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最初に断っておくが、常総市での鬼怒川の氾濫に象徴される「平成27年9月関東・東北豪雨」が生じる前から入手していた本である。読み始めたのは「その後」だったが。

本書のサブタイトルに「治水」と「水防」という言葉が見える。これを切り分けて考えたことはなかった。「治水」は河川を制御する為政者側の考え、「水防」は自ら水害に備える住民側の考え、と読み替えるといい。

本書は豊富な水害の事例を挙げ、そこで浮き彫りになった問題点を突く。目次を紹介しよう。初版は1985年の本なので、1982年の長崎水害から話が始まる。

序章  パニック--長崎水害の教訓
第一章 治水のフォークロア
 全国各地の水防の知恵が90ページ以上にわたって紹介される。
第二章 水防の騒乱
 利根川の中条堤という水防の考え方
第三章 利根川治水の展開
 前章を継ぎ、特に明治以降の利根川への治水の考え方の変遷
第四章 治水と水防の変遷と構図
 近代の治水史
終章  近代治水の課題

おそらく、土木に関することを読むのが好きな人は、第一章と第四章に大きな興味を持てるだろう。ここだけ読んでも本書の目的は達せられると思う。繰り返し、水防と治水のことが出てくるからだ。

大河川近辺には、数多の氾濫の痕跡があるのは、このブログでも何度か採り上げている。また、そうしたところでは、比高地(高台になっている場所)には古い集落があることも知られている。それは「水防」の一つの姿である。家の立地は洪水に備えているのである。

カシミール3Dで見る新潟県(旧)上越市と旧頸城村の境、保倉川の氾濫原と蛇行跡
柏崎市 鵜川の改修跡と元・氾濫原
沢海に見る阿賀野川の氾濫の跡
旧河道近くの集落は高台にあるということ

また、堤防も、古くから水防の施設として議論の的となってきた。本書は利根川の中条堤(*)とその考え方を頻繁に採り上げる。その中条堤のおかげで、明治以降、利根川の治水が迷走してきた経緯も丹念に説明する。利根川は、全国の他の河川に比べると、為政者も住人も、また社会的な背景も加わってなかなか整合性のある施策がとれなかったようだ。

(*)利根川の流量が増えたときには、中条付近(ちゅうじょう。いまの埼玉県行田市・群馬県千代田町の行田側)に溢れさせ、中条堤という利根川に対して枕木方向につけられた堤防で受け止め、中条堤より上流部を遊水池のように利用し、下流域を守る水防の方法である。こうなると、中条堤の下流は「堤防を強化すべし」という意見になるし、上流は「少しでも低く」となる。

こうした話を、水害は特殊な災害であるという観点で語られていく。どう特殊なのかは、本書で繰り返し述べられる。
* * *

中条堤について。

下の地図真ん中よりちょっと左の黄色い部分に「酒巻」とある。ここが狭窄地点だったところ。左側の右岸、山型に左下に伸びる(福川の旧河道の右岸に沿う)堤防が中条堤、これを「枕木方向」と表現した。つまり、下の地図の左の三角に溢流させることで、地図右側(下流)を守っていたのだ。
 
(kashmir3D+5mDEM+数値地図25000、以下同)

上の地図の左。標高の色は地図ごとに変えてある。
 
この地図の右側が溢流部地図中央あたりは、旧河道がよくわかる。

そのさらに左。やはり、旧河道がよくわかる。
 

* * *

水防も治水も、洪水という災害に対する活動である。近年、災害に対して行政に100%の完璧な予防を求める声が大きいのに個人的に辟易しているが、30年前の本書では、治水と水防が近代に分離したために「水害が起これば行政の怠慢だけが指摘攻撃されるようになり」、公害などの人為的な災害は本来「徹底的に防止」されることが求められるのに「被害を軽減する」という方向になり、地震や噴火などの自然条件での災害、水害などの自然に働きかけることによる災害は「徹底防災」が求められるようになったと指摘している。これは現在でも通用する指摘だ。

こうした水害に対する概念と「水防」という知見が大きく広まることを期待したい。



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