![]() ![]() ![]() 【2014/10/5追記】 京都在住の谷口幸治さんから「京都市内で山城表記は珍しい」とのコメントをいただいた。「山城」が冠されたのは「大原郵便局」という名称が他で使われていたからだろう。とはいえwikipediaによれば「大原郵便局」は全国に5局ある。 現在、「山城」をわざわざ冠するのは、一般的には宇治以南が多いそう。確かに山城町(現木津川市)も南部だ。大原は古くは山城国愛宕郡なのでここが山城を名乗るのは間違いではないのだが、この郵便局が設けられた頃はこのあたりでも「山城」を冠することがあったということだろう。 ![]() 界隈の喫茶店がコーヒーチェーンに押されて軒並みなくなる中で「森屋」は孤塁を守っていた。女主人はひょんなことからこの店を任されることになったそうで、かつては文壇の人たちが利用したというような話をしてくれたことがある。装テンは、まったくいままで意識したことがなかったが、グレーと白の縦縞だ。 その向こうの2.5倍くらいの高さのビルにはコルクの会社、ロビンソンが入っていた。角地の左の黒いビルは、行ったことはないが焼肉屋だったか。それらもまとめて取り壊される。 アップしてから気づいたが、「黒いビル」じゃない。この角のビルの一部を黒く塗っているだけだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 近代制式機で加減リンク受けがこの形をしているのは、同系統のC12はもちろん、C10、C11。8620や9600もそうだ。おそらくなんらかの寸法や角度が関係しているのだろうと思い、片野正巳氏氏の『細密イラストで綴る日本の蒸気機関車史 1号機関車からC63まで』でシリンダ後端から加減リンク滑り子までの距離に注目すると、C10、C11、C12、C56は1.6mほど(目分量、以下同じ)。対して大型蒸機は1.8m以上ある。これが理由か、とも思ったが、8620や9600は1.8mほどあるので、これは理由にはならない。 となると、運転台からの逆転棒の角度だろうか。いや、それとてリンクを介せば解決できるはずだ。加減リンク受けの形状および釣りリンクと心向棒のリンク点の関係をご存じの方のご教示を待ちたい。 ![]() ![]() 異色展示はこのD51 603だ。なにしろ、頭だけ。夕張線最後の6両のうちの1両で、蒸気機関車全廃直後の昭和51年春、保管していた追分の機関庫ごと火災に遭い、車体後部を損傷したためにこの形となったようだ。現地掲示によれば、いまだ廃車ではなく保留車扱いとのこと。資産として計上されているのだろうか? この存在はFBで教えていただいた。見所は、逆転機周りである。 ![]() ![]() ![]() もちろん、その上には逆転機と逆転軸。逆転軸とは、左右の逆転機腕・釣リンク腕(銀色でL字型の部品)のピボットを結ぶ棒で、ボイラーの下部に干渉しないように線路方向で見るとΩを逆さまにした形をしている。本来、左の逆転機腕に逆転棒(作用棒とも。運転室内の逆転機につながる)がつながっている。 ![]() ![]() それでも、この、あまりに機械的な構造はぜひじっくりと観察して欲しい。 |
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