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函館本線の森駅のあたりをうろついていたとき、この鳥崎川橋梁に出会った。複線PC桁だ。持っていたカメラの都合で、2分割で写真を上げる。
20110717_002.JPG(左が函館・森方向、右が桂川・長万部方向)

20110717_003.JPG上の写真の右。(左が函館・森方向、右が桂川・長万部方向)

橋が新しいので、架け替えたのだろうと思っていた。ところが、橋台部分に、こんな銘板を見つけた。
20110717_000.JPG鳥崎川橋りょう
設計 札幌工事局
施工 札建工業株式会社
設計荷重 KS-18
基礎工 フーチング基礎
基礎根入 けた座面から4M5(?)
着手 昭和51年3月
しゅん工 昭和51年10月

とある。

ちょっと引いて見よう。
20110717_004.JPG橋台だけでなく、桁にも銘板がある。

20110717_005.JPG鳥崎川橋りょう
設計 札幌工事局
施工 札建工業株式会社
設計荷重 KS-18
着手 昭和52年3月
しゅん工 昭和52年10月
 
ちょうど橋台の1年後だ。3月着手、10月竣功という、無雪期の作業だということがわかる。「しゅん工」の「ん」に目が行ってしまうのは、本題とは関係ない。

20110717_001.JPGPC桁裏。美しい。ところどころにある点々は、テンションを与えていた鉄筋を切断したあとだろう。

20110717_006.JPGこんな形状をしている。



さて、この桁は昭和52年に架けられた。では、それ以前の桁はどうだったのか。

この区間、森~桂川間(当時は信号場。JR化時に駅に昇格)は、昭和54年(1979年)9月27日に複線化された。その際に、それまでの単線に腹付け増線するのではなく、複線桁を架設した。

1976年の航空写真を見てみよう。
20110717_map.jpg国土画像情報より転載、トリミング)

鳥崎川の西(左)にDD51が牽引する貨物列車が走っている。これが、単線の旧線。その北側に、複線化工事をしているのがわかる。この鳥崎川橋梁の部分は橋台と橋脚が見えている。

橋台の工事は昭和51年なので、まさにこの航空写真が撮影された年度だ。もし撮影が翌年だったら、複線桁が架設された状態だったに違いない。冒頭のGoogleマップと見比べると、それぞれの線形の違いがわかるだろう。
 
この単線の旧線は、森駅側の橋台が残っている。
20110717_007.JPG桁下は、現在のように道路だっただろうから、ここにあったのは下路鈑桁だろうか。

ここもちょっと引いて見る。
20110717_008.JPG右が森駅、左が桂川方面。



余談。

森駅といえばいかめし。
20110717_009.jpg500円に値上がりしていた上、ラップでくるまれていた。

いや、それでもおいしいから、買いますけれど! なお、この日は長万部のかにめしといっしょに豪華にいただきました。
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