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『美しい日本のくせ字』(井原奈津子著)

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字


まだ出ないのかなーと思っていた、井原奈津子さんの『美しい日本のくせ字』。発売と同時に非常に話題となり、すぐに重版になったのも納得の、こりゃ編集者も著者も練りに練ったなという構成に、まず舌を巻く。

井原さんはこれまでいろいろなメディアに「くせ字研究家」として登場しているけれども、文字好き諸兄のようにtwitterで街のタイポをアップするでもなく、あまり収集しているようには見えなかったがさにあらず。収集は写真ではなく実物だったりしたのだ。恐ろしい。

井原さんと初めて会ったのは、藤本健太郎さんの藤本健太郎さんの『タイポさんぽ』(誠文堂新光社)の刊行記念トークイベント『タイポさんぽ』刊行記念トークイベント「タイポがたり」だ。2012年か。もう5年前じゃないか。たまーに街歩きをご一緒しても、積極的に写真を撮っているわけでもないのはちょっと不思議に思っていたが、そういうことか。

本書では、著名な人から著者の身近な一般人、その文字の背景がある人までいろいろな人が登場するが、ここでは「時代による文字」と「身近な人のくせ字」に絞って書く。


いちばん興味深いのはこの丸文字研究。1980年代前半に小中学生だった人たちの文字。小学生の頃、周りの女子はみんなこういう文字だったし、妻はいまでもこういう文字だ。この文字については山根一眞氏の『変体少女文字の研究』という先行文献があるが、私が思っていたよりも源流ははるかに古い。思うに、最初しばらくはひたすら水面下で広がり、私が小学生の頃に爆発したのだろう。一般性を獲得するまで、何年かかかるものだ。

上の写真左に見えている「長体ヘタウマ文字」は、これは私の世代ではない(後天的に会得した人はいる)。学生時代のバイト先で、三つくらい下の女の子がこういう文字を書いていて衝撃を受けたのを覚えている。ホリノウチさん、お元気ですか。


そういう描き文字の普及には、漫画が大きな影響を及ぼしていると思う。

しかし、以上の文字は女子の文字である。対して男子の文字はどうか。1980年代前半、小学生の間では、女子とは違う丸い文字が流行っていた。フォントでいえば、ボディいっぱいに看板文字のように描き、かつ丸める。ちょっと検索してもでてこないのだが、鳥山明の文字…というイメージだろうか。「さ」「き」の下部は続けて書く。「か」は丸く書く。「す」などはコミカルに書く。いま考えると、女子の丸文字と方向性こそ違えど、丸文字は丸文字だ。変形ナール体だ。小学生の頃、こうした文字は、サカイくんのがすごくかわいくてうまかった。お元気だろうか。



その、女子と男子をつなぐ存在として、『軽井沢シンドローム』(たがみよしひさ)の例を挙げる。形としては女子の丸文字に連なるようにも思えるが、レタリングといっていいほどに整った描き文字で、やはりナール体に近い。こうした描き文字による欄外の「照れ書き」は、80年代の漫画の特徴でもある。このあたりが、女子・男子の境界線で男子寄り、といったところでなのではないか。




* * *


もう一つ。個人の描き文字について。著者の偏執的な部分が表出したページといっていい。描き文字を採取するのはわかる。でも、それらをすべて切り出し、「あ」「い」「う」「え」「お」を並べ直す。すると、文字の傾向も見えてくる。描き文字は前後の文字に引きずられると思わせつつも、実は個々は独立しており、それなりの定型があるのを見て取れる。これ、自分の文字をすべて集めてやってみたい。

本文中には「三筆」と称して、つまりは「悪筆の三人」ということを述べたページがあるのだが、全く同じことを社内の三人の先輩方に名づけていた。三人とも、極端に筆圧が高いか極端に低いかで、ある人は、私が赤字を入れた校正紙に付箋でメモをつけてくれるのだが、その文字が読めない。「これ、なんて読むんですか」「(校正で入れた赤字が)『読めない』って書いたんだよ!」という、コントのようなことが起こる。


それとは別な人だが、こっそり撮っておいたものがいくつかある。「ば」だけ取り出すと、絶対に読めないだろう。また、上に「それなりの定型が」と書いたが、この人のをもっと撮っておくべきだった。一見、上の「しんばし」の二つの「し」は別の形に見えるが、「し」を10個並べれば、意外に安定した「定型」があるのかもしれない。



ほか、二つの例を挙げておく。「地名」だとわかれば読めるが、うち一文字を取り出したら絶対に読めない。「ギ」と「ボ」は、書き順こそ異なれど、似たような形になるとは、このオギクボを見るまで考えたこともなかった。


* * *

さて、このように、本書は読み手をしていろいろ語らせたくなる本である。私は、そういう本は超良書だと思っている。A5判でオールカラー208ページが1800円+税とは、いまのご時世では安い。

「いろいろ語らせたくなる本」と書いたが、文字を書きたくなる本でもある。いま、文字は書くよりも打つ方がずっと早いので、なかなか書かなくなりつつあるが、だからこそ、手書きの手紙をもらえばその労力と時間に敬意を感じる。もっと字を書こう。重荷にならない程度に。




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千葉で見かけた「シ写」

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

新潟の「潟」を「泻」(シ+写)と書くのは地元では当たり前なのだが、県外んショが見ると「なんだこれは!」と驚くようだ。この文字についての考察はいくつかサイトがあるが、それは検索していただくとして、千葉にこの「泻 」があった。干潟駅の近くだ。

そもそも「潟」がつく地名はそれほど多くない。全国的には秋田の大潟町・八郎潟が有名なくらいだろうか。ほか、新潟に圧倒的に集中している気がする。



駅名標に見る、ゴナから新ゴへの転換

駅名標に見る、ゴナから新ゴへの転換

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

JR四国の駅名標にも、ゴナ版と新ゴ版があるのに気づいた。

まず、新ゴ。
「が」「き」「さ」がもっとも特徴的なのだが、他の書体も「いかにも新ゴ」だ。

そして、ゴナ。

新ゴと比較できるものを選んだ。「か」「き」「た」、どちらがお好みだろうか?


たまたま10件の駅名標を撮影していたが、見比べると、感じの駅名がゴシックのものは新ゴ、丸ゴシック(ナール?)のものはゴナ。所在地表記がゴシックのものは新ゴ、明朝のものはゴナのようだ。隣駅を指す矢印が三角であるか矢印形であるかは関係ないようだ。

写研の「ゴナ」が席巻していた時代

写研の「ゴナ」が席巻していた時代

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

雑誌『東京人』2013年8月号に『写植の時代が教えてくれること』(正木香子)という記事がある。現在、出版物、放送におけるスーパーインポーズ(というのだろうか)含めてほぼすべて「フォント」、つまるコンピュータによる文字の出力となり、「写植」は壊滅したと言っていい。

写植の基本は、文字が打たれた印画紙である。その現物は手元にないのでお見せできないが、光沢がある写真プリントの紙に文字だけが刷られているとお考えいただきたい。

10年前にはまだまだ全盛期だった。「台紙」というものを写植機で作っていた。今で言えば、Illustratorの「アウトラインモード」と思ってもらって大差ない。

(イラレのアウトラインモード)

その台紙を作るために、デザイナーは「ここにこう線を引いて、ここにこの写植をこの大きさで入れる」と指定したレイアウト用紙を作っていた。電算写植機のオペレータはレイアウト用紙の上に「厚トレ」こと厚手のトレーシングペーパーを乗せ、罫線、文字をそれぞれ切り貼りして台紙を作っていた(ほかにも方法はある)。文字の訂正は、印画紙の一部を切り貼りする。文章は、張り直したときに歪みを出さないために、行ごと、段落ごと貼り替えることがある。それが、写植による誌面作りだった。

* * *

さて、書体の話である。

写植のデフォルトだった写研の書体は、いまのPCのフォントになっていない。そのために、生じたことがいくつかある。特に1990年代半ばから2000年代前半に多発した。

・Macのデフォルトで搭載されていたフォントのみでDTPしていた場合、ひどい誌面が多かった。デザインの基本…文字の大きさ、1行あたりの文字数、行間スペース、字間スペースを知らない人がレイアウトしたために起きた現象。また、フォントも数種類しかなかったため、非常に単調な誌面になった。
・太文字の王として君臨していた「ゴナ」(写研)ファミリーに飽き飽きされていたこともあり、極太のゴシックが多用されるようになった。極太の明朝は使い慣れない人が多かった。
・ゴナに変わり、「なんでも新ゴ」になった。個人的にはゴナのほうがずっと洗練された書体だと思っている。

2000年代に入り、加速度的にMac+QuarkXPRESSによるDTP化が進行し、写研書体を見ることはほとんどなくなった。写植時代、文字の装飾は、斜体、単色のシャドウ程度だった(シャドウを表現した書体があったほどだ)が、DTPではフチドリが多用される。さらにDTP化によって画像としての表現力が飛躍的に高まり、グラデーションを持った装飾が当たり前になった。それに見慣れてしまうと…「写研書体=古いデザイン」という観念が誕生する。

ご覧いただきたい。

家にあった、1993年初版の本。この「ゴナ+斜体」というだけで、なんと古くさく見えることか!

これは1989年刊。

タイトル文字にゴナ、というだけで、非常に強いノスタルジーを感じてしまう。バブルが終わってもまだまだ元気だった1990年代前半の空気を感じ、その時代の思い出にふけってしまう。この、ゴナに反応する気持ちは、きっと一生続くのだろう。

本当はもっと別のことを書こうと思ったのだが、長くなったのでここで。



関連項目
『「時刻表」はこうしてつくられる』(時刻表編集部OB編著/交通新聞社新書)










川口メディアセブン「かわぐちタイポさんぽ」

川口メディアセブン「かわぐちタイポさんぽ」

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

川口メディアセブンが主催する「かわぐちタイポさんぽ」に行ってきた。

タイポさんぽ(藤本健太郎著/誠文堂新光社)
『タイポさんぽ』刊行記念トークイベント「タイポがたり」

20130119036.JPG13時から17時ということで、4時間、みんなでぶらぶらと街歩きをするのかな…と思っていたらさにあらず。最初40分くらいは藤本さんのトーク。続いて参加者4人ずつ、50音順に組ませてエリアを分けて「ここを歩いて、すてきなタイポグラフィーを見つけてください」。15時15分にメディアセブンに戻って、全員の写真をスクリーンで鑑賞する…というもので、まさにワークショップだった。

川口、「ある」。上の「ディモア」はぼくのベスト2。

20130119037.JPGこういうのもあった。

20130119027.JPGマイベストはこれ。

20130119028.JPGかなりすてき。


あとは、もう羅列するしか。
20130119076.JPG講評というか鑑賞時、かなりの人が気に入ってくれたもの。

20130119053.JPGいいCup`s。

20130119045.JPG承。

20130119029.JPG「み」だけ取り出すと、たぶん読めない。

20130119024.JPG「城」だけ取り出すと、やはり読めない。

20130119014.JPG濁点の重なり具合がおかしい。

20130119042.JPGビニールテープ文字。ちゃんと文字の大きさを鉛筆で枠書きしている。

20130119013.JPG修悦体のようなものかと思いきや、ちゃんと「書いてある」。

20130119011.JPG「口」が小さい。

20130119005.JPGスターライズ。

20130119003.JPG「ω」のような。

20130119002.JPG川口の「総合文化センター」からしてこれだ。「いいへ」じゃないか?

20130119018.JPG「掲」。これはそこかしこにあるようで、これではない「掲」を撮っている人が他のグループにも何人かいた。

* * *

20130119001.JPGこういう地図を渡されて8グループかな、に別れて西川口と蕨を歩いたのだけれど、意外に「撮ってる場所」に傾向が出てきたのが興味深かった。駐車場、ゴミ捨て場、マンションの表札。また、周辺は歓楽街でもあるので、そうした看板もなかなかすごいのがたくさんある。

とはいえ、再開発やら建て替えが進めば、失われる一方。ダイナフォントに駆逐される日は遠くない。そんな中、ひとつのタイポグラフィーが消えようとしていた。

P1190385.jpg




 

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踊り字「々」

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

「々」踊り字(繰り返し記号)がある地名を書いていて、ゲシュタルト崩壊を起こした。
「々」が「クマ」に見えるのだ。あるいは「タ」にも「匁」にも「勺」にも見えてくる。




々々々々
 々々々々々々
     々々々々



位置によって、個数によって、ゲシュタルト崩壊しやすかったりそうでもなかったり。


そして、クマならば、こうだろう。

リラッ々


「々」は「ノマ」とも呼ばれるようだが、私はそれを耳にしたことがない。かつてはatokでも「ノマ」から変換できた記憶はある。



窒素ボンベのステンシル文字

窒素ボンベのステンシル文字

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

20130114_000.JPG鋼材屋さんの横に、窒素ガスボンベが何本かあった。よく見ると、ステンシル文字にもいくつかバリエーションがあることに気がついた。

20130114_001.JPG気がついたのは、これを見てから。左は「六川」だと思った。でも右を見ると「大川」だろう。

20130114_002.JPG「窒素」。右側の「窒」は、修悦体かと思うような大胆なアレンジ。カタカナにすればいいのに…とか言っちゃいけないんだろうな。

20130114_003.JPG「ガス」。右側の濁点の角度と、末端処理がいい。

冒頭の5本もあわせて考えると、ステンシルは文字の縦棒が主、横棒が従の関係になっているように感じる。ボンベにありがちなステンシル文字、ちょっと集めてみよう。


 

『タイポさんぽ』刊行記念トークイベント「タイポがたり」

『タイポさんぽ』刊行記念トークイベント「タイポがたり」

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

20121022_001.JPGタイポさんぽ(藤本健太郎著/誠文堂新光社)の刊行を記念したトークイベントがカルカルで開催された。



20121022_004.JPG

本に収録していない「タイポ」を中心に、「オハナライズ/スターライズ」から「ウェーヴ&カ~ル」など種類別に分けての鑑賞トーク。本ではとても愛のある 鑑賞文だったのだけれど、そこはトークイベント。愛は決して失わずに、本とは違った角度でのツッコミを入れたりして、「なぜ『タ』の点は☆化するのか」 「なぜ巻くのか」といった話を展開する。

●看板の文字は、時代の空気が封じ込められている。
 
20121022_007.JPGこれは、美容院の看板なのだが、実はこの書体は1965年に作られたCountDownという書体だったという。それを、天地を寸詰めて使っている。その際、「cut」の「u」を、本来のものでは「u」と認識しづらいと感じたのか、「v」に置き換えているという芸の細かさ。

<参考>
count down書体

ここで、眼を見開かされた文化論が展開された。最先端のニュアンスを持つ言葉が、一段階生活の中に落とし込まれたときに、こうしたタイポグラフィーが生まれるのではないか…という考察。「ファッション」という言葉が最先端だった時代には、その言葉を文字に入れ込むときに、なんとか先端ぶりを封入しようとした、だから「ファッションクリーニング」には「巻き」が含まれることが多いんじゃないか、と。その考察は、「古い看板を見ていると、その当時のレタリングの空気が、消えずに残っている」という見方に至る。

確かに、「ファッションクリーニング」とか「ファッション○○」という文字が躍っている看板は、少し時代に遅れた感がある。この「ファッション」の部分は、現代でいえば「デザイン」という単語が使われている。デザイン家具とかデザイン文具とか。「ファッション」以前は「文化」だった。文化住宅とか文化包丁とか。となると、いずれ「デザイン○○」という言葉や「そのもの」が、こうした鑑賞の対象になるかもしれない。1980年代の「ファンシー」が、既に鑑賞対象になっているように。

(このあたりの話は、USTアーカイブの55分くらいからある。いきなりそこを見ても理解できないので、最初から見るように!)

* * *
 
●すぐれたゲシュタルト崩壊文字は、彫刻に近づいて行く。

20121022_008.JPG後半は、ゲシュタルト崩壊から。

一連の文字列になっているとスッと読めてしまうのだけれど、一文字だけに注目しはじめると、突然、その文字とは認識できないデザイン性を感じることがある。

ここでは、ただでさえ鑑賞の対象になる文字列の中からそれを見出す試み。一つの文字をこれだけ大きく描くと、本当に、文字に見えない。そして気づく。「まるで、立体の彫刻のようだ」。そう言われると「大将軍」の「将」の字も、石の椅子に見えてくる。画像はアップしないが、本当にそう見えてくるからおもしろい。

20121022_017.JPG次いで「サニパックの仲間」シリーズ。個人的には、先のCountDownに通じるものを感じる。ここでは「ブラケットセリフがついた日本語は、だいたいヤバい」という見事な洞察で締めくくられる。

そして、最後のテーマは「恐怖」。

20121022_019.JPG説明するだけ野暮だろう。

* * *

トークの醍醐味は、話者と観客との場の共有感だと思っている。本を読むという行為は話者から観客への一方的な話だが、トークイベントは、観客から話者に雰囲気として感想をフィードバックできる。今日も、そのキャッチボールは大成功だったと思う。とてもいい空間を楽しむことができた。書体についてまったく知識のない人でも十分楽しめる構成だったと思う。


最後に。
私がこうした書体やレタリングに興味をもったきっかけは三つあって、ひとつはバンコのテンプレート、ひとつはかつての新聞の解説図版に添えられていた「書き文字」、ひとつは駅の駅名標の文字だ。

新聞の解説図版は、いまはPCによるCGに置き換えられてしまったが、たとえば事件現場の解説など、図には写植を載せずに、独特の手書き文字を載せていた。いま手元にそれが残っていないのが残念だが、等幅の細い文字で、看板文字のようにフェースいっぱいに書かれていた。読売新聞で最後まで残っていたのは、1面の「読売新聞」の文字(タイトル文字ではない)と天気図だった。駅名標は、「フォント」に取って代わられた。

テンプレートはごく一部でのみ生きのこり、新聞の書き文字と駅名標の書き文字は失われた。しかし、看板が時代の雰囲気を封じ込めるように、私は自身に興味を持った時の気持ちを封じ込め、その琴線に触れるものを「いいな」と感じているのだろうな、と思う。看板文字、大好きだ。

私の原点の一つ:駅名標

==

USTアーカイブはこちら。
http://www.ustream.tv/recorded/26324666

togetterまとめはこちら。
http://togetter.com/li/393690


 

天使と大便は字面が似ている

天使と大便は字面が似ている

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

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大好きな看板文字

大好きな看板文字

ゲシュタルト崩壊と言葉・文字

札幌市内を歩いていたら、すてきな書体にでくわした。かつての鉄道の駅名標などでよく見られた、極太の丸ゴシック。ペンキの刷毛の跡も見えるところがポイント。

現代は、この手のものでも簡単にPCで出力できてしまう。でも、20年くらい前までは、こういうのはプロの手によるもので、だからこそレタリングに憧れたんだよな。こういう文字が書けるようになりたかった。

雑誌の誌面をレイアウトするデザイナーのなかで、かつては手で割り付けていたことがある人は、こういう文字を書ける人がいる。写植(今ならフォント)は1文字の縦横サイズが等しく、かつ文字が収まるサイズがけっこうでかい。そして文字同士の間隔がものすごく狭い。そのため、そこにいっぱいいっぱい書くと、デザイナーの文字もこういう書体になりがちなのだ、と勝手にその成り立ちを思っている。

文字を手で書いてみるとわかるが、普通の人が普通に文字を書くと、けっこう縦長であり、1文字1文字の間隔も空いてしまうと思う。試しに、1cmの方眼をつくり、そこに文字をいっぱいいっぱいに書いてみてほしい。かなり横長に感じるはずだ。でも、それが、看板文字への第一歩。


とにかく、この美しい文字を鑑賞していただきたい。
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