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P1020860_R.JPGお台場の『東京カルチャーカルチャー』で開催された『トーク・ザ・軍艦島』に行ってきた。親しくさせていただいているオー・プロジェクトの方々のご尽力で、軍艦島出身者にして「軍艦島を世界遺産にする会」理事長の坂本道徳氏を招いてのトークライブである。今回、ツイッター上で知り合った@Sheela111氏と落ち合い、特等席で拝見した。

坂本道徳氏は筑豊の宮田で生まれ、小学校6年の時に御尊父の仕事の関係(つまり端島に就職したということだ)で端島に転居。以後、高校卒業までを端島で過ごす。その「筑豊生まれ」という経緯があったため、氏は端島を客観視できるようになったという。ご婦人は端島生まれのため、端島の何が「すごい」のかの感覚が異なるという。

坂本氏の話が続く。元島民でなければ持ち得ない感情を、端的に語っていく。印象深かったのは、
私にとって、軍艦島=端島、ではないんです
といったくだりだ。住人にとってはあくまで「端島」であり、「軍艦島」などとは呼称しなかった。なぜならば、「軍艦島」は九州本土から見た形であり、その島にいる人たちにとっては島を外から見た姿など関係がないからだ。また、
長崎の人たちは端島を知らない。一方、関東、関西から来る人のほうが、よほど端島のことを知っている。
というお話も印象に残った。これもそうだ、海上に浮かぶ炭鉱で働く人たちは、みな外から来た人たちである。一般に、炭鉱夫というのは炭鉱から炭鉱へと移る。つまり長崎市内の人が有力な就職先として端島を選ぶ、というようなものではないので、長崎市内の人たちにとって、軍艦島は「よくわからないけれど、県外の人たちが働きに来るところ」的な意識となる。軍艦島が自分たちの郷土の一部だ、という感覚にはならないのである。

そのほか、工夫の入る風呂には子供たちは入らない、とか台風の時の高さ50mにならんとする波しぶきの話、とか端島は意外に青春の活動が活発で、デートコースも初級、中級、上級みたいな感じでいくつもあった、などという話がぽんぽん飛び出してきた。



P1020875_R.JPG約3時間のトークライブの後、有志、といっても30名ほどで新宿へ移動し、写真展へ。私は初日に見ていたが、坂本氏の解説がつくというのでもちろん同行。会場はそのとき10名ほどの方々がいらっしゃったが、そこに我々が入ると相当に狭くなってしまった。そんななかで坂本氏の解説や質疑応答が始まる。一般の方々もその説明に聞き入っていた。当たり前だ、こんなに重みのある声はない。


約1時間後、懇親会へ。ここから参加された方も多く、軍艦島の写真集を出されている大橋弘氏もいらした。ここで約3時間、ほとんど初対面の方々ばかりだったが、あっというまに時間が過ぎた。



P1020882_R.JPG坂本氏が中心となって制作した『軍艦島 住み方の記憶』
も購入。


坂本氏にとって、端島とは? 世界遺産とは?
世界遺産とは、「いまここにある建物を保存するもの」ではなく、「未来のためのもの」である。
広島の原爆ドームを例に、「原爆ドームは、これを見た人が平和を願うようになるという役割を持っている。もし世界が完全平和になったら、戦争の象徴たる原爆ドームは不要になる。それと同じく、端島も、かつてここに日本にエネルギーを供給するための石炭産業があり、やがて輸入の化石燃料に頼るようになり、当時の組合の条件闘争により黒字のうちに閉鎖したという経緯が広く人に知れ渡ればいいのであって、建物を見ることを目的とするのではない。坂本氏は長年の自問自答の末、いま、このような見解を披瀝されている。
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