余談か。

断面図を見てみよう。
20110912-07.jpg右が三国隧道、左が二居隧道。10km使って標高差250mほど。しかも途中に標高差70mほどの登り返しがあるのでそれを差し引くと、約6kmで250mほどの標高差となる。群馬側と高倍率はあまり変わらないのがわかるが、道が直線状であるため、そんな印象は受けない。

20110912-08.jpgその続き。右端は二居隧道、左端は柴原腹峠付近(トンネルのためGPS衛星を見失っているのでデータは参考値)。こちらも高倍率はそれほど変わらない。


これらをまとめると、
・群馬側は、峠区間は短いが、道はカーブだらけ
・新潟側は、峠区間が長いが、道は直線状
ということになる。

また、
・群馬側は、新三国大橋からカーブに番号がつけれていて、「55/55」になると「ついにトンネル!」
となるのに対し、
・新潟側は、浅貝の集落を過ぎ、ちょっと行くと「もう三国隧道かよ!」
となるので、峠越えの感動がない。

走る場合…違う、登る場合、どちらが楽しいか? 群馬から新潟に行くのが楽しい、というのは、バイク乗りならばわかってくれるだろう。クルマの場合は、逆のほうが遅いクルマに遮られることが少ないので、逆のほうが印象がいいかもしれない。

国道17号は、近年の渋川以北の付け替えもすごいので、今度は旧道を中心に原付でゆっくり行ってみようと思う。

 

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