忍者ブログ
[1254] [1253] [992] [1255] [1251] [1252] [1247] [1250] [1249] [1248] [1246]
JR四国牟岐線の海部駅に着く直前にある町内トンネル(まちうち)。ホームからこのように見える。大井川鐵道地名駅付近にあるような覆いではなく、こちらは本物のトンネル。かつては山があったものが、開削されて躯体だけが残ったものだ。

この区間の開通は1973年10月1日。

空中写真で見てみよう。
(国土変遷アーカイブより。1975年11月2日撮影。CSI7513-C13B-23。リンク先をぜひご覧ください)
黄色いルートが牟岐線、矢印の先が町内トンネル。

線を除去する。
すでに開削されている(後述追記参照)。開通から2年後には、すでにトンネルではなくなっていたということで、ということは開通を2~3年待てば、トンネルを掘る必要がなかったということだ。

では、それ以前はどうだったのか。
(国土変遷アーカイブより。1968年10月2日撮影。SI685Y-C9-13。リンク先をぜひご覧ください)

1968年にも、隣接する国道55号は開削されているようだが、この町内トンネルの場所はまだ「山」だ。だからこそ、トンネルを通したのだろう。

それにしても、前述の1975年の空中写真を見ると、大きく開削されたものだと感じる。現地に経つと、ここに山があったとはちょっと想像できない広さだ。

【2014年1月5日追記】
サイト『轍楽之道』の寺田牧夫さんから、1975年8月の海部駅の写真を見せていただいた。そこには、ポータル上、数メートルの土かぶりしかなくなっている町内トンネルが写っていた。また、ライターの土屋武之さんから、宮脇俊三さんの『時刻表2万キロ』における海部駅の記述で、すでに開削されたことが描かれており、氏の訪問日が1976年5月7日だったとご教示いただいた。となると、1975年8月から翌年5月までの間に開削されたということがわかった。お二方のご教示に感謝申し上げます。





PR


Copyright (C) 2005-2006 SAMURAI-FACTORY ALL RIGHTS RESERVED.
忍者ブログ [PR]
カレンダー
03 2017/04 05
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
カテゴリー
twitter
twitter2
プロフィール
HN:
磯部祥行
性別:
男性
自己紹介:
メールはy_磯部/blue.ぷらら.or.jpにお願いします。日本語部分等は適宜置き換えてくださいませ。
バーコード
ブログ内検索
アーカイブ
カウンター
since 2010.7.30
アクセス解析