白川橋(岐阜県白川町)その1の続き。
中央径間の右岸側の銘板は「その1」に書くべきだった…。 上は、左岸下流側と同じ。 大正十五年製作
大阪 日本橋梁株式会社 下は、 修繕工事
1978年12月 岐阜県 道示(1972) 使用鋼材 SS41 製作 日本橋梁株式会社 というもの。日本橋梁の銘板は、54年を経て少し大きさ等が変わったようだ。 その前に、こうやって立っていると、新聞販売店からおばちゃんが袋を持って出てきた。そして、橋を渡り始めた。どこへ行くのだろう、日常的に使われているのはいいな…などと思っていたら! おばちゃんは、その袋を川に投げた。ゴミ袋を投げ捨てたのだった('A`) ちょっとげんなりしながら桁裏へ。 から上が、昭和53年の改装時のもので、補剛桁そのものは開通時からのものである。 アンカーがどうなっているのか、見てきてなかったなー…と思ったら、うさ★ネコサンドさんに驚愕の実態があった。これを見てないなんて。無念(そんなのばっか)。 PR |
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