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ジェイ・ダイナーの思い出(100系カフェテリア編)
ジェイ・ダイナーの思い出(100系カフェテリア編 その2)
ジェイ・ダイナーの思い出(コーヒー編)
ジェイ・ダイナーの思い出(大阪まで1日2往復する話)
ジェイ・ダイナーの思い出(0系Y編成・こだま編)
ジェイ・ダイナーの思い出(遅延の話)
ジェイ・ダイナーの思い出(100系11号車多目的室)
の続き。

もう公開しても差し支えないだろうと思うので公開する。

もっとたくさん持っていたと思うのだけれど、アルバイト(「東京クルーセンター」に所属する「メイツ」といった)行路表が2枚、出てきた。クリックで元画像に飛ぶので、拡大してじっくりご覧いただきたい。

まず、平成5年3月改正対応版(4月16日修正)。それまで朝晩、東京~新大阪の2往復だった「のぞみ」が、毎時1本、東京~博多間を運転するダイヤとなったときだ。バイトが乗るのはほぼ「ひかり」「こだま」で、一部「のぞみ」がある。「のぞみ」は女性しか乗務できなかったが、稀にどうしても人手が不足したときは男性を乗せた。

種別は列車番号でわかる。この頃は、
1~ 「のぞみ」博多
301~ 「のぞみ」新大阪
31~ 「ひかり」博多
81~ 「ひかり」広島
101~ 「ひかり」0系新大阪
201~ 「ひかり」100系新大阪
401~ 「こだま」
となっていた。
 
「編成」のGは100系カフェテリア、Xは100系X食堂車あり、(ここにはないが)Vは100系グランドひかり、N・Hは食堂車のある0系、Yはこだま用0系(ビュフェが5号車にある)、F・Jは300系「のぞみ」。イレギュラーな行路として、92Aは、本来は0系食堂車のみに乗務する広島営業所がG編成を担当している。そういうときは、カフェテリアに0系の商品が並ぶ。例えば、カフェテリアのジュースは「キリンHYPER70」だが、それは売らずに「POMつぶオレンジ」「POMつぶグレープ」を売る、という具合に。

「担当」は営業所(バイトとは無関係)。「釣り銭」「ワゴン」「(コーヒー用)ポット」とは、G編成において、ワゴン・釣り銭・ポットごと乗り降りするもの。東京と大阪にそれぞれ「基地」があり、1日にやりとりする本数が決まっていた。もちろん、出る数と受ける数は同じになる。それ以外の行路は、社内のワゴン使い、社員が持ち込んだポットでワゴンを仕立て、社員から釣り銭を預かり、販売後に釣り銭と売り上げをすべて社員に渡す。

時刻のところに▲印があるのは、泊まりの行路。泊まりの様子についてはジェイ・ダイナーの思い出(100系カフェテリア編 その2)を参照。

列車番号が6000番台の列車、つまり季節運転の列車もいくつかある。運転しない日は、別の列車に乗っていく。その場合、所定2名を4名にしたりする。逆に、人手が足りない場合は、所定4名のところを3名、2名にしたりする。0系「ひかり」と「こだま」は割を食うことが多かった。なぜなら、0系「ひかり」は食堂車があり、乗務する社員の人数も多いため、なんとかなるのだ。100系G編成は社員は2名しか乗らないため、カフェテリアの売店しか稼働できなくなる。もっとも、どうしてもという場合は、売店を1人にしてA車だけ販売に行ったり、グリーン車のスタッフ(社員)がカゴで弁当類のみ売りにいくこともあった。

 
上記行路に対応する、「のぞみ」社員乗務員の行路表(1993年5月)。23班で回している。200番台は「ひかり」G編成乗務。「分割」は列車がないので他の列車に回る。ほとんどは日帰りか1泊だが、中には2泊3日の行程も見える。「のぞみ」社員乗務員は「東京クルーセンター」に所属していた。

 
こちらは「G編成」社員乗務員の行路表(1993年5月)。こちらは17班で回している。バイトはこうした表を社員から入手し、「誰の列車に乗るか」を決めることもあった。単に「あの人は優しいから」ということもあれば、「お目当ての人」を追いかける人もいた。逆に「あの人はうるさい」と避けることもあった。こちらの社員は「東京営業所」所属だった。

続く。



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1995年夏、バイクのツーリングで初めて北海道に行った。当時は「テントは山でやむを得ず張る物だ」という主義のもと、屋根のあるところで寝ることにして荷物を減らしていったと思っていたのだけれど、当時の手帖を見たら思い出した。テントを持っていたんだけれど、天気が悪いことと、安価に泊まれるので一度も使わなかったんだった。そして、行き当たりばったりの行程ゆえ、3泊がライダーハウス、3泊がツーリングトレインとなった。

「ツーリングトレイン」とは、釧路駅・根室駅と、確か富良野駅に、JRが旧型客車を留置し、旅人に安価で寝泊まりさせてくれた施設。内部は「お座敷客車」のようにフラットになっていたと思う。まったく記憶がない。上の写真は根室駅の「ツーリングトレイン根室」だ。

 
そのときに受け取った案内。見ると、ホームのない線路に留置した客車だ。上の写真を見るとわかるが、ホームの上にバイクを駐車できたようだ。1995年7月30日。朝、苫小牧に上陸し、襟裳岬を経由して根室まで走った。初めてのバイクでの北海道、とにかく走りたかった。

 
そこで出会った人たち4人で、翌朝、納沙布岬の日の出を見に行った。曇天が予想されていて、案の定見ることはできなかった。

 
こちらはツーリングトレイン釧路の案内。根室は2両だったが、こちらは4両だ。

 
ツーリングトレイン釧路の領収証。駅長印を一つ一つ押している。ナンバリングスタンプ、8月3日のは6桁だが、翌日のは3桁だ。なぜだ。


●関連項目
えさしYOUの思い出










官僚組織というものがこうなのか、一般企業はこれが当然で、中小企業が異常なのだろうか。まあ、官公庁や大企業というものは経済新聞に管理職の異動名前が載るくらいなので、これが世の中の標準なのかもしれない。

ここに示すのは、保存されている北見滝ノ上駅に掲示されている、職員の名前の札である。同様のものが三つあり、どういう「格」なのかわからないが、まずはこれ。


 
おそらく、上が北見滝ノ上駅。そして下が濁川駅のもの。これらのような駅にまで、総裁の名前が掲げられている。次いで北海道総局長、旭川鉄道管理局長、総務部長、運輸部長、工務部長、地方線部長。両駅で氏名の異なるものは、単に書き換えをしていなかっただけだろう。仁杉氏を除き、読める名前を検索してみると…

大森義弘(下写真の「宏」は誤記)…JR北海道初代社長
清水英朗(「郎」かも)…不明、JR北海道関連
天谷昭裕…JR東海専務、JR東海のセントラルタワーを擁するジェイアールセントラルビル社長
稲垣 優…
羽賀 肇…運輸大臣官房国有鉄道改革推進部施設課新幹線環境対策室長、JR東日本東京工事事務所、東北工事事務所長
前川 進…

となった。

上写真の「運輸長室」は下写真によれば「名寄運輸長室」だ。このポストは現業のかなり優秀な人がなるようだ。下段には、北見滝ノ上駅の駅員が書いてある。駅長1名、助役2名、営業係4名。「浊川駅」という略字が使われている濁川駅は、営業係が2名に営業管理係が1名。

下写真では、何駅の…とは書かれずにダイレクトに営業係が1名のみ。上写真から、これは濁川駅のことだとわかる。すぐ左に「管理駅 北見滝上」ともある。掲示されている総局長は北岡寛太郎、のちのJTB理事。経理部長の名前もある。

こういう名札の掲示を見ると、「幹部と現業」という職制上の完全な分断を感じる。まだ「学士」が高卒までと大きな違いであった時代の話だ。

 
こちらは北見滝ノ上駅か濁川駅での貨物の「顧客御芳名」だろう。こういうものが札になっているということの意味がまったくわからないが、そういう慣習だったのだろう。両駅とも引き込み線が多数あった。

 
現存する濁川駅舎。






 
いまだに5万分の1地形図には一部の線路が載っている(数値地図に残る鉄道の亡霊と誤記)渚滑線の終点、北見滝ノ上駅跡は資料館になっている。

 
 
これだけのものを散逸させずに遺してあるのは、素晴らしい。

 
ガラスケース内に『日本国有鉄道百年史』等もあるのだが、閲覧できないので完全な死蔵なのは非常にもったいない。そして、こんな塊もある。いささかの偏りがあるような、ないような。


私は、展示の目玉は、このハンコ群だと思う。和文タイプすら学校に1台とかしかなかった時代、きっぷは基本的に手書きとハンコでつくられていた。駅名だの列車名だの、手書きなら一瞬なのに、わざわざハンコ。「活字に準ずる」ことが、社会的に求められていたのか。

この箱には経理的ないろいろが見える。「糞尿汲取代」などは、いかにもだ。「自動車税」「軽自動車税」があるということは、駅管理の自動車があったのか。「自動車取得税」まである。「水料」とはなんだろう。「軟水道料」とは公共水道か。

左には「新富士 十条岐線入」「苫小牧 王子岐線入」「新旭川 国策パルプ岐入」などがある。木材の集積地だった北見滝ノ上から製紙会社に発送していたのか。

 
「父」「母」「妻」「妹」「弟」「長男」「二男」「三男」「長男」「二女」「三女」「四女」などというものは、職員のなんらかの書類に使ったのだろう。子供が多い時代のものだろう。「青木勇」という個人名もある。

 
「日本通運株式会社 北見支店長 山口昭治」。貨物の発送に関するものだろうか。貨物顧客については別項で記す。「無効印」も完備している。

 
「山田明義 291 3650」などは、職員だろうか。「尾碕勝義 310 9612」は、同じ尾碕姓の女性名の印鑑がある。家族だろうか。別項に書くが、氏名は、廃止時の職員ではない(異動済み)と思われる。

右上、貨物用だろうか「○○材 ○丸太」と読める。左上、「職員」「 耺員」がある。こうしたハンコは、中央で作られて一律全国に配布されたのだろう。ここまでが、内部用のハンコだ。

 
ここには窓口で使われていたと思われるハンコが収納されている。名寄本線各駅名や優等列車の印、そして何らかの割引である「学41」「添33」「救31」「身81(51?)」「障83」「介85」など、なかなか見る機会のないものもある。

右には駅名や列車名。こんな…といってはなんだが、盲腸線の終端駅でも、本州の「ゆうづる」「はくつる」「みちのく」は印鑑が用意されていたのだ。駅名の「仙台」「女川」などは貨物用だろうか。

「妹背士別」「妹背上川」「士別妹背」「上川妹背」は、渚滑から札幌方面に行く場合の経由地だろうか。妹背牛と士別ならば急行「紋別」の名寄経由、妹背牛と上川ならば急行「大雪」(旭川止まりなので乗り継ぎか)の中湧別・遠軽経由。「奥羽羽越信越北陸湖西」がひとまとまりになったハンコもおもしろい。

 
こちらも営業用ハンコ。古いものも見られる。「戦」「傷」は「戦傷病者等の日本国有鉄道無賃乗車等に関する法律」による無賃の扱い(国が支払う)ものだ。

「保35」「青学44」「青45」「高46」。「青」「青学」は、それぞれ「青年学級生」「勤労青年学校生」割引のどちらか(土屋武之さんほかのご教示による)。

左から2列目の中程、「千才空港」。

* * *

1996年の富内線振内駅跡だったと思うが、こうしたハンコを「ご自由にお持ちください」とあった。駅名のハンコを三つばかりいただいた。どこにしまい込んだか、見つからぬままだ。


C62が疾走するカラー動画が話題になっていた。



これに重ねて、C6217のことも話題になっており、ふと『バック・トゥ・ザ・フューチャーPart3』を思い出した。1885年の時点で、蒸気機関車を時速140kmまで加速させるのだ。これを子考察する前に、その前提の話を。

(以下全てBTTH3の画像はAmazonプライムよりキャプチャ)

国鉄時代、蒸気機関車の動輪回転数は300rpmを限界の目安としていたと記憶する。機械的なこと(国内ではベアリングを機関車に使う時代ではない)、軌道への影響から回転数には自ずと限界があり、だからこそ「高速向けには動輪径を大きくしなければならない」というのが蒸気機関車の構造的宿命となる。

これをC62にあてはめると、動輪径が1750mmなので、300rpmならば時速99kmとなる。1954年に木曽川橋梁で出した時速129kmでは391rpm。『蒸気機関車の挑戦』(齋藤晃著)によれば、1930年代のドイツで350rpm、アメリカでは400rpmを超える回転数を常用していた。まだ平軸受けの時代である(*)。なので、それだけ見れば、無理な数値ではないとも思える。なお、蒸気機関車の世界最高速度である時速203kmを1938年に記録したマラード号は、動輪径が2032mmなので、530rpmとなる。整理すると、

C62常用 1750mm 300rpm 99km/h
C6217  1750mm 391rpm 129km/h(狭軌最高速度)
マラード 2032mm 530rpm 203km/h(世界最高速度)

となる。

(*)整備性の悪化などは抜きにして、ローラーベアリングも出始めた頃でもある。それが採用されるほかの技術革新が進み、1940年代にかけて、アメリカでの蒸気機関車最盛期には常用500rpmに達していた。(前掲書より)

さて、BTTH3。劇中で使われた機関車は「1885年にはまだ登場していない」Sierra No.3が、セントラル・パシフィック鉄道(CP)の#131という設定で出演している。この車両は、1919年から数多くの映画に出演している「名優」だ。Sierra No.3の軸配置は4-6-0。実際のCPの#131は4-4-0だったそうだが、これは余談。



では、このSierra No.3が時速140kmを出すためにはどうなるか、計算してみよう。動輪径は1422mmなので、140000/(1.422*3.14)/60=522.57、つまり523rpm必要になる。もちろん、1885年当時、こんな回転をしたら、すぐに軸が焼きついたことだろう。そういえば、映画には注油のシーンはない。

Sierra No.3 1422mm 523rpm 140km/h


ところで、ラスト、Sierra No.3は落下する。こういう、一気に負荷がなくなったとき、蒸気機関車の走行装置はどういう動きをするのだろうか。回転数が増すのだとしても、構造的に、徐々に…だろうか。





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