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小松橋

プラットトラス

 
 
 豊川に沿って国道257号を下っていたら、やたらと高さの低く見えるポニートラスがあった。道路の上に顔を出している部分を見ると、パネルは横長の長方形に、斜材の角度が鈍角に見えたほど。



下流側左岸からだけ、全貌が見える…が、ちょっと遠い。普通の下路橋なのだが、トラスの高さが低いので、相対的に床版が高くなり、より「低く」感じただけだ。

 
 
右岸の親柱。左は「こまつはし」、右は「寒狭川」。新東名の下あたりで宇連川と合流するが、それより上流は「寒狭川」と呼ばれる。

 
 
左岸側。袂にオニギリふたつと橋名の標識。河川名は「豊川」。

 
 
左岸側の親柱。剥げていて読めなくなっていて、左は「昭和●●●月改築」、右は「●●橋」。









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5ナンバーしか通れない小さなプラットトラスの珍しい橋脚

プラットトラス

 
錦川の向道ダムのダム湖に、なんだかスケール感がおかしいトラス橋が見えた。小さい。

 
総重量2t、車幅1.7m、高さ2.1mの制限。ハイエースは3tを超えるのでNGだ(車両重量だけで2t近い、整備重量+ドライバー1人だと2.2tくらいか)。これは右岸側。

 
残念ながら親柱のようなものはない。橋名も不明。

 
 
桁と桁の間にコンクリートがある。これは橋脚の上面。

 
冒頭の写真を拡大したもの。横から見て凹型をしており、上部にコンクリートの桁が渡されている。コンクリートトレッスル橋梁、とでもいおうか。トレッスル橋梁は、櫓のように組まれた橋脚の上部に桁(プレートガーダー)があるものをいうのだ。

 
 
 
途中に、第一取水塔への通路がある。橋脚の部分ではなく、トラスの隙間から出入りする。


 
左岸側に渡った先。これが第二取水塔。こちらはここから東に水路隧道をひたはしり、菅野ダムの錦川第一発電所に至る。

【同日追記】
炭素さんから下記のコメントをいただいた。もうすこし水面が低ければ、堰の跡が見えるのかもしれない。











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横から見ると五角形のプラットトラス

プラットトラス

 
愛媛県の国道を走っていると、妙な形のプラットトラス橋があった。マイ橋のようにも見えるけれど、つながる先は1軒ではなく、いくつかの家の群のようだ。上弦も下弦も合掌型とでもいおうか、突き合わせた形になっている。

 
車はこの家の「向こう側」に道路があり、そちらから出入りしているようだ。したがって、これは人道橋だ。大きな荷重を想定しない人道橋に、こんな凝った作りをするとは。いや、「凝った」というのは、部材の寸法が全部異なるわけで。しかも下弦が水平でないし。

 
左右のトラスを繋ぐのは、中央2パネル部分のみ。それらは強度メンバーであるというよりも、左右のトラスを繋ぐ役割のみなのではないか。

 
反対側。






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四通橋

プラットトラス

 
愛媛県のマイントピア別子内にある、足谷川(国領川上流の名称)にかかる近接した三つの橋梁のうちの一つ。残念ながら渡れない。

 
ここを振り返ると「第四通洞」が口を開けている。そこにつながるから「四通橋」。


 
これが第四通洞の入口。トロッコの軌道が残る。

 
橋梁手前にはクロッシング。線路幅は不明。あとで検索すればいいや、と思ったら、検索してもヒットしない。大町パルクさんこちらのサイトをご教示いただき、508mmと判明。よく「762mm」と書かれているが、それは下部軌道(現役のトロッコ列車)のほう。

 
歴史的鋼橋集覧によれば、開通は1919年。プラットトラス。桁の製造元は不詳のようだ。部材の細さからピントラスかと思ったが、剛結されている。縦桁もシングルレーシングなので、活荷重が軽いためにそのような規格になっているのかもしれない。床版は、トラスの下弦材同士に横桁を渡し、その上に縦桁を通して、その上に敷いているようだ。

 
別子銅山橋梁三兄弟。












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第二渡良瀬川橋梁

プラットトラス


栃木県には古い橋梁がかなりあるが、その一つ、わたらせ渓谷鉄道の第二渡良瀬川橋梁。1912年開通、大型トラス橋が国産化したころのもので、154フィート(46.939m)のトラス2連+9.6mのプレートガーダー1連からなる。いい視点場がない。

 
ビシッと尖った印象を持つピントラス。

 
過渡期らしく、設計はクーパー/シュナイダーだが、鋼材製造はカーネギー、組み立ては東京石川島造船所。銘板にはこうある。

株式会社
東京石川島造船所
MATERIALS
CARNEGIE STEEL CO.
P.&W. MACLELLAN

「P.&W.」「マクレラン」、ともにわからない。

【追記】
@Einshaltさんから下記の情報をいただきました。
https://www.mackintosh-architecture.gla.ac.uk/catalogue/name/?nid=MacLPW
鉄材の商社・加工・組み立ての会社のようです。第二渡良瀬川橋梁の設計はアメリカ流儀、組み立てが国内企業、鋼材はカーネギーということを考えると、鋼材商社としての関与でしょうか…?



 
橋脚の下部は大きく補強されている。石ノ森章太郎に始まる靴の大きなキャラクターを「ビッグフット系」というが、それを思い出させる。






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安谷橋(旧国道140号) 2重に補強がなされたプラットトラス

プラットトラス

 
秩父鉄道の撮影地として有名な安谷川橋梁(あんや)のすぐ横に、国道140号の旧道の「安谷橋」がある。ご覧のとおり、いささか複雑な見た目を擁するプラットトラスだ。開通は1923年(大正12年)。

見た目が複雑なのは、当初のシンプルなプラットトラスから、2回にわたって補強がなされているためだ。そもそも、トラスが2組ある。そして、下弦の下に台形の補強がある。

 
「歴史的鋼橋集覧」によれば、当初、床版は杉板だった。後年、床版は鉄筋コンクリート製になるが、交通量の増大への対処だろう、1958年には、さらなる補強のためにトラスの内側にトラスを追加した。上の写真で見ると、当初からのトラスはC型のチャンネル材をレーシングで柱状にしているが、追加されたトラスは溶接で柱状にしている。


1958年のトラスは基本はリベットで組み立てられているが、一部にはボルト留めのところもある。これは、1974年にフィンク補強(下部に設置する、引っ張りに対する補強)を施す際にガセットごと交換されたものだろう。

 
そのフィンク補強。木立に隠れて全貌は見えないのだが、トラス下弦の両端に◥___◤という形で三角形の脚を出し、その頂点を鋼棒(だと思う)で結んでいる。トラス下弦は引っ張りの力がかかる(両端を支点に、中央部を押し下げるイメージ)のだが、それに抗するものがよくぞこんな細い棒で…と思う。鉄が引っ張りに強いということが視覚化されている。

4面のトラスがそれぞれ補強されている…はずなのだが、内側の向こう側、つまり手前から数えて3面目の補強の鋼棒がない。よく見ると、写真右に、下部に垂れ下がっている鋼棒が見える。破損したままになっているのだ。

* * *

戦前の鉄道車両では、台枠下部にこういうトラス補強がなされていて、トラス棒(と鉄道用語では呼ぶ)にはターンバックルがついていて、台枠が垂下してくるとそれを締めて戻した。この車両(クエ9112)の製造は1923年、安谷橋と同じである。
 
(写真はパブリックドメインだが、出典はこちら

















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明神口橋 魚梁瀬森林鉄道

プラットトラス

 
小島橋 魚梁瀬森林鉄道と同じトラスだろうか。

 
「軽自動車以下通行可」。どういう基準なのだろう。魚梁瀬森林鉄道は5トン機は走っていたはずだから、重量制限ではなくこの先の道路の幅による車幅制限と考えたほうが自然だろうか。

この先は路盤跡が車道になっていて、実際に走ってみると、たしかに行き違いができる場所はない。






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小島橋 魚梁瀬森林鉄道

プラットトラス

 
魚梁瀬森林鉄道につていは知っていても、そこにそれがあると認識せずに、こんなきれいなプラットトラスと出会ったので驚いた。しかも前後は整備されている。

 
正面。いかにも鉄道橋という幅。軽自動車通行可ということで、床版はコンクリート舗装されている。

 
正確なスパンがわからないが、空中写真などから測ると40mほどのようだ。それにしては部材が細いのは、これが森林鉄道用だからだろう。

 
この右岸のアプローチは、近年作られたもので、それ以前はそのまま直進方向にスロープがついていたようだ。

 
非常に美しい橋だ。でも、堤防の高さから考えて、なぜ上路トラスにしなかったのだろうか。





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塘路橋歩道橋

プラットトラス


釧路湿原の東縁を走る国道391号が塘路湖の脇をかすめるときに渡る塘路橋の側道が、この塘路橋歩道橋。塘路湖から釧路川に通じるアレキナイ川を渡る。

平成12年2月竣功という新しい橋だが、プラットトラスというのが珍しい。銘板などはない。H型鋼を組み合わせた、汎用とも見える形。

 
背の低いポニープラットトラス。ちゃんと手すりがついている。


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国道112号 名川橋

プラットトラス


国道112号を走っていると、美しいプラットトラスが目に入った。しかし、国道は右カーブの別の橋を通っている。手前の交差点名は「新名川橋」。つまりプラットトラスは旧道だ。橋梁史年表によれば、橋長66.1m。216フィートクラスだ。

渡るのは、朝日連峰に発する赤川(※地形図での表記。後述)。月山道路沿いの梵字川のほうが本流に感じてしまうが、この赤川が本流だ。写真奥(トラス側)が上流、手前(新道側)が下流。

右岸。旧道は、新たな床版とともに歩道となっていた。新道にも歩道はある。ということは、あえてこのトラスを残しているのだろう。右のみ、親柱がある。それを見ると…

「大鳥川」とある。赤川が梵字川と合流する地点(ここ)より上流を「大鳥川」というのだが、地形図では「赤川」になっている。

端柱、縦に張られた板は補強の部材。左側の端柱にある銘板は、こう。(原文はすべて右書き)

東京
株式会社
桜田機械製造所
昭和五年製作


トラス端部を見ると、きちんと落橋防止の地震対策がなされている。格点にガセットをボルト留めし、そこから橋台にチェーンが延びている。





歩道の上流側と下流側。下流側には、U字を伏せた形の金属の覆いが、しっかりとした新しい床版の上に延びている。なんだろう?


 
左岸側。こちらには親柱がある。左には「名川橋」、右には「昭和六年六月竣功」。

しかし、左岸の特徴は、その取り付き道路である。

このように、左岸と橋は、道路をほぼ直角にしてつないでいるのだ。往時はさぞかし渋滞したことだろう。

では、いつころ新道に切り替わったのかというと…
 
新名川橋の銘板には「昭和49年11月完成」とある。意外に古い。



上述の、名川橋右岸のしゅん功次の写真が、東北芸術大学のアーカイブスにあった。

やはり、左岸は急カーブになっていたようだ。








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