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  車掌車を改装して駅舎とした駅は多いが、この勇知駅の駅舎はとてもきれいな形に改装されている。前面をアルミ材で覆い、内装もデコラを貼っている。駅周辺はそれなりの規模がある集落で、人が住んでいる=利用者がいる、ということが、こうした改装を実現した理由かもしれない。

清潔に保たれた内部。窓は種車のとおり二重窓。奥左は用具入れ、右がトイレ。かつてのデッキをつぶし、車室とつなげている。

トイレ。ユニット…ではなく、現物あわせで作ったものだろう。このような駅でトイレットペーパーが備えられている。また、利用者がいるというのも失礼ながら驚きだ。

入口側を見る。

勇知駅のかつての姿はwikipediaに掲載されている。周辺の鉢植えと合わせ、生まれ変わったと言っていい。
(Mr-haruka GFDL)


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初めて買ったオフロードバイク用ブーツはガエルネの401だったが、1996年頃からはずっと、AXOのモトクロスブーツを愛用してきた。仕事でもお借りしていたのでたぶん七代にわたって使ってきた。2003年モデルを、ここしばらくは年に1回だけなんだけど、約10年使ってきて、ついにバックルが複数箇所壊れてしまい、補修もできなくなった。家の倉庫を片付けていたら、その前に1年間履いていたブーツが出てきて状態もよさそうだったので「これはいい」と南会津に持っていった。で、こういうことをしていた。

このブーツはモトクロスブーツなので、至る所にプラのプロテクションパーツがついている。ところが、これが思わぬ落とし穴となった。プラが経年劣化して、割れてしまうのだ。

走っているうちに足の甲が割れ、くるぶしが割れ、バックルが割れ…。

まあ、10年も放置しておけば、プラはそうなるのかもしれない。


以下、あくまで「10年放置していたブーツ」のその後、である。プラが硬化しないよう適切な手入れをし、ときどき使用していれば、こんなことは起きないと思うので、そこだけはお間違いなきよう。

左足外側。爪先から踵へのプラがすべて破損。最下部のバックルが引きちぎられた。下から2番目のバックルをはずそうとしたら、ブーツ側の留め金の台座のほうがもげた。

左足内側。爪先から踵へのプラがすべて破損。くるぶしのヒートガードももげた。縫い目については後述。

右脚外側。左足外側と同じく、爪先から踵へのプラがすべて破損。最下部のバックルも同じく引きちぎられた。

右脚内側。左足内側にすべて同じ。

こうして見ると最初から白いブーツのようだが、足の甲の大半は黒いプラで覆われていた。

縫い目について。思わぬところでブーツの革の接合を見た。縫製はしっかりしていて、ブーツ本体の革にも糸にも劣化はない。あくまでもプラ部分が劣化したため、左上の√型は、縫い込まれた糸があるプラパーツのステッチ部分の溝だけが残り、他がもげている。そのすぐ右下のジグザグは、プラパーツの下で革を留めていた部分なので、ほぼ変化なし。ソールに近い山型は、プラパーツを固定していた糸。

ソールとの接合部の劣化は、靴では常識ではあるが、10年くらいではげてほしくはないものだ。



さて、ブーツを買わねばなるまい。(ポチった)
北海道。オロロンラインに稚咲内という場所がある。行政では豊富町になる。子供の頃、なにかの本で「わっかさかない」とルビが振ってあり、ずっとそう読むのだと思っていた。しかし、現地の道路標識はすべて「わかさかない」であり、促音は入らない。

とはいえ、誤りとも限らない。地名は現代においてなお変化するものであるし、地域に住んでいる人たちでさえ違う読み方・表記をすることもある。地図帳の類が誤記をしてしまうとそれが広がっていく。「わっかさかない」「わかさかない」双方の例を挙げる。中央官庁の文書等では、たまたま参照したものに左右されているようだ。

●わっかさかない
国土地理院

●わかさかない
郵便局 

上の写真は「Wassakinaiわっさきない」であり、誤字であろう。ほかの同種の標識はすべて「Wakasakanaiわかさかない」だった。

宗谷本線抜海駅。正面および玄関付近の外板が更新されている。牛山隆信さんのサイト『秘境駅へ行こう!』での2002年のレポートではまだ板張りだ。

しかし、『日本の駅』(鉄道ジャーナル社刊、1972年)ではこのような形で掲載されている。中央部分を凹ませたのか、向かって左を出っ張らせたのか。屋根も外板も更新されているので、羽目板の数を数えても意味がない。遠近感の印象からすると、向かって左を出っ張らせているように見える。

更新された部分の窓。二重窓で、内側は木の桟の三段窓。ということは、ここが当時のままか。

対して、向かって左の出っ張り部分の窓。木枠ではあるが、本来はここも上と同じ木桟の三段窓だったはず。ということは、やはりここを増築したものか。

* * *

入口の雪切り室入って右に木の戸がある。ここが便所だ。左の赤い戸は待合室への入口。

冒頭の駅舎の姿の比較でもわかるとおり、ここに便所を配置したのは増築時だろう。増築は1972年以降ではあると思うのだが、その作りは民家のようだ。公共施設の建築らしくない。

ガラガラと戸を開けると、そこには朝顔と個室。もちろん清潔。個室の便器の前には「もっと前」。現代の感覚からすると、便器にまたがるときの前後が狭すぎる…。

* * *

待合室への戸はなぜか赤。周辺の壁の腰板は水色。

待合室内部。右が入口で、両開き戸。足ふきの位置…とでもいおうか、そういう雰囲気の床の位置が戸とずれている。左はホームへの戸。

反対向きに。右、ホームへの戸は引き違い戸。

奥左はかつてのきっぷ売り場、右は荷物用窓口。


 
線路を渡って駅舎背面。差し掛け屋根の下は雪切り室。左側の窓枠は木桟のまま、右の2連のみ更新済み。

  上は駅舎側(下り線)の駅名標、下が対向するホーム(上り線)の駅名標。上は新ゴ、下はゴナ。つまり下のはJR化時に架け替えられたもの、上はその後更新されている。

出版業界では2005年ころはまだゴナのような写植書体も使われていたが、DTPの普及とともに急速に新ゴで代用されるようになった。こうしたころから更新の時期もなんとなく類推できる。







稚内駅近くの市街地には、南北に平行していくつか道路が走っている。東の際は港。西の際は山裾。その西の際を走っていたら、壁があった。あの、横に二つつながったマルは…!?

日石カルテックスのマークの跡だ。いままで、壁に直接描かれたマークしか見たことはないのだが、ここにはエンブレムのようにはめこまれていたのだろうか。そのエンブレムはどこにいったのだろうか。

日石CALTEXの防火壁の下部は緑色の帯が入っているが、それも、この壁においてはタイル貼りである。さらに、コンクリート製の壁の頂部(煉瓦隧道にならって「笠」と呼ぼうか)には、石とおぼしきもので飾り立てられ、それが経年のせいか故意にか、毀たれている。

盛業時は、さぞかししゃれた給油所だったに違いない。

●関連項目
最北の丸善石油








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