内容は、破綻している論理や職業倫理をベースに、現場の声を聞け…というもの。小卒、中卒の「(資本家に対する)労働者」の声を集めたものだ。その合間合間に、今となっては語る人も稀な現場の姿が活写されているのが貴重だ。 現場の姿としては、大井工場、志免炭鉱、戦時中の女子駅員、石炭ボイラ時代の青函連絡船、大船工場、有楽町駅、保線、電力工手、職員の妻たちといったもの。本書の中で展開されている主張は、いまとなってはあまりに幼稚、わがままな論理で組み立てられているのだが、その主張はそのまま受け取るのではなく「当時はそんな働き方でも許されていた時代だった」という認識をする程度に止めておくほうがいいだろう。論理の是非ではなく、時代というものを感じ取ればいいのだ。 私に取っては、時代を感じ取るというよりも、「当時の(資本家に対する)労働者の姿」がやっと少しリアリティを持って見えるものに出会ったというほうが適切か。戦後の労働運動を牽引してきた官公庁労組…だの国鉄の分割・民営化だのの話は、大卒キャリアや頭脳明晰なトップが書いたものはたくさん読んできたが、彼らの話、「職員は仕事の効率を上げることを否定する」ということが本当だったことがわかる。 「メンテナンスフリーの新型車両が入るのは職員が不要になるから拒否する」という理屈、「不要になった職員は別の職務を与えられるために転勤を命じられる、これを拒否する」という考え方、これらが通じていた時代。それを許容していた世間。 * * *
国鉄には文芸趣味を持つ「労働者」はたくさんいた。本書に登場するのもそういう人々だ。彼らの文章にはひとつのパターンがある。古典や文豪の作品を引き合いに出すのだ。そしてその登場人物や物語に、なにかをなぞらえる。ふと気づいた。これは厨二病じゃないか。そうか、そうだったのか。ひとつ、彼らのことがわかった。 PR |
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