留萌本線の下り列車が留萌駅を出るとすぐに、車窓右に使われていないトラス橋がある。それが副港橋梁だ。

こんな感じで、本線(向こうが増毛側)に隣接して架けられている。写真は手前が留萌方、向こうが増毛方。右の副港橋梁は、このまま朽ちていくのだろうか。
「
歴史的鋼橋集覧」によれば、1929年櫻田機械製。銘板類は見えない。

副港橋梁の端部は藪で覆われているので、近寄れない。そのため、これくらいしか撮れない。桁下にも潜れない。いや、どちらも、前身を藪に預ける覚悟があればいけないことはないだろうが。
スタイルは昭和初期によく見るパターンで、とりたてて部材の美しさなどは感じられない。

興味深いのは、枕木が残っていることだ。隣の留萌本線の車窓に見えてあわてて撮ったのだが、枕木がわりときれいにあるのがわかろう。
留萌駅の周辺は、貨物輸送がなくなったことで、大きく変化している。たとえば、
国土変遷アーカイブより。

画像ほぼ中央が、この副港橋梁と留萌本線。単線並列だ。その右のヤード風が留萌駅、左が石炭桟橋。留萌港の石炭桟橋は、かつてはこんなだったようだ。(
函館の絵葉書より)

鉄筋コンクリート製である。そもそも留萌駅(当時は留萠)まで鉄道が通ったのが明治43年(1910年)であるから、まさに鉄筋コンクリートの時代が始まろうというときである。これがそのまま昭和50年代まで使われていたのかどうかは知らない。
留萌駅に、昭和28年(だったと思う)の市街地図が貼ってあった。

いろいろ描き込まれていることだけでなく、「留萠」の「留」の省略形も興味深い。
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2012.9.4追記
副港橋梁(留萌)脇にかつてあったアラントラス?
留萌本線の脇にかつてあったアラントラス?のつづき。
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