こうして比べると、時代によって跨線橋というか公共の通路への考え方の違いがあることがよくわかる。国鉄時代の跨線橋というのは単なる通路であって、客は一刻も早くその場から逃げ出したい空間だが、最新の通路は少しでも長くそこにいてもらう場所、いやそれだと誤解を招くな、またそこを利用してもいいと思わせる空間である。 当初、階段は大宮側のみだったものの、のちに高崎側にも増設されている。 PR |
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