アメリカの繁栄を築いたのは、土木インフラである。それを実現したのは、目先にとらわれず、遠大な構想を持って未来を見据えて実現に取り組んだ、偉大なる牽引役たちで、その多くは大統領である。しかし、いま、老朽化によってそれらが危機に瀕している。いまこそそれらを大々的に補修すべきであり、そのための投資と管理監督する、全米復興銀行を設立すべきだ…ということを主張する本だ。内容は、アメリカの「歴史的十大事業」の計画から実現、結果までを概説したもので、基本的に礼賛している。
帯にある、十大事業と、それを導いたリーダーたちを列記する。 ・ルイジアナ買収(ジェファーソン) ・エリー運河(デウィット・クリントン) ・大陸横断鉄道(リンカーン、セオドア・ジュダ) ・ランドグラント・カレッジ(リンカーン、ジャスティン・モリル) ・ホームステッド(自営農地)法(ジョンソン) ・パナマ運河(セオドア・ルーズベルト) ・地方電化局(フランクリン・ルーズベルト、モーリス・クック) ・復興金融公社(フーヴァー、フランクリン・ルーズベルト) ・復員兵援護法(フランクリン・ルーズベルト、ウォレン・アサトン) ・州間高速道路システム(アイゼンハワー) どの章も、礼賛、礼賛、礼賛、ネガティブな面、「だがしかし、それを補ってあまりある利がある」的な構成となっている。例えば他国の領土内に自国のための運河を建設したパナマ運河などというものは、アメリカ帝国主義の最たる例だと私は思うし、そうしたことも本文には書いてあるが、「ビッグスティック外交」=軍事力をちらつかせて相手国を脅し、不平等な条約を結ばせることについては、あまりにもアメリカの視点でしか書いていない。だから、各項目のネガティブな面は自分で礼賛と同じくらい調べれば、概要を把握するのには適当な本だ。幸い、ネガティブな面がなんであるかはわかりやすく載っている。 本書を読んで思うのは、次の二点。日本で言えば明治時代の志士のような、志を持ってものごとを成し遂げた人物がたくさんいること。もうひとつは、汚職や腐敗は日本の比ではないということだ。 私が周辺情報を含めてなんとか把握している大陸横断鉄道で見れば、前者がセオドア・ジュダ。後者は、ビッグ・フォーと呼ばれた泥棒貴族的な連中だ。アメリカの資本家は、とにかく自分の腹を肥やす。カルテルを組み、値段をつり上げ、政府から、庶民からむしり取る。株価を操作し、売り抜け、大儲けする。そしてその下で建設に駆り立てられた膨大な人数の最下層(奴隷も含む)が殉職していった。そうしたアメリカ経済の負の面は、本書だけではちょっとわからないと思う。日本では、そこまでの私服の肥やし方はない。働き方については『高熱隧道』的なものや、北海道のタコ部屋労働のようなことがあるけれど。 おもしろいのは、そうした面々やその関係者が、日本の経済にも深く関わっていたりすることだ。それは本書には載っていないので、アメリカ鉄道史とその登場人物(資本家)を丹念に追ってみると面白い。幸い、wikipediaに「アメリカ合衆国の鉄道史」というすぐれた項目がある。僭越ながら私が関わった記事もそれなりに役に立っているようだ。同じように、エリー運河にも、ホームステッド法にも、そういう物語があるだろう。それらを把握してこそ、アメリカのインフラ史をおもしろく感じることができるだろう。本書はきっかけに過ぎない。 PR
ソフトバンクの新書はいくつか買ったことがある。先日、『ダムの科学』という本が出て、どうやら私のタイムラインでお見かけする方(フォロー関係にはないと思う)も関係しているようなので、買った。
ダム好きな方々が、どれだけこの本を楽しむのかわからないが、書名通りの内容である。私は本書の第2章ダムの歴史における「日本の堰堤技術者八傑」や「世界の~(同)」などの記事を楽しく読んだ。それ以外は、まあこうだろうな、という内容だ。 しかし。 本書は編集がまったくダメだ。 また、誰を読者対象にしているのかがわからない。 【編集について】 アーチダムとかフィルダムとかをダムの種類として1項目として扱うならば、なぜ写真がないのか。 各タイプの代表的な写真を並べて「これはアーチ。特徴は…」「これはロックフィル。特徴は…」「これは重力式。同前」みたいなカタログがなければ、なんの知識もない人は俯瞰できないし、実際にアーチダムを見ても「アーチだ」とわからないじゃないか。写真がないわけじゃない、しかるべきところに写真がない。 また、写真が適切じゃないものがある。115ページにラジアルゲートとローラーゲートの写真が載っているが、この堤体下流側からの遠目の写真をド素人が見比べて違いがわかると思っているのだろうか。ラジアルゲートの回転中心を「ここ」と示した上でゲートが円運動することを補助線で図示し、ローラーゲートはそれが上下することがわかるような補助線で示すべきだ。 もう一つ。クレジットがクレジットに見えない。著者名が業界団体なのに、図版には「著者作成」とか「著者(○○)作成」とか。奥付を見ると「一般社団法人ダム工学会 近畿・中部ワーキンググループ」が著者なので、その会が作成したと読めばいいのかもしれないが、そういう場合は出版物においては「著者」という表記ではなく団体名を書くものだ。また、各章末にコラムがあり、最終行に執筆者名が書かれているが、カッコもなく突然「雀の社会科見学帖」とか書かれても、私はそのサイトを知っているけれども、ダムファンのサイトなど見たことがない人にはこれがサイト名(またはハンドルネーム)だとはわからないだろう。夜雀氏やサイトにケチをつけているのでは全くない。それがサイト名だとわからない文脈に、サイト名をぶっこむ編集が悪い、と言っているのだ。 そういう点で、とても編集が稚拙であるのが残念。 【読者対象について】 雑学本なのか、ダムファン向けなのか、教科書なのか。 全然定まっていない。 「ダムの写真集があり、文庫にもなってるからいけるんじゃないか」と思ったのなら、やはり編集が悪い。せっかくのすごい執筆陣なのに、アウトプットがこれでは執筆陣を生かし切れていない。 ちょっと期待していただけに、うるさいことを書いた。繰り返すが、中の人には罪はない。編集の問題である。この材料と予算があれば、もっといいものができるはずなのに。もったいない。中の人は、他の出版社に同じ企画を持って行って、出し直したほうがいいと思うよ。土木系のコンテンツが好きな編集者は何社にも何人もいるのだから。
地図・地形図をはじめ、さまざまな媒体を通じて自在な視点を提供してくれる石川初氏の著書。Twitterなどで氏の考察が展開されていくさまをよく見かけるのだけれど(いや、とうに考察されたものを整理してポストしているのだろう)、本書はそれらの集大成である。「スケール」をキーワードに、目に見える、あるいは見えないものを「見る」ヒントが散りばめられている。
本書に書かれているひとつひとつの項目は、文字数こそ少ないものの、内容に触発されて自分で考えを巡らせたくなる良質なものばかり。いくつかは、大学の演習のテーマとして使われている。それに対する学生の発表も見事だ。 通底するテーマは、ものを見るときのスケールを切り替えること。この方法は、だれもがなんとなく知っているに違いない。ベストセラーの書籍を見ると「そういう切り口があったのか!」と感じることはよくある。スケールの切り替えは、切り口の切り替え。そして大切なのは、スケールを切り替える着眼点である。 世の中にはオリジナルの着眼点を持っている人はおそらくものすごくたくさんいて、それぞれ小規模に発信している。でも、それをもう少し広い場で発表する機会があると、「そうそう!」と賛同者が実にたくさん現れる。こうしたオリジナルの着眼点=スケール切り替え方法の知見の共有は、近年のネット/ソーシャルメディア/USTREAMなどの発達で楽しく共有されるようになってきた。この流れは、どんどん広がるべきだと思う。広がることは、視聴者・読者がそれまでに蓄積していた知識をさらに豊かにする。カルカルでのイベント『オレ鉄ナイト』で発表される数々は、この流れのひとつである。 まだまだこれからもたくさんの教えをいただくことになるだろう。そして、私も、また別の方面に、スケールの切り替えを提唱していきたいと思っている。10月14日のオレ鉄ナイト4に出るかも(連続で出過ぎているので自粛するかも)。本書との出会いに感謝。
「ヴィジュアルブック」(裏表紙より)なのに、簡潔に、現在の世界の橋梁の潮流までわかる良書。原著はイギリスのもので、日本ではガイアブックス発行/産調出版発売、となっている。
内容は、第1章として材料、様式、用途、技術者たちということが紹介され、メ第2章がメインのカタログ。桁橋、アーチ橋、トラス橋、可動橋、片持ち梁橋、吊橋、斜張橋に分け、それぞれ10件ほど、写真とイラストで解説している。 ほぼ正方形の判型で用紙も分厚いため、ちょっと見開きの写真を撮りづらいのだが、このように、1見開きに1件、写真とイラスト、それに伴うキャプションがある。 ただし、翻訳者が専門家ではないのか、日本の用語にうまく当てはめていないものがある。たとえば「細分型トラス」という語句が頻出するが、分格の場合と、ワーレントラスに垂直材を付加する場合に使われている。また「パイロン」も、吊橋等の主塔の場合と、橋脚の上端の場合がある。たしかに英語ではdevided trussだったりpylonだったりするのだが、ここは日本の用語にしてほしかった。また、校正上の誤りも散見される。 とはいえ、ごく簡単に橋の歴史を見渡して、いまの橋を知るには好適だと思う。『世界の橋』のような大著を、思い切り簡潔にするとこうなるのかもしれない。(『世界の橋』は大変すばらしい本であるが、大型で高価で、それぞれの解説が詳細であるため、なかなか「見渡せない」) 誰に向けて作ったのか、そこに疑問はある。橋の専門家たちにはまったくものたりないだろうし、「なんとなく橋が好きな人」などは、ものすごく少ないだろう。しかし、こういう本があることで、少しでも橋のおもしろさ、美しさを紹介できるなら、とてもありがたいことだと思うのだ。 奥付の発行日に訂正シールが貼ってあるのはご愛敬だ。1995円。
鉄道でいえば、井上勝から始まるトップと、小林一三や五島慶太、その番頭たちの物語…の、電力会社版である。自分の知らなかった世界なので、すこぶるおもしろい。いや、小林や五島も絡んでくるのだけれど。
現在は「9電力体制」になっている日本の電力会社は、戦時中に国策で統合されるまではかなりの乱立状態で、事業としても不安定な要素を含むものだった。そのなかで、異様な情熱を持ったカリスマたちが着々と勢力と権力を強め、日本を仕切っていく。そうした電力史を人物の面から、主として好意的に描いたのが本書だ。 それぞれがどういう人物か、生まれから育ち、職に就いてからの師弟関係などが、その人物の性格とともに、それぞれ細かに述べられている。そういう書き方だから、多少は色がついているだろうし、客観的事実を読み取ることの妨げになるかもしれない。それでも、こうしたことを把握するには、本来は評伝(掲載されているのは評伝がかかれるような人々がほとんどかもしれない)を読破しなければならないところ、簡単に把握できることはありがたい。 そういう書き方だから、いとも簡単に電力会社が設立され、資金が集まり、買収が成功していく。本書の読み方としては、あくまでおあらすじであって、そこから個々の人物の探求を始めるというのがいいのだろう。 刊行は2009年。東日本大震災の前なので、原子力発電に関することも、肯定的に書かれている。いまなら、そこにいろいろな配慮を入れざるを得ないだろう。そう考えると、本書は「震災前の電力史観」の集大成なのかもしれない。 カバーは左上から時計回りに松永安左エ門、藤岡市助、小林一三、岩垂邦彦、新井章治、福沢桃介。掲載されている肖像写真と見比べて同定しようとしたが、似顔絵が下手だから全部わからなかった。と思ったらカバー袖に書いてあった。 実は、本書とほぼ同じものが、帝京大学のサーバにPDFであがっている。 『電気事業家と九電力体制』。 https://appsv.main.teikyo-u.ac.jp/tosho/kshimura30.pdf これをベースに、章立てを再構成したものが本書のようだ。ぜひご覧いただきたい。 |
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