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複雑に入り組んだ谷筋の一角が、少しだけ開けた集落になっている。そこに、白くなってしまった給油所があった。閉店してまだ間もないのか、敷地内はとてもきれい。自動洗車機も使えそうだった。

壁を見ると、JOMOの、なんともいえない□○○□が見えていた。ENEOSにならずに閉店したのか。JOMO、ということは。

共同石油のマークを見つけた。

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野尻水路橋の近くに、こんな壁があった。おそらく「向こう側」のENEOSは以前はこちら側にあったのだろう。

このENEOS、以前は当然、JOMOだった。少し前の地図を見るとそう書いてあるし、gogogsを見るとJOMO時代の写真が出てくる。それでも、20年以上、ここにこうして共同石油のトリコロールが残っている。いや、おそらく残してある。

20121020_002.JPG国縫から国道5号の内浦湾沿いに函館方面に向かっていると、落部のあたりで右側に「G」が見えた。共同石油のマークである。もしかして給油所跡か? と思ったが、民家の庭先の灯油タンクだった。

共同石油のロゴが大好きだ。まだJOMOになる前、バイクのガスはいつも共同石油で入れていた。その刷り込みは、おそらく小学生の頃に見たKATO(当時は関水金属と言うほうが通りがよかった)の鉄道模型、DE10が、共同石油のロゴをつけた青いタキ43000を牽引する写真にときめいたせいかもしれない。

いま見ると、このロゴはドライヤーのようにも見える。


20121013_003.JPG三笠鉄道記念館に向かう交差点に「三笠トロッコ鉄道 クロフォード駅」がある。この日も運行していたようだ。三笠市街側のこの駅が事務所のようだが、どう見ても給油所だ。10年ほど前の地図を見ると、ここにはJOMOのロゴが記載されていた。

それほど土地には困らないだろう場所なのに、なんだか窮屈な配置だと感じる。向かって左側の防火壁の形が不自然。なんらかの理由があってのこの形状なのだろうが、この形だからこそサービスルームがこの位置にあるのか。もし、きれいなコの字型を描けたら、サービスルームはどちらかの隅に寄せられたことだろう。

20121013_005.JPGしかし、防火壁といいサービスルームといい、わざわざすべて塗り替えるとも思えない。もしかしたら、JOMOからいったんノーブランドになり、そして廃業したのかもしれない。

20121013_004.JPGここには車両が2両、展示されている。1両は「馬車鉄道」という銘板のつくもので、馬車鉄道用の木造客車にタイヤをとりつけたもの。所有の自動車で牽引するのだろう。

20121013_001.JPG正体未詳の機関車。ディーゼルだろうか。

20121013_002.JPG20121013_000.JPG.

ここは、とてもおもしろいことをやっている。車両群を見ても、仲間に入れて欲しいと思ってしまうほど。遠いから無理な話だが、末永く運行が軌道に乗っていてほしい。

車両の紹介ページ→http://www.karamatsu-train.co.jp/mikasa/mtr-sharyou.html
 
右奥に見える和賀仙人橋(岩手県)のたもとには、こんなものもある。
20120729.jpgJOMOの痕跡と思うのだけれど、岩手電気工業の敷地内にしか見えない。ちょっと古い道路地図を見ても、ここには給油所のマークはない。一般向けのものではない可能性もあるが、それにしても壁はJOMOだ。

画面左には、白く塗られた有蓋車がある。ワラ1かなにかだろうか。

ここは工場の敷地内なので、中に入るのはためらわれる。よって、まったく観察できていない。残念。




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