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紀伊半島西部、御坊市の日高川にかかる国道42号の橋梁。流路をカンチレバートラスで、河川敷部分は北側を1スパン、南側を3スパンのポニートラスで跨いでいる。上の写真は西側(河口側)から。上流側には歩道がつけられている。

南側。左の親柱には「昭和三十年○月竣功」(←読めない)、右は銘板などなく単なる隅石である。

歩道を歩くと橋脚が2組見える。これは後述する。

まずは銘板。

昭和30年(1955)
和歌山県建造
内示(昭和14年)一等橋
製作 汽車製造株式会社

吊桁との接合部を見る。道路に継ぎ目がある部分の両脇の垂直材から右が吊桁。


上弦、加減ともピン結合。

北側の右の親柱には「天田橋」。あまだはし、と読む。左は南側と同じく隅石的なもので銘板ナシ。

北側、ポニートラス部分とその向こうにカンチレバートラス部分。

* * *

さて、橋脚について。
こういう石積のものが二つと…

コンクリート製のものが一つ、ある。

天田橋で検索をかけたら、GNRがトップでヒットした。既に@golgodenka さんが検証していた…ので、詳細はGNRにお任せするとして、土木学会の橋梁史年表で見ると、下記のような変遷を経ているようだ。●は確定、▲は御坊とは書いていないが橋長からしてこの天田橋だろうと推測できるもの。

●(1)1876-3 橋長(m): 113 幅員(m): 1.8 形式: 木橋 下部工: 特記事項: これ迄は渡船。1876年7月流失。 1887年架替え

●(2)1887年 (1)の記述より。

●(3)1902-1 橋名: 天田橋 ルビ: あまだ 開通年月日: 1902-1 橋長(m): 166 幅員(m): 2.7 形式: 木橋 下部工: 特記事項: 場所: 和歌山県 御坊市 河川名: 日高川 出典:

▲(4)1905-3 橋名: 天田橋 ルビ: あまだ 開通年月日: 1905-3 橋長(m): 幅員(m): 道路 形式: 木橋 下部工: 特記事項: 1912年当時はL=164 b=3.6 板橋。1919年8月,1925年,架替え. 1928年6月2日流失 。1930年12月架設、流失。 場所

▲(5)1919年 架け替え(4)の記述より

▲(6)1926年 架け替え(4)の記述より

▲(7)1931-11 橋名: 天田橋 ルビ: あまだ 開通年月日: 1931-11 橋長(m): 186 幅員(m): 5.5 形式: 下路単純トラス橋 l=1x45.7 プレートガーダー 播磨造船所製 木桁橋 下部工: 特記事項: 1953年7月18日一部流失、9月 復旧 ,1954年      

●(8)1955-12-9 橋名: 天田橋 ルビ: あまだ 開通年月日: 1955-12-9 橋長(m): 304.2 幅員(m): 7.58 形式: 下路カンチレバートラス橋 l=3@51.1 単純ポニートラス橋 l=(3+1)x36.5 上部工 汽車製造 下部工: 空気ケーソン基礎基礎 下部


国土変遷アーカイブから、1947年撮影のものと2008年撮影のものを見比べ、GIFアニメを作った。

http://www.bannerkoubou.com/photosharing/image_view.php?data=9074.gif

ここから時代と照らし合わせて、石積橋脚は(6)以前のもの、コンクリートは(7)のもの…と推測した。果たして、答えは?










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