鬼峠・ニニウ・占冠のこと(1) * * *
さて、この道道610号、この赤岩青巌峡付近ではなく、ニニウから西が2010年から通行止めになっている。ニニウからはとくにゲートもないので行ってみたのだが…。 PR こう見ると新川がメインで西川が運河のように見えるが、逆である。もともとは西川は舟運等に使われていた自然の河川で、天井川であった。いまの新川周辺、わかりやすくいえば新潟から上越新幹線と越後線と弥彦線に挟まれたエリア、ここは氾濫原であり、潟湖が多数あった。幅の広い新川は、そこから排水し、水田化するために掘られた運河である。 その経緯はこちらをご覧いただきたい。 ・新潟県ホーム>農林水産業>【巻農村】水を利用し、水から守る ・新潟県ホーム>農林水産業>新川漁港(第1種 新潟市管理)
さて、新川の工事のときのこと。 歴史的鋼橋集覧によれば、橋長130.7m、5径間。上の写真でわかるように、中央部が少し反っている。そして西側の端部、写真でいえば右だが、そこはポニーワーレンであり、しかも水平方向に曲がっている。 橋台は四角(実は「五」角)が鉄板で補強されている。 真正面に家があるが、その土台からして水管橋が架けられた当初からあったのかどうかはわからない。 ということは、この橋が架けられた明治38年当時は、L字型のアングルが生み出す「乱れ」に対しての意識が働いていなかったということでもあろう。 橋台は橋脚のように隅石の意匠を施されている。向かって左は道路橋の京橋の橋台、切石が整然と積まれている。向かって右の石垣はまた別の時代の布積みだ。 橋脚は、上流側を三角形にした五角形をしている。最上部の写真でかろうじてわかるのだが、迂闊にも「わかるように」撮っていない。「京橋水管橋」という銘板も撮っていない。もう一度行かねばならぬか。 右の、鋼管橋脚の京橋につづく。 あまり類似の形状を見ない気がする。小規模の橋はおもしろい。 |
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