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ピット内の清掃も行き届いた、美しい転車台。

望遠レンズを持っていかなかったことが悔やまれる。銘板もある。宮地鉄工所製、昭和16年度。「年度」標記は珍しい。材料は日本製鋼…と読める。

  桁の内部は、もともと敷かれていたレールを使用して豆汽車が走る線路として利用されている。
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道を走っていたら、大きなアーチ橋が見えた。この細い桁は歩道橋だ。前後の桁との接続部分も、どこかおかしなつきかたをしている。

このように角度がついている。どうやら、下の田への影響を最小限にとどめるためにアーチにしたのか。

アーチはこの細さ。アーチの下は畦道。

 
桁との接続部分と橋脚。歩道橋は歩いていない。歩行面を貫くアーチを見に行くべきだったか。



閉鎖されたコスモ石油の給油所。防火壁を見ると、丸善石油時代のツバメマークの円が浮き出ていた。

サインポールは、青と緑の色が抜けていた。


なんとも珍妙なトンネルだ。ぐいぐいと坂を登っていくと、切り通しの向こうに見えるのは、高架下をくぐるような形のトンネル。上には道路が通っているようで、ガードレールには稲が干されている。すべて切り通して上に橋を架けるのが通例だと思うが、なぜ?

尖頭アーチといっていいのだろうか。セグメント(といっていいのだろうか、シールド工法ではないだろうが)は折れ線になっている。【同日追記:プレキャストのアーチカルバートであった。後述。】

抜けて振り返ればこの土かぶりとこの断面。

銘板も隧道内左右に2箇所ある。2006年8月の築だ。

隧道の上に上がると、そこにはやはり道があった。

2006年以前の地形図を見れば、この謎は解決するのだが…。

【同日追記】
市瀬克己さんより「プレキャストカルバートではないか。橋を架けるには橋脚下の杭を支える支持層が重要だが、それをしていないということから地盤の問題かもしれない」というご教示をいただいた。土かぶりの浅さは私も気づいてはいたが、関連語句で検索すると下記のことがわかった。

・かつてはここに在来工法の隧道があった
・中越地震で覆工に亀裂、急ぎ改築
・迂回路を設定できないので、改築することに。
・工事は通行止めを減らすために、従前の隧道を開削し、そこにプレキャスト材で躯体を作る
・埋め戻す

という手順のようだ。詳細はこちらのPDFにある

中山隧道、水路隧道を堪能したあと、国道291号を東に向かっていたら円筒が目に飛び込んできた。セル式の堰堤だ。

高さは14.5m、遠目に見下ろすのでそれほどでもないだろうが、もし直下に立ったらその塊感かるや相当なものだろう。

周辺は、新潟県中越地震で大きな被害を受け、そこかしこで斜面の崩壊や河道閉塞が生じた。その対策工事はいまもなお続けられているが、この神沢川第1号砂防堰堤もそのひとつ。上流に崩壊土砂が堆積したため、それを受け止めるために作られた。

貯水池の溢流部…とでもいおうか、高いセルの上面よりさらに高い位置なのだが、柵の向こう側に銘板が碑のように立っていた。






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