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1920年代の日本の政治をおさらいしたい。単語と内容は覚えているが、流れが掴めなくなっている。把握し直さねば、鉄道史も金融史も村田鶴も見えてこない。自分の知識を振り返ると、政友会については誰と誰、みたいにある程度は言えるのに、立憲民政党(憲政会+政友本党)についてはスラスラと言えない。

民政党政治についてもう少し知れば、滋賀県の土木事業の停滞、血盟団事件、そうしたことが、なにかつながってきそうな気がする。血盟団事件で標的となった民政党の井上準之助は、2期に渡る日銀総裁を経て3内閣(第二次山本、浜口内閣、第2次若槻内閣)で蔵相を務め、基本的には超均衡予算、そして1930年の金解禁につながるような財政政策をとっていた。

ききかじりで書くが、ケインズ理論、ニューディール政策は、多大な公共投資で景気回復を目指すものだが、1927年の金融恐慌の時期(若槻内閣)に蔵相であり、1929年の世界鋼橋橋高恐慌の時期(浜口内閣)にも蔵相であった井上が主導し、それらとは逆の政策を行い、国内をかき回しながら1931年を待つことになる。ちなみにアメリカも、その少し前だが、ハーディング大統領(1921-1923在任)が、いろいろと無茶をやった。例えば、親英的な銀行家の「アメリカは金を出し、欧州は兵を出した。負担を平等にするために、欧州各国が戦費調達のために負った債務は放棄せよ」という意見を聞かずに、回収した。そのため、結果的に連合国は敗戦国であるドイツから取り立て、第二次世界大戦への導線を作っている。

もし、ここで井上が逆をやっていたらどうなるか。井上は団琢磨らとともにウォール街とも親交があった。ウォール街は「東洋の英国」日本に親近感を持ち、中国を信用していなかった。日本に対する借款など、いくらでも用意してくれたに違いない。JPモルガン商会の3代目(その名称になってからは2代目)のジャック・モルガンの右腕、トム・ラモントらとの深い親交もあった。ラモントはムッソリーニ政権に借款を用意している。

井上が逆をやっていたら、政友会と民政党の経済政策が似ているものであったら、堀田義次郎も更迭されなかったかもしれない。そしたら・・・。いや、滋賀県の政治史などまったく知らないので、ここでやめよう。


『小説吉田学校』の戦前版(戦前に刊行されたという意味ではない)ってないんだろうか。
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