
駅舎内部。奥が駅務室だったところだ。右に台があるが、これは荷物窓口の跡。左に切符売り場があったはずだが、埋められている。宙に浮いてるパイプは駅務室から、待合室を横切って妻側に抜ける煙突。
さて、本題は駅舎ではなく、向かって右に並んでいる駅のトイレ、「駅便」である。
ホーム側も同じ構造だったようだが、出入り口は塞がれている。

振り返ると「清潔清掃」。もう何十年、ここに貼ってあるのだろうか。無人化は1983年。
天井の電球は、白熱灯型蛍光灯か。碍子と、裸の電線が現役だ。屋根は雨漏りがあるようだ。
駅舎に向かって右に、つぶれた建物がある。これは駅便だった建物だ。
振り返れば駅前通。左の建物は車庫になっていて、地元の会社の道路パトロールカーが出入りしていた。周辺にはもちろん人も住んでいる。
駅舎内部は倉庫として使われているようだ。向こうは改札口、写っているのは私…。荷物窓口の台もきちんと残っている。こんな駅舎を手に入れ、ここにバイク乗り入れられる別荘にしたい…。
窓は二重窓。内側は木桟のままで、外側のみサッシに更新されている。中には畳敷きの部屋がある。もうずいぶん使われていないようだ。
記念館前の広場から柵越しに撮ったもの。奥がホームだ。ホームに対し反対側=駅前広場側に入口たる衝立がある。その衝立も、落ち葉などのせいか、圧迫されつつある。
天地方向のパイプは建物の基礎から飛び出しているので、きっとこちら側が個室であり、このパイプは換気扇だろう。
いまのJR吾妻線は戦時中に群馬鉄山からの鉄鉱石輸送のために敷設された路線だ。長野原から北へ6km弱、太子(おおし)駅まで専用線が伸びていた。戦後、旅客輸送もなされたが、1970年には休止。以後45年経ち、かつてのホームととともに「駅便」が残っている。この駅便は公衆トイレとしていまも使われている。
男子用の朝顔が三つ。しかし、旅客営業していた当時でさえ三つも必要だったのかどうか。
個室には小振りな便器。清掃が行き届いているということは、放置でもなく、誰も使っていないわけではないということ。木桟の窓が少し開いていた。
天井の電球は取り外されていた。配線は剥き出しの銅線か。
太子駅全景。左が道路で、そのさらに左の山越しに、鉄鉱石がこのホッパーまで来ていたようだ。連れて行ってくださった丸田祥三さんによれば、このホッパーはつい去年まで半分以上は土に埋もれて木が生い茂っていたそう。それが、きれいさっぱり土砂が取り除かれている。「数十年かけて積み重ねてきたもの」を除去してしまったということだ。
車掌車を改装して駅舎とした駅は多いが、この勇知駅の駅舎はとてもきれいな形に改装されている。前面をアルミ材で覆い、内装もデコラを貼っている。駅周辺はそれなりの規模がある集落で、人が住んでいる=利用者がいる、ということが、こうした改装を実現した理由かもしれない。
清潔に保たれた内部。窓は種車のとおり二重窓。奥左は用具入れ、右がトイレ。かつてのデッキをつぶし、車室とつなげている。
トイレ。ユニット…ではなく、現物あわせで作ったものだろう。このような駅でトイレットペーパーが備えられている。また、利用者がいるというのも失礼ながら驚きだ。
入口側を見る。
(Mr-haruka GFDL)
宗谷本線抜海駅。正面および玄関付近の外板が更新されている。牛山隆信さんのサイト『秘境駅へ行こう!』での2002年のレポートではまだ板張りだ。
しかし、『日本の駅』(鉄道ジャーナル社刊、1972年)ではこのような形で掲載されている。中央部分を凹ませたのか、向かって左を出っ張らせたのか。屋根も外板も更新されているので、羽目板の数を数えても意味がない。遠近感の印象からすると、向かって左を出っ張らせているように見える。
更新された部分の窓。二重窓で、内側は木の桟の三段窓。ということは、ここが当時のままか。
対して、向かって左の出っ張り部分の窓。木枠ではあるが、本来はここも上と同じ木桟の三段窓だったはず。ということは、やはりここを増築したものか。
入口の雪切り室入って右に木の戸がある。ここが便所だ。左の赤い戸は待合室への入口。
ガラガラと戸を開けると、そこには朝顔と個室。もちろん清潔。個室の便器の前には「もっと前」。現代の感覚からすると、便器にまたがるときの前後が狭すぎる…。
待合室への戸はなぜか赤。周辺の壁の腰板は水色。
待合室内部。右が入口で、両開き戸。足ふきの位置…とでもいおうか、そういう雰囲気の床の位置が戸とずれている。左はホームへの戸。
反対向きに。右、ホームへの戸は引き違い戸。
上は駅舎側(下り線)の駅名標、下が対向するホーム(上り線)の駅名標。上は新ゴ、下はゴナ。つまり下のはJR化時に架け替えられたもの、上はその後更新されている。
越後線の小木ノ城駅。延長されたような待合室と、とってつけたような風よけつきのホーム上屋。JR東日本にはあまり見ないタイプだと思う。長電ならこういうのがありそうな感じ。
建物財産標があった。
ホームへの出入りは、その外側の通路周辺の雰囲気は、まるで道路のスノーシェッド周辺。突き当たりに見えるのが駅便。
このヒビの入り方は、コンクリートブロック積みだろうか。冒頭の待合室も「CB造」である。汲み取り式で、なぜか臭気抜きの配管が真上ではなく屋根下を這ってオフセットされている。
さて、内部。入口から向かって右手に男子小用が3、左手に個室。男子小用は1980年代頃まではよく見かけた便器のないタイプで、立ち位置下部に舌状の彫り込みがある。女性はこうしたトイレを見慣れないかもしれないが、いまでも、男子小用便器の下のこの位置だけ金網になっているトイレもある高速道路の小さなPAなどでも見る。
そして個室。個室の柱も水色に塗られている。扉は、まるで当時の家庭用の扉のような薄い合板製で、木目の壁紙が貼られている。把手は回転式のノブではなく「把手」である。内側には凸があり、それがバネでひらく二つのローラーの間に挟まるタイプ。それが二組ついている。戸棚などではよく見るので写真を撮らなかったが、部品の名前を知らないので写真を撮っておくべきだった。
個室内部。清潔に保たれている。便器の汚れはホコリである。右隅に物置がある。木枠の窓の鍵はねじ式だ。