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カシミール3Dで地形図を「1/4倍」にしてつらつら眺めていると、大地のシワにもいろいろなものがあることに気づく。シワ、と書いたけれど、地形の「山」と「谷」は、圧縮されて「シワ」になったものもあれば、水で谷が刻まれた「スジ」もあろう。それらを総称してシワと書くが、シワにはある程度の法則性があるはずだ。

とはいえ、ここでそれを解説することなどできないので、見た目で気づいたことなど。

●骨格系のシワ
20120515_003.jpg北海道の八雲付近。人間の上半身の骨格のようだ。

南北の尾根は硬く、まるで背骨。そこから直角に東と西へ尾根が延びている。おそらく「谷が刻まれている」というほうが適切なんだと思う。

あてずっぽうだが、ここには南北方向に硬い地層と軟らかい地層が交互にあって、軟らかい部分が侵蝕された結果、このようになったのではないだろうか。




●散在する骨格系
20120515_005.jpg
北海道の稚内付近。どれも同じ方向を向いている。ということは、どれも同じような地質なのだろうか。


それぞれを埋める形の平野部は、これもあてずっぽうだが、もとはこれほど平坦でなかったものを、地形改良を重ねて川を狭い範囲に封じメル事に成功し、ここまで平地を増やしたのではないか。

こうしたシワは、場所によっては三葉虫の化石のようにも見えることがある。























●大地の引っ掻き傷
20120515_006.jpg北海道の音別付近。

もし古代の人が地形を上空から眺めたら、きっとこの地形を畏怖するに違いない。もともとの地形を無視して縦方向に引っ掻いたかのような起伏がある。

偶然とは考えられない。どういう理由があるのだろう。






















●台地のようなもの
20120515_007.jpg樽前山付近。円錐形の大きな山を水平方向に切り取ったような台地が広がっている。ここに限らず、至る所で目にするが、小さなものは独立していることが多い気がする。

なお、この図は陰影を深くしている。

●二重稜線のように見える場所
20120515_002.jpg秋田県の米内沢のあたり。音別の引っ掻き傷とは違い、こちらは地形が収縮したように見える。もちろん、実際の所は知らない。

二重稜線は不思議なもので、飯豊連峰で歩いたことがある。その間は湿地にでもなりそうだが、くぼんだ草原だった。対して秋田のここは、二重稜線の間の谷はそれなりの標高差があるため、水の通り道になっているだろう。

* * *

以上、すべてカシミール3Dで作成。カシミール3Dがなければ、こんなことには気づかない。毎日毎日、眺めている。多謝。
 
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数値地図。PCで閲覧できるこの数値地図に、とっくに廃止になった路線が描かれていて驚くことがある。

20120515_009a.jpg数値地図5万にある、渚滑線。最新の刊行は平成17年。紙地図のほうの5万図「滝上」の図歴を見ると、なんと昭和52年11月30日編集版が最後。そして、世界測地系に対応させた際も、同じものを測地系だけ変えて、同じ昭和52年11月30日編集」のまま刊行している。

当然。数値地図化する際にはその地図を使うため、こうして渚滑線が残ってしまったわけだ。

これは誤記ではなく経年変化について行けていない例だが、地形図にも誤記はある。二種類あって、一つは登山道などが実際の位置と微妙に異なるもの(資料を基に地形図を作成するときなどにできやすい)、もう一つは完全な誤記、単純ミスである。

上の地図、よく見ると。
20120515_009b.jpg「おちんない」。

ゆうちんない
×ちんない


どうしてこうなった?

地名は「おちんない」で正しい。真偽は不明だが、「おちん」がよろしくないとして駅名を「ゆうちん」とした、と聞いたことがある。国鉄は平気で漢字や読みを現地と異なるものにするので、ありうる話だ。

* * *

次。
20120515-999.JPG
新潟交通の電車線が載っている。これは数値地図50000「新潟」平成17年10月1日版。次の平成22年5月1日版では、残念ながらなくなっている。

…待て。ここもおかしい。

◎ひがしおやま
×ひがしおやま


開業年からして、もしかしたら昭和50年代にした誤記がそのまま受け継がれたのかもしれない。

(地図はすべてカシミール3Dを使用した)
『カシミール3D』で北海道の地図を閲覧する、という作業をずっと繰り返している。標高データと組み合わせた地図を拡大率を小さくして地形図を見ていると、思わぬおもしろさを発見する。

…といいつつ、地形とは関係ない、おもしろい表現をひとつ。
(地図はすべてカシミール3Dを使用した)

上春別。
20120515_000.jpg.

中西別。
20120515_001.jpg.
西春別。
20120515_011.jpg.

地名表記が、あたかも市街地を囲む城壁のように配置されている。

文字の配置は地形図製作者のセンスによるものだろうが、これは遊びの要素も含まれるのだろうか、それとも何か一定の決まり事に沿って配置したらこうなってしまうのだろうか。

広い地域で見ると、こんな分布。

20120515_010.jpg根釧台地は格子状防風林で知られている。地形図からもそれがよくわかる。真実はともかく、地図鑑賞者として、それになぞらえて見てしまった。


●おまけ

20120515_012.jpg冒頭の3図は、国鉄標津線とは直接の関係がない場所だが、この地に鉄動があった名残が、近くの地名に残っている。
 
十勝三股の地形に関連して。

今現在、『カシミール3D』解説本の制作作業中なのだが、テストがてら旧版地形図を画像化したものに標高データを与えてみた。旧版地形図を画像化する際にはどうしても歪みが生じるため、厳密な重ね合わせはできていないので、その点はご了承いただきたい。

どちらもまだ「糠平国道」R273は開通していないため、その位置を、私が実際に走ったときのGPSトラックデータを載せてある。

●20万分の1「北見」(昭和24年7月25日発行)

20120408_mitsumata.jpg昭和3年編纂、同24年修正版。

国鉄士幌線は十勝三股まで開業している。当時は盛況だったはずだ。『十勝の森林鉄道』によれば、昭和25年から33年まで、十勝三股から先は音更森林鉄道が木材の搬出をしていた。

まだ糠平ダムができる前で、ということは、糠平ダムの工事中および完成後も音更森林鉄道は稼働していたのであり、それにしては音更森林鉄道はあまりに知られていない気がする。

これを見ると、三国峠(赤いルートが超えている峠。実際はトンネル)の右にあるかなり低い鞍部、勝北峠(三股と置戸を結ぶダートの抜け道)のほうが、置戸や北見に抜けるのにはいいのがよくわかる。三国峠を越えるのは、層雲峡を抜けて上川盆地を目指すためだとは思うが。

●5万分の1「ニペソツ山」(現:糠平、昭和30年8月30日発行)

20120408_nukabira.jpg大正9年測図、昭和30年資料修正(行政区画)。

なぜか、士幌線がまったく入っていない。大正9年の時点では、まだ上士幌までしか開通していなかったのだが、図歴を見ると昭和24年にも資料修正をしている。なぜ、二度目の資料修正でも鉄道を書き入れなかったのだろうか。

赤い線が現在の道路。左に突出した凸の下側にあるループ状の赤は、かつて糠平駅があった場所。その北側を一直線に三国峠に向かうルートを見ると、糠平国道の規模がわかるというものだ。


鳥瞰図は2点とも、DAN杉本氏のカシミール3Dを使用して作成した。



ちょっと仕事が忙しく、お茶濁しのようなことしか書けていないが、いずれ。



 
20120224.jpg練馬区内の、環七外回りにある空き地。「空き地」としか形容のしようのない空間。

ここは、環七が整備されて以来、ずっと空き地なのだろうか。

環七に限らず、かつてあった畑や宅地の区割をほとんど無視して直線的に道路が作られる際には、こうした場所が多く現れる。画面右に見切れているビルは、上空から見ると三角形だったりする。土地が三角形に切り取られても、そこそこの面積があれば、活用できる。

ここに環七が通る前はどうだったのか、などと考えて古い航空写真を見ても、そもそもこんな小さく区割されておらず、広大な畑だったりする。また、1974年の航空写真を見ても、この大きさでは当時どうだったのかまでわからない。ここに家があったことがあるのかないのか。それだけが気になる。






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