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東京都中央区京橋の一角の再開発が進行中だ。角地の4階建てのビルの1階には喫茶店「森屋」と、2階から上は東京搬送機が入っていた。

界隈の喫茶店がコーヒーチェーンに押されて軒並みなくなる中で「森屋」は孤塁を守っていた。女主人はひょんなことからこの店を任されることになったそうで、かつては文壇の人たちが利用したというような話をしてくれたことがある。装テンは、まったくいままで意識したことがなかったが、グレーと白の縦縞だ。

その向こうの2.5倍くらいの高さのビルにはコルクの会社、ロビンソンが入っていた。角地の左の黒いビルは、行ったことはないが焼肉屋だったか。それらもまとめて取り壊される。

アップしてから気づいたが、「黒いビル」じゃない。この角のビルの一部を黒く塗っているだけだ。




この、窓に書かれた「東京搬送機KK」の文字が好きだった。特に「機」が。

「KK」は、よく見ると「K・K・」と、省略を意味するピリオドが高い位置にあった。

階段部の1階に掲げられていた社名。アクリルだが彫り文字なのかどうかは近づけなかったために確認できていない。


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士別市内の国道沿いに、立派なキャノピーを持つ廃止給油所があった。この手の分厚いキャノピーは好みではない。2本足で厚板を支えるというような不安定さを感じるのだ。なのに立ち止まったのは、「白看」のような案内標識があったから。

そのローマ字が「SHIBETU」「JINJYA」という表記なのはご愛敬。

モービル石油だった店。士別石油販売KK、とある。

モービルの円筒形の計量器が錆を帯びてそこに鎮座している。給油のホースはいたずらされたか。



嵯峨野観光鉄道のトロッコ嵐山駅に隣接して「19世紀ホール」がある。そこに展示してあるC56 98。


D51をはじめ、大型蒸機では加減リンク受け(モーションプレート)は左側面では「┌ー」型をしていて、加減リンクと逆転軸を一体で支持しているが、C56ではその寸法ゆえか、こんな形をしている。逆転軸を支持する部分が奥まっている、省スペース型だ。釣りリンクは、心向棒(ラジアスロッド、上写真の左右を貫く銀色の棒)後端につながる大型蒸気とは異なり、心向棒の中間につながっている。

近代制式機で加減リンク受けがこの形をしているのは、同系統のC12はもちろん、C10、C11。8620や9600もそうだ。おそらくなんらかの寸法や角度が関係しているのだろうと思い、片野正巳氏氏の『細密イラストで綴る日本の蒸気機関車史 1号機関車からC63まで』でシリンダ後端から加減リンク滑り子までの距離に注目すると、C10、C11、C12、C56は1.6mほど(目分量、以下同じ)。対して大型蒸機は1.8m以上ある。これが理由か、とも思ったが、8620や9600は1.8mほどあるので、これは理由にはならない。

となると、運転台からの逆転棒の角度だろうか。いや、それとてリンクを介せば解決できるはずだ。加減リンク受けの形状および釣りリンクと心向棒のリンク点の関係をご存じの方のご教示を待ちたい。

C56は、ボイラが小さいからか、逆転軸は直線だ。



嵯峨野観光鉄道のトロッコ嵐山駅に隣接して「19世紀ホール」があり、その中に蒸気機関車が何両か保存展示されている。

異色展示はこのD51 603だ。なにしろ、頭だけ。夕張線最後の6両のうちの1両で、蒸気機関車全廃直後の昭和51年春、保管していた追分の機関庫ごと火災に遭い、車体後部を損傷したためにこの形となったようだ。現地掲示によれば、いまだ廃車ではなく保留車扱いとのこと。資産として計上されているのだろうか?

この存在はFBで教えていただいた。見所は、逆転機周りである。


 
加減リンク受けは、機関車の左右からは目立つ存在だが、左右一体の(たぶん)鋳物のソレの全貌を見ることは通常は不可能だ。それが、上に載るボイラーと第3動輪以降が失われているため、さらけ出されている。

もちろん、その上には逆転機と逆転軸。逆転軸とは、左右の逆転機腕・釣リンク腕(銀色でL字型の部品)のピボットを結ぶ棒で、ボイラーの下部に干渉しないように線路方向で見るとΩを逆さまにした形をしている。本来、左の逆転機腕に逆転棒(作用棒とも。運転室内の逆転機につながる)がつながっている。

  加減リンク受けの後部を。加減リンク受けは棒台枠に乗っかっているのがよくわかる。また、その下、棒台枠をやはりピボットとしてブレーキ一式がついている。ただし、D51のブレーキは車輪の前方下側にあるので、ここに写っているのは失われた第3動輪用のブレーキだ。

ブレーキは失われている。それだけじゃない、クロスヘッドこそ残るものの、結びリンクも主連棒も偏心棒も失われている。

それでも、この、あまりに機械的な構造はぜひじっくりと観察して欲しい。




『空白の五分間』を読んで三河島事故を思う
というブログを読み、この本を知った。三河島事故は
(1)下り貨物列車の信号冒進、下り電車線支障
(2)併走していた下り電車がそれに衝突、上り電車線支障
(3)その5~6分後(何分後かは正確には測れていない)、上り電車が現場に突っ込む
という三つの列車が絡んだ事故で、本書は(2)の運転士の記録である。三河島事故の客観的事実(とされているもの)と結果についてはwikipediaはじめ多くの資料があるのでここでは述べない。

本書は、どうやって調べたのかはわからないが、証言集である。多くの乗客および(2)の運転士、その周辺の証言。ただし、これは強く言いたいのだが、おそらくは多くが脚色してあるだろうし、著者は「ドキュメント小説」のつもりで書いている可能性が高い。そのあたりを含んで読む必要があるだろう。

著者がなにか主張したいことがあって(例えば運転士を応援したくて)書いている…というのではなく、中立の視点のつもりになってドラマ仕立にして悦に入っている、散漫で何を言いたいのかがわからない、という印象を持った。「運転士が悪い」と決めつけている人に「そうじゃないかも…?」と思わせるほどの切り込みほしかった。

* * *

例を出すまでもなく、現代に至っても大きな事故が時々起こる。そうしたとき、当事者だけを罰する風潮はどうかということがよく話題になるが、それはこの50年前の事故の時にすらあった論調だと知る。労働科学研究所の狩野広之が「たとえ乗務員が居眠りをしようと、ミスの起こらぬ手をうつべきだ」と注文をつける一方で、当時らしいというか、こんな記述もある。
評論家小汀利得(磯部注:おばまとしえ)は、また別な批判を下した。一番の原因は人間が無責任で、でたらめになったことだ。昔は先輩がきびしく後輩をしかりつけたものだが、今は年上の者が若い者をしつけられない(磯部注:「しかりつけ」ではない。誤記?)。警報設備の不足も考えられるが、何よりも大事なのは人間の正心だ。

恐ろしい記述である。現代においてこんな発言が許容されなくなったことは喜ばしいことだ。

* * *

本としての仕上がりの質は、非常に低い。一番の原因は、著者の悪文である。言葉の使い方もおかしなものが多い。校閲が入ったら、全文書き換えられるだろう。こんな本を平野甲賀装丁で文藝春秋が出していることが信じられない。本書の1ページ目6行目からしてこうである。
 鉄の動輪をまわす烈しい運動エネルギーは、シリンダー内部で蒸気のふきだし力から転換される。火室で帰化された蒸気は、パイプを通じてシリンダーへ送られる。パイプを流れる蒸気の量は、レギュレーターで調節される。蒸気はいわば荒くれ男のようなもので、絶えず精力を発散して水に変化しようとする。だからレギュレーターの役目はかなり重要で、一定の蒸気を列車の速度に応じてシリンダーに運ぶのだ。ただしレギュレーターにすべてをまかせることはできず、もちろんおとずから限度がある。火室の石炭を無制限に燃やし続ければ、水は大量の蒸気を発生し、レギュレーターやバイパス弁の限度を越えて、シリンダーに連打をあびせるだろう。または石炭の不完全燃焼で、短い煙突からふきあげる黒煙の量を増すばかりである。いまでは原始的に近い蒸気機関の構造が、そのときまだデゴイチの鈍重な鉄の塊のなかに、影をひそめていた。
ぜひ読んでみて欲しい。質と無関係なはずの乗客や周辺住民の証言についても、万事この調子である。あなたは読み終えることができるだろうか。





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