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『山怪』という本がとても売れている。タイトル、そしてパラパラめくり、柳田邦夫『山の人生』に重なるものを感じて買った人も多いだろう。私もそうだ。

山の中、あるいは里で感じた、もの。気配。現象。そうしたものを、多少の物語性をつけて記述したもので、あまりオチはない。しかし、話によっては、かなり怖い。すべて、著者の取材によるオリジナル。それが、ものすごく貴重だ。著者は幾度も書いている。こうした経験も、語りも、絶滅危惧種だと。

取材地域は日本中だが、秋田の阿仁、岩手の和賀、宮崎の椎葉などの話が多い。兄の話では「トロッコ軌道の鉄橋を渡る話」がある。思わぬところに森吉森林鉄道の話が出てきた。

本書の刊行は6月。夏の怪談シーズンに向けてという側面もあるだろう。しかし、いまだに大書店では目立つところに平積みしてあり、amazonの総合ランキングで3桁に居座っている。

* * *

さて、私は本書を実感を持って読むことができた。それは、一人で山中に泊まったことが何度かあるからだ。テント泊は100か200かという程度だが、普通は指定された幕営地に泊まるので、完全に一人になることは稀で、数えられるくらいでしかない。知床縦走したときの羅臼平でさえ、私以外に泊まっていた人がいるのだ。バイクも合わせると、

・5月 四阿山 的岩付近
・6月 苗場山 山頂
・7月 平ヶ岳 山頂
・7月 笠置山山頂付近の望郷の森キャンプ場(岐阜県)

くらいだ。

上信越道を見下ろせた四阿山以外は、真っ暗である。苗場は雪、平ヶ岳は雨。どちらもガスの中、夜中に出歩こうとしてもヘッドランプの明かりは数メートル先にしか届かない。そんなところで一人、テントの中にいるのは、ものすごく怖いものだ。

テントの周りを何かが歩き回る気配がする。テントを突然、突くなにかが来る。そんな経験は何度もしている。実際には、動物なのだろう。そんな気配で目が覚めたときは、何かの怪談で読んだ、「天幕を、長い髪でサラサラ撫でる音がする、翌朝見たらそこに女の死体があった」みたいな話を思い出す。すると、そんな感触が天幕を撫でる。木の枝が当たらない位置にテントを張っているはずなのに…。

こういうことを考えないようにするには眠るしかないのだが、山では19時、20時にはとっくに眠りに入っているので、妙な時刻に目が覚めて眠れなくなる。以後、なかなかつらい時間が続く。

* * *

道の駅秩父別の駐車場にテントを張って寝ていたときのこと。朝、突然、地響きとともに不気味な音で目が覚めた。「ドッコン……ドッコン……」。寝ぼけた頭では理解できないまま、「ドッコン……ドッコン……」と続く。やがて、鐘が鳴ったことで、鐘だと理解した(開基百年記念塔で鐘が鳴るとは知らなかった)。そして、鐘が鳴り終わったあとも、しばらく「ドッコン……ドッコン……」と聞こえてきた。どうやら、重さ2.8tもある鐘をゆらすためのしかけが地響きを立てていると理解した。それにしても、午前6時である。たたき起こされたので動悸は止まらず、そのまま起きてテントを畳んで出発した。これとて、山の上まで響いてくるはずで、聞く場所によっては立派な山怪である。

* * *

本書の装丁は素晴らしいものだとおもうが、どうやら担当編集者の手になるようだ。見習いたい。







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